第59話 「憂さ晴らし」
今日の成果は上々だ。
クエストで1000G稼ぎ、その後のレベル上げも順調に進み、レベルが2上がった。
これもマキナのサポートのおかげだ。
「マキナ、今日はありがとうな」
俺はボロい宿屋のベッドに座り込み、マキナに礼を言う。
マキナの家のベッドに比べれば多少固く、今の俺の体には悪いが、所持金1500Gの身空でわがままは言えない。
マキナも別に部屋はどうでもいいみたいだし、ランクアップするまで極貧生活確定だ。
「しっかし、まさかライが手助けに来るとは思わなかったな」
鉱石集めが多少効率的になっただけとはいえ、ライはまあまあ役に立った。
もしくれた金が10000とかだったら感謝感激だったのだが、あいつにそこまで期待するのはよくない。
なんといってもライだ。
「あのライって人、あなたの友達?」
マキナは俺と同じベッドに座り、尋ねてくる。
実はこの部屋は一人部屋だ。
節約とかそんなことではなくただ部屋がこれ一つだけしかなかったという理由だが、マキナなら別にいい。
なんたって2週間毎日、同じベッドで寝ていたんだからな。
「友達なわけないだろ。あんな馬鹿」
今は頭がパアになって以前よりも俺に敵意がない分マシになったが、友達と呼べるほど好意的な感情は抱いていない。
だが、マキナはそうは思わなかったらしい。
「マサトは、ライの前だと正直だった」
マキナの言葉で、俺は少し考えた。
あいつの前だと正直?
というか、普段から猫かぶってるわけじゃないから正直だとは思うんだが。
「正直と言うより、安心してると言った方がいいかしら」
さらに頭が混乱する。
俺があいつの、ライの目の前だと……安心する?
ばかばかしい。
マキナのような強い奴や、ナナ達のような俺の唯一の仲間なら話は別だが、ライといて安心することなんかあるはずがない。
あいつは俺より弱いんだから。
「マキナ、あんまり馬鹿なこと言うもんじゃないぞ」
俺はほんの少し嘲笑気味に言い返す。
それに対してマキナは淡々と言葉を重ねる。
「マサトはどんな人に対しても、怯えていたわよね」
「そ、そんなことはねぇよ」
俺は少し、ほんの少し否定するのを躊躇った。
その少しを見逃すマキナではない。
「自覚、していないの?」
自覚も何もない。
俺は怯えてなんかない。
「マサトは、ライより弱くないけど臆病よ」
「なんだと?」
その言葉は聞き捨てならなかった。
決して比べられたくないやつと比べられ、あまつさえ下に見られている。
俺の心の底から何かがフツフツと沸いてくるのを感じる。
「ライだけじゃない。私が見てきた人間の中で、一番臆病」
「やめろよ」
聞きたくない言葉がマキナの口から流れてくるのが耐えられず、制止の言葉を口にする。
だがマキナはやめない。
「不思議よね。モンスターは平気で、人間に怯えているのだから」
「やめろって……言ってるだろ」
マキナの発する言葉は俺に自覚させる。
認めたくなくて、無意識のうちに頭の中から排除していたものを。
「だから信じられないの。マサトが仲間のために頑張っているのが」
マキナは単純に、知的好奇心で言っているに過ぎない。
ただ気になるから、それだけの気持ちだ。
だが、邪気がない分それは、確実に俺の最も嫌がる部分を突いてくる。
「マサトはライには怯えなかった。これはどういうこと?」
「…………下に見てるからじゃないのか」
違う、本当は分かった。さっきまで分からなかった。俺がライにだけ怯えないわけを。
ライに怯えない理由、それは俺よりも弱いからじゃない。
「マサトよりも、ライよりも弱い人はたくさんいたわ。だけど、マサトはその人たちの目も気にしてたわ」
「あいつのことはよく知っていた。他の奴らは知らなかった。納得しろ」
俺は口に出したくなかった。
自覚したことを、認めたくなくて。
この話はもう終わりにしたい、その意味を込めて納得しろと言った。
だがマキナは俺のそんな気持ちは知らない。
「ライのパーティの人たちは、知っていたでしょう?」
確実に逃げ道が消されていく。
ああ言えばこう言う、だが筋は通ってる。屁理屈ではない。
だからこそ、厄介だ。
「俺が……あいつらに怯えていたっていうのか?」
「……少し」
マキナには何もかもお見通しと言うことか。
どれだけ外装を取り繕うとも、その外装のほころびを見逃さず、引きはがす。
「どうして、ライの前だと平気だったの?」
マキナは人の気持ちを考えない。
ただ自分の知的好奇心を満たすために行動する。
恐ろしいほど自分に正直に行動する。
それはたまらないほど腹立たしい。
「もう……黙れよ」
マキナに俺の中のすべてが曝け出される気がした。
そのことにいら立ち、恐れた。
「私はただ、知りたいだけよ」
「黙れよ!」
俺は反射的に声を荒げた。
そしてベッドに横になり、毛布をかぶり目を閉じる。
マキナの声は聞こえてこない。
俺の反応でさすがにこれ以上は踏み込むべきではないと判断したか。
数分後、俺はすぐに就寝した。
朝起きると、隣にマキナはいない。
いつもなら俺の横にいて抱き着いているか、すでに起きてモンスターの世話をしているかのどっちかだ。
だがここにモンスターはいない。外に出るわけがない。
俺は辺りをキョロキョロと見渡し、マキナを発見する。
床で寝ているマキナを。
昨日、俺が声を荒げてマキナに黙れなんて言ったから、部屋に一つしかないベッドに入ってこれなかったのか。
その光景を見て、非常にやるせない気持ちになった。
いくらいら立たせるような質問をされたからと言って、命の恩人であり、ケガをしているこんな俺のサポートをしてくれるマキナに、こんな仕打ちをしている。
「くそっ!」
俺は手に刀を持ち、草原へと向かう。
ケガの所為かあまり早くはないが、出来る限り思いっきり走って、モンスターのいる草原へと向かう。
草原に着いた俺の目の前には、モンスター達がうろついている。
サイズで言えば俺と同じぐらいの、イノシシのような見た目をしたモンスター。
名前は何だったか。
いや、どうでもいい。
俺はイノシシの後ろから近づき、持っていた刀を振りかぶり、振り下ろす。
「ピギャアアアア!」
不意打ちをくらったイノシシは真っ二つに分かれ、血を吹き出す。
そして俺は辺りを見回し、再度モンスターに向かって攻撃する。
「うおおおおおおおお!」
モンスターを見つけては斬り、見つけては斬る。
あれだけ扱いに不慣れだった刀を器用に振り回し、モンスター達を斬り捨てていく。
しかし、刀を振りまわすたびに傷が悪化し、体中に激痛が走る。
骨が軋む、ミシミシと不吉な音を立てる
俺はその激痛を無視し、モンスターを斬りまくる。
分かっている。こんなのただの憂さ晴らしだ。
レベル上げのためでもクエストのためでもない。
ただ、むしゃくしゃするからモンスターを斬りまくっている。
最低だ。
自分でも反吐が出るくらい、最低な行為だ。
だからこそ、斬るたびにいら立ちが増していく。
こんなことをしても意味はない。
だけど、止められない。
やがて、数十匹のモンスターを倒した時、俺の体は崩れ落ちる。
そんな俺に周囲のモンスターが寄ってくる。
体を起こすことが出来ない俺は、壊さないように刀をカードの中へと収納する。
こんな状況だというのに、貧乏性だな。
「ピキュルルルルル」
おかしな鳴き声を上げながら、モンスターが俺に顔を近づける。
モンスターは口を大きく開けながら、近づく。
ゆっくり、ゆっくりと焦らすように近づけ、よだれをポタポタと流している。
そんなモンスターに向かって俺は手のひらを向け、
「ファイア!」
魔法を放った。
俺の手のひらから放たれた火球はモンスターの口の中へと入っていき、モンスターの体内から爆裂音が、こもった音で聞こえてくる。
そして、口から煙を吐きながらその場に崩れ落ちた。
だが、その煙が狼煙となって、周囲のモンスターをさらに近づける。
逃げ場はない。
「ははっ、我ながら、バカなことをしたな」
感情に任せてこのようなバカげた行為をした自身をあざ笑いながら、俺は目を閉じ、もう何度目になるかも忘れた死を覚悟する。
今なら、あの苦しみも耐えられそうだ。
むしろ、あの苦しみならこのいら立ちを吹き飛ばしてくれる。
そんな狂った期待をしながらモンスターが近づいてくるのをゆっくりと待つ。
モンスターの足音が、俺に近づいてくる。
あと少し、1分もしないうちに俺は死ぬ。
こんな状況になっても神の野郎は一切話しかけてこない。
俺、本当に死ぬのかな?
そんなことを考えながら、俺の意識はだんだんと薄れていく。
あれほどのケガを負いながら、刀を振りまわしたツケが今回ってきた。
もう、関係のないことだが。
だって、どうせ死ぬんだから。
落ちていく。
分かる、意識が遠のいていくのが。
モンスターの足音も、もう耳に入ってこない。
俺は、完全に意識を失った。




