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クリア済みゲームを今度はリアルで救う  作者: エスト
第四章 初めての労働
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第70話 「中々の生活」

「死にさらせぇぇぇ!」


 怒りのこもった罵声とともに、薪割り用の斧を振り下ろす。

 振り下ろされた斧は木材の中心を捉え、木材を綺麗に真っ二つに割る。

 仕事を始めて2時間、ようやくコツを掴んだ。

 初めはうまく真ん中に当てられず、腕が変な方にねじれて怪我し、ナナの回復魔法に何度も世話になった。

 だが今では順調に薪を割れている。


「その掛け声、やめませんか?」


 すぐ横でナナがつぶやく。俺の薪を割るときの掛け声に難色を示しながら。

 だが、これを叫べばきれいに割れるのだ。

 いや、叫ぶだけではない。

 薪の中心にある二人の顔、神とシーラを思い浮かべながら振り下ろす。そうすれば綺麗に割れるのだ。

 これが俺の2時間の薪割の末に導き出したコツだ。嫌な奴の顔を薪に見立てて振り下ろす。そして不満を爆発させるように叫ぶ。

 これが思った以上に気持ちいい。だが、周りから見れば不愉快極まりないな。


「善処する」


 俺は叫ぶのを心の中だけにとどめ、薪を割り続ける。

 今だけでも100本は割った。だがこれでも10G,大した額ではない。

 それでも俺は、黙々と割り続ける。

 いつか、こんな仕事をやめるために。




「そろそろ終わりにしませんか?」


 時刻は午後6時、すでに日は落ちて暗くなっている。

 俺は額から垂れる汗をタオルで拭い、地面にへたり込む。

 今日だけで500本、50Gを稼いだ。

 思っていたよりは稼ぐことが出来た。


「これが……労働か」


 俺は初めてのまともな労働に、初めて労働でお金を稼いだことに、少し感動していた。

 それと同時に、激しい後悔の念が俺を襲った。

 俺の仕事は人と関わることなく、ただ黙々と薪を割っていればいいという仕事。日本の仕事に比べれば比較的楽だと言える。

 多分、日本ではこの世界以上に働いてお金を稼ぐことは大変だと思う。

 なのに、俺は特に何も考えずに親から小遣いをもらい、遊んできた。父さんが必死に稼いだ金を、ただ何となく使ってきたのだ。

 父さんは、どんな気分だったのだろうか。自分の稼いだ金の一部が、俺によって無駄になっていったのを。

 きっと、いい気分じゃなかっただろう。


「俺、クズだったんだな」


 父さんに謝りたい。母さんに謝りたい。

 そんな気持ちが沸いてくる。

 だが、今となってそれは不可能。気付くのが遅すぎた。


「マサトさん、そろそろ家に入りましょう。風邪ひいてしまいますよ」


 俺のつぶやきのすぐ後に、ナナは言った。

 俺のことを気遣ってのことなのかもしれない。少しだが、楽になった。

 今の俺がすることは、この気持ちを忘れず、金を稼ぐことだ。

 もう二度と、失敗しないように。




「あらマサト君、今日の仕事はもう終わり?」


「はい。今日の仕事は終わりです」


「あら、もう慣れちゃったの? つまらないわね。じゃあもう敬語はやめていいわよ。それよりも、少し暇つぶしに付き合ってくれないかしら?」


「暇つぶし?」


「ええ、食事の時間までまだ少しあるから、ゲームでもしましょう」


 ゲームと言われ、俺は少しテンションが上がった。

 日本ではあらゆるゲームに精通していた。数多のオンラインゲームではトップの奴らとしのぎを削っていたほどに、腕前も相当なものだと自覚している。

 そんな俺からすると、この世界のゲームはどうせアナログだろうと思いつつも、ゲームには興奮してしまう。


「ま、別にいいぞ」


「いいんですかマサトさん? 今日はもうお疲れなんじゃ」


「ゲームぐらい別にいいさ。で、何のゲームだ?」


「チェスよ」


 チェスか。チェスならオンラインでもたくさんやってきた。

 ネットの中のアマチュアの世界大会では優勝したこともある。優勝特典として、下位の選手ながらもプロと戦った時は、多少苦戦したが勝利した。

 正直、いくらこの女が相手だろうと負ける気はしない。

 フルボッコにして、先程の屈辱を晴らしてやろう。


「フフッ、あなたなら少しは楽しめるかもね」


 シーラは余裕の笑みを見せながら、自室へと俺とナナを招く。

 中の部屋は意外と質素で、金持ちの部屋とは思えなかった。

 真ん中にある机も、何の装飾も施されていない普通の机だ。

 俺とシーラは向かい合うように座り、チェスの準備をする。


「それにしても、なんで俺なんだ? 他に暇そうな奴はたくさんいるだろ。ソウラとかゴーマとかさ」


「あの二人じゃ弱すぎてつまらないのよ。10分でカタがついてしまうわ」


 確かに、あの二人に知能ゲームは向いていなさそうだ。

 一緒にやってもつまらないことは明白だ。

 ゲームが一番楽しいときは、実力が拮抗した者同士の本気の戦いだと、俺は経験上分かっている。


「それじゃ、始めましょうか」


 それから、俺とシーラの勝負が始まった。

 この勝負は、初めはお互いが自身の力を過信し、相手をなめていた。だが、10手目からその過信は両者完全に消えうせることになり、単なる暇つぶしが真剣勝負へと変わっていった。




 勝負が開始してから1時間が経過した。

 普通ならすでに食事の時間、ゲームを切り上げてもいい時間だ。

 だが2人は動かない。盤面を注視し、頭を働かせる。

 チェスに対する知識を持つナナも、この勝負が相当にハイレベルなことを理解しているゆえに、口を挟まない。それどころか、この勝負に完全に見入っている。

 互いが互いの手を読みあい、両者ともにナナの思いもよらない手を打つ。

 それが、ただ見ているだけのナナにさえ興奮を与える。

 どちらが勝ってもおかしくない。そう思うほどに、両者の実力は拮抗している。


 2人はかつてないほどに頭を使っている。

 マサトは今までのどの対局よりも、どのゲームよりも頭を働かせている。

 シーラも、今まで携わってきたどの仕事よりも頭を働かせている。

 2人にはチェスにおいて誇りがあった。

 マサトはアマチュアとはいえ、チェスの世界大会で優勝したという誇りが。

 シーラには今までチェスにおいて誰にも負けたことがないという誇りが。

 だからこそ、必死なのだ。

 だがその必死さを、邪魔するものが現れる。


「母様、食事の時間ですよ」


 静寂を打ち破る、馬鹿者の声だ。

 2人は勝負に集中するあまり、ソウラの存在に気付かない。

 ナナは、2人の勝負を見たいゆえに、ソウラの存在を気付きつつも無視している。

 そんな3人の態度にソウラは疑問を浮かべながらも、空気を読まずに話しかける。


「母様、予定通り時間を過ごさないのは珍しいんではないですか?」


 その問いに、シーラは答えない。

 実の母親に無視され悲しみを感じつつも、ソウラはめげずにマサトに話しかける。


「なあマサト、時間的にもそろそろ切り上げ時だと思うんだが……」


 だが、マサトもソウラを無視する。

 この場において、まともなことを言っているはずのソウラこそが今はアウェイなのだ。


「二人とも! 無視をするのはやめてくれ!」


「うるさい!」

「静かにしてなさい!」


 ようやく帰ってきた返答、それを怒声だった。

 ソウラはシュンと落ち込み、その場で体育座りをした。


「なんだ、2人とも。そんなに怒らなくてもいいじゃないか」


 ブツブツと独り言を言うソウラを無視し、2人は勝負を再開する。

 邪魔されはしたものの、勝負に大した影響は与えていない。

 盤面はいまだ互角、この邪魔が決定打になることはなかった。

 問題は、次だ。


「シーラ、食事の時間だぞ」


 同じく空気の読むことのできない馬鹿者、ゴーマだ。

 時間通り几帳面に過ごすはずのシーラが食事に来ないことを不思議に思い、こうして部屋まで来たのだ。

 その行動は極めて自然、当然のことなのだ。

 だが、今回以上にその行為が邪魔になることはない。


「むっ、貴様はマサト、何故ここにいる!?」


 事情を知らないゴーマはマサトの存在を認識した瞬間、声を荒げた。

 だがマサトもシーラも、そんなゴーマを無視し対局を続ける。

 そんな態度が気に食わなかったのか、ゴーマはマサトに近づく。


「おい貴様、ここはわしの家だぞ! すぐに出ていけ!」


「黙ってろ!」


 怒鳴り返され、唖然とするゴーマ。

 だが固まったのは数秒で、その後は再度怒りを持ってマサトの服を掴み持ち上げる。


「貴様、わしに向かって黙っていろとは、何様だ!」


「「「ああっ!?」」」


 ゴーマがマサトを持ち上げた時、3人が声をあげた。

 持ち上げられたとき、マサトの腕が盤上の駒に当たり、飛ばしてしまったのだ。


「邪魔すんな馬鹿!」


 マサトとナナ、シーラも床に散らばる駒を急いで拾い、元の位置に戻す。

 だが、


「おい、ポーンがないぞ!」


「こっちはナイトがないわ!」


 ある程度の勢いで吹き飛ばされてしまったからか、駒のいくつかがどこかへと行ってしまった。

 必死で探すも、駒は見つからない。

 数分後、3人の視線がゴーマに集中し、口々に罵倒の言葉をぶちまける。


「ざっけんじゃねえぞクソおやじ!」


「バカ!」


「ヒゲオヤジ!」


「低能!」


「足クサおやじ!」


「ハゲジジイ!」


「そ、そこまで言わんくても……」


 3人から言刃ことばで切り付けられたゴーマは若干涙目になっている。

 それほどまでに3人の迫力はすさまじかった。




「はあ、しょうがないわね。今日はここまでにしておきましょう」


「ったく、せっかくいい勝負だったのに。おいソウラ、いつまで不貞腐れてんだ」


 未だに体育座りのままいじけているソウラに呆れながらも話しかける。

 するとソウラは立ち上がり、少々不機嫌ながらも食卓へと歩み始める。


「そういえば、アカネは?」


 今まで仕事と勝負に夢中で気付かなかったが、今日は朝以外にアカネと会った記憶がない。

 少し寂しくなってきた。


「アカネなら食卓に一人で待っているぞ」


「それを早く言え! 今行くぞ、アカネ!」


 俺はこの場にいるすべての人間を置いていき、食卓まで駆けだした。

 その行動を、ナナは微笑ましいものでも見るかのような、慈愛にあふれた笑みを浮かべ見送る。

 ソウラはそれを不機嫌そうに見て、つぶやく。


「ずいぶんと扱いが違うんだな。私とアカネでは」


「まあしょうがありませんよ。アカネちゃんは可愛いですから」


「私は可愛げがないみたいじゃないか!」


「……………………」


「おい、何か言ったらどうだナナ!」


 声を大にして叫ぶも、ナナはそれに対して返事をしない。

 ナナは正直者だ。嘘をつけない。

 このまま話を続ければソウラの機嫌がさらに悪くなることが容易に想像できるのだ。


「アカネ!」


 食卓へと足を踏み入れた俺は、即座に周囲を見まわしアカネを探す。

 ものの1秒もかからずにアカネを発見することが出来た。

 アカネは一人、寂しそうに椅子に座っている。


「あっ、お父さん」


 俺を視認したアカネは、一気に表情が明るくなる。

 そして、椅子から立ち上がり俺に近づく。

 俺の前に立つと、アカネは満面の笑顔で、


「お父さん、おしごとおつかれさま」


「ハウッ!」


 なんと、なんと破壊力のある言葉か。

 アカネにお疲れさまと言ってもらえただけで、仕事の疲れも、勝負を邪魔された不快感も、全てが消し飛んでいく。

 顔もほころび、ニヤケが止まらない。


「ありがとうアカネ!」


 俺は思わずアカネを抱きしめた。それはもう力強く。

 そんな俺の行動に戸惑いを見せつつも、アカネは両手を俺の背中に回り込ませる。

 その行動がたまらなく愛おしく、愛らしい。

 世の中の娘を持つ父親の気分が分かった気がする。

 こんな気持ちになれるのなら、つらい仕事を耐えられるのも納得だ。


「それじゃアカネ、飯を食うか」


「うん!」


 俺とアカネは仲良く席に着き、食事にありつく。

 料理は俺たちの要望でパンが2つに具が少ないスープ、そしてドラコキッドの肉を使った唐揚げと、この家の食事と考えると少々質素なものだが、体はこれに慣れているからちょうどいい。

 というか、この世界の高い食材はハッキリ言って俺の口には合わない。

 思えば、元いた世界でもそうだった。高い食材は往々にして珍味と言われ、美味とは言われていない。辞書的には珍味も美味しいとされているが、どうも味が普通の食材と比べて違い過ぎるから好きになれない。

 俺の家では父さんが珍しく奮発して高い食材を買ってきたが、家族全員の口には合わず、それ以降、高級食材を買うことはなくなった。

 舌が生まれつき貧乏なのかもしれない。


「やっぱり、普通が一番だな」


 仕事をしておなかが空いていたのか、料理は見る見るうちに減っていく。

 およそ3分ほどで食べきってしまった。


「お父さんたべるのはやいね」


 アカネはそう言いながら、俺に合わせようとしているのか少し必死になって食べている。

 その光景は非常にかわいらしいものだが、本来早食いは体に悪いことだ。


「アカネ、もうちょっとゆっくり、よく噛んで食べな」


「でも、お父さんといっしょにいたいから……」


 食べ終わった俺がもうどこかへ行くと思っているのか。

 不安げな表情も、可愛いなあ。


「食べ終わるまで待ってるから。ゆっくりな」


「ほんと?」


「ホントさ。だからゆっくり食べな」


「うん!」


 元気のいい声を出した後、ゆっくりと食べ始めたアカネ。

 それから数十秒後、ナナ達もやってくる。

 先程の口撃で意気消沈しているゴーマは別として、みな楽しそうに食事にありつく。

 初めはこの家に住むことに不安が募ったが、中々に楽しい。

 シーラとは先程の勝負で多少だが距離が近づいた気がする。

 ここでの生活も、悪くないかもな。


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