第73話 「侵略宣言と殺人予告」
今日もいつも通り元気に薪を割っている。
朝昼夕は金を稼いで、夜はシーラとチェスで真剣勝負。
要所要所にソウラが近づいては、誘惑してくる。
ナナは直接迫るようなことはないが、俺と一緒にいる時間が長くなっている。仕事中も、チェスをしている時も、いつも傍にいる。
おそらくはソウラの動向を警戒してのものだ。
とまあ、これが俺の今の日常だ。
苦労がないと言えばうそになるが、そこそこ充実した、幸せな日々が続いている。
こんな日常が続けばいいと願いながら、今日も斧を振り下ろす。
そんなある日、
「ここに、マサトはいるか?」
シーラの家に、見覚えのある人間がやってきた。
厳格そうな面持ちに、眼鏡をかけた真面目そうな女性。
服装もぴっちりとしていて、まさに真面目を体現したかのような女性。
皆さん覚えているだろうか?
裁判機関の人間、ミハリという女性を。
「ん、ここにいたか」
庭にいる俺を視認したミハリは、背筋を伸ばし、凛とした姿勢で近づいてくる。
他の人間から見たら怖そうな人間と思うかもしれないが、この女の本質をある程度理解している俺からすれば、必死に背伸びしてるようにしか見えない。
「今回は何の用?」
「グレムウルフの件だ」
「はあ? それはもう解決しただろうが。裁判所で言われた通り、俺は一人でランクアップしてきたぞ」
正確にはマキナに少し手伝ってもらったが、やられそうになったのを一度だけ助けてもらっただけで、ロックタートル討伐自体は俺一人でやったようなものだ。
何も問題ないように見えるが。
「そうではなく、そもそもの話だ」
「そもそも?」
「貴様は本当にグレムウルフを倒したのか?」
「そんな背伸びしなくても、いつも通りしゃべっていいんだぞ」
「なっ……! 困ります、マサトさん。あなた一人なら問題ないですが、ここは人目につきますので」
ミハリはコソコソと、ナナ達には聞こえない程度の声で話す。
やはりこっちの方がしっくりと来るな。
「では気を取り直して……グレムウルフを貴様が倒したのか?」
「その質問、今更なのか?」
「そうだ。先日、ふと疑問に思ったのでな。こうして足を運んだというわけだ」
「疑問に? 何かおかしなことがあったか?」
「ああ、ズバリ言うと、レベルだ。貴様は数千体のグレムウルフを倒したというのにレベルが低い」
「………………あっ!」
そうだ、何で気付かなかった。
3000ものグレムウルフを倒したんだ。直接手を下したのはナナだが、それでも同じパーティの俺も相当にレベルアップしているはずだ。
というかしてないとおかしい。
「ナナ、レベルは?」
「え、えっと……19です」
レベルは上がっているみたいだが、それはおそらくグレムウルフを倒した経験値でレベルアップしたのではなく、俺がカンドの街周辺でモンスターを倒している時にレベルアップしたんだ。
結構離れた位置にいても同じパーティ、経験値はナナ達にも振り分けられていたから。
そして、3000体のグレムウルフを倒したにしては、レベルの上りが小さすぎる。
「貴様たち、結局のところどうなのだ」
「ちょっと待ってろ!」
「は…………ああ」
はいと言おうとして、ああと言い直すミハリ。
強い口調で帰ってきたもんで、少しばかり動揺したらしい。
だがさすがに公衆ということもあり、平静を保っている。
「ナナ、どういうことか、分かるか?」
「い、いえ。マサトさんのお話ですと、私がグレムウルフを倒したんですよね?」
「ああ、それは間違いない」
「なら、レベルは大幅に上がっているはずなんですけど…………すいません、私にもよく分かりません」
ナナも分からないか。
ならしょうがない。あいつに頼むのは業腹だが、仕方ない。
(神、聞こえるか? 聞こえたら返事をしろ)
俺は心の声で神を呼んだ。
事情を知らないミハリがいる今、声を出して神と対話するわけにもいかない。
「ごめん、わかんない」
俺が聞く前に、返事は来た。
神は分からないと言っただけで、他には何も言わない。
こいつにもわからないとなれば、誰に分かるはずもない。
「ミハリさん、悪いけど、俺たちにもわからん。だが、グレムウルフを倒したのは確かだ」
「だが、レベルが上がってないのでは信憑性に欠けるな」
ミハリの言う通り、俺の話は信憑性に欠ける。
モンスターを倒せば経験値が手に入り、レベルが上がる。この世界の常識だ。
にもかかわらず、俺のレベルは上がっていない。
信じろと言う方が無理がある。
「それで、俺はどうなるわけ? 捕まるのか?」
「虚偽の報告は罪だが、上の人間たちはまだこの事実に気が付いていない。貴様らが悪い人間ではないということを私は重々承知している。よって、今回は見逃そう」
「以前の理不尽はどこ行ったって感じだな」
「言っておくが、あれは上の考えであって、私の考えではない」
前に捕まった時は、こっちの事情なんかお構いなしの理不尽なものだったからな。今回の処置はかなりこちらにとって優位的だ。
やはり、腐っているのは上の人間で、少なくともミハリは良い人だ。
厳格そうな態度も周りの人間になめられないためのもので、本質は臆病で真面目な人間なのだ。
「では、私は帰ろう。貴様らも真面目に仕事しろよ」
ミハリは厳格な態度を保ちながら、戻ろうとした。
悠然とした態度で、まさに厳格という言葉を体現しているような人物。
男性には恐れられ、女性には憧れられるような、そんな感じだ。
このままいけばイメージを保つことは可能だったのだが、予期せぬことが起きる。
それは、この世界にとって、最悪の事態だ。
「マ、マサトさん、なんですかあれは!?」
先程までの態度とは一変、ミハリは口調も敬語になり、厳格の欠片もない態度で戻ってきた。
その理由を指さしながら。
俺も、ミハリ同様驚いている。
雲一つない晴天、そこに浮かぶのは世界を照らす太陽一つのはずだった。
だがその太陽を遮断するように、巨大な物体が突如出現した。
空に、巨大な女性が浮かんでいるのだ。
「何だよ、あれ?」
浮かんでいる女性は、一言で言えば神々しい。
実際の神をはるかに超えた、神聖さを体全体から醸し出している。溢れんばかりの神々しさは、男性はおろか、女性さえも魅了する。
太陽のように輝いているとさえ錯覚させる綺麗な金髪。雪のように何にも染まっていない純白の美しいドレス。それらの美しい装いに全く引けを取らないほどのきれいな顔立ち。
これこそが本当の神だと、そう思えるほどだった。
そう……だったのだ。
「いい……いいわ!」
先程までの神々しさはどこ吹く風と言わんばかりに飛んで行った。
女性は真っ赤に染まった頬に手を当て、体をくねらせる。
「今の私は、きっと世界中の人間の注目の的になっているのね! これが、神の気分というものなのね!」
この女への興味を、すでに無くしている者が現れ始めた。
それは落胆によるものだった。これほどまでにきれいな女性が、残念だったのだ。
「さあ、私を崇めるのよ!」
「さっさと要件を言え!」
女性の行動を諫めるように、男の声がしてきた。
男の姿は見えていないが、女性に対し怒りを露わにしているのは容易に想像できる。
多少、まともなことを言っているようなので、俺は少しだが冷静さを取り戻しつつあった。
「オホン。えー、私はモンスターを束ねる10の幹部の一体です。今回あなた方の前に姿を現したのはある宣言をするためです。今より1か月後、私たちはモンスターをあなた方の住む最大の街、タストに放ちます」
冷静になった頭が、また混乱した。女性の言ったこと、それは侵略宣言だ。
モンスターがすべての力を発揮し、人間を滅ぼしにかかると、そう言ったのだ。
これにはさきほど落胆し、女性への興味を失いつつあった男性たちも再び注視し始める。
中には、巨大な女性に向かって武器を持って走り出すものさえいる。
「それともう一つ、タストの街にマサトっていう子がいると思うんだけど」
それは突然だった。
正体不明の女性は、俺の名前を出したのだ。
俺の周りにいるすべての人間が、といってもナナとアカネとミハリの3人だけだが、一斉に女性の方から俺の方に振り向く。
「ちょっとまて、マサトっつってもたくさんいるだろ」
女性の言ったマサトが俺のことだという確証はない。
無論、確率が高いことは認める。だがそれが俺だという証拠はどこにもない。
「ああ、マサトといっても1人だけじゃないわよね。グレムウルフを一掃したマサト君よ」
「…………いやいや、さっきの話で俺が倒したわけじゃないってことになっただろ」
「そ、そうですよね。あなたのことじゃありませんよね」
ミハリはすでに素で話しているが、誰もそのことには触れない。
どうでもいいことなのだ。今のこの状況に比べれば。
「えーっと、片腕が動かないマサト君ね」
「俺じゃねえか!」
女性の口から発せられたマサトは、まぎれもなく俺だ。
徐々に徐々に俺の特徴を言い、最終的には俺だということ確定してしまった。
だとしても、何故俺のことを名指しにするのか。グレムウルフを倒した件からか?
だとしたら同じく過激派モンスターが放ったサイドレオーネを倒したレイトの名前を出してもよさそうだが……。
必死で頭を動かしている時に、女性から衝撃の言葉が出てくる。
「あなたにはむごたらしい死を与えてあげるから、覚悟しててね」
「「「えええええええええええええええええ!?」」」
突然の死刑宣告、それはこの場にいる俺、ナナ、ミハリの3人を驚愕させた。
いや、3人だけではない。
マサトを知っている人間すべてが、この場にいる俺たちのように驚いている。
「それではみなさん、ごきげんよう」
空に浮かぶ女性は霧のように霧散し、消えた。
それはあまりにも突然の出来事だった。
時間にしては3分にも満たない、ほんの少しの時間だった。
だが、その3分にも満たない時間でも、俺たちに衝撃を与えるには十分だった。
1カ月後、この街に大量のモンスターが俺たちを襲いにやってくる。
他の人間たちにはそれだけだ。
だが俺は、名指しでむごい死を与えると言われた。
なぜ、俺なんだ?
「お父さん、いまのってなに?」
状況を理解できないアカネが俺に尋ねてくる。
だが俺は、突然の理不尽な宣告に動揺し、アカネの問いに応えずにただただ茫然としていた。
「お父さん、どうしたの!?」
問いかけに応じない俺に対し、アカネは俺の服の裾を引っ張り、大きな声で呼びかける。
その必死の問いに対し、俺でなくナナが答える。
「アカネちゃん、さっきお空に浮かんでた女の人がね、マサトさんにとってもひどいことを言ったの。それで、ちょっと落ち込んじゃってるの」
ナナの分かりやすくも大雑把な説明で、ある程度のことをアカネは理解した。
「なんで!? なんでお父さんのことをそのひとはわるくいったの!」
いつもおとなしいアカネが、珍しく怒りを露わにする。
アカネにとって俺は唯一の存在。
自分にいつでも優しくしてくれる俺にひどいことをしたあの女に、心の底から怒りを感じている。
その声に反応するように、俺は徐々に意識が覚醒してきた。
「アカネ、怒ってくれて、ありがとな」
俺はアカネの頭に手を置き礼を言う。少し冷静になることが出来た。それに、うれしい。
俺のことを本気で思っていることを再確認できたことが、とてもうれしい。
「とりあえず家に入って話そう。ミハリさんはどうする?」
「わ、私は機関に戻ります。先程のことで、おそらく臨時会議が行われると思いますので」
ミハリはそそくさと戻っていった。
もはや完全に素の状態で話していたが、何も言うまい。
「それじゃ、家に入ろうか」
この時の俺は気付いていなかった。
この世界に転生するために神に殺されたこと。
モンスターに襲われ何度も死んだこと。
モンスターと戦い腕が動かなくなったこと。
これらが霞むほどの理不尽が、俺を待ち受けているということに。
四章はこれで終わりです。
次回からは五章、応援よろしくお願いします。




