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クリア済みゲームを今度はリアルで救う  作者: エスト
第四章 初めての労働
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第68話 「宿問題」

 ギルドに行けばクエストがある。そこにいけばモンスターと戦い、今後の生活費を稼ぐことが出来る。


「と思ってギルドに来てみたわけだが……クエストが一つもないってどういうこと!?」


 ギルドに着いて早々、クエストが張り出されている掲示板に近づいてみると、張り紙が一枚も張り出されていない。

 俺は早足で受付の人のところまで行き詰め寄る。


「実は、なぜか最近この近辺のモンスターが忽然と姿を消したので、クエストがないんです」


 受付の人がなぜかと言った時点で、モンスターがいないという俺の疑問がこの世界でも異常なことだということが分かった。


「モンスターがいないので当然、討伐クエストなんてありませんし、危険がないので採取もご自分で赴く人が増えて、クエストがなくなったんです」


「じゃあ、俺はどうやって金を稼げばいいわけ!?」


「あ、その点はご安心を。ギルドでは仕事の斡旋もしてますので。クエストほどお金は稼げませんが」


 なっ!?

 3年間ニートだった俺に、この女は真っ当に働けと言っているらしい。

 それは新手のいじめであろうか。

 そんなことが出来るのであれば、3年間も引きこもるような状況になるはずもない。


「他の冒険者の方に仕事を振り分けて、すでに割のいい仕事はありませんが、どうしますか?」


「……考えさせてくれ」


 俺はギルドを後にして、ソウラの家へと赴いた。

 いつもの宿屋でも良かったのだが、金のことを考えると少しでも節約しなければいけない。

 ソウラの家なら立ち寄るだけならタダだ。

 泊まるのだけは御免被るが。


「さてみんな、これからどうする?」


「どうするもなにも、働く以外に選択肢があるのか? 私と違ってお前らには家がないんだぞ」


「選択肢はある。ここを出てカンドの街を拠点にするか、働くか。このどっちかだ」


 ここから離れればモンスターは存在するはずだ。

 そうなればクエストは受けられるし、金も稼げる。

 しかもマキナの家にも近づいて一石二鳥。

 後者は完全に俺の私的な理由だ。


「でも、私たちの実力でクエストをクリアして定期的にお金を稼ぐことは出来るでしょうか?」


「…………頑張れば」


 正直無理だろう。

 ナナの魔法があるとはいえ、カンドの街周辺のモンスターはここのモンスターと比べて圧倒的だ。

 刀を失った俺には厳しいし、ソウラでも厳しい。ドーピングをしていないナナにとってもあそこでの討伐は無理がある。

 ステータス的にはアカネは楽だろうが、あそこのモンスターは数が多いから危険すぎる。

 死んでも生き返る保障がない以上、俺らでは危険なのも事実。


「だけどナナ、俺に働くことが出来ると思うか? 言いたかないが、俺は社会不適合者だぞ」


 自分で言って少し心に傷を負わせつつも、自分の能力のなさについては自覚している。

 真っ当に働ける能力を持っているのであれば、あのゲームをクリアしてこの世界に来るなんてなかったはずだ。


「安心してください。私が働きます。あの神様の元で10年も働けたんです。大抵の職場でもうまく行けるはずです」


「俺にヒモになれってのか?」


 自分よりも年下の女の子に養ってもらうなんて、そのようなクズな行為が出来るはずもない。

 俺の性質はあまり良いものではないが、さすがにそれは俺の中にある良心が傷だらけになり、いずれ崩壊する。

 そんなことになるぐらいなら働いたほうがマシだ。


「なら私の家で暮らすか? お前らならいつまでもいてもらっていいぞ」


「お前の母親に借りが出来るだろ!」


「な、何か問題があるのか?」


「あいつのせいで俺はこの街を離れることになったんだぞ! そんな奴に借りは作れるわけがないだろ」


 あの女は自分の金もうけのために俺の人生をある程度狂わせた。

 そのせいでナナも心を痛めて、許せるはずもない。

 女でなければ、渾身の一撃をあの女の顔面にめり込ませることに何の躊躇もしなかっただろう。


「まあまあ、そんなに私のことがお嫌い?」


 突然ソウラの部屋に女性が入り込み、まるで心外だとでも言いたげに俺に話しかけてきた。

 こいつは、俺が神と同じぐらい嫌いな人間だ。


「は、母様!? ど、どうして私の部屋に」


「あら、親が娘の部屋に入るのに理由が必要?」


 普通の感性で考えるのであれば必要だ。

 親しき中にも礼儀あり、いきなりノックもせずに入るなんて非常識だ。

 だが、この世界の常識ではそうではないのか、


「い、いえ。別にそういうわけでは」


「ならいいの。それよりも、マサト君、この家に泊まらなくていいの?」


「ハッ、冗談じゃない! お前と一緒の屋根の下で寝れるか」


「そう、じゃあこれからどうするの?」


 ソウラの母親、シーラは俺のことをほんの少しあざ笑うかのように問う。

 俺にまともに働くことが不可能だとでも思っているのか。

 その態度に俺はイライラを募らせ、怒気を混じらせながら言い返す。


「働いて生きるんだよ! 幸い、手持ちはそこそこある」


 俺の手持ちは約1000G。それだけあれば、1人1日10Gで生きるとしても1カ月以上は生活可能だ。

 それと並行して金を稼げば半永久的に生活できるはず……。


「それで冬を越せるの?」


 シーラの発言で、俺の体は一足早く冬を迎えた。

 そう、今の季節は秋が始まったぐらい。いつも泊まっている宿屋でも十分生活できる気候だ。

 むしろ、隙間風がちょうどいい按配(あんばい)で心地いいとさえ思える時すらある。

 だが、冬になればそうは言っていられない。

 隙間風は寒く、シャワーはあっても風呂はないから体を温められない。

 しかも毛布は薄いし、寒さに耐えることは不可能に近い。

 俺はこの女に借りを作るぐらいならその道を選ぶが、ナナやアカネをそんな環境で生活させるわけにはいかない。


「多少高い部屋に住めば……」


「冬を越すほどにいい環境の宿屋に住むには、一人一日50Gは必要かしらね。ソウラを除いてあなたたち3人が暮らすとなれば1日150G、それだけ稼げる仕事はもうギルドには残ってないでしょうね」


「くっ……!」


 確かに受付の人は割のいい仕事はもうないと言っていた。

 ただの仕事だけで1日150G、いや、100G稼ぐことすら困難かもしれない。

 そうなれば、一カ月ほどで所持金は尽きる。


「何が、狙いだ?」


「まあ人聞きの悪い! ただの善意よ」


 シーラはわざとらしく大げさな反応をしながらこれが善意だと言う。

 だが俺は、その言葉を鵜呑みにできるほど馬鹿ではない。

 この女と関わったことで、俺がどれだけ大変な目にあってきたか、信じることは不可能に近い。

 何か裏があると思うのが普通だ。


「ソウラの結婚話か? それが狙いなら、たとえ金がないとしてもお断りだぞ」


「善意だって言っているでしょ。人の好意はありがたくいただくものよ」


 そうは言うが、この女だけは簡単に信じることは出来ない。

 何といっても俺を、というかナナを犯罪者にして金儲けをしようとした女だ。

 さらには、本当にする気かどうだったかは別として、実の夫のゴーマすらも切り捨てようとした女。

 俺が見てきた人間の中でも、上位に位置する極悪さだ


「それでどうするの? ここに住むの? それとも薄汚い宿屋で凍えながら過ごすの?」


 どうすべきか。

 どの選択が俺にとって、ナナ達にとって一番いいか。

 今の時期ならば安い宿屋で十分に過ごせる。

 ここは一旦、保留して……。


「ちなみに、うちに住むなら今しかないわよ」


 人の心を見透かしているかのように、シーラは俺の退路を断つ。

 これで俺はボロイ宿屋で寒さに震えながら冬を越すか、信用ならないこの女の善意とやらを受け取るしかなくなった。


「マサト、母様がこう言ってるんだ。ありがたく住まわせてもらえ」


 この女は!

 シーラが俺たちをはめようとしたことを知らないのだろうか。

 ソウラがシーラのことを一番に理解しているのではないのか。それとも、ソウラは人を信じることしかできないのか。

 シーラは決して無意味なことはしない。

 俺を住まわせたとしても、何の利益もない。それどころか不利益なはずだ。

 それなのに俺たちをわざわざ住まわせるなんて、裏があると思うのが普通だ。

 だが、それが何なのかが全く想像できない。

 ソウラの結婚話についてなら、ある意味では主導権は俺にある。たとえ一宿一飯の恩があったとしても、それだけで仲間を売るような真似はしない。

 シーラはそれを理解できない馬鹿ではない。

 なら他に何がある?

 今の俺の手持ちは1000G、この女にとっては雀の涙に等しい額だ。

 ならば金ではない何かだが、値の張るものなんて一切持っていない。

 唯一、値打ちのあった刀は壊れ、今やナイフ一本しか持たない俺に一体なにを望んでいるのか、全く分からない。

 判断を下すには情報が少なすぎる。


「いつまで悩んでいるの? 優柔不断の男性はモテないわよ」


「余計なお世話だ!」


 俺の思考を乱そうとしているのか、シーラは俺のいら立つタイミングを絶妙に見切り、茶々を入れる。

 この女、この状況を楽しんでいる。俺が迷う様を見て。

 だがこれで、ほんの少しわかった。

 シーラはどの状況に転んでもデメリットはない。それだけではない。メリットも少ない。

 多大な利益を得られるのなら、俺をいら立たせて得はしないはずだ。

 なぜなら、いら立ちによって俺が良く考えずに感情で物を言ってしまう可能性があるからだ。

 となると、俺は十中八九、この家に住むとは言わない。

 感情で物を言えば、こんな奴と一緒の家にいられるか、と断る可能性の方が高い。それを予想できない女ではない。

 このことから、この女の家に泊まっても、メリットはあるにはあってもそれほどの物でないことが推測できる。


「いいぜ、あんたの好意、ありがたく受け取ってやるぜ」


 この時の俺は、気付いていなかった。

 俺の思考全てシーラの想像通りだということに。

 シーラには俺の予想通り思惑があった。

 だがそれは俺にとって、非常に面倒くさい結果となる思惑だった。



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