第65話 「再会」
さて、これからどこに向かうか。
ナナ達がいる場所、それは4つに分けることが出来る。
一つ目はソウラの家。
ソウラにあの二人をよく見ておくように言っておいたから、ソウラの家にいる可能性は非常に高い。
二つ目は俺がよく利用していた宿屋。
普段からあの宿屋で過ごしていたから、ソウラの家でなくあの宿屋にいる可能性も十分にある。
三つ目はギルド。
今の時刻は昼、ずっと家にこもっているとも限らない。
ならどこにいるかと考えれば、それはギルドだ。
暇をつぶすに適した、とも言えないが、何となく足を運ぶのならギルドだろう。
四つ目はこの街のどこか。
言ってしまえば、どこにいるか分からないだ。
ソウラの家とよく利用する宿屋以外、それも候補にあると言えばある。
そして、この街にある娯楽施設も候補だ。
ナナ達は今この街の外に出ることは出来ない。だとすれば、この街のどこかを散策している可能性もある。
この中から俺が最初に選んだ選択肢はと言うと、3つ目の選択肢、ギルドだ。
なぜなら、ギルドならナナ達もちょくちょく顔を出しているだろうと予測し、それならばナナ達がどこを拠点にしているかも分かる可能性が高いからだ。
まあ、見つけるまでしらみつぶしに探すわけだが。
「しかし、1カ月もたってないのに、なんか懐かしいな」
タストの街の賑わいはカンドの街にはなかったものだ。
比較的安全圏にある両方の街だが、やはりこの街の方が安全で、平和だ。
この平和はこの約20日の俺にはなかったもの。
自分の力量には見合わない場所でレベル上げをしていたわけだから、この平和は非常に懐かしく感じる。
できるなら、マキナと一緒にいたかったな。
「はあ~…………マキナ……」
不意にマキナのことを思い出してしまい、深いため息がこぼれてしまった。
マキナとこの街を歩きたかったな。
いや、考えていても仕方ない。
今はナナ達を探そう。
マキナのことを考えるのはもっと後だ。
俺は顔を両手でパンとはたき気合を入れ、歩き始める。
まずはギルド、そこで情報を集める。
簡単に見つかるはずだ。
たとえギルドにいなくても、何かしらの情報は手に入るはずだ。
楽観的思考でギルドへと向かう俺。
その足は軽やかで、スキップでもしてしまうかのように陽気なものだ。
マキナに振られ、意気消沈していた俺だが、ナナ達に久しぶりに会えることに多少なりともテンションが上がってしまっている。
というより、振られた悲しみを誤魔化しているに過ぎない。
自分の心をだまし、無理にテンションを上げているだけだ。
希望があるうちはこれでいい。
だが、希望が潰えた瞬間、それは一気に絶望へと変わる。
ギルドに着いた俺は受付の人の元へと向かい、話を聞いたのだが、
「ナナ様達は、一度もここへ来てはいませんね」
予想外の答えだ。
一度はここに足を運んでいると思っていたのだが、まさか一度も来ていないとは。
もしかして引きこもっているのか?
だとすればソウラの家か宿屋か。
俺はギルドを後にして、まずはソウラの家に向かう。
だが、
「ナナ様達ですか? こちらへは来ていませんね。ソウラお嬢様も長らく家を空けていますし」
ここもか!?
だが、ソウラの家に来ていないということは宿屋か。
宿屋にいるはずだ。
そうに違いない。
それ以外にあるはずがない。
だが、
「あっ、マサト様、お久しぶりです。あれ? お仲間の方は一緒におられないんですか?」
聞く前に分かった。
この宿屋にもナナ達は泊まっていない。
だとすれば、一体どこに行った?
この街からは出られない。
だからこの街のどこかにはいるはずなんだ。
俺は宿屋をすぐに出て、駆けだした。
行ったことのある場所、一度も行ったことのない場所、手当たり次第に走り回った。
「どこにいるんだぁ」
街を走って約二時間、日も少し落ち始めた時間だ。
ナナ達はどこを探しても、他の宿屋にも飲食店にも娯楽施設にもいない。
まだ探していないところは山ほどあるが、ここまで探して見つからないと、もう見つからないのではないかという不安が芽生え始める。
くそっ、神の奴にさえ連絡が取れればすぐに見つかるというのに、一体あいつは何をやっているんだ。
人が命がけで戦っている時も何も言ってこないし、本当に困っている時に限って使えない。
何であんなのが神になれたんだ。
「いや落ち着け俺、冷静になるんだ。今は神は関係ない。落ち着いてナナがいそうなところを考えるんだ」
俺は人が行き交う往来の真ん中で立ちすくみ、頭を動かす。
少し迷惑そうな目を向けられているが、心に余裕がない俺はそれに気付かない。
ナナがいそうな所…………。
全く思い浮かばない。
考えてみれば、ナナ達とクエスト以外のプライベートの付き合いはほんの数日しかしていない。
しかもその数日も、アカネが行きたいところを優先的に行ってたからな。
あまり自己主張をしないのはナナのいい所だが、今回は完全に裏目だな。
ならどうするか。
ナナのいそうな所は分からない。ならソウラとアカネが行きそうな所。
アカネはどこに行っても楽しそうだったから、候補は多すぎて絞れない。
ソウラの行きそうな所は、モンスターのところだな。
だが、今は街の外に出られないからその可能性は0。
…………よし、ローラー作戦で行こう。
この街にいることは確かなのだから、探していれば時間はかかっても、絶対に見つかるはずだ。
それからさらに数時間、日はすっかり落ちてしまった。
日本と違い街灯のないこの街では、ギルドや飲食店から漏れる灯りが唯一の光源なので、すっかり暗くなってしまった。
見えないこともないが、今、この状況でこの場所にいると、孤独感が尋常ではない。
俺はこの孤独感を少しでも抑えようと、近くにある店の中に入る。
店に入ると、むわっと酒のにおいが鼻にツーンとくる。
どうやら居酒屋だったようだ。
俺は空いている席に座り、壁に立てかけられているお品書きを見る。
メニューは、異世界ゆえによく分からないものが多いが、名前から推測するに酒とそのつまみがほとんどだ。
居酒屋だから仕方ないが、俺が好きそうなものが一つもない。
俺はとりあえず適当にいくつか注文した。
数分後、頼んだものが俺の目の前に並ぶ。
「これは……」
並べられた料理は、俺がよく知るきゅうりの漬物、そして枝豆だ。
居酒屋ならではのメニュー、だが異世界にはおよそ似合わないそれは、なぜか俺に安心感を与えた。
日本でしか見た事のない料理は俺に懐かしさを感じさせ、それが安心感を与えるのかもしれない。
「……うめぇ」
味も俺が知っている物そのものだ。
懐かしさで涙が出てきそうになる。
俺は涙があふれ出そうになる目を拭い、黙々と食べ続ける。
ものの数分ですべて食べつくしてしまった。
もっといろいろと頼もうと思ったが、自らの懐具合を考え、今回は自粛する。
だが、また来よう。
そう思い、ここを記憶に深く根付かせようと辺りを見回す。
キョロキョロと見まわしてみると、とある後ろ姿に目を奪われた。
中年だらけの客層の中に不釣り合いの、若い女性の後ろ姿。
その後ろ姿は3つある。
1つは少し小柄の黒髪の女の子。
1つは俺よりも身長が高い、女性にしては高すぎる背丈の、紫がかった髪の女性。
1つは他の2人よりも圧倒的に小さい、この居酒屋には普通は絶対にありえないだろう、深紅の髪の女の子。
「「見つけたあああああああ!」」
俺は反射的に立ち上がり、叫んだ。
俺の突然の奇行に店内のすべての視線が一斉に俺に注がれる。
いや、正確には3人の視線は俺の方に注がれていない。
俺は衆人に奇異な目で見られながら、3人の元へと早足で近づく。
3人の後ろ姿、あれは確実にナナ達だ。
俺は喜びに打ち震え、感動で少し涙が出てくる。
「ナナ! ソウラ! アカネ!」
大きな声で、3人の名を呼ぶ。
だが、俺の声が聞こえないのか、3人は黙々と枝豆を口に入れ続けている。
俺はナナの肩を掴み、無理やりに振り向かせた。
「なん……ですか?」
振り返ったナナは、俺を見ても何の反応を示さない。
目の焦点があっていない感じだ
「おい、どうした!? しっかりしろ!」
俺はナナの頬をペチペチと軽くたたく。
3回ほど叩いた時、ナナがようやく俺に焦点を当てた。
「えっ? マサト……さん?」
「ああそうだ。どうしたんだナナ? 何かあったのか?」
「だ……だってっ……! 神様がっ……!」
ナナは急に目を涙でいっぱいにさせ、俺に体を預けるように抱き着いてきた。
それに反応してか、ソウラとアカネも一様に俺の方に振り向く。
はじめはすごく嫌な目を向けられた。
だが、俺という存在を認識した瞬間、二人の表情が驚きに満ちたものになった。
そして、二人も目から涙を流しながら、その場に立ちすくむ。
「ど、どうしたんだお前ら!?」
俺はこの状況に困惑した。
俺は死ぬことはない存在、正確に言えば死んでも生き返るだが、それでも、俺がいつか帰ってくることは分かっていたはずだ。
なのに、何故この3人はこれほどまでに泣くのか。
そう言えば、さっきナナは神がどうとか言っていた。
もしかしたら、あのバカに何か吹き込まれたのかもしれない。
「おいナナ。神に何された?」
「ちょっ、人聞きの悪いこと言わないでよ」
突然、俺の頭の中に声が響いてきた。
この声は聞き覚えがある。
飄々と、軽い口調のそれは、神の声だ。
ここ3週間ほど、全くと言っていいほど連絡を寄越さなかった神が、なぜかいきなり出てきた。
……そう言えば、俺がさっき見つけたと言った時、声が重なって聞こえてたような。
「僕は本当のことしか言ってないからね! 本当だからね!」
「叫ぶな! 頭に響くんだよ!」
「うわぁぁぁぁあああん!」
「ああもう、こっちも!」
脳内には神の言いわけにも近いうるさい声が、耳にはナナ達の泣き声が鳴り響き、俺はうんざりしていた。
「ナナ、とりあえず出るぞ」
このままなら営業妨害になりかねない。
俺は抱き着くナナ達を引きずり、無理やり店の外まで連れて行った。
その際、ちゃんと会計はした。
「お前ら、とにかく一度宿屋に行くぞ」
「うっ……ひくっ……」
ナナ達はまだ泣き続け、とてもじゃないがまともに話が出来る状況にない。
しかも、この場で呻き続け、宿屋に連れて行こうにも一向に自分から動いてくれない。
しょうがないから、ここで待機か。




