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クリア済みゲームを今度はリアルで救う  作者: エスト
第三章 新たな街へ
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第51話 「判決」

「あのバカ者の証言は犯罪者ゆえに信憑性を欠く、よってなかったことにする。そして、現段階では被告人の実力不足を証明することは出来ないゆえに、証拠不十分とする」


 くっ、無罪にはならなかったか。

 だが一番のネックだった倒し方をはぐらかすことが出来たのはでかい。


「だとすると、他に証明のしようがないのぉ」


「裁判長、サーチライトが使えなくても、例の神具なら使えるんじゃありませんの?」


 困っている裁判長に女の裁判官が提案する。


「おお、確かにあれがあったの! 衛兵、持ってまいれ」


 指示された衛兵はどこかへと駆けて行った。

 そして数分後、映写機のような見た目の機械とモニターを持ってきた。


「マ、マサトさん、あれは対象者の過去の映像を見るための神具です! 神様が趣味で作っていたのを見たので間違いありません!」


 なんだと! ていうことはあれは俺の過去を見るために持ってこられたのか!?

 ヤバイ――こともないか。俺はイルクの水を使っていないんだし、ああでも、ナナが使ったのがバレる可能性もあるか。

 ヤバイな。


「被告人、カードを差し出すのだ。これに差し込めば、お前が最も見られたくない過去が映し出される」


「……なんだと?」


「ふっ、動揺したの。そう、犯罪者にこれを使えばその者の犯罪を犯すシーンが見られるというわけじゃ。いつもはサーチライトを使っていたのでこれの存在を忘れておったわ。さっさとカードを出すのじゃ」


 俺の、最も見られたくない過去を映し出す?

 い、いやだ。それだけはいやだ。

 俺の最も見られたくない過去、映し出されるとしたらそれは犯罪のシーンなんかじゃない。

 ナナと神、それに天界の人間は知っているであろう、日本にいたころの俺の消し去りたい過去。

 そんなものをこんな公衆の面前で映し出すなんて、そんなことを許容できるはずがない。


「さっさとカードを出せ!」


「はっ、離せ! 触るな!」


 衛兵の一人が俺からカードを奪い取ろうとする。

 俺はそれを必死で拒む。


「ハッハッハッハ、やっと焦りおったわ! こうゆう顔が見れるから裁判はやめられんのぉ」


 裁判長は俺の焦る顔を見て楽しんでいる。

 だが俺にはそれにいら立つ余裕も、まして気付く余裕すらない。

 俺にあるのは過去を見られたくない、その一心だ。


「裁判長、こんなのプライバシーの侵害です! もし無罪だったらどうするんですか!?」


 俺の反応を見てかナナは裁判長に抗議する。

 だが、


「ぷらいばしー? なんだそれは?」


 この世界にはプライバシーという概念が無いのか、裁判長は首をかしげる。

 そんな裁判長にソウラも、アカネも抗議する。


「お父さんいやがってるよ! やめて!」


「そうだ! これでもし無罪なら、間違いでしたじゃすまされないぞ!」


「それに、見られたくない過去が犯罪とは限らないじゃないですか! 人は誰にだって隠し事の1つや2つあるはずです!」


 だが裁判長はその抗議を聞き得入れず、衛兵に命じてナナ達を拘束する。

 衛兵は冒険者に次ぐこの世界の防衛ライン、かなりの力を持っているようだ。

 ナナ達は完全に抑え込まれる。

 俺も大して時間もかからずにカードを衛兵にとられた。


「やめろっ! 俺は犯罪なんかしちゃいない! だから……!」


「犯罪などしておらぬのなら、別に見ても構わないのだろう?」


 裁判官3人は俺の焦る顔を見ながら優越感に浸っているようにニヤニヤと笑みを浮かべる。


「やめろっ! やめろおおおぉぉぉ!」


 俺の必至の叫びを無視し、衛兵は神具に俺のカードを差し込む。

 すると、モニターに俺の過去が映し出される。


「これは、なんじゃ?」


 モニターに映し出されているのは俺にとって見慣れ、見飽き、いることを拒み続けた場所。

 確信した。ここで映し出されるのは俺が最も苦しかった時のものだと。

 そう、今モニターに映っているのはこの世界には存在しない場所、学校の教室だ。

 それにこの日は、忘れもしない。忘れたくても忘れられない出来事があった日だ。


「こんな場所見た事もないのう。それに、ここに映し出されている者たちの服装も初めてみるものじゃ」


 映像には30人ほどの制服を着ている男女がいる。

 その中には、当然のことながら俺もいる。


「分かったろ! 今映っている俺は今の俺よりも若い! イルクの水を使った時期とは違うはずだ!」


 俺の姿は今よりも身長は小さいし、顔つきだってまだ少し幼い。

 だが裁判官たちは見るのをやめない。

 これがイルクの水とは関係のないことだと分かっているだろうが、単純な好奇心から目が離せないのだ。


「むっ、被告人は、勉強しているのか!?」


 ただの勉強風景に驚いている裁判官たち。無理もない、この世界には学校というものは存在しない。勉強を受けられるのはソウラのような金持ちだけだ。

 それなのに、ただの冒険者に過ぎない俺が勉強をしている。それも、教えてもらっているのだ。

 裁判官でなくともこの光景には驚くのがこの世界だ。


「むう、同じ光景が続くの」


 映像は勉強している風景を写し続けている。

 見たところによると授業は始まったばかり、問題の休み時間になるまであと30分以上はかかるはずだ。


「ねえ、この子たち、みんな紙とペンを持って勉強してるわ。きっとお金持ちの勉強会ではないかしら」


 この世界では紙も大変に貴重なもの、ソウラの家では紙も書くものも腐るほどあるが、普通はそんなもの、ギルドの張り紙でしか拝むこともない代物だ。

 しかも日本で使っているノートはこの世界の物とは比べようもないほど高品質の紙、ただの勉強風景がこの世界の人間から見れば驚きの連続だ。


「もしかするとあの者、実はどこかの貴族の出では」


「き、貴族の物が冒険者をやるわけが……いや、弁護を買って出た女子(おなご)はたしかあのシーラの娘、もしかすると貴族が冒険者になることは普通なのかもしれん」


「だとするとまずいのではないか? 貴族の過去を覗き見るなど」


「ですが、その……この風景、とても興味がありますわ」


 その言葉に裁判官は2人とも頷く。

 裁判官だけではない、俺の過去を、日本の学校の映像を傍聴席の人間、そしてソウラもまるでありえないものでも見るかのように見ている。


「これがマサトのいた世界、こことはずいぶん違うのだな」


 ソウラは衛兵に拘束を解こうとはせず、俺の過去の映像を凝視している。

 ナナとアカネはその拘束を振りほどこうとしているが、衛兵はガッチリと抑え込んでいる。俺の映像を見ながらだ。


 俺も、どうにかしてこの映像を断ち切りたいが、衛兵に抑え込まれていて何もできない。

 それだけじゃない。裁判官たちが俺の罪も何も関係なく映像に夢中になっているゆえに、何を言っても見るのをやめない。


「それにしても、何を言っているのかはまるで分らんな」


 映像にはもれなく音声までついている。

 だが、この世界の言葉は日本語とは違うために誰も内容は理解していない。

 この言葉が分かるのは俺とナナぐらいだ。


 そして、30分ほどが経過する。

 授業は終わり、映像の中の生徒たちは机から立ち上がり各自休み時間を楽しんでいる。

 他愛ない会話をするもの、外に出て遊びに行くもの、様々だ。

 そんな中俺は、一人で本を読んでいた。

 これはいつもの光景だ。

 俺はいつも一人、友達なんて俺には一人も……

 いや、この日、俺は一人で過ごすことはなかった。

 あと数分もしないうちに、俺が最も見られたくない記憶が、このモニターには映し出される。

 もう駄目だ、そう諦めた瞬間、


 ザザ―……ザザザ…………ザ―……


 急にノイズが多くなった。

 そして映像に無数の線が入り込み、やがてモニターの画面は俗にいう、砂嵐状態になった。


「ど、どうしたんじゃ!? おいっ! 映せっ!」


 裁判長は砂嵐となったモニターをバシバシと叩いている。

 傍聴席の人間ももっと見ていたかったのか、不機嫌な声をあげる者もいる。


 助かったのか?

 でも何でだ?


 サーチライトは思わぬ抜け穴があり何とかなったが、この神具に関して俺は何の干渉も出来ていない。

 俺が何かをすることは、不可能だ。それは断言できる。

 本当に、故障したのか?


「くっ、どうなっておるんじゃ!? この神具も、調子が悪いのか?」


 数十秒、裁判長はモニターは叩いたり四方から眺めてみたりと色々したが、モニターに映る砂嵐は直らない。

 やがて、諦めた裁判長は他の裁判官とヒソヒソと何かを語り始める。


「お主ら、今の映像を見て、どう思う?」


「どうもこうも、あのマサトという者はおそらく貴族の出、もしくはそれに匹敵するほどの財力を持った家の出であることは間違いなかろう」


 裁判官たちは俺にとって随分と都合のいい解釈をしてくれているようだ。


「ではあの者は無罪という方向で?」


「あの者の背景にどのような者がいるか分からない以上そうしたいのは山々じゃが、今それを言えば傍聴席にいる市民たちが不満をこぼすかもしれん。我らへの不信だけは、回避せねばならん」


「ではどうするの? 当たり障りのない刑でも課しますか?」


「そうじゃな、わしに考えがある」


 裁判長はコホンと咳ばらいをし、俺に裁判の結果を伝える。


「被告人マサトよ、今回の罪は証拠不十分により有罪無罪、どちらかを決定づけることは出来ん。そして、今回のことは証拠という証拠をあげることは不可能に近いだろう。よって」


 裁判長は手に木槌を持ち、それを打ち付けカカンと音を鳴らし、


「被告人マサトが1人でランクアップを果たした時、その実力を認め無罪としよう」


 これが裁判長の考えだ。裁判長は俺がスキルを用いてグレムウルフを倒したという話を、半分信じ、半分疑っている。

 3000体も倒せるようなスキルが果たして本当にあるのかどうか。

 仮にあったとしても、そのようなスキルが都合よく先のグレムウルフの戦いで使えるというのも話が出来過ぎている。

 よって、俺はスキルもあるが、他にも隠している力があると思ったからこその条件だ。

 だがこの考えには穴がある。

 俺がイルクの水を本当に使っていた場合、この条件のクリアは困難を極めるということだ。

 俺の過去を見て、俺が貴族かそれに近しい何かと勘違いした裁判長は、自分の保身を考えるあまりにそのことを忘れてしまっている。


「被告人、お主には仮釈放という形でランクアップモンスターを倒しに向かってもらう」


 これは、喜んでいいのか?

 有罪かもしれなかった裁判で、無罪の可能性を示された。

 今の俺には厳しい条件だが、長い時間をかければいつかは達成できる条件だ。


「無論、今のパーティであるそこの女子らに手伝わせることは禁ずる。あくまでもお主の実力を測るための物だからな」


 裁判長は弁護人としてきたにもかかわらずほぼなにも役に立ってないナナ達に向かって忠告する。


「そこで、お主らとの関係も一時的に断たせてもらう。3人はこの街から出ることを禁じ、被告人はランクアップ達成をするまでこの街にいることを禁ずる。明日にはこの街から出て行くように」


「ちょ、ちょっと待てよ!? 別に会うくらいはいいだろ? 俺に一人で行動しろってのか!?」


「グレムウルフを3000体も倒したのだろう? すぐにできるはずだ」


「特別なスキルで倒したって言っただろうが!」


「お主、自分の立場を分かっているのか? 有罪かもしれないものをこんなにも甘い条件で無罪にしてやろうと言っているのだぞ」


 くっ、確かに特別なスキルとはいえ一人で倒したとなれば、ランクアップも楽だと考えるのが自然、それならばこんな条件は甘々もいいところだろう。

 だが、事実は違う。

 事実はイルクの水を使った、反則勝ちのようなもの、死んでも生き返るとはいえ、俺がランクアップを一人で果たすのには、少なくとも一カ月以上かかるだろう。


「決定じゃな。ではこれにて、閉廷じゃ」


 裁判が終わった。

 俺の人生を左右する裁判。

 結果的に見れば大手を振って喜べるものかもしれない。

 本当は有罪なのに、裁判官の勝手な思い込みにより、甘い条件で無罪になると。

 裁判官的にはこれは事実上の無罪なのだろう。

 だが俺にとっては厳しいものになった。


「マ、マサトさん、これからどうしましょうか?」


 ナナは本当に、心底申し訳なさそうに尋ねる。

 こんなにも苦しそうな表情を見てしまえば、何も言えない。


「とりあえず、武器屋に行く」


 それだけを言って、俺は武器屋へ向かう。




「おお(にい)ちゃん、無事に出てこられたみたいだな!」


 武器屋の店員が俺に気さくに話しかけてくる。

 俺のことを心配してくれたみたいだが、今は誰の言葉に対してもいら立ってしまう。


「おい、なに暗い顔してんだよ。男は一回ぐらいしょっぴかれて一人前の男になんだよ」


「いいから、武器くれよ」


「お、おお、どんな武器が良い?」


「長いもの、出来るだけ軽い方が良い」


 ランクDに上がるためのモンスターの名前は聞いている。

 ゲームと弱点が同じということはないだろうが、今のナイフよりは向いているはずだ。


「長いものね……そうだ、これなんかどうだ?」


 店員が差し出したものは、日本刀のような見た目の剣だ。


「本見て作ったんだが、中々にいい出来でよ。5万で良いぜ」


「みんな、いいか?」


「もちろんです! いくらでも使って構わないです!」


「その通りだ! なんなら私の金も貸してやるぞ!」


 2人のOKをもらい、俺はその刀を買った。

 思っていたよりも幾分軽い。アカネの持っている剣の方が重いぐらいだ。

 これなら俺でも振り回せる。


「武器の準備はこれで大丈夫。今日は、もう休む」


「は、はい。じゃあ宿屋に向かいましょうか」


「で、では、私も帰るとするか」


 そうして俺たちは今日を過ごす。




 あっという間に明日は来る。

 俺は昨日買った刀を片手に街の入り口に立っている。


「3人とも、出来るだけ早く帰るから。それとナナ、金の渡し方、どうやるんだ?」


「言いません!」


 昨日からナナはずっとこんな調子だ。

 これからナナ達はこの街から出ることを禁止されているからクエストを受けることが出来ない。

 だから俺の手持ちの金をナナのカードに移そうと、ナナにやり方を聞いているのだが、どうしても教えてくれない。

 俺のためを思ってくれるのは嬉しいが、いつ帰ってこられるか分からない以上、ナナにはそれ相応の金を持ってもらわないと困るんだが。


「マサト、この2人なら私が世話する。だからさっさとランクアップして来い」


「だけど……」


「マサトさん、無茶なことはしないでください。それと……出来るだけ、早く帰ってきてください」


 無茶はするな、だけど早く帰って来い、まったく無茶なことを言う。

 だけど、出来るだけそうしよう。

 俺には何の取り柄もない。

 あるとすれば、死んでも神に生き返らせてもらえるということ。

 砕けるまで当たれ戦法でなんとかなるかもな。


「じゃあな、アカネも、いい子にしてろよ」


 アカネは昨日、ひどく寂しそうな顔をしていた。

 また俺がどこかへ行ってしまう、子供ながらに理解は出来ていたのだろう。

 そしてそれは今も続いている。


「お父さん、アカネも、行きたい」


「……ごめんな、それは出来ないんだ。だから、いい子で待っててくれ」


「いいこにしてたら、はやくもどってくるの?」


「ああ、約束する。出来るだけ早く帰ってくるよ」


「……うん。アカネ、まってる」


 アカネは寂しそうに、泣きそうな顔で言う。

 本当は納得なんてしていないだろう。理解だってあまりしていないだろう。

 だけど、ここで駄々をこねれば俺に迷惑がかかる、そのことだけは分かっているからこそ、離れたくなくても我慢しているんだろう。

 この子にこんな顔をさせてしまう自分が、心底情けない。

 俺が不甲斐ないばっかりにこんなことになったんだ。ナナがイルクの水を使わなきゃいけないような状況を作ってしまった俺の弱さが、こんな状態にしたんだ。

 強くなろう。

 こいつらだけでも笑顔にできるぐらい、強くなろう。


「じゃあ、元気でな」


 決意を胸に、俺の無罪を証明するための一人旅が始まる。



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