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クリア済みゲームを今度はリアルで救う  作者: エスト
第三章 新たな街へ
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第58話 「馬鹿な奴」

 さて、現在の状況を整理しよう。

 俺たちは今、暴力事件を起こした罪により一文無しとなってしまった。

 このままではクエストを受けなければ一番安い宿屋に泊まることすら困難だ。

 最終手段としてマキナの家に戻るという方法はあるが、それはもうできる限りしたくない。

 ここを拠点にレベル上げをした方が効率がいいからだ。

 だからこそ、俺たちの取るべき方法はクエストを受けつつレベル上げをするということだ。

 そのために俺たちはギルドに来ている。


「じゃあマキナ、クエストを受けるぞ」


 今の俺たちに適したクエストは採取クエストだ。討伐クエストではマキナが倒したモンスターはカウントされない。

 かといって、この町周辺のモンスターを倒すのは今の俺には厳しいかもしれない。

 採取ならマキナにバンバン倒してもらえばいい。


「どれにしようかな?」


 俺はギルドの掲示板を物色し、割のいい採取クエストを探している。

 すると、


「あっ、マサトじゃねぇか」


 聞き覚えのある声が俺の名前を呼んでいる。

 その声のした方に顔を向かせ、俺は掲示板に視線を戻す。


「無視すんなよ!」


 俺を呼んだ声の主が声を荒げている。

 だが、気にしないでおこう。


「おい! おーい! 聞こえてますかー!」


 その声の主は顔を俺の耳元に近づけ、さらに声を大きくする。

 だが俺はそれを無視し続ける。

 だがマキナはその声が鬱陶しかったのか、声の主の頭を掴む。


「な、なんだ!? イ……イツツツツ……」


 このまま無視を決め込めばこの男の頭はそのうち潰れるだろう。

 だが、それでは暴力事件に発展してしまうかもしれない。

 今回のは正当防衛でも何でもないのだから。


「マキナ、離してやれ」


 俺がそう言うとマキナは無言で手を離す。

 マキナの驚異的な握力から抜け出した男は数秒うずくまったのち、マキナに敵意ある視線を向ける。


「てめえ、人類の宝とも呼べる俺様の頭を握りつぶそうとしやがって。覚悟できてんのか!?」


「何が人類の宝だ。家に帰って穀でも潰してろ。ライ」


 先程から俺に絡んでくる男の正体はライだ。

 よく見るとライの仲間のシックたちもいる。


「ひどっ! せっかく手助けに来てやったのに」


 ったく、弱いくせに何が手助けだ。逆に足手まとい……


「手助け? お前が?」


「ああそうだ。気落ちしているソウラが見ていられなくてな、お前がさっさとランクアップできるように手助けに来たんだ」


「いらん。ていうかお前捕まったんじゃないのか?」


 俺の記憶が正しければこの馬鹿は裁判での馬鹿な発言で捕まったはずだが……


「そんなもの、金を払ってすぐに釈放さ」


 こいつ、俺がこんな状況になっているってのに金で解決なんて……ヤバイ、殴りたくなってきた。


「それよりもマサト……この女はなんだ!? お前、一人なのをいいことに女とイチャコラしてたわけじゃ――――」


「マサト、これは倒したらいいの?」


「……軽めに一発ならいいぞ」


「おい、何言って――――ゲブハァッ!」


 マキナは躊躇せずにライの顔面を殴った。

 軽めにと言ったつもりだが、ライの体はものすごい勢いで吹き飛び、壁にぶち当たった。

 この光景を周りの冒険者は一瞬振り向き、すぐに興味を無くした。

 こういう暴力事件は日常茶飯事なのだろうか。


「……殺してないよな?」


「大丈夫よ」


「ラ、ライ様ぁぁ!」


 シックたちは壁にめり込んだライのもとへ駆け寄り、壁から引きはがす。

 うん、見たところ死んでないようだ。

 よかったよかった。


「んじゃ、このクエストにすっか」


 俺は何事もなかったかのように掲示板に張ってあるクエストの張り紙を取り、クエストの受注を済ませる。

 クエストはここから数十分歩いたところにある洞窟の中に存在する鉱石の採取、これだけで1000G稼げる。


「んじゃ、さっそく出発するぞ」


「ちょっと待てぇぇ!」


 俺たちがギルドから出るとき、ライがボロボロになりながら俺たちの前に立つ。


「俺たち、クエスト行く、邪魔」


 そう言いギルドを出ようとするが、ライは俺たちの行く手を遮り続ける。

 マキナがこぶしを握り振りかぶろうとしたので、俺は慌ててその手を止める。


「マキナ、また暴力事件になったらシャレにならん」


 今度こそ確実に牢屋に直行だ。

 これ以上の時間の無駄は御免被る。


「まずは話を聞け」


「やだ。じゃあな」


「待て! 話を聞かないなら、ソウラたちにマサトは女の子と二人でいたって言うぞ!」


「おまっ、それはずるいぞ! 大体マキナは俺のランクアップを手伝ってくれているだけで、別に変な意味はないからな!」


「じゃあ話を聞くな?」


「くっ、ちょっとだけだぞ」


 こいつ、馬鹿のくせにこずるいことを。

 ナナ達にこの状況を伝えたら、伝え方次第だが絶対に誤解される。

 それだけは絶対に避けたい。


「じゃあ言うけど、この俺様がランクアップを手伝ってやる!」


「今のマサトよりも弱いのに?」


「なっ!?」


 マキナの放った言葉、それはライの急所を確実にえぐった。

 というか、今の怪我した俺よりも弱いって相当な弱さだぞ。

 やっぱりライはライだな。ちょっと安心。


「というわけだ。俺はもう行くぞ」


「待った! この女に何でそんなことが分かんだよ!」


「マキナは俺やソウラたちより強い。下手したらレイトぐらいな」


「レイトと……だと?」


 納得したな。

 事実マキナの実力はレイトぐらいあるかもしれない。

 どっちも本気で戦ったとこを見た事ないけど。

 まあでも、今さっきマキナにぶっ飛ばされたライからすれば納得してしまうだろう。


「俺より弱い奴は使えない。だから帰れ。以上!」


 これでおとなしくなるだろう。

 さーて、お金と経験値を稼いできますかね。




 そして目的の洞窟まで来たのだが、


「帰れ」


「嫌だ」


 ライたち4人は結局俺たちについてきた。

 はっきり言って邪魔だ。

 ライどころかシックたちも俺より弱い。

 まあ俺はこの武器のおかげってのもあるけど。


「マサト、ここなら事件にならないわ」


 マキナはライたちにも聞こえるぐらいの声で俺に提案する。

 その言葉を聞いたライたちは一瞬、体がビクつかせる。

 というか4人とも足が震えている。


「じょ、冗談だよな?」


「マキナが冗談言ったのを聞いたことはない」


 マキナは全てを合理的に判断する。

 ライたちは不要と、殺しても問題ないと判断しているに間違いない。


「この人たちは本当に邪魔よ。いくらここのモンスターが弱くても庇いきれないわ」


 だから殺すと……怖いわ!

 何だその理屈。

 モンスターに殺されるなら私の手でってか?

 どんな思考回路だ。やっぱりこいつはどこかおかしい。


「じゃあ、鉱石を採取している間、お前は俺を守ってくれ。この4人は俺の周りに置いとく、それでどうだ?」


「……ええ、それならいいわ」


 さすがにこの4人が死ぬと寝覚めが悪いからな。それにもしかしたらソウラも少し気に病むかもしれないし、助けられる範囲でなら助けてもいいか。

 助けるのは俺じゃなくてマキナだけど。


「ていうかさ、何でお前が俺を手伝いにくんだよ」


 こいつからは敵意を持たれるようなことしかした記憶がない。

 決闘で盛大に負かしてやった。ソウラとの結婚話もぶっ壊してやった。

 俺のことを殺しに来ても、助けるなんてことありえない。


「ふっ、俺は気付いたんだよ。これは愛の試練なのだということに」


「何言ってんだお前?」


「ライ様、イルクの水を使ってからちょっと変なんです」


 ライのよく分からない発言を聞いて首をかしげる俺にシックが耳打ちする。

 イルクの水を飲んだ後遺症ってわけか。ナナは何ともなかったのに、ライはちょっと頭がパァになっているらしい。


「俺は、俺を倒しソウラのお母様に認められたお前に、正直嫉妬した。だが気付いたのさ! お前こそが俺の試練そのものだと!」


 ライは興奮気味に声を大にして言っているので、その声が洞窟中に響き渡る。

 はっきり言って不快だ。

 だがなおもライは止まらない


「俺はお前を超えることを目標にした。そうすればソウラが俺に振り向いてくれると信じて。そんなお前が、わけの分からない罪で犯罪者となって言い訳がない!」


 なるほどな、全部合点がいった。

 今ライがここにいる理由と、裁判の時に俺の無罪を証明しに来てくれたことが。

 とりあえず俺に対する敵意はないってことでいいみたいだな。


「じゃあ帰ってくれ。お前はいない方が良い」


「試練であるお前を超える、そのためにはお前がランクアップすれば俺もランクアップする必要があるんだ!」


「帰れ!」


 それから再度、ライに町に戻るように言うが、一向に聞かない。

 俺の言葉は空しく洞窟中に響き渡る。


「マサト、鉱石ってあれ?」


 ライとのくだらない問答を繰り返していると、いつの間にか目的の場所にたどり着いた。


「マキナは見張っててくれ」


 マキナの周囲の見張りを頼み、俺はカードから採取用のつるはしを出して鉱石採取を始める。

 そして採取を始めてから十数分、音につられたのかモンスターがやってくる。


「キィィィィ!」


 甲高い鳴き声を上げるモンスターは、蝙蝠こうもりのような見た目だ。

 確か名前はハウルバット。

 そのモンスターはパッと見だけでも数十体、普通なら一人で対処できる量じゃない。

 だが、マキナは顔色一つ変えずにモンスターを迎え撃つ。


「キィッ!」


 マキナはにぎり拳を作り、ボクサー顔負けのスピードのあるパンチを連発する。

 サイズはさほど大きくない、そして素早く動くハウルバットたちに確実に拳を当てるマキナ。

 ハウルバットは1匹、また1匹と次々に数を減らしている。

 数十秒したのち、飛び回っていた数十匹のハウルバット内、十匹以上は地面に顔をつけ、息絶えている。


「おいマサト! 何だあの子は!? めちゃくちゃ強いぞ!」


 ライたちは採取していた手を止め、マキナの戦闘を驚愕しながら見ている。

 俺もマキナの戦闘をまともに見るのは初めてだから、多少の驚きはあったものの、これぐらいは想像していたので作業を止めて見入るほどのことではない。


 それにしても、やはり仲間が強いと安心感がある。

 ナナたちも信頼関係がある分、かなりの安心感がある。だがそれでも、やはり不安は残る。

 強さも十分にあるのだが、冒険者としてはまだまだ駆け出し、不測の事態には弱い。

 その点マキナは俺なんかよりも圧倒的に強いし、感情がないのではと疑うほどの冷静さを持ち合わせている。

 これほど安心できる奴は今まであった中ではいない。




 それから数十分、鉱石の採取は完了した。


「マサト、そろそろ帰ろうぜ」


「てめぇ一人で帰ってろ」


「…………俺に対して厳しくないか?」


 ほんの少し涙目になるライ。


「マサト様たちはまだ帰らないのですか?」


「レベル上げだよ。ランクアップのためにはレベル上げをしなきゃいけないからな」


 時間はまだ4時ぐらい、レベル上げの時間は十分にある。

 ライに手伝ってもらって、正直なところ助かった。

 かなりの時間短縮になったからな。

 だが、レベル上げに行くにはこいつらは足手まといだ。


「ならクエストなんか受けてる場合じゃないだろ!」


「金がねえんだよ!」


「金ぐらいくれてやるよ!」


 ライの放った言葉、それを聞いて数秒間、沈黙が訪れる。

 予想外の発言だ。

 あのライが、いくら頭がパァになったとはいえ俺に金までくれるなんて、そんなこと考えつくはずがない。


「金を……くれんのか?」


 俺は確かめるようにライに尋ねる。

 それに対しライはさも当然のように返答する。


「いくらだ? 出来る限りサポートはしてやる」


 初めて、ライに感謝の念を抱いた。

 今までこいつに対する俺の感情は半分がうざい、もう半分が馬鹿だ。

 だが、認識を改める必要があるな。


「じゃあ持ってる半分くれ」


 俺はそう言いながらカードをライの目の前に出す。

 それに呼応するようにライも俺のカードに自身のカードを重ねる。

 そして、俺のカードに移す金額を述べる。


「500G」


「…………は?」


 耳を疑った。

 今ライの言った金額は、このクエストにも劣る金額だ。

 ライを見てみるとやってやった感が半端なくにじみ出ている。


「お前……ふざけてんのか?」


 ワナワナと身を震わせ、俺は尋ねる。

 その問いにライではなくシックが答える。


「ライ様、裁判の件で両親にそれはもう烈火のごとく叱られて、お金をあまり持っていないんです」


 その言葉を聞いて俺はライと少し距離を取り、ライに向かって走り出す。

 ライとの距離が近づいた時、俺は渾身の力で地を蹴り跳躍し、右足を前に出す


「期待させんじゃねぇ!」


「ゲボハッ!」


 俺の右足がライの鳩尾みぞおちに直撃する。

 ライはその場でうずくまり、嗚咽を漏らしながら少し涙を流している


「行くぞマキナ!」


 うずくまっているライを無視し、俺はマキナと一緒に洞窟を出る。

 外に出てレベル上げをしていたら、十数分後にシックたちに肩を借りながら町に戻るライが見えた。


 やっぱり、馬鹿は馬鹿だな。


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