第48話 「休もう」
「……それが、グラシャ=ラボラス様というお方なのだ」
フルカスの長い話がようやく終わった。
時間にすれば1時間以上、グラシャ=ラボラスがどんなモンスターだったかを言うだけでここまでの時間を要するとは、少なくとも部下からの信頼は厚かったみたいだ。
まあ、グラシャ=ラボラスがどれくらい部下に慕われていたかどうかはこの際関係ない。
この話を聞いて、新たな問題が浮き出た。
グラシャ=ラボラスを殺さなければ、この世界は平和そのものだったのではないかということだ。
今まで神がグラシャ=ラボラスを殺したことは、この世界が危険な状態になる原因になったことは確かだが、それでも多少のメリットはあると思っていた。
だが、フルカスの話が全て本当なら、神のしたことにメリットが何もない。それどころか。最悪の行為ということになる。
俺はすぐ神に心の声で問いかけた。「どういうことなんだ?」と。だが神は俺の呼びかけには一切応じない。
この反応で、神が自分に非があると認めていることが確信できた。
あの神は、とことん駄目神だ。
「貴様もいかにグラシャ=ラボラス様が偉大な存在かが分かっただろう」
「分かった。それで、話を戻すけど、グラシャ=ラボラスが死んだ後にできた派閥の、過激派ってのは今何やってんだ」
俺が聞くと、先程まで興奮気味だったフルカスが、明らかに気落ちしている。
過激派というのは、グラシャ=ラボラスの思想とはだいぶかけ離れていることをしていることが容易に想像できる。
「過激派は、人間を滅ぼそうとしている」
この発言にソウラは驚いた反応を見せるが、俺にとっては予想通りのことなのであまり驚きはしない。
「我らの主がいなくなったことが、なぜかは分からないが人間どもに知れ渡ったのだ。それも北から南まで、急激な速さでだ」
おそらく神の仕業だろう。人間を安心させてやろうとした、善意からの行為。
だが、どうやらそれが裏目に出たようだな。
「人間どもはグラシャ=ラボラス様の消失の情報を聞き、喜びに打ち震えていた。それを見た多くの知能あるモンスターたちは、怒った。長い時間をかけて私たち二人とグラシャ=ラボラス様が説得し、ようやく人間との共存を納得しかけてきたのだからな」
やばい、モンスター達に同情してしまった。
自分たちは歩み寄ろうとしたときに主が死に、その主の死をあろうことか喜ばれた。
これで怒るなと言う方が無理な話だ。
「私たちも人間たちのその反応に怒りを覚えた。だが、グラシャ=ラボラス様の望みを常に傍らで聞いてきた私たちは、なんとか怒りを抑えられた。だが、他の者たちは……」
そこから先のことをフルカスは言いづらそうにしていたが、言わずとも理解できる。
こいつの言う、過激派というものになり、人間を滅ぼそうとしていると。
「じゃあ、穏健派ってのはお前らだけなのか?」
「いや、私たちとは違う目的だが、人間に害を与えることを目的としない派閥もある」
ここまできてそれが目的ではないことの方が驚きだ。
あくまでも俺の考えだが、普通、自分たちの主の死を喜ばれたりなんかしたら、そりゃあ怒る。
そしてそいつらを痛めつけてやりたいと思うはずだ。
「そこで、過激派を止めるために仲間を探しているのだ。強い力を持つものを」
ここでようやく話が最初に戻った。
こいつの話を聞くと、別に仲間になってやってもいいと思う自分もいる。
だが、俺たちはこいつらの思うような力を持っていない。
薬物を使ってナナがパワーアップし、グレムウルフを倒した。はっきり言って反則技を使って勝ったようなもんだ。
仲間になったところで俺たちが力になれることはないだろう。
「俺らよりも、レイトを仲間にしたらどうだ?」
「レイト……この世界で5本の指に入るといわれる人間か。無論、彼にも助力を願うつもりだ。だが彼の所在と容姿は分かりかねていてな。貴殿のことは、この街に来たときうわさを聞き、容姿は分からなかったが、子供連れの冒険者と聞いていたから見つけられたが」
そうか、普通そうだよな。日本ほど文明が発達していないこの世界では、文字情報は人手によって早く広まるかもしれないが、具体的な視覚情報は得られないか。
俺たちの場合は、子供の冒険者なんてそうそういないだろうから、見つけるのは容易かったわけか。
「貴殿はレイト殿がどこにいるか知っているか? この街に休養に来たと聞いたのだが……」
俺はレイトが今どこにいるか知っている。
だが、今教えればフルカスはレイトに力を借りることをためらうかもしれない。
レイトは今、顔を紅潮させだらしのない顔をしながら酔いつぶれているからだ。
あの姿を見て力を借りようなどと、むしろそんな奴が名高い冒険者であることを信じることすらできないだろう。
「レイトならこの街のどっかの宿屋に泊まってるって話だ」
「そうか。レイト殿には助力願うだけでなく、礼も言わねばならんからな」
「礼?」
フルカスはレイトとは一度も会ったことがないはずだ。これまでの話からそう推察できる。
それなのに礼とは、一体どういうことなのか。
「サイドレオーネを、知っているか?」
知っているも何も、この世界で一番最初に俺にトラウマを植え付けたモンスターだ。
忘れたくても忘れられない。
あいつに顔を潰されたんだ。神にその映像を見せられた時には、身震いしたね。
「昨日、この街に現れたのをレイト殿が倒したと聞いた。そのことについての、礼が言いたい」
「どういうことだ? サイドレオーネを倒したからって、どうしてお前が礼を言うんだ?」
「昨日のサイドレオーネ、そして今日のグレムウルフ、こいつらは過激派が仕向けたのだ」
「なん……だと……?」
衝撃的な事実だ。
大変なことが2日連続で起きたから、あまりにも突然すぎると思っていたが、まさかこれが意図されたものだったとは。
「黒幕が誰かは正確には分からんが、モンスターが大量発生する時期に狙いを定めてきたのだ」
なるほど、捕獲クエストの時期にこの街が狙われれば、冒険者はともかく一般人は別の街へと逃げることが出来ない。
そこを狙ってサイドレオーネとグレムウルフを送り込んできたってことか。
モンスターながら、中々に考えられた作戦だ。
「貴殿の仲間のナナ殿に、礼を言っておいてもらえぬか?」
「ああ、それは良いけど、明日も何かあるんじゃないのか?」
捕獲クエストの期間が明日まで、その正体不明のモンスターはまた何かを送り付ける、または自ら出向く可能性がある。
そうなればまたギルドは大騒ぎ、今度こそこの街は終わりかもしれない。
「それはない」
予想に反してフルカスははっきりと否定する。
「モンスターは人間が思っているよりも保守的だ。確実に倒せると思って送り込んだモンスターが立て続けに返り討ちにあったのだ。しばらくは鳴りを潜めるだろう」
フルカスの言うことに、正直に言って不安はぬぐえない。
モンスターの知能が俺の思うよりもそこそこに高かったから、昨日と今日の情報で今度こそ確実にこの街を壊滅できるようなモンスターを送り込むかもしれない。
まあ、明日になってみなければどうなるかは分からないから、不安になってもしょうがないとはいえるが。
「それで貴殿よ、仲間になってくれるのか?」
「悪いが、俺らが仲間になっても力になれないよ」
「謙遜するな。貴殿とナナ殿は2人で3000匹のグレムウルフを倒したのだろう。私たちの仲間になるだけの力は十分にある」
「さっきも言ったが、実際にグレムウルフを倒したのはナナ一人だ。そのナナもイルクの水っていう、ドーピングを使ったから倒せたんだ」
イルクの水を使わずに、素の状態で立ち向かっていたら、500匹も倒せないまま壊れていただろう。
これは確信だ。
如何にナナの魔法が強く、アカネのステータスが高く、ソウラが器用に立ち回ったとしても、これは絶対だと言い切れる。
そんな俺たちがこいつらの仲間になっても意味はない。
「だ、だがその水を使えば強くなれるのだろう」
「もうその水は使わせない。何があろうと絶対にだ」
あんなものを使い続けたらナナはいずれ本当に精神が壊れかねないし、なにより使った直後、だれかれ構わず魔法を放つゆえにどこぞの街が壊滅しかねない。
使えば戦力になることは間違いないが、メリット以上にデメリットがでかい。
「ぜ、絶対にか?」
「絶対にだ」
この2人には悪いが、これだけは絶対に譲れない。
こいつらよりも、世界よりも、大事なものがあるからな。
「ならば、仕方ないか」
フルカスは心底残念そうな顔をしているが、ラウムはアカネを見ながらハァハァ言っている。
この女は、どこまでいってもぶれないな。
「ラウム、行くぞ」
「いってらっしゃぁい。アカネちゃん、お姉さんと遊ばなぁい?」
「バカモンが! お前も行くのだ! それに怯えているではないか!」
フルカスはラウムに鉄拳を喰らわせ、襟をつかみ強引に引っ張る。
「アカネちゃぁん、またねぇ」
ラウムの呼びかけに、アカネは震えながら俺の後ろに隠れる。
あれだけ変態的な目を向けられていたらこの反応もしょうがないだろう。
「俺らも帰るぞ」
震えるアカネの手を取り、ナナのいる宿屋へと向かう。
ソウラも自分の家へと戻る。
もうすっかり日も落ち、夜になっている。
なんだか今日は、長い一日だった気がするな。
朝はホームレスの子供たちに会い、昼はグレムウルフが大量襲来し、夜はモンスター2人組に絡まれる。
今日はナナ達が俺を休ませるために3人だけで捕獲に向かったというのに、いつも以上に疲れた気がする。
主人公補正が悪い方に働いてるな。
明日からは、金は十分にあるし、クエストを受ける必要が無くなる。
世界を救うことがどういうことなのかが見えた気がしたが、俺にはどうしようもない気がするし、やれることは皆無だろう。
とりあえずは、休もう。
そんで、気が向いたらクエストを受けよう。
ナナも疲れてるだろうし、その方が良いだろう。
アカネも、遊ぶ時間が増えて喜ぶだろう。
ソウラは文句を言うかもしれないが、別にいいだろう。
今の俺たちにはきっと、その方が良い。
2章はこれで終わりです。
次回から第3章、応援よろしくお願いします




