第66話 「似た者同士」
「落ち着いたか?」
「……はい」
ナナは目を赤くはらし、鼻を鳴らしながらもそう答える。
ソウラとアカネは泣き疲れたのか、目を瞑り寝息を立てている。
よくもまあこんなところで寝られるものだ。
だが、これではここから移動することが困難だ。
街の端っことはいえまだ人が行き交う時間帯、通りゆく女性からものすごい嫌悪感に満ちた目を向けられている。
「周りの目が気になるけどとりあえず、話を聞こうか」
俺は地面に胡坐をかき、目線をナナと同じにする。
「マサトさんがこの街を出て行った日の夜、神様から連絡があったんです。マサトさんと連絡が取れなくなったって」
「連絡が? それはこっちのセリフだぞ。何度呼びかけても神の野郎、一向に返事しやがらねえんだからな」
そのせいで傷ついた体を死んで治すという荒療治も出来なかったんだ。
まあ、死ぬ度胸があったかどうかといえば、実際ないけど。
「それだけでも不安が募ったんですが、それから2週間ほどしたのち、神様から……その、マサトさんが死んだって連絡が……」
「おい神コラァ! なに人のこと勝手に殺してんだ!」
「ち、違うよ! 正確には死んだなんて言ってないよ! ナナ、ちゃんと言って!」
「えっと、正しくは、浄化の場に行った記録があったと」
「浄化の場?」
「死んだ人間の魂を洗い流す場です。その人間にとって心が清らかだった時の映像を見せ、魂を浄化したのち、新しい命に生まれ変わらせるんです」
映像を見せる場……
数秒の熟考ののち正解にすぐにたどり着けた。
「あそこか!」
俺は確かにそこに行った。
憂さ晴らしにモンスターを倒しに行ったとき、疲れてその場に寝転がり、意識を失った。たくさんのモンスターに囲まれながら。
その時によく分からない空間へと行った。
夢か走馬燈か、そんなものだと思っていたが。
「やっぱり行ったんですか!?」
「……多分」
「ほら、僕の言ったことに間違いなかったろ!」
まさかあの場所が死んだ人間が行くところだったなんて。
マキナに助けてもらわなければ、俺は本当の意味で死んでいたということか。
やばい、背筋が凍ってきた。
「まあ、分かった。俺が死んでたと思ったのは仕方ない。だけどよ、何で神は俺のことが見えなくなったんだ?」
「それは分からない。もしかしたら今後もそういうことは起こりうるかもしれない」
神のくせに、分からないことだらけじゃないかよ。
ホント何でこんな奴が神になったんだか。
「じゃあ、今回は神の野郎に責任はないってことでいいよ」
本当なら文句の100も言いたいところだが、さすがにこれで怒るのは理不尽だからな。
「あの……マサトさん」
「ん? 何だ?」
「さっきから気になっていたんですけど、その腕……」
ナナは包帯の巻かれた、力なくダランとなっている俺の腕を指さしながら、聞きづらそうに聞く。
さて、どう説明するか。
情緒不安定のナナに、この腕はもう動かなくなった、なんて言ったらどんな反応をするか。かといって誤魔化すことも出来ないだろう。
ここはできるだけオブラートに包んで真実を言うか。
「ロックタートルにやられた」
咄嗟に言い方が思いつかなかった俺は、つい本当のことをストレートに言ってしまった。
それを聞いてナナは、即座に両手を俺の方にかざし、回復魔法をかける。
「ヒール!」
俺の右腕が光に包まれた。
包帯の隙間から見える皮膚が、少しずつだが修復して行くように見える。
見た目だけは何とか元には戻りそうだ。
だが、回復魔法をかけてもらっても、一向に何も感じない。
あれほど気持ちの良かったナナの回復魔法は何も感じず、腕に力が入る気配もない。
やはり、俺の腕は完全に死んでしまっているようだ。
「……治りましたか?」
すがるように、祈るようにナナは聞いてきた。
だが、俺は真実を言わなければならない。
「……治ってない」
ナナの回復魔法で治らないとあれば、もうこの腕が動くことはないだろう。
あるとすれば、死んで生き返るぐらいしかない。
だけど、マキナは何か手があるようなことを言っていた。
それを信じているから、俺は死なないし、この腕を取るつもりもない。
「ごめ……なさ……! 私が……薬なんか……使ったからっ……!」
涙交じりに謝罪するナナ。
俺の腕がこんなことになった原因、それが自分の罪を俺が被ったからだと、そう思っているのか。
確かに俺がこの街を離れて一人でモンスターと戦うことになったのはナナの罪を被ったからだ。
だが、だからと言ってこの腕がナナの所為だなんて微塵も思っちゃいない。
「もしもナナがイルクの水を使わなかったら、俺は壊れていた」
あの時、グレムウルフの群れと戦った時、俺は壊れる寸前だった。
無数のグレムウルフに噛まれている時は、まだ死ねないのかと思ったほどに。
ナナがいなければ、こうして普通に話すこともままならない状態になったかもしれない。
ナナに恩を感じても、恨むことなんかあり得ない。
むしろ、俺が謝りたいぐらいだ。
「だからナナ、お前が気に病むことなんかなんもない。むしろ、俺は借りが出来たと思ってるんだぞ」
一生かかっても返しきれないぐらいの借りが、ナナにはある。
俺は心の底からそう思っていた。
だがナナは首を横に振り、それを否定する。
「違います! 借りがあるのは、私の方です」
ナナは俺の顔を直視できないのか、下をうつむき、続ける。
「サイドレオーネに襲われたとき、マサトさんは私たちを逃がすために、囮になってくれました」
それは、捕獲クエストの初日に起こったことだ。
ダルトドラゴンを捕獲するために、俺たちは夜中に森の近くまで行った。
だが、その時に出てきたのはダルトドラゴンではなく、虐殺の獅子、サイドレオーネ。
あの時の俺らでは全く歯が立たずに敗れ去っていただろう。
それを、俺が囮になることによってナナ達の3人を逃がした。
「結果的には神様のおかげでマサトさんは生き返ることが出来ました。だけど、私はずっと感謝していたんです。生き返ることも知らないマサトさんが、私たちのために命をかけて頑張ってくれたことに」
あの時の俺は死を覚悟していた。
死ぬ恐怖を味わうことではない。
本当の死だ。
どうしようもなく怖かった。本当は俺もナナ達とともに駆け出し、みっともなくも逃げ出したかった。
だけど、こいつらのためなら死んでもいい、そう思ってサイドレオーネに立ち向かった。
後悔はなかった。
誰かのために命を張ることに、恐怖を感じながらも、どこか誇らしかった。
だから、あの死について誰かが何かを思っているなんて考えもしなかった。
「私は、あの時マサトさんに作った、一生かかっても返しきれないぐらいの借りを返したかったんです。この先ずっと、マサトさんのために頑張りたいんです。なのに……迷惑をかけてしまって」
気付かなかった。
ナナが、こんなに気にしていたとは。
そして気付くのと同時に、こうも思った。
俺たちは、似ているのかもしれないと。
自分にしてもらったことは大げさなぐらい感謝し、その人のための行動を義務化する。
そのくせ、自分がしたことについては大きなことでも何でもないと思ってしまう。
俺はいつもナナに感謝していた。
だがナナも、俺に感謝していたんだ。
だからこそ、今のこの状況に心を痛めている。
「ごめんな。気付かなくて。」
自分のことで頭がいっぱいだった。
俺はなんて自己中心的だったのだろうか。
俺の行動はナナのためを思いやった結果だったのだが、それはナナを追い詰めていたに過ぎない。
ナナの心に、多大なストレスをかけていたにすぎないんだ。
「ナナは俺に借りを返した。俺もナナに借りを返した。これで貸し借り0、そういうことにしとこう」
今更かもしれない。
この結論に至るまでに、俺たちは時間をかけ過ぎた。
その結果、俺は右腕を失ったから。
ナナは一生負い目を感じるかもしれない。
そうなれば俺がナナに対して負い目を感じる。
そして、命を張る行為が、俺とナナは義務化してしまっている。
互いが互いのために無茶をしあう、歪んだ関係だ。
もう二度とまともな関係にはなれない。
それでも、俺はこの先ずっとナナのために行動する。
「なあナナ」
「……なんですか?」
「この20日間、心配かけてごめんな」
その言葉を口にしたとき、ナナの心を締め付けていた何かが外れたのか、涙をボロボロと流しながら己の心情を吐露し始める。
「本当に……心配したんです」
この涙は、さっきの物とは違う。
先程の涙は俺への罪悪感に駆られて流したもの。
だが、この涙は今までの苦しみからくるものだと、俺には分かった。
「それに、怖かったんです。マサトさんは、私のことを恨んでるんじゃないかって」
俺はナナの話を黙って聞く。
今は、ナナを慰めるべき時じゃない。
ナナが抱え込んでいたものすべてを、受け止めてやるべき時なのだ。
俺の所為で抱え込んだすべてを。
「私の我儘でこの世界に来たのに、迷惑をかけてばかりで、全然、役に立たなくて……!」
ナナは自分のいいところがまるで見えていない。
俺が今までナナにどれだけ助けられてきたか。
ナナがいたからこそ、俺は壊れずにこの世界で生きて、笑っていられるんだ。
ナナじゃなきゃダメだったんだ。
「回復ぐらいしかお役に立てないのに、腕を治してあげられなくて。私は、本当はいつも怖かったんです。いつか愛想を尽かされて、マサトさんがどこかへ行ってしまうんじゃないかって」
ナナの言葉はお門違いもいいとこだ。
本来ならその心配は俺がすることだ。パーティ内で最弱の俺が。
いくら一生パーティでい続けなければいけないとはいえ、このパーティは俺抜きでも十分にやっていけるポテンシャルを秘めている。それどころか、現段階でさえ俺の存在意義はなんだと言われれば、言葉に詰まってしまうほどだ。
俺がみんなの足を引っ張っているんだ。
「怖くて怖くて、たまらなかったんです! マサトさんが死んだと聞かされた時も、きっと恨まれていたんだと思って、苦しくて……」
ナナは両手を胸に当て、本当に苦しそうにそう言う。
ナナがこんなに苦しんでいるのに気づけなくて、俺の方こそ胸が苦しくなってくる。
この20日間、俺もそれなりの苦労をしたつもりだ。
死にかけて、右腕を失ってと。
だが、それは肉体的な話。精神的な面ではあまり苦労はしていなかった。
マキナがいたおかげで、俺はそんなに苦労しなかった。
それどころか、まあまあ楽しかった。
ナナの苦しみに比べたら、微々たるものだ。
「ナナ…………ごめんな」
俺は泣きじゃくるナナの頭にそっと手を置き、謝罪を口にする。
今の俺には、これぐらいのことしかできない。
ナナの苦しみを理解することは出来る。
だが、その苦しみを取り除いてやることは出来ない。
ナナは自分のせいで俺が傷ついたと、苦しんだと誤解していた。それもそれなりに長い期間。
この誤解が完全に消えることは、多分ない。
俺がどれだけ大丈夫だと言ったとしても、やはり心の底では負い目に感じてしまう。それがナナだ。
「今は……泣きたいだけ泣いていい」
ナナの苦しみを取り除くことは出来ない。
だがせめて、少しでも負担を軽くしてやりたい。
その気持ちがナナに伝わったのか、
「…………優しすぎます」
ナナはそう言い、体を俺に預けてきた。
目から涙はまだ溢れている。
だが、その顔はどこか安らかで、今までの苦しみに満ちた表情とは程遠いものに変わっている。
少しは、ナナの負担を減らすことは出来ただろうか。
「マサトさん……私は、マサトさんのそばにいていいんですか?」
「ああ、ずっといていい。というか、俺の方から頼む。ずっと俺を支えてくれ」
俺がそう言うと、ナナは涙でぬれた目を拭い、すっと立ち上がる。
「ありがとうございます。少し、元気になれました」
その時のナナの顔は、少しだけ晴れやかなものに見えた。
これですべてが解決したわけではないだろうが、今までよりは、よくなっただろう。
「じゃあ、帰るか」
「はい!」
俺はソウラを、ナナはアカネをおぶり、俺たちがいつも泊まっていた宿屋へと歩き出す。




