第62話 「一対一」
「第一回! 倒せ! ロックタートル! 作戦会議ィィィィ!」
必要以上に甲高くされた声が小さくボロイ部屋中に響き渡る。
「おぉぉ……」
こちらは対照的に、か弱く小さい声だ。
声にやる気は一切感じられない。
不快に思っていなさそうなのが唯一の救いか。
「これからロックタートルを倒す方法を考えて行こう! マキナさん、何か策は?」
「ないわ」
無駄に高いテンションの俺とは対照的に、マキナはいつも通り無表情で即答する。
「そこをなんとか! 何か手はないか!?」
「うっせえぞおおおお!」
隣の部屋から野太いおっさんの怒号が、壁の殴打音とともに響いてくる。
ちょっとうるさくしすぎたな。
「……静かにさせる?」
マキナは握りこぶしを見せながら聞いてくる。
いったいどうやって静かにさせるつもりなのか。
「いやいい。悪いのは俺だし」
「でも……平気?」
マキナは心なしか心配そうな顔つきで聞いてくる。
最近、マキナが表情を出すように思えてきたな。
「明日が不安だから、そうやってふざけたふりしてるんでしょ」
「なっ……!?」
俺は図星を突かれて一瞬固まってしまった
確かに俺は明日ロックタートルと戦うのが怖くて、不安で、無駄にテンションを上げてた。
「やっぱりもっと力をつけてからの方が……」
「善は急げ! 思い立ったが吉日! 早いに越したことはない」
本当は3か月後なんて長い期間を言われて焦ったから、明日戦うなんてノリで言ってしまった。
若干の後悔はある。もう少し後の方が良いとも思っている。
だが、一度口にした以上、絶対にやる。
「だから何か策を」
「無理よ」
何度聞いても、マキナの答えは変わらない。
俺がロックタートルに勝つ確率は0、確実に負けると。
実際のところ、俺もまともに戦って勝てるとは思えない。
だからこそマキナに何か案があればと思ったんだが。
「マサト、無理しなくてもいいじゃない。倒せないものは仕方ないんだから」
「だけど……なるべく早く帰るって、言っちまったんだよ」
多分、ナナ達も俺に無理なんかしてほしくはないと考えているんだと思う。
俺が命がけの戦いをするよりかは、長い時間をかけてじっくりと安全に戦ってほしいと。
だけど、俺はやる。
ただのわがままだ。
俺が、みんなと離れていることに不安を感じているから。
「明日無理そうだったら、3か月後にチャレンジするよ」
いかに意気込もうが、マキナの言う通り倒せないものは倒せない。
明日の戦いで勝機が全くと言っていいほど見えなかったら、時間を置く他ない。
その時、俺は不安そうな顔をしていたのか、マキナが予想外の言葉を発する。
「もしマサトの仲間がマサトを忘れることがあれば、私のところに来ればいいわ」
俺を気遣って言ってくれた言葉に過ぎないだろうそれは、俺の心にある不安を、多少なりとも緩和してくれた。
私のところに来ればいい、一歩間違えばプロポーズに聞こえてしまうが、マキナだからかそのような勘違いをすることなく、言葉を真摯に受け取れる。
きっと、マキナとも楽しくやれる。
そう考えると、明日の不安もだんだんと無くなっていった。
「じゃあ、今日はもう寝ましょう。明日に備えて」
「そうだな」
結局何の策も浮かばないまま、俺たちはベッドに入り目を閉じる。
無策のまま眠ること、まるで勉強をしないでテストに臨むようだ。
正直、不安が完全に消えうせたと言えば、嘘になる。
だが、マキナが隣にいることが、何故か安心する。
この安心は、ナナ達といる時と少し似ている。
今までの、マキナの力を知っているからこその安心とは違う。
マキナと言う人間を、心の底から信用しているからこその安心なのだと、俺は思っていた。
そして、朝はやってくる。
軽く朝食を取り、戦いの準備を済ませる。
カードの中にはある程度の傷薬と魔力水、食料と飲み水、そして一応ナイフを収納している。
準備は万端だ。
あとはある程度モンスターを倒して体をほぐし、体を万全の状態へもっていくだけだ。
「とその前に、まずはギルドに行くぞ」
一応、簡単そうなクエストは受けておきたい。
どんな時でもお金のことは忘れない。
貧乏人の悲しい性だ。
そうして意気揚々とギルドに向かったのだが、
「臨時休業?」
ギルドの入り口には臨時休業と書かれた張り紙が張られており、周囲にいる冒険者は不満の声を口々にしている。
「何かあったのか?」
俺はそのへんの冒険者に声をかけて尋ねる。
「分かんねえ。ギルドが休みなんて初めてのことだしよ」
理由は分からないのか。
まあ、知ったところでどうしようもないことだが。
出鼻をくじかれた思いだが、今日のところは構わない。
一番の目的はロックタートルを倒すこと、クエストはついでに過ぎないのだから。
「んじゃ、モンスターを倒しに行くぞ」
俺はクエストは諦め、モンスターを倒しに向かう。
ロックタートルの生息地はここから30分ほど歩いたところ、だからその少し手前辺りでモンスターを倒す。
モンスター退治は順調だった。
さすがに刀での戦闘も少しずつだが慣れて行き、マキナの援護なしでも、動きの遅いモンスターなら倒せるようになった。
ロックタートルはその名の通り亀のように遅いモンスター、これぐらいできれば十分だろう。
さすがにゲームと全く違う動きはしないだろうし、もしかしたら勝機はあるかもしれない。
そんな楽観的思考でモンスターを倒していった。
体の調子は極めて順調、レベルも1上がり、俺のモチベーションは確実に上がっていった。
これならば倒せるだろうと、敵を見ないまま根拠のない自信が沸いてくる。
それから数10分、体の調子は今までにないほど絶好調と言えるものになっている。
敵の動きは冷静に見ることが出来るし、攻撃もいい感じに当たる。
今なら一人でもダルトドラゴンレベルなら圧倒できる自信がある。
「どうだマキナ。ロックタートルも倒せるんじゃないか?」
「……やっぱり、無理よ」
俺の自信とは裏腹に、マキナは心配そうに否定する。
その発言に自信が少し揺らいだが、俺は構わずモンスターを倒しまくった。
俺の体はモンスターの返り血で赤く染まり、刀も血を滴らせている。
血で染まるたび、俺に自信がみなぎるような錯覚に陥っている。
俺は多分、一種の興奮状態に陥っているのだろう。
「そろそろ、倒しに行くか」
レベルが22になった段階で、モンスターを狩るのをやめ、ロックタートルがいるであろう場所へと向かう。
途中、モンスターの返り血で血まみれになった刀をカードに収納していた水で洗う。
かなり雑に扱っていたが、切れ味が落ちることはなかった。
さすがに5万もしただけのことはある。
武器は問題ないはずなんだ。
むしろ、ロックタートルを倒すには十分すぎるほどの武器、これがあればたいていのモンスターは倒せるはずだ。
そして歩くこと10数分、俺の目の前にロックタートルが出現する。
「キュゥゥゥ」
鳴き声はずいぶんと高い声だ。
実際の亀は鳴いたりなどしないが、この世界のモンスターは、俺が元いた世界の動物と似ている部分はあるが、やはり違う。
ロックタートルは背中には甲羅のように格子状の跡がついているが、甲羅はなく、手足もそこそこ長い。縦よりかは横に長く、縦の高さは俺より少し高いぐらいだが、横の長さは2mはある。
これでもし動きが速ければどうしようか。
今見た感じでは驚くほど鈍いが、いざ戦闘が開始すればどうなるか。
「じゃあマキナはそこで見ててくれ」
「ええ。無茶はしないでね」
俺は刀を握り直し、ロックタートルの後ろ側へと向かう。
正面から戦うなんて無謀なことはしない。
まずは後ろに回り込み、動きを観察だ。
「キュゥゥゥ」
ロックタートルは俺など歯牙にもかけず、辺りを徘徊している。
その動きは本物の亀のように遅い。
足が離れてから地面に付くまでが遅すぎるせいか、中型以上のモンスターが歩くときに鳴る地響きはまるで来ない。
「ファイア!」
俺は全く気が付かないロックタートルにしびれを切らし、魔法を放った。
俺の魔法はロックタートルの背中部分めがけ、直進する。
敵に比べれば全然小さいが、レベルが上がったおかげで威力も上がっている。
大ダメージとはいかずとも、それなりのダメージを期待していた。
だが、
「キュウウウ?」
魔法が当たったロックタートルは、俺の存在に気付いたみたいだが、魔法によるダメージは一切感じていないようだ。
そして、ロックタートルは今までの鈍さはどこへ行ったかと思うほどに、俊飲な動きで振り向き、俺に顔を向ける。
「キュウアア!」
ロックタートルの口から液体が放たれた。
その液体は、粘性の、ローションのような液体だ。
俺はそれを真横に思いっきり跳び、何とか回避に成功する。
「これが、こいつの攻撃手段か」
液体の方を見てみると、雑草がシュワシュワと音を立てながら枯れていく。
おそらくは酸の類だろう。
これは絶対に直撃してはいけない攻撃だ。
「キュアッ!」
ロックタートルは俺へとめがけ、再びさっきの液体攻撃をする。
液体自体にはそれほどのスピードはなく、予備動作も分かりやすいものなので、俺は全てを何とか回避できている。
そして、回避しながらロックタートルとの距離を縮め、間合いを詰める。
あと少しでこの刀が届くぐらいの距離だ。
「あと少し、あと少し」
じわじわと距離を詰めていき、ようやく間合いに入った。
俺はロックタートルの横へと回り込み、刀を振るう。
狙うは横っ腹。
格子状の背中は一番硬いだろうと予測した俺は、そこよりも少し低い位置にある体を狙った。
ロックタートルは俺の攻撃に反応しきれていない。
俺の攻撃は狙い通り横っ腹に当たる。
だが、
『カキーン』
気持ちのいい金属音が鳴り響いた。




