第44話 「借り」
「ん? 生きてる?」
ナナの魔法は俺に直撃した。そのはずだ。
だが俺には傷ひとつなく、平然と立っている。
「あれー? どうして生きてるんですかー?」
ナナが不思議そうに言う。
俺だって不思議だ。あんな魔法をくらって何もないなんて……
「まあいいです。それじゃあ……エルフレイム!」
マジか!? 俺に対して最強魔法!?
これは、無理だ。避けることもできないし、ましてや相殺だって出来るわけもない。
また死ぬんだ、あの恐怖を味わうことに絶望しつつナナの最強魔法をまともに喰らう。
「……ん?」
魔法をくらったはずだが、俺は平然とその場で立っている。
何が起こっているのかわからない俺に、神が教える。
「君、死んだのに気づいてないだけだよ」
「……マジ?」
「マジ」
そうだったのか、死んだのに気づいてないだけだったか。死ぬことに一切の恐怖を感じなかった。これは、いける。
痛みがない死なんて、死んでないのと同じだ。
「そうと分かれば……うおおおおおおお!」
俺はナナに向かって一直線に走り始める。
今のナナがかなりの力を持っていることは確かだが、接近戦になれば勝機はある。
ナナは武器を持っていない、それに魔法でばかり戦っていたから近接戦闘の経験がない。うまくいけば俺でも倒せるはずだ。
ナナとの距離がどんどん縮まる。
あと数m、そう思った瞬間にナナが魔法を放つ。
「ウィンド!」
「うわあああああああ!」
俺の体は宙を舞い、一気に20mほど吹き飛ばされた。
「ファイア!」
体勢を崩し地に付した俺に、間髪入れずに容赦なく魔法を放つ。
その魔法をモロに喰らう俺だが、ヘルドッグを跡形も残さず倒せる魔法が、さらに強化され段違いの威力になっているゆえに、俺は痛みを一瞬も感じずに死に、生き返る。
「もう、何で死なないんですか!」
傷ひとつ負っていない俺を見て地団太を踏むナナ。
「壊れることはないが、どうしようもないな」
これならいくら死のうがグレムウルフにやられた時のような恐怖も痛みも感じないだろう。だが、だからといって勝てるかと言ったら、そうでもない。
今の俺とナナでは戦闘力に差がありすぎる。接近戦に持ち込めば分からないが、近づくことさえ出来ない。
ナナに広範囲に及ぶ風魔法がある以上、ただ近づくにしても非常に困難だ。
「おい神、何とかならないか!?」
俺は藁にも縋る気持ちで神に尋ねる。
だが何秒待っても神の返事は聞こえてこない。対策が何もないにしても、何かしら言えという気持ちになりながらも、再度ナナに向かって走り始める。
だがナナは、先程と同じように近づいてくる俺に風魔法を使い、吹き飛ばす。
もう一度ファイアが来ると身構える俺だが、ナナからの追撃が来ない。
「どうすれば死ぬかなー」
ナナはまるで、おもちゃでも見るかのように俺のことを見ている。
どうすれば俺のことを殺せるか、本格的に考え始めたようだ。
どうやらイルクの水は、使用者の精神を壊し、人格を根本的に変えるものだが、知能まで奪うというわけではなさそうだ。
これをチャンスと見るべきか否か。
知能があるということは、何度殺そうとしても死なない俺に対して同じ魔法を使い続けることはしないはずだ。うまくいけば、俺が近づくたびに風魔法を放つのをやめるかもしれない。
だが逆に、自身の接近戦のスキルについても考慮するかもしれない。そうなれば俺がナナに近づくことは不可能だ。。
「決めた! ラージウォーター!」
ナナの手から大量の水が流れてくる。。
ナナの水魔法は、ライの水魔法とは違って物理的威力があまりない。これは魔法の調整でもしているのか、俺は出来ないが、レベルが上がれば魔法力の調整が出来るようになるのかもしれない。
そう考えている俺の体は、全身水浸しになる。
「おいナナ、まさか……」
「サンダー!」
「やっぱりかー!」
ナナの手から電撃が走る。
その電撃は俺には当たらずに、水浸しとなっている地面に当たる。
地面に当たった電撃は水を伝い、俺にまで届く。
「アガガガガガガ!」
俺の体中に電流が流れる。
あっ、これやばい。結構痛い。
そう思った瞬間、俺の心臓は止まった。
「ハアッ、ハァッ、これは……きつい……って、なんだこれ!?」
生き返った俺の足元には俺の死体が転がっている。
「これって、俺は新しい肉体を得たってことか?」
首をかしげながらつぶやく俺と同じ行動を、ナナは別の考えをしながらとる。
「これでも死なないんですねー。それにー、増えたってどういうことですかー?」
俺の体が増えてることに疑問を浮かべているようだ。
ナナの知能なら俺が神に生き返らしてもらっていると気付いてもよさそうだが、まだ気づいていないようだ。
だが、時間の問題……いや、ナナは俺が誰かも気付いている節はない。だとすれば、神と関係してるということも分からないから、生き返っているという考えに至ることはないか。
俺が懸念すべきことは、さっきみたいな痛みを伴う攻撃をされ続けて壊れないかということだけだ。
「うーん、火と水じゃダメか―。じゃあ、切り刻んでみよー! カッターウィンド!」
ナナが唱えた瞬間、突風が起こった。俺は突風により巻き上げられた砂ぼこりのせいで目をつむった直後、体が軽くなった。
恐る恐る目を開けると、右腕が地面に転がっていた。
そして俺の右腕があった場所にゆっくりと視線を送ると、そこにあるはずのものが無くなっていた。肘から手の先までが、切り落とされたのだ。
「ぐっ、グァァァ……」
切られた断面を見て、徐々に痛みが増していき俺は、うめき声をあげる。
そんな俺にナナは容赦なく追撃する。
「カッターウィンド!」
今度は目をつむらなかった。
腕を切り落とされた痛みにより、砂ぼこりが目に入ろうが気にならなくなっていたからだ。
俺は、自分の右腕があった場所をずっと見ながら、声をあげている。
数秒後、俺の視界が動いた。俺は同じ場所を見続けていたはずなのにだ。
俺は変わりゆく視界に疑問を浮かべつつも、痛みが和らいでいることを感じる。
そして気付いた。今度は俺の首がはねられていることに。
「今日何回死ねばいいんだよ!」
俺は目の目で見るも無残に切り刻まれた自分の死体を見ながら叫ぶ。だが不思議と、無残な自分の死体を見ても、あまり気持ち悪いとは思わない。
以前、自分の体がモンスターに食べられるシーンを神に鮮明に見せられたからか、このようなグロテスクなシーンには多少の耐性が付いたようだ。
「いい加減にしないと、いつか壊れちまうかも」
今回の死も中々に刺激的だった。俺のトラウマ候補に上がるレベルのものだ。
だが、グレムウルフに徐々に体を食いちぎられるよりはいくらかマシだ。
そう思いながら俺はナナに向けて魔法を放つ。
「いつまでもやられっぱなしじゃねえぞ! ファイア!」
「もう、何回やればいいんですか! ファイア!」
いら立ちの声をあげながらナナは俺の魔法に向かって魔法を放つ。
ナナの魔法は直線的な軌道を描く俺の魔法とは違い、重いからか曲線的な軌道を描いているのに気づいた。
俺の魔法はサッカーボールよりちょっと大きいぐらいの大きさ、ナナの魔法は大玉ころがしの球の2倍ぐらいの大きさだ。
そんな魔法に俺の魔法がかなうわけもなく、俺の魔法はいとも簡単にかき消される。
「今回は、粘らせてもらうぜ!」
俺はナナの魔法を横に思いっきり跳んでかわす。
何か突破口を見つけなければならない。そのためには、簡単に殺され続けてちゃだめだ。ナナに余裕を与えちゃダメなんだ。知能が残っているゆえにか、いら立つという行為をしている。なら、焦るという行為もするはずだ。
粘って攻撃をつづけ、何とか隙を見つけることが出来れば、俺にも勝機はある。
何も近づかなくても、魔法の一発でも当てれば……
そう思ったが、ライのことを思い出す。
あの時ライは、酸素と水素により多少大きくなっているとはいえ俺の魔法で瀕死の重傷を負った。
あの時はナナの回復魔法で何とかなったが、今回そのナナが標的、回復をできる奴がいない。
受付の人が一応回復魔法を使えるが、ここで魔法を当ててギルドまでもつかどうかと聞かれれば、正直危うい。
かといって、神に生き返らしてもらえるからといって、殺すのも俺には出来ない。死ぬ痛みを知っているからだ。
俺の魔法は中途半端、モロに当たれば強烈な苦痛を感じながら死ぬだろう。
いくらイルクの水を使って精神が崩壊しているとはいえ、ナナにそんな真似は出来ない。となると、接近戦しかない。
「一か八か、近づきつつだ」
俺はジリジリとすり足でナナに近づく。
「いい加減にしてほしいです」
ナナが俺のことをうざい人間でも見るかのように見てくる。
ナナにそんな目で見られていることに悲しみを感じつつも、俺はナナとの距離をちょっとずつ詰める。
「次はどうしましょうかー。火も水も風も光もダメ。闇は攻撃には使えないしー……」
ナナは今油断している。俺を殺すことは出来ないと思っていても、自分がやられることは全く思っていない様子だ。
これは、チャンスだ。
「ファイア!」
俺は魔法を放った。
俺の声に反応するかのようにナナは手をかざし魔法を放つ。
「無駄ですよー。ファイア!」
ナナと俺の魔法の力差は歴然、まともにぶつかれば俺の圧倒的敗北だ。
だが、
「えっ?」
ナナが素っ頓狂な声をあげる。
俺の魔法が、ナナの巨大な魔法とぶつからずに、下を通り抜けたのだ。
ナナの魔法が曲線的、俺の魔法が直線的な軌道を描いているがゆえにできる芸当だ
ナナの魔法は俺に直撃し、俺はまた死ぬ。だけど、俺の魔法もナナに向かう。正確には、ナナの足元だ。
「きゃあああ!」
足元に魔法が当たり、体勢を崩すナナ。
俺は生き返った直後、全力で走りだし、ナナの目の前に立った。
「ウ、ウィン……」
「捕まえたぜ」
魔法を放つ寸前、俺はナナの両手を掴み、わきに抱えた。
これで、俺に対して魔法を放つにはナナ自身にも魔法が当たるような配置になった。
「はっ、離してください!」
「ふっ、ようやく焦ったな」
先程まで余裕だったナナの表情は一変し、焦りと不安が入り混じったような顔になっている。
正直この顔は見てて可愛いと思うが、今はそれどころじゃない。
「ナナ、悪いけどちょっと気絶しててもらおうか」
「な、なに言ってるんですか? あなたの両手も塞がってるじゃないですか」
ナナの言う通り、俺の両腕はナナの手を捕えているから使えない。
だが、まだ武器はある。
「心配すん……なっ!」
俺はナナのおでこめがけて、思いっきり頭突きした。
「もういっちょ!」
「ちょっ、まっ……」
一発では気絶しないナナにあと5発ほどの頭突きを浴びせ、ようやく気絶した。
あと数発で、こっちの頭がいかれるところだったぜ。
「さてと、んじゃ帰るか」
俺はナナを背中におぶり、街に戻る。
「さすがマサト君、ナイス」
街に戻る途中、神が声をかけてきた。
「何がナイスだ。忘れてねえぞ。お前が俺を無視したこと」
「だってー、僕じゃ何もできないしー、対処法だってないしー」
腹の立つ喋り方をする神にいら立ちを募らせる。
たとえレベルを1にされたとしても、もう一度殴ってやりたい。
「それで、なんか用があったんじゃないのか?」
「ああ、うん。用っていうか、お願いっていうか……マサト君、ナナの事、許してくれないかな」
「黙れ」
「い、いや、分かるよ、ナナが迷惑かけちゃったことは、だけどさ、ナナも君のためを思ってやったことなんだからさ」
「分かってるよ、そんぐらい。俺が黙れって言ったのは、気にもしてないのに許してくれだの言ったのがむかついたからだ」
「……気にしてないって、ほんと?」
「ほんとだ。だからもう話しかけんな。イラつく」
「う、うん。じゃあ、今日の所はもうよすよ」
神がそういうと、もう話しかけてくることはなかった。
本当にむかつく奴だ。俺がナナに対して怒っているわけがないだろう。
むしろ、許してもらいたいのは俺の方だ。
ナナに心配かけて一人でグレムウルフに立ち向かって、無様に壊れかけて、そんな俺をイルクの水を使ってまで助けてくれたんだ。
俺はナナに、一生かかっても返しきれないかもしれない借りが出来たんだ。
「ナナ、本当にごめん。それと、ありがとな」
俺はその後、無言で街まで戻っていった。




