第63話 「敗北と勝利」
俺の攻撃はロックタートルの体に傷一つ付けられずに弾かれた。
渾身の力を込めて振るった攻撃を弾かれ、俺は体勢を崩す。
そんな俺のスキをロックタートルは見逃さず、後ろ足を上げた。
右の前足を軸にし、ひねりを加えて後ろ足で俺の体に蹴りを食らわせる。
「ガハァッ!」
その蹴りは俺の脇腹に当たり、体中に衝撃が走った。
蹴り飛ばされた俺は宙を舞い、ゴロゴロと地面を転がっていく。
今の蹴りだけでも一気に10mほど吹き飛ばされた。
だが、かなりのダメージだと思ったのだが、思った以上のダメージはなく、すぐに起き上がれた。
レベルが上がったおかげか、それともロックタートルにそれほど攻撃力がないのか、どっちにしろ、これは嬉しい誤算だ。
「分かったでしょ。マサトの攻撃じゃ傷をつけられないってことが」
マキナはいつもより大きめの声でそう言うが、俺は諦めず再度ロックタートルに近づく。
「まだだ! 一回だけじゃまだ分からない!」
横っ腹は駄目だったが、他にもやわそうな箇所はたくさんある。
今のだけで諦めるのは早すぎる。
それに、攻撃を当てるだけならば簡単だ。
避ける作業もそれほど難しいことではない。
「キュア!」
ロックタートルは距離の空いた俺にまたしても酸を吐いてくる。
俺はそれを避けながら、距離を徐々に詰めていく。
先程の繰り返しだ。
モンスターとの戦闘はゲームに似ている。
最善の行動を探し、それを探し終えればあとはそれの繰り返し。
つまりは作業だ。
今の段階でも、ロックタートルとの戦い方の最善の行動は分かっている。
というよりも、あの防御力がなければこのモンスターは弱い。
よっぽど下手な行動をしない限り、やられることはないはずだ。
「キュウウウウ……」
ロックタートルは急に酸を吐くのをやめ、うなり始めた。
どうしたのかと俺はその場で立ち止まった。
そして、よくよく観察してみる。
見た目に変わりはない。
少し力を込めているように見えなくもないが、何か特別なことをするようには見えない。
そう思った直後、
「キュアアアアア!」
今までよりも広範囲に広がる酸が吐き出された。
俺の目の前は酸で埋め尽くされ、避けようがない。
後ろへ逃げても間に合わない、横に跳んでも避けきれない。
酸は俺に当たる寸前だった。
「危ないっ!」
だが、酸から逃れられなくなった俺を、マキナが圧倒的なスピードで俺を抱えて酸から逃れた。
広範囲にわたる酸を間一髪、無傷で回避した。
「大丈夫?」
「あ、ああ」
マキナが助けに入らなければ危なかった。
全力で逃げても体の一部には確実に当たっていた。
下手をすれば体全身に酸が当たり、大惨事になっていたところだった。
「マサト、もう帰りましょ。分かったでしょ」
「いや、あいつの攻撃パターンはもう読めた。次は平気だ」
今のような広範囲の酸攻撃はかなりのためが必要なことが分かった。
それさえ分かってしまえば奴の攻撃に当たりはしない。
「それに、まだ試してみたいこともある」
「……危なくなったら、また助けるから」
マキナは少し離れた場所で俺の戦いを見守る。
いつでも助けに入れるように、邪魔にならない程度で場所に待機しているのだ。
マキナの助けを当てにしているわけではないが、安心感がある。
「キュアッ!」
「当たらねえよ!」
ロックタートルは俺にめがけて幾度となく口から酸を吐いてくるが、そのような攻撃、ゲームで鍛えた反射神経と観察眼で軽々と避けれる。
攻撃のタメがこのモンスターは大きすぎる。
これならば、たとえ至近距離の目の前で攻撃されたとしても当たることはない。
そして、大して時間をかけることもなく、再び刀の間合いに入り込む。
横っ腹は駄目だった、なら次に狙うは下腹部。
俺は先程よりも少し弱めに刀を振るう。
もしも弾き飛ばされた場合、思いっきり振ると隙が大きくなってしまうからだ。
「そらあっ!」
『カキーン』
振り上げられた刀は、またしても気持ちのいい金属音を立てながら弾かれる。
そしてほんの少し体勢を崩した俺にロックタートルは再び蹴りを入れるが、さっきほど大きく体勢を崩したわけではない俺はそれを難なく回避する。
そして、次の攻撃に入る。
横も下も駄目、ならばダメもとで一番固そうな背中部分に斬りかかる。
だが、
『カキーン』
ロックタートルには傷一つ付くことなく弾かれる。
これで、胴体部分への攻撃はすべて完了してしまった。
もしかしたら細かい部分に弱点があるのかもしれないが、胴体への攻撃はやめておいた方が良いだろう。
なら次に狙うべきは手足、首、顔、これのどれかだ。
狙いやすいのはやはり手足、顔に近い方を攻撃すれば酸で攻撃してくる可能性がある。
普通にしていれば躱すことは容易だが、もし攻撃の途中で酸が降りかかって来れば、避けられないかもしれない。
なるべく安全に、無傷に近い状態で倒したいから、手足を先に狙うべきだ。
「んりゃあっ!」
ある程度の勢いをつけてロックタートルの後ろ足に向かって刀を振り下ろす。
だが、またしても金属音を立てて刀を弾く。
なら次は前足と、再び刀を振り下ろすが弾かれる。
これで、次に首と顔を狙うしかなくなった。
いや、正確にはもう一つ残っている。
だが、そこを狙うにはあまりにもリスキー、攻撃は避けるべき個所だ。
そこを狙うのは最終段階、本当に切羽詰まった時だ。
すぐに手がなくなって、切羽詰まった状況になりそうだが……
「キュアッ!」
「うおっと!」
突然首だけ振り向き、酸を浴びせようとしてくる。
さっきから何度もこの酸による攻撃をしているせいで、草原が一部一部焼け野原になってしまっている。
それだけでもこの攻撃のヤバさが窺える。
だがまあ、当たりはしないけどな
「おらっ!」
振り向いてくれたおかげで、顔を狙いやすくなった。
俺は剣先をロックタートルに向け、思いっきり突く。
剣先は額の部分を捉え、一直線に向かっていく。
今度こそダメージを与えてやる、そんな意気込みの元に放った攻撃だが、
『キーン』
またしても金属音を上げた。
攻撃が突きによるものだったおかげで弾かれることはなかったが、衝撃がモロに俺の体に伝わる。
手が痺れ、一瞬俺の腕は硬直した。
「キュイッ!」
刀が眉間に当たりながら、何の気なしに攻撃を繰り出すロックタートル。
俺はそれを腰をひねり、首を思いっきり曲げて、何とかそれを回避する。
そして、ひねりを戻す反動を利用し、その勢いのまま首を狙う。
片腕での攻撃となったが、勢いは申し分ない。
むしろ、無理やり放ったその攻撃は俺の今までの攻撃の中でも群を抜いた威力を誇っている。
刀はロックタートルの首に吸い付くように向かっていく。
『ガギッ』
今までとは違う鈍い音がした。
当たった箇所を見てみると、ほんの少しだが、傷がついている。
それはおよそダメージを与えているとは思えないが、確かに傷はついている。
いける、そう思っていたが、ここで一つ問題が起きた。
刀に、ひびが入っている。
根元の部分、ほんの一筋の一線だが、確かにひびが入っている。
このまま攻撃をし続けると、間違いなくこの刀は壊れるだろう。
今、この刀が使い物になるうちに、こいつを倒さなければいけない。
この刀があるからレベル上げを順調にできたのだ。
これがなくなった時、俺のレベル上げは難航を期すことは間違いない。
だから、俺の考えた攻撃法を、今やらなければいけない。
多少の危険を覚悟の上で。
俺はロックタートルと少し距離を取り、正面に立つ。
俺の考えた攻撃法では、この方が都合が良い。
「キュイッ!」
目の前に立った俺に当然のように酸を吐いてくる。
俺はそれを紙一重で避けながら、ロックタートルとの距離を一気に詰める。
もう見切った。
ための具合で攻撃範囲は分かるし、直線的な軌道でしか攻撃しないため、この攻撃を避けることは児戯に等しい。
なにより、あのゲームをクリアした俺に、見切れない攻撃なんかない。
「これで、終わらせる」
俺とロックタートルの距離はちょうど腕一本分ぐらいになった。
超至近距離にいる俺に、なんの躊躇もなく酸を吐いてくる。
だが、予想通りだ。
俺はそれを腰を曲げる動作だけで避け、酸を吐き終えたロックタートルの目の前で刀を構える。
剣先を奴に向け、大きな口を開けているロックタートルの口内へと剣を突きさす。
「どりゃあああ!」
突き刺した刀は、何かに当たった感触がした。
あまり深く刺さっていないことは感触でわかる。
それに、ロックタートルはこの攻撃に物ともしている様子はない。
だが、今までのどの攻撃よりも効果的であることは間違いない。
これを続けていけば、いずれ力尽きるはず……
そう思っていたが、
「キュウッ!」
「うおっ!」
突き刺した刀を抜こうとした瞬間、いきなり口を閉じた。
俺は刀を手放し、バックステップする。
俺が目の前にいるからさらなる攻撃をすると予想していたが、さすがに刀を刺されたらそっちの方に注意は向くか。
だがまずは、あの刀を手にすることが先決だ。
「マサト、手伝う?」
「いい」
マキナに任せたらロックタートルに致命傷を与えかねない。
それに、手伝ってもらうほどでもない。
見た感じ、刀の柄の部分には酸はかかっていない。
酸の勢いと、刀特有の鍔のおかげでなんとか酸は付着していない。
「キュイイ!」
刀が刺さった状態で、なおも酸を吐き続ける。
俺はそれを避けながら、刀を取る機会をうかがう。
刀を取るのはさっきのように、酸を吐き終えた直前だ。
でなければあの攻撃をくらいかねない。
まあ、そこまで頭を働かせる必要もないが。
「やっぱり、倒せないってだけで、生き残るのは余裕だな」
俺は余裕綽々で攻撃を避け続ける。
そして俺がロックタートルとの距離を大幅に詰めた時、酸を吐いてくる。
俺は足を踏み込み、頭を下げ、その攻撃を避ける。
そして、その瞬間に刀に手を伸ばし、掴む。
「よし!」
この時、俺は3つミスを犯していた。
1つは、俺が刀を掴む直前の攻撃を見なかったこと。
今の攻撃は、頭を下げて回避したことにより、見ていなかった。
だから気付いていない。明らかに、範囲が狭まっていたことに。
2つ目のミスは、刀を掴むことをゴールに設定していたことだ。
これにより、俺は刀を掴んだ瞬間に油断した。
刀を引き抜くことをゴールに設定すべきだったのに。
そして3つ目のミス、これが前2つのミスよりもはるかに大きく、致命的なミス。
ロックタートルの、モンスターの知能を甘く見ていたということだ。
「キュアッ!」
刀を掴んでいる俺の手めがけ、酸を吐いてきた。
今までの傾向から言えば、このタイミングの攻撃はありえなかった。
攻撃直後には少なからずのタイムラグがあり、最低でも1秒の間隔はあった。
ロックタートルは、狙っていたのだ。
この瞬間、俺が刀を手に取る瞬間を。
「ぐぁぁぁあああっ!」
あれほど当たることを拒否し続け、幾度となく避け続けた酸を、利き腕にモロに喰らった。
俺の右腕はシュウシュウという音を立てながら、煙を立てている。
熱い。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い
今まで感じたことのない熱が、俺の右腕にともる。
皮膚がただれる。まるで、硫酸を浴びたかのように。
ああ、分かる。
俺の右腕は、もう死ぬ。
あと数分のうちに、この腕は使い物にならなくなる。
刀を握ることはおろか、ゲームをすることも、何もできなくなる。
「マサトッ!」
マキナが声を荒げながら、俺の元へと駆けよってくる。
だが、マキナも俺同様油断していた。
ロックタートルの攻撃を余裕でかわす俺を見て、こんな状態になるとは思いもよらなかったのだ。
ゆえに、俺の元にたどり着くにはあと5秒ほどかかる。
ロックタートルの追撃には間に合わない。
すでに口を俺の方へ向け、攻撃の準備をしている。
これから、マキナが俺を守る術はない。
「逃げてっ!」
初めて聞くかと思うほどの、マキナの絶叫。
それほどまでに今の俺は追いこまれている。
一歩間違えば死ぬかもしれないこの状況。
この状況で俺は、あることを考えていた。
今の状況を打破する、いや、このモンスターを打ち倒せるかもしれない手を。
それを考えられたのは、意地だったのかもしれない。
俺の右腕が、モンスターの知能に負けて、死ぬことがどうしても許せない。
100を超えるモンスターの攻撃パターンが頭に入っている。
俺に知能で勝てるモンスターも、プレイヤーも存在しないはずだ。
それなのに、モンスターの知能に負けていいわけがない。
「だから……勝って死んでやる!」
俺は酸を帯び、皮膚がただれ泥のようになった腕を、ロックタートルの口の中へとぶち込む。
「ぐうっ!」
口の中にある酸が俺の腕をさらに蝕む。
見えないが、分かる。
俺の腕はもう原形をとどめていないことが。
だが、まだ感覚はある。
死にかけのこの腕でも、出来る。
「ファイアァァァァアアアア!」
渾身の力をこめ、叫んだ。
俺の手のひらがあった場所から火球が作り出され、ロックタートルの体の中へと入り、駆け巡る。
「ぐあああああああ!」
「キュイッ!」
ロックタートルの声とともに、俺も叫んだ。
たまらないほど熱い。
先程の焼けるような熱さ以上の、実際に焼けている熱さ。
俺の魔法は、俺自身にもダメージを与えた。
だが、ロックタートルも確実にダメージを負っている。
「くっ……うおぉぉっ………ファ……イアッ……!」
熱さと激痛をこらえながら、二度目の魔法を放つ。
火球はロックタートルの体内を駆け巡り、一瞬の後に、こもった爆裂音が聞こえてくる。
「キュ……ィッ……」
ロックタートルはひざを折り、その場に崩れ落ちた。
体から煙をあげ、所々に火を帯びながら。
おそらくは俺の魔法が酸に引火したのだ。
「ファッ……うぐっ……!」
とどめの一撃と、再度魔法を放とうとしたが、右腕を駆け巡る激痛により、ファイアの一言さえ言えない。
あと一発、こいつはあと一発魔法を放てば倒れる。
分かるんだ。
こいつはもう虫の息、あと一発で俺の勝ちなんだ。
痛みがなんだ。
こんなもの、死ぬことに比べたら、なんてことねぇ!
言え、言うんだ。
たった一言、力を込めてファイアと叫べば、それだけで勝てるんだ。
「キュアアアアァァァッッッ!」
ロックタートルが雄叫びをあげながら、大口を開ける。
それにより、二つのものが見えた。
ひとつは、燃え盛る俺の右腕。
これだけで分かった。この酸は引火性、火属性魔法1発で倒せることに確信を持てた。
そしてもう一つは口の中には俺の手を蝕む粘液、酸が見える。
これを放たれたら俺は終わり。
負けだ。
そんなこと、絶対に嫌だ!
「くっ……うぉぉぉおおおおお…………ファイアアアアアア!」
痛みをこらえて放った火球、それはロックタートルの口の中の酸に引火し、燃え盛る。
やがてその火はロックタートルの体中を包み込む。
「キュアアアァァァァ!」
燃え盛る火炎の中で、断末魔に近い叫び声をあげながら暴れまくる。
「マサト、こっちよ!」
俺は、ようやく追いついたマキナに抱えられ、ロックタートルから離れる。
その際、マキナの驚異的なスピードによって発生した風で、俺の右腕の火は消えた。
安全地帯へと身を置いた俺は、炎に包まれるロックタートルを眺める。
痛みで意識は朦朧としている。
少しでも気を抜いたら気を失ってしまう。
だが、この目で見届けるんだ。
俺のことを、初めて知能で出し抜いたこの敵の最後を、見届けたい。
「キュウウゥゥゥ…………」
数十秒後、あれほど暴れまわっていたロックタートルは地面に倒れ伏し、身動き一つ取れなくなる。
そしてさらに数分後、消し炭となって消えた。
「終わった……か?」
念のためにカードを確認すると、そこには確かにランクDと書かれていた。
勝ったんだ。
俺一人の力で、このモンスターを倒したんだ。
「やったぜ…………マキ……ナ……」
「マサト……? マサト!?」
俺の完全な勝利を見届けた後、俺は意識を失った。




