第49話 「犯罪者」
「マサトさん、今日はギルドに行くんですね」
「ああ、報酬をもらいにな」
俺たちは3日ぶりにギルドに向かっている。
この3日間、それはもう遊んだ。
手持ちの金に余裕があるから少々高い宿屋にも泊まれるようになったし、この街を良く調べてみると、ゲームにはない娯楽施設も結構あった。
本当に、この街は平和だ。
フルカスの言う通り、モンスターが襲来することもなかったし、この平和も長く続くだろう。
ただ、ソウラの限界は長くは続かないだろうな。
会うたびにクエストを受けよう、レベル上げに行こうと、それはもう何度も言った。
今もギルドに行くのならクエストを受けようと言い続けている。
そろそろクエストを受けるのもいいかもしれないな。ドラコキッドみたいな小型モンスターの討伐クエストでも。
そうこう考えているうちにギルドに着いた。
今回ギルドに来たのは、3日前にグレムウルフを倒した時の報酬をもらいにだ。
受付の人は3日後に国から報酬が来るといっていた。
国からの報酬ならば、かなりの額を期待できるはずだ。
俺は期待しながらギルドのドアを開ける。
するとそこには、真面目そうな、眼鏡をかけた見知らぬ女性が受付の人と話している。
雰囲気から察するに、あまり良い会話ではないようだ。
両者の顔はともに険しい。
「あ、マサト様」
俺に気づいた受付の人が小さく手招きをしているのが見て取れた。
それに従い、俺は2人のそばに近づく。
「貴様がマサトだな?」
険しい顔で俺の名を呼ぶ眼鏡の女性。
俺、何かしたか?
「そうだけど……」
「私はミハリ。裁判機関の従業員だ。貴様が違法薬物を使ったとの話を聞いたが、その話は事実か?」
違法薬物?
いわゆる麻薬というものか。
そんなもの使うはずがない。
「何かの間違いじゃないのか?」
「先日、貴様等がグレムウルフを倒した際、イルクの水を使ったようだと証言があった」
「…………は?」
ちょっと待て!?
イルクの水って違法薬物だったのか!?
ライも使っていたしナナも普通に買って使っていたからてっきり自己責任で使ってもいいものだと思っていたが、ていうかこの世界にそんな日本みたいな法律があるのも初耳だ。
「あ、あのー……」
ナナが申し訳なさそうに口を開く。
イルクの水を使った張本人なのだから、この反応は当然だろう。
「イルクの水を使った罰っていうのは、どういったものなんでしょうか?」
「懲役20年、もしくは罰金500万だ」
「500……!?」
今の俺たちの所持金は100万ちょい、とてもじゃないが足りない。
かといって20年も牢屋に入ってるなんてのも考えられない。
どうしよう。
「とりあえず話を聞くために、リーダーは貴様だな? 機関の方までご同行願おうか。一応言うが、これは強制だ」
ミハリは懐からジャラジャラと音を出しながら手錠を取り出す。
「ま、待ってください! イルクの水を使ったのは――」
「確かに俺がリーダーだ。話は俺が聞こう」
俺はナナの言葉を遮り、両手を差し出す。
ミハリはその俺の手に手錠をかけ、連行する。
「お、お父さん。だいじょうぶ?」
「心配するな。すぐ戻ってくるよ。ナナも、気にするな」
「で、でも……」
「ソウラ、2人の事、頼むぞ」
「あ、ああ。任せておけ」
こういう不測の事態にはナナは弱い。
ソウラは、なんというか頭が足りてない分、肝は据わっているから、どんな状況にも慣れることが出来る。
それに曲がりなりにも英才教育を受けているから、悪いようにはならないだろう。
「ここ、もろ刑務所じゃん」
俺が連れてこられた場所は、機関の地下に当たる場所で、写真で見たことのある日本の刑務所そのままだった。
外観は裁判所みたいなものだが、その地下は非常に憂鬱な気分にさせる場所のようだ。
中に入れられた俺は早速取り調べを行われる。
その部屋もドラマなどでよく見るような内装だ。
だが、イスなどの素材は木製だ。
俺はその木製のイスに座らされ、ミハリが俺の目の前に座る。
「では取り調べを始めようか」
ミハリがそういうと、どこからか少々大きめの箱を取り出し、机の上に置く。
「これ、何?」
「これは神具だ。カードを出して、この箱に差し込め」
そう言われ箱を見てみると、下の方にカードの差込口がある。
俺はポケットからカードを取り出し、その箱に差し込む。
すると、その箱が開き、中から小さな玉が出てくる。
「もし嘘をつけばこの球が光る。正直に答える方が身のためだ」
これがいつだかレイトが言っていた嘘を見破る神具ってやつか。
カードが必要ってことは、あの子供たちみたいなホームレスには通じないな。
「まずは身元確認からいこうか。貴様の名前はマサト、職業は冒険者、住所は不定、間違いないな?」
「ああ、間違いない」
そう言った瞬間、例の神具がピカッと赤く光る。
「……これ、壊れてない?」
今俺の言ったことに嘘はないはずだ。
俺の名前はマサト、職業は冒険者、最近はクエストを受けていないが、間違いないはずだ。
それに宿屋暮らしの住所不定であることも間違いはない。
それなのになぜこの球は光るのか。
「す、少し待て。えーっと、確かにカードは入れてもらったし、きちんと起動したはずなんだけど」
ミハリは困惑しながら開かれた箱と玉を手に取り調べる。
その時の口調が、さっきまでの男のような荒々しい口調ではなく、普通の女の子のような口調になっている
どうやらこれは不測の事態みたいだな。
これは、うまくいけば無罪放免もあり得るかもしれない。
「もう一度試そう。今度は貴様が自分の名前と職業を言え」
「俺の名前はマサト、職業は冒険者だ」
またしても球はピカッと赤く光る。
「ちょ、ちょっと待っていろ」
ミハリは部屋を立ち去り、どこかへと駆け足で出て行った。
あの慌てようから見るに、こんなことは初めてなのかもしれない。
しかし、この球は本当に壊れてるのか?
ちょっと試してみるか。
「俺の年齢は18歳だ」
球は光らない。
「俺は高校に行った」
球は光った。
「俺は中学を卒業した」
球は光らない。
「俺はニートじゃなかった」
球は光った。
これは、壊れてないじゃないか?
少なくとも今言ったことに対しては正しい反応をしていた。
だとするとさっきのは誤作動か?
「俺の名前はマサト、職業はぼうけん……」
言い終わる前に球は光った。
これはもしかすると……
「俺の職業は冒険者だ」
球は光らない。
「俺の名前はマサトだ」
球は光った。
決定だ。この球は俺の名前がマサトではないと判断してるんだ。
だが、一体どういうことだ?
俺の名前はマサトだ。1年間もこの名前でプレイしてたんだから、間違いない……はず……
そこまで考えた時点で答えが分かったかもしれない。
俺は自分の考えが正しいか試すために再度、球に向かって言葉を発する。
「俺の名前は正田勇人だ」
球は光らなかった。
これで確定した。
どういうわけか知らないが、この球は俺のもとの名前が何か分かっているってことだ。
それならば、俺の名前がマサトと言うことが嘘と判断された理由も納得がいく。
……ククククッ、これは、いいことを発見した。
普段この道具を使っていた奴らに、まともな話術があるとは考えにくい。
そんな奴らにニートが屁理屈で負けるわけがない。
「待たせたな」
ミハリが戻ってきた。
その顔はまだ困惑の色が見える。
どうやら問題解決の糸口は見つけてないようだ。
「今回の取り調べでこの球は使わない。だから、嘘かどうかは私の主観で判断する」
そんな取り調べがあるか!
普通、嘘かどうか判断するのは証拠品だろ。
本当にこの球に頼りっきりだったんだな。
「では質問する。貴様はイルクの水を使ったか?」
「使ってない」
これは事実だ。
イルクの水を使ったのはナナ、この質問に対してはあの球があろうがなかろうが関係ない。
「では、貴様の仲間が使ったのではないのか?」
「使ったとこは、見てねえな」
これも嘘じゃない。使った後の姿を見ただけで、使ったところは見ていない。
うーん、我ながら感心するほどの屁理屈だ。
「だが証言があった。シーラと言うご婦人から確かに貴様たちはイルクの水を買ったと」
「シーラって、誰だ?」
そんな名前、聞いたこともない。
それになんでそんな情報を持っているんだ?
ナナがイルクの水を買ったのがソウラの母親から、あの女が違法薬物の売買の証拠を残すとは思えないが……
「貴様の仲間の母親だ。知らないのか?」
ん?
俺の仲間の母親?
俺にはこの世界に家族なんかいないし、ナナもアカネもそのはずだ。
母親がいるとしたらソウラ。だけどそんなことをしたらあいつもやばいんじゃ……
そこまで考えた時点で、ある考えが頭に浮かんだ。
「なあ、俺がイルクの水を使ってたとして、その証言をしたシーラには何かあるのか?」
「その時は捜査に協力してもらった見返りとして、貴様が支払う罰金の1割、50万Gが授与される。懲役を選んだ場合でも、授与される金額に変わりはない」
やっぱりか!
あの女、俺たちを売りやがったな。違法薬物と知りながらナナに売りつけ、俺から金を搾り取るために。
なんて奴だ。計画的な分、神より質悪いぞ。
「次の質問に行くが、いいか?」
「勝手にしろ!」
俺はいら立ちのせいで大きな声で攻撃的に返答し、机をドンと思いっきり叩いた
俺が机を叩いた時に、ミハリは体を少しビクつかせる。そしてミハリはオドオドした雰囲気で質問を続ける。
「あ、あなたがグレムウルフを撃退したという話ですが、カードに記載してあるレベルを見た所、イルクの水なしではとても出来ないことだと思うんですけど……」
先程までの毅然とした態度はどこへ行ったと思うほどに、今のミハリは弱々しい。俺の呼び方も貴様からあなたに変わっている。
この人は、仕事の関係上あのような態度になっていただけで、本当はとても小心者なのだと思った。
だとしても急激に変わりすぎだろ。
「そんなことはない。俺の仲間のナナはレベルに見合わない魔法力を持っている。魔法だけならかなりのものだ」
事実、ナナの魔法は強い、強すぎる。
もしも魔法力が無限なら、グレムウルフもイルクの水や生き返りの力を使わずとも勝てていただろう。
だからこの返答も嘘ではない。
そう思っていたが、神具をチラッと横目で見てみると、しっかり光っている。
「あ、あなたの仲間がレベルの割に強いといううわさは聞きますが、それでもやはり力不足なのではと実物を見て思ったのですが……」
「そう思ったとしても、俺たちの力不足を証明することは出来るか? 無理だろ」
この世界の技術力じゃ、体を検査して薬の反応を見るとかはできないはずだ。イルクの水を買ったかどうか証明するためには、症状が見て取れない場合、イルクの水そのものを見つけるか、犯人である俺たちが本当のことを言うしか知る方法はない。
だが、イルクの水はナナが飲み干し、ビンも完全に隠滅した。
俺たちから本当のことを聞き出すにしても、本当のことを罰を受けると知りながら言うはずがない。そのための神具とやらも、俺の特別な事情により使用できないと勘違いしている。
「で、でもシーラさんが証言してくれたことは今まで何度もありまして、そのすべては犯人だったんです」
あの女、俺だけじゃなくてかなりたくさんの人間から金を搾り取ってきたみたいだな。
ここから出られたら覚えていろよ。絶対に目にもの見せてやる。
「今までがそうだったとしても、今度がそうだとも限らないだろ」
「お、おっしゃる通りです。すいません」
俺は無罪放免でここから出るのも時間の問題だと思っていた。
だが、
「ではあなたの有罪無罪のどちらかが証明するまで、ここにいてもらいます」
「……………………はああああああああああ!?」
「す、すいません! でもそういう規則なんです! 一度ここに入ると、罰金を払うか刑期を終えるか、もしくは無罪を証明するまで出すわけにはいかないんです! すいません!」
ミハリは何度も頭を下げながら謝り続ける。
初めて会った時に感じた威厳などまるで皆無だ。
そんな彼女を見ていると、これ以上の言葉を吐き出すのをためらってしまう。
だがそうも言ってられないのが今の状況だ。
「一つ聞くけど、俺の無罪も有罪も証明されなかったとしたら、どれくらいの間、ここにいなきゃならないんだ?」
「その場合ですと……その……申し訳ありませんが、何年たっても出すことは出来ません。疑わしきは罰せよということらしいです。すいません」
「ふっざけんなあああぁぁぁぁ!」
「ひぃっ! すいません! すいません!」
無罪の証明が出来なきゃずっとここにいる? 冗談じゃない!
この世界じゃ、有罪も無罪も証明不可能だろ。
この神具の球が今までは有罪無罪を決めていたんだろうが、今回はそれが出来ない。
この球が使えたとしても俺の、というかナナの有罪が確実にバレる。使わなきゃ有罪無罪を証明できないからずっとこの中に、牢屋にぶち込まれるってことだ。
詰んだ。完全に、詰んじまったよ、俺の人生。
「そ、そう悲観しないでください。神具が治れば有罪か無罪か、どちらかは証明されるわけですし……」
俺が落ち込んでるのを慰めてくれようとしてくれるのは嬉しいが、俺のとってそれは全く意味がない。
神具はそもそも壊れてない。
俺がここから出る方法は、無い。
「ミハリさん、ナナ達に、よろしく言っといてくれよ」
「…………すいません」
ミハリは聞こえるか聞こえないぐらいの小さな声で謝る。
この取調室に気まずい沈黙が訪れる。
10分、20分、30分と、沈黙が続く。
この沈黙に耐えられなくなったのか、ミハリは俺に問いかける。
「あのー、私のこの態度と言うか、何と言いますか……黙っててもらえます? すいませんけど」
「ここから出られないんだから関係ないだろ。ていうかなんでお前はここにい続けるんだ? 気まずきゃ出ればいいだろ。というかさっさと俺の無罪を証明しに調査してほしいんだけど」
あの球を使うと俺の有罪が決定してしまうから、地道な捜査で是非とも俺の無罪を証明してもらいたい。
まあ、実際は有罪だから捜査されても困る結果になるかもしれないが。
「それが、私はここを出るわけにはいかないんです。すいません」
もはやすいませんが語尾になりつつあるな。
「出るわけにはいかないって、どういうことだ?」
「その、無罪かもしれない人を牢屋に入れることは出来なくて、でも有罪の人を一人にしとくことも出来ないので、今回のことの担当を任せられた私が、あなたのことをずっと監視してなくてはいけないんです。すいません」
「な・ん・だ・よ! その欠陥だらけのシステムは!?」
「ひいっ、すいません! でも、今までは神具があったからこんなことにはならなかったので……」
「何が神具だ! こんなガラクタ!」
アホかこの世界の法律は。
どんだけこの球に頼ってたんだよ。
……まあ、こんな便利アイテムがあれば多少怠けるのも分かるが、それにしたってひどすぎる。
「そ、そんなガラクタだなんて。これは神様の贈り物と呼ばれ、神の力そのものだと言われているんですよ」
「だったらなおさらガラクタだ!」
あの神の贈り物なんてろくなものじゃない。
裁判沙汰には役に立っているようだが、この神具のせいで人間の成長を完全に止めている。
やっぱあの神、バカだなぁ。
「あーあ、俺はずっとこんなとこにいなきゃなんないのかねぇ」
俺は思い切り嫌味ったらしく、皮肉を言う。
だけど俺がこんな反応することに問題があるか?
いいやないはずだ。
俺とナナは命がけでこの街を守ったんだ。
違法薬物を使った問題も、チャラになってもいいぐらいの働きのはずだ。
そのことをこいつはどう思っているんだろうか?
「なあミハリさん、俺たちがグレムウルフを倒したことに対する報酬はないのか?」
今ふと思ったこれが俺の持つ唯一のカード。
もしこのことに対して機関が何も思っていないのだとしたら、俺にはもはや何の手札もない。
完全に詰んでいる状況になる。
そして、ミハリの話で俺の状況は確定する。
「上の意見としましては、いくら街を守るためとはいえ手段を選ばないことは人の道を外れた行為、よってそのような者たちにかける慈悲はないとのことです」
絶望した。
命を懸けてこの街を守ったことが、まさか人の道を外れた行為とは、納得がいくはずもない。
狂っている。俺は心底そう思った。
こいつらは、ミハリはどう思っているのかは分からないが、少なくともこいつの上司たちは真っ当な手段で物事が対処できないのであれば、滅んでしまってもいいという考えを持っているということだ。
俺は急にすべてがどうでもよくなった。
街を守るために戦ったことが、馬鹿らしく思える。
俺は、人間よりもモンスターの方が遥かにマシだと、そう思った。




