第45話 「助ける理由」
街までたどり着いた俺は、ナナを宿屋まで送ったあとギルドに向かう。
今回のグレムウルフの襲来、これが解決したことを伝えにだ。
ギルドに着いた俺はすぐにドアを開ける。
アカネやソウラたちを早く安心させてやりたいと思いながら。
「あっ、マサト様。お戻りになったということは……」
ギルドに入る俺に受付の人が期待のまなざしを向ける。
辺りを見回してみると、酔いつぶれている冒険者たち以外誰もいない。ソウラたちもヴァテックスの奴らも、他の女冒険者たちもいないようだ。ついでにライも。
「グレムウルフはナナのおかげで倒せたよ。それで、他の奴らは?」
「みなさんは戦えそうな人たちを探しに行っています。ですが、もう必要なくなってしまいましたね」
受付の人は心底安堵したように言う。町の脅威が去ったのだから当たり前だが、なんとも美しい笑顔だ。思わずときめいてしまいそうだ。
「それでマサト様、報酬の件なのですが」
「報酬なんか貰えるのか? クエストでもないのに」
「当たり前です、町の危機を救ったのですよ! クエストではないのでギルドからではなく国からの報酬になりますが」
国からか、これは相当な額になるな。少なく見積もったとしても10万はくだらないだろう。そうなれば、当分の間はクエストをしないでもそこそこの生活が出来るはずだ。
「色々と手続きがあるので、3日後にもう一度来ていただけますか」
「ああ、分かった。ソウラとアカネが戻ってきたら、いつもの宿屋にいると伝えてくれ」
「はい、かしこまりました」
俺はギルドを出て、いつもの宿屋に向かう。
今のナナを一人にするのは、気絶しているとはいえ何かと不安だ。
もしも目覚めて、まだイルクの水の効力が残っていたとしたら大変だ。最悪この街が壊滅しかねない。
宿屋に着きすぐに部屋に戻ると、ナナはまだ目覚めていない。
寝息を立てながらベッドに横たわったままだ。
先程まで歪な笑みを浮かべ、俺を何度も殺していたなど想像できないほど、可愛らしい寝顔だ。
あの時は死ぬ恐怖とは別の意味で少し怖かったな。女の子に襲われるというのは、やはりいい気分ではない。
ナナにはやっぱり笑顔が似合う、心からそう思う。
「そういやナナが怒った顔したのは、ライと会った時ぐらいだな」
あの時は確か俺が貧乏人だ何だとライに言われて、それでナナが怒ったんだっけな。
自分のことじゃなくて人のことで怒れるのがまさにナナらしい。
こんな俺なんかのために怒ってくれて、今回は死ぬかもしれないような危険を冒してまで助けてくれて、ナナには本当に感謝だ。
俺のお供がもしもナナ以外の人だったらどうなっていたか、悪くはしないだろうが、命を懸けて助けてくれるなんてしないだろうな。それが普通だもの。
そういえば、ナナが俺を助ける理由を神の野郎が言いかけていたっけな。ナナにとって俺がどういう存在なのかを。
俺は、ナナの何なんだろうか?
アカネやソウラならなんとなく想像がつく。
ソウラはライとの勝負でランクアップを手伝ったりとかをして、したくもない結婚を無しにしてやった。いくらかの恩義があるとは考えられる。
アカネは俺のことを勘違いとはいえ父親とみなし、俺もできるだけそれにこたえようとはしてやってると思う。
考えれば、俺はソウラとアカネにはそれなりにいろんなことをしてやったと思う。
だけど、ナナに何かしてやれたか?
ナナは最初から俺と一緒にいるというのに、何もしてやっていない。むしろ俺が助けられている。
今回のこともそうだし、今までもナナがいなければ効率よくレベル上げもできなかっただろうし、捕獲クエストでもそこまで多くは稼げなかっただろう。
ナナがいなければ、考えると俺はこの世界でろくにやっていけなかったと思う。
どうして、ナナは俺のためにここまでしてくれるのだろうか。
俺は躊躇いつつも、神に呼びかける。
「おい神、聞いてるか?」
「何?」
呼ぶとすぐに返事をしてきた。いつもこれぐらい早ければいいんだが。
「ナナにとって俺が何か言いかけたろ。覚えてるか?」
「ああそのこと、覚えてるよ。ナナにとって君はね、尊敬する人なんだよ」
「へっ?」
予想外の言葉を神からさらっと言われ、俺は間抜けな声を出してしまった。
尊敬、俺とは無縁の言葉だと思っていた。
俺はここに来る前は引きこもりをしていた。3年間もだ。
いったいどこに尊敬する要素があるのか。
「マサト君、僕や天界の人はみんな君のことを知っている。というか、ゲームをクリアしそうな人の情報は大抵手に入れたんだけどね」
だとすれば、なおのこと意味不明だ。
俺について事細かに調べ、知っているというのなら、自分で言うのもなんだが俺がいかに底辺の人間だったかが分かるはずだ。
俺は、くそみたいな人生を送ってきた。普通の感覚を持っているなら絶対に送りたくないと思う人生を。
そんな俺を、尊敬しているだと。
「おい神、聞かせろよ。俺のどこに、尊敬できるところがあるんだよ」
俺は自嘲気味に神に問う。
俺はいら立っていた。
理由は分かり切っている、こんな俺を尊敬するはずもないと思う俺は、神の言葉が虚言にしか聞こえないのだ。
俺は大事な話をしている、それなのに神の野郎はでたらめを言っている、そう思うからこそのいら立ちだ。
「君が自分をどう思っているのかも、僕は分かっているつもりだよ。だけど、ナナが君を尊敬しているのも事実なんだ。ナナだけじゃない、僕も、君のことはある程度評価しているよ」
「そんなことあるはずねえだろ!」
俺は声を大にして叫んだ。
そんなことはない、俺は、どうしようもない人間なんだ。頑張ることをあきらめた、そんな人間なんだ。
「……マサト君、さすがの僕でも、ゲームがうまいというだけでこの世界を託すなんてことしないよ」
「それは……俺も思った。お前ならもしかしてと思ったが、ゲームをクリアしただけで世界を救えだなんておかしいと」
「もしかしてって思ったんだ。まあいいや。つまり、僕は君のことをちゃんと評価したんだ。自分に自信を持てだなんて言ったところで君は聞かないだろうけど、ナナは君のことを命がけで助けようとした。そのことを、よく考えてみなよ」
それを最後に神の声が聞こえなくなった。
神に言われたこと、考えてみたさ。ナナがどうして俺なんかを助けるのか、だけど分からないんだ。だからお前に聞いたのに、余計分からなくなった。
俺を尊敬、分からない。
モヤモヤした気分のまま、ナナが目を覚ますのを待つ。
「んっ……んー……」
数時間経ったところ、ナナがようやく目を覚ました。
様子は、いたって普通だ。イルクの水の効果は切れたとみてまず間違いないだろう。
「あっ、マサトさ……ん!? あの、これは一体……」
目を覚ましたナナは驚いている。
まあ無理もない。今ナナの体には、念には念を入れてロープで縛ってあるからな。もちろん捕獲用ではなく普通のロープだ。
「ナナ、何があったか、覚えてないか?」
「いや、それよりもこの状況、何とかしてくれませんか?」
ナナは困った顔つきで言う。
まあこの調子ならロープを解いてやっても問題ないだろう。
「話を戻すけど、何があったか覚えているか?」
「えーっと、ソウラさんのお母さんの所で、その……イルクの水を買って、その後マサトさんの後を追って、見つけた時に水を飲んだところまでです」
結構覚えてたな。それと、やっぱりソウラの母親から買ったのか。まあ、そこは予想通りだ。
「ナナ、水を飲んだ後、お前はグレムウルフを全部倒したんだ」
「えっ、全部!? 私がですか!?」
「ああ、その後に魔力が切れたかなんか知らんが、いきなり倒れたんだ。それを俺が運んだってわけだ。縛ってあったのは、まだイルクの水の効力が残ってたらやばいからだ」
さすがに俺のことを何度も殺したとは言えない。ナナは優しいから、責任を感じるだろう。
助けてもらった身としては、それはあまりにも心苦しい。
ナナのため、俺のためにもこういうことにしといた方が良いだろう。
「良かった、私、お役に立てたんですね」
ナナはほっとした顔つきで言う。
役に立ったなんてもんじゃない、今回は全てがナナのおかげだ。俺一人じゃどうしようもなかった。
情けなくガクブルしてた俺を助けてくれた、感謝してもしきれないぐらいだ。
「ナナ、ありがとな」
「どっ、どうしたんですか、ありがとうだなんて!? 私は本当は余計なことしたんじゃないかと思って……」
グレムウルフを倒した結果があるというのに、余計なことのはずがないだろう。
ナナのしたことは、個人的には複雑なことこの上ないが、この街を救った救世主といっても過言ではない! ……と俺は思う。
「ナナはよくやってくれたよ、ほんとに。どっか調子悪いとかないか? あるんだったら何でも言えよ」
「調子ですか? 強いて言うなら、ちょっと頭が痛いですね。頭痛というよりは、頭そのものが痛いというか」
ナナは頭をさすりながら答える。
その返事に俺は、ドキッとした。
それは、グレムウルフとの戦いでもイルクの水の後遺症でもない。俺が思いっきり何度も頭突きをしたのが原因だ。
状況的にもしょうがなかったとはいえ、まさかそれが一番のダメージとして現れるとは。
「じゃ、じゃあ今日はゆっくり寝とけ。俺はソウラたちを探してくるから、安静にしとけよ」
「はい、それじゃあお言葉に甘えて」
そういうとナナは布団をかぶり、目を閉じた。
そして数秒もしないうちに寝息を立て始める。
驚くほど寝つきが良いな。さっきまで気絶して寝ていたのと同じようなものだというのに、よくこんなに早く寝れるものだ。
まあ、この調子ならすぐに全快するだろう。
俺は安心しつつソウラたちを探しに行く。




