第56話 「可哀想なチンピラ」
「あれ……? ここは……?」
俺はゆっくりと目を開ける。
すると、マキナが俺を覗き込むように見ていた。
「起きたのね」
マキナの声を聞き、徐々に意識が覚醒していく。
そうか、俺はマキナのせいで息が出来ず、そのまま意識を失ったのか。
怪我がまだ治っていないから、死んではいないようだ。
……ん?
俺は今、ベンチに横たわっている。
それなのになぜマキナの顔が目の前にあるのか。
そういえば、頭に何かやわらかい感触がある。
少し冷たいが、やわらかくて心地のいい、普通の状態なら間違いなく気持ちよくて寝てしまいそうな……
「あの……なんで膝枕?」
マキナは膝枕をしている。
マキナにそんな男心をくすぐるような、女子力満点の行為が出来るとは想像がつかなかった。
俺はこの状況にテンパるよりもまず疑問に思った。
「こっちの方が、体勢的に楽でしょ?」
「……さいですか」
これもあくまで合理的に判断した結果による行動、というわけか。
初めての膝枕がこんな事務的なものなのは少し悲しいが、まあいいや。
恋愛的な展開でこんなことになることなんか、俺の今後の人生100%ありえないのだから。
「ここは、カンドか」
辺りを見回してここがどこなのかを確認する。
俺の記憶が正しければ、カンドの町で間違いないはずだ。
日の位置から考えてもまだ昼前、今からレベル上げすればそれなりの結果になるはずだ。
「というかさっさとここから離れよう」
冷静になって周りを見てみると、通行人が俺とマキナを見て笑っている。
笑っているというよりも、微笑んでいると言った方が正しいか。
どちらにせよこの場にとどまるのは非常に恥ずかしい。
「モンスターを倒しに行くの?」
「ああ、そうだ」
俺は町の外に出るため、タスト方向へ行く出口へ向かう。
前回は奥へ奥へと進んだ結果、迷子になって大怪我を負うことになった。
同じ轍を踏まないよう、入り組んだ林の中よりも、草原のような開けた場所でレベル上げをするほうが賢いやり方だ、と思う。
「……何か、視線を感じるな」
周りの視線がどうも気になる。
まあ、理由は分かっている。
マキナだ。
マキナの格好は白いワンピースだけという、大人から見ればなんとも刺激的な格好。
少し強い風が吹けば中が見えてしまいそうなほどだ。
俺はもう慣れたが、やはり普通の人から見れば目を引く格好だろう。
「マキナ、レベル上げに行く前に、服屋に行かないか?」
「服? 今のあなたはそんなに汚くないし、そのカードの中にも着替えはたくさんあるんでしょう?」
「俺のじゃなくてマキナのだ」
「私の? 私の服は汚れることはないわ」
マキナの言う通り、この白いワンピースはどんな原理でできているのか、汚れはつかないし変なにおいとかもしてこない。
どんな時でも純白を保っている。
事実、モンスター達と戯れているにもかかわらず、土一つ付いていない。
「見た目に問題ありなんだよ」
「見た目? ちゃんと大事なところは隠してあるわよ」
感情がないのではとたびたび思っていたが、最低限の倫理観は持ち合わせているらしい。
だが、その隠しは最低限すぎる。
「いいか、普通の人は肌を極力露出しないものなんだよ」
「……確かに、周りの人の肌の露出量は手首から上、そして足首から下だけ。私のような軽装はいないわね」
辺りをキョロキョロと見まわした後、冷静な分析をするマキナ。
この町の周辺はタストの町よりも強いモンスターがいる。
それゆえ冒険者の割合が多い。
そして冒険者は、火を吐いたりするモンスターもいるのにわざわざ軽装でモンスター討伐に出向くものはいない。
タストの町ならオシャレをして、マキナほどの露出量をした馬鹿そうな女はたくさんいた。
ここでよかった。
「それじゃあ、あなたの服を頂戴」
「さあ服屋へ行こう」
「買うよりもあなたのをくれれば……」
「ちょっと静かにしてようか」
俺はマキナの手をとり問答無用で服屋へ連れて行く。
女の子の手を握るなんてアカネ以外では初めてのことだが、なんかマキナだとどうでもいい。
一緒のベッドで寝たり、胸を押し付けられたり、膝枕されたりした。しかも全部合理的判断の上で無感情にされたんだ。
もうマキナには何をされても決してドキドキしないだろう。
俺はもはやマキナを女の子という風には認識していないのかもしれない。
あくまで俺はだ。
だが、周りの人たちは手をつないでいる俺たちのことを中の良いカップルだと認識しているようで、微笑んでいる。
微笑んでいるだけならよかったのだが、
「おいそこの! 人様の目の前でイチャつきやがって、目障りなんだよ!」
明らかに女にもてないであろう風貌の男が3人、俺とマキナの行く手を阻む。
「なあ姉ちゃん、そんな男ほっといて俺らと遊ぼうぜぇ」
古い、圧倒的に古い。
昔の漫画に出てくる不良みたいな、しかもその中でも三下のセリフを吐いている。
とはいえ、俺よりは強いんだろうな。
俺のレベルは14だが、常人のレベル5にも満たないステータスなのだから。
「男はどっか行っていいぞ」
1人のチンピラはそう言い、マキナの腕をつかむ。
マキナを引っ張り自身の懐へと持っていき、下卑た表情を浮かべながら顔をマキナに近づける。
「マサト、これを倒したら経験値はもらえるの?」
マキナはチンピラを歯牙にもかけずに俺に尋ねてくる。
これは、必要なら殺してもいいのかということだろうか。
「おい姉ちゃん、今なんつった?」
「あなたに話しかけていないわ」
マキナの返答にチンピラは眉をピクつかせる。
そして懐から俺が使っていた物よりも断然高そうなナイフを取り出し、マキナの首元に当てる。
「死にたくなかったら静かに――」
「マサト、これは倒した方がいいの?」
マキナは全く動じない。
ナイフの刃はマキナの首にしっかりと当たっている。
チンピラが力を籠めれば一瞬で頸動脈を切り、殺せるだろう。
「マキナ、殺しちゃだめだ。ほどほどにな」
「ああ!? てめえ何言って――」
チンピラが言い終わる前にマキナはナイフを持っている腕を握り、それを思いっきり捻る。
チンピラの手首はゴキゴキと不快な音を立てながら、360度回転した。
「ガッ……グアアアア! う……腕がぁぁあ!」
捻れた腕を片方の手で支えながらチンピラはその場で膝をつき、叫び声を上げている。
そのチンピラに追い打ちをかけるようにマキナはもう一つの腕を掴む。
「ヒッ……!? わ、悪かった。あんたらにゃ関わらねぇ! もうどっか行く! だから…………ギャアアアアアアア!」
チンピラの命乞いを無視し、容赦なく残った腕を握りつぶすマキナ。
チンピラの腕は片方は捻れ、片方は潰れている。
当分は治らないだろう。
ランクアップし終わったらナナのところにでも連れて行ってやろうかね。
「こ、このクソアマァァァァ!」
後ろにいたもう一人のガタイのいいチンピラがマキナに向かって拳を振るう。
その拳はマキナの顔面を的確にとらえている。
当たる。
そう思った瞬間、マキナは表情一つ変えずにその拳をガッチリとキャッチした。
「こ、このっ……」
男は掴まれた拳を引き戻そうと必死で力を入れるがビクともしない。
それほどマキナは大きな力で握っているということだ。
「ぐっ……グアッ……! イッ……イテー……! は、離して……」
苦痛に歪んだ顔で拳を離すよう要求するチンピラ。
だがその要求が聞こえないのか、マキナは無表情を保ったまま空いている手を振りかぶる。
そして、ドカッという何とも痛快な音が町に響き渡る。
「ガアアアアアア!」
チンピラの巨体が華奢な女の子の1発のパンチで10mは吹き飛んだ。
地面に倒れ伏すチンピラにはもはや意識はなく、白目をむきながら口から血が流れている。
「マキナ、そろそろやめとけ」
「まだ一人いるわよ」
「ヒッ!?」
残ったもう一人のチンピラは情けない声をあげ、その場に膝まづき額を地面にこすりつける。
きれいな土下座だ。
「すいません! もうしません! だから、見逃してください!」
「安心しなさい」
マキナの放った言葉を聞き、明るい表情で顔を上げるチンピラ。
だが、
「殺しはしないわ」
チンピラの顔は絶望に染まった。
まあ、殺しはしないといっても前の二人の惨状を見れば無理もないだろう。
「すいませんすいませんすいません! どうか許してください! 羨ましかっただけなんです!」
か、可哀想だ。
他人に対してここまで可哀想だと思ったのは初めてだ。
「マキナ、もうやめとけ」
「……分かったわ」
俺がそう言うと、チンピラは俺のことをまるで神でも崇めるかのようなポーズを取り感謝の言葉を述べる。
「あ、ありがとうございます! これからは心を入れ替えてまじめに生きます! 神に誓って!」
少し、イラッと来た。
神に誓ってという言葉、普通に考えれば絶対の約束のように聞こえる。事実このチンピラはそのつもりで言っているのだろう。
だが俺の場合は違う。
神に誓うという言葉は、考えなし、その場しのぎというマイナスの意味に置き換わる。
「おい」
俺はチンピラの前にしゃがみ込み目線を同じ高さにする。
正面から見ると、チンピラは俺に感謝の感情を向けているのがよく分かる。
「お前、いくらもってる?」
「…………え?」
チンピラはキョトンとした顔つきになった。
「ただで許してもらおうなんて、虫が良すぎないか?」
俺はきっと、とても嫌な顔をしているんだろうな。
それにとてつもなく性格がねじ曲がった発言だとは思う。
だけど、イラついてしまったんだからしょうがない。
俺の前で神という単語を使ったこいつが悪い。
「あの……これぐらいしか……」
チンピラはおずおずとカードを俺に手渡す。
額を見てみると、中々に持っている。
これが冒険者として稼いだのか、それともカツアゲしたのか。
「じゃあ、全部な」
「全部っすか!?」
「別にいくらでもいいぞ。5割なら腕一本、1割なら両腕両足にしてやる」
「全額お支払いします!」
チンピラは俺に全額渡すと、二人を抱えて走り去っていった。
大の男を2人も抱えて走れるなんて、やっぱりまともに戦っていたら俺はボコボコだったな。
「それじゃあマキナ、服屋に行くぞ」
俺たちは何事もなかったかのように服屋へと向かった。




