第42話 「異常事態」
あのイカレタ女がいなくなってから数分、ナナの質問攻めにあっていた。
不幸中の幸いか、あの女がナナにもちょっかいを出そうとしたから、ナナは俺の説明をすんない受け入れてくれた
「じゃあ、あの女性とは本当に何もないんですね?」
「ああ、あいつはグラシャ=ラボラスの匂いに寄せ付けられただけで、何もない」
「そうですか。よかっ…………グラシャ=ラボラス?」
「そう。グラシャ=ラボラス」
ナナはほっとした顔をした瞬間、疑問の声をあげる。
あの女はナナに対してはグラシャ=ラボラスという単語を使っていなかったな。
ただ匂いに釣られて来た変人、それがナナのあの女に対する評価だったのだろう。
「多分、アカネにグラシャ=ラボラスのエネルギーが使われてるから、俺たちにその匂いが付いたんだろう」
「そ、それは分かりますけど、何であの人がグラシャ=ラボラスの匂いが分かるんですか?」
「知らん」
あの女は言いかけたが、あとから出てきたでかい男が止めたからな。
あの男は俺たちに危害を加える気はないと言っていたが、不安があるのは確かだ。十中八九モンスターの仲間なんだから。
「まあ気にしなくていいだろ。悪い奴じゃなさそうだったし」
あの男は、だけどな。
「マサトさんがそう言うなら、私はそれでも……」
『緊急、緊急! 冒険者は直ちにギルドまで来てください! 繰り返します! 冒険者は直ちにギルドまで来てください!』
突然ナナの言葉を遮り、アナウンスが響いた。外からもアナウンスが聞こえてくる。どうやらこのアナウンスは町中に流れているようだ。
町中の冒険者を集めるとは、よっぽどのことみたいだ。
だけど、
「ここにいる奴らは、使い物になんないだろうな」
ギルドにいる冒険者の半分は酔いつぶれてしまっている。まだ意識がある冒険者もいるが、とても戦える状況にはない。
辛うじて戦えそうなのがレイトだが、そのレイトも顔に赤みを帯びていて、どこか目がうつろだ。
「そういえば、私たちが昼食を取ろうとしたとき、こんな時間にも関わらず多くの冒険者がお酒を飲んでいたんです。とてもアカネちゃんを中に入れていい状況じゃなかったのでギルドに来たんですけど、今日って何かの記念日とかですか?」
この街にはクズしかいないのか!?
だがこれは、非常にまずい。
町の冒険者の大半が酒を飲んでいるとなれば、ほとんどが役に立たない。まだ何が起こっているのかは分からないが、何が起きても対処できそうにない。
いや、まだ分からない。ひとまずは冒険者を待つことにしよう。
ひょっとするとこのギルドの奴らよりはあまり飲んでいないとか、レイトのような凄腕の冒険者がいたりするかもしれない。
俺はそんなかすかな希望を胸に、冒険者が来るのを待った。
あのアナウンスが町中に響いてから10分ほど、集まった冒険者はほんの10数人、しかもその中にはライがいる。
「おい、あのアナウンスって何なんだ……って、マサト! お前も来ていたのか!?」
。
今ここにいる冒険者は俺のパーティとライのパーティ、そして話したこともない女冒険者が数人、そしてヴァテックスの女騎士と老人だけだ。
さすがに女冒険者は昼間っから酒を飲むなんてしていないようだ。
「集まってきていただいたのがこれだけなのが非常に残念ではありますが、説明させていただきます」
受付の人が俺たち冒険者の前に立ち説明を始める。
「今ここに大量のモンスターが向かっていると守衛から連絡が入りました。その情報によりますと、モンスターは一種類だけのようですが、3000を超える数だそうです」
受付の人の説明で、冒険者たちがざわめきだす。
そんな中、ヴァテックスの老人が手をあげ、発言する。
「そのモンスターとは、一体どいつじゃ?」
「はい、連絡によりますと、グレムウルフだそうです」
俺は即座にモンキラの情報を思い出す。
グレムウルフ
出現するのは序盤から中盤のモンスター、一体一体の実力はそれほどでもないが、決して単独では行動しないモンスター、最低でも50体で行動する。
あくまでもゲームの話だが、このモンスターと遭遇した時、一人だけだったらすぐに逃げるか、諦めるしかないと言われている。
このモンスターは高レベルプレイヤーなら数人で倒せるが、駆け出し冒険者ばかりの俺たちに3000体は多すぎる。ヴァテックスの2人がいるとはいえ、決して勝てないだろう。
この街、終わったな。
「情報によりますと、あと1時間ほどでこの町に着くとのことです。みなさん、戦力は乏しいですが、何とか戦いましょう!」
受付の人は拳をグッと握りしめ、気合を入れるが、
「てかさあ、衛兵は? もう戦闘準備してんの? さすがに私らだけじゃやばいっしょ」
ギャル風の冒険者がだるそうに意見する。
それに対して受付の人は心底申し訳なさそうに答える。
「衛兵は今カンドの街へ遠征中でして、戦える兵士はいません」
つまりこの場にいる俺たちが全戦力だと、たった10数人で何をしろと言うんだ。
「ですが、量より質です! この中にはヴァテックスの人が2人も――」
「無理じゃな。わしレベルの魔法を扱えるものがあと5人ほどいれば話は別じゃが」
「そうだな、いくら私たちでも3000体はさすがに」
まあ無理だろうな。
グレムウルフじゃナナのファイアでも一発では倒せないだろう。
ヘルドッグを跡形もなく消し飛ばせるナナの魔法だが、3000もいたんじゃさすがにさばききれないだろう。
あの老人がどれだけの力を持ってるか分からないが、魔法で倒せるとしても1000ぐらいが限界だろう。
「それじゃあさっさと逃げよう。あと1時間あるんだろ。何とか近くの街に行って、そこで冒険者を募ってグレムウルフを倒そう」
「それっきゃないな。それにここから一番近い街がカンド、兵士たちがたくさんいる。グレムウルフなんて楽勝だろ」
俺の意見にライが同調した。あのライがだ。
俺は驚きで腰が抜けそうになった。
以前の戦いで死んでもおかしくないような魔法をくらわせたから、相応の敵意を持たれてると思ったが、どういう心境の変化か、俺への敵対心が薄れているように見える。
「それも無理です。今はモンスターの大量発生中。あなた方冒険者ならそれでよくても、街の住人はかなりの被害を被ることでしょう」
「つっても、この街にいても結局は全滅っしょ」
今度はギャル風の冒険者が答える。
どうやらこの中に戦うという選択肢を持っている奴はいないようだ。
「それよりもレイトはどうした? あいつがいればまだ望みは……」
女騎士がキョロキョロと辺りを見回す。
俺はそんな女騎士にレイトがいる方を指さし教える。レイトはさっきまで起きていたが、いつの間にか寝入っていた。
「なっ、レイト……」
顔を赤くしながら眠っているレイトを見て絶句する女騎士。他の冒険者も絶望の顔をしている。
唯一ライだけが平然としている。最初から逃げるという選択肢しかない分、レイトが使えないというのはそれほどの絶望ではないようだ。
「今ここにいるあなた方が、この街の全戦力です。どうか、お力を貸してください!」
受付の人は必死に頭を下げるが、この場にいる誰もが頷かない。
今の俺たちは選択を強いられている。
街のために戦い華々しく散るか、街の住人や酔いつぶれた冒険者を見捨て、ここにいる10数人だけ助かるか。
俺とナナ達は死んでも生き返ることができるから、正直どっちの選択肢を選んでも問題はないだろうが、それではあまりにも寝覚めが悪い。
どっちにしろ大多数の被害者を出る。それは、つらい。
「マサト様、何か手はないでしょうか?」
「なんで俺に聞くの?」
「あなたは今まで自分の力以上の敵と戦い、勝利してきました。そんなマサト様ならあるいはと思ったのですが……」
受付の人の言葉に、ナナ達も頷く。俺の評価も高くなったものだ。
全ての人が助かる方法はあるにはある。だがそれは、できるなら決してやりたくない、やらせたくない方法だ。
「悪いけど今回ばっかりは無理だ。数が違い過ぎる」
「マサトが無理ならこの俺が名案を出してやろう」
ライが自信満々に言うが、誰一人として期待をするそぶりを見せない。ライのパーティのシズク達でさえ、やれやれといった顔をしている。
「まあ、一応言ってみろ」
「一応ってなんだよ。いいか、俺の案は、この町周辺に落とし穴を作ってだな――」
「却下」
「早すぎるぞ! 何が問題なんだ!?」
「あと1時間足らずでモンスター3000体を落とせるほどでかい落とし穴が作れんのか? グレムウルフが這い上がれないぐらい深い落とし穴が作れんのか?」
「……もうひとつある。周辺のモンスターをうまく誘導してグレムウルフと戦わせて――」
「グレムウルフの圧勝だろうな」
ライの意見も別に悪くはない。こいつにしてはまあまあの策だと思う。だが、こいつの策だとせいぜい100体ぐらいの足止めにしかならない。
普通に考えれば3000体のグレムウルフを倒す策なんてそうそう思いつくものでもないが。
「何か、何か打つ手はないのか!?」
みんなが頭を抱えてうなっている。
それにしても、捕獲クエストの時期になってからトラブルが起きるな。今日はモンスターの大量襲来、昨日はサイドレオーネに襲われる。
主人公補正的な物がいやな方向に働いてるみたいだ。まるで推理物で探偵の行く先々で事件が起きるみたいな。
「なあマサト、本当に何も打つ手はないのか? お前なら、何か考えがあるのでは……」
ソウラの俺に向ける目は、焦りや不安、負の感情が見える。
「このままじゃ、この街の人たちはみんな死んでしまうわ! そんなことになったら、わたし……」
女性冒険者たちは、目に涙を浮かべながら、必死に頭を働かせている。
俺は素直に感心した。こいつらには、街の人々を見捨てるという選択肢がそもそもないということに。
普通ならここは自分の保身を最優先に考えてしまう。だがこいつらは、自分たちの保身を考えている。
「一つだけ、方法がある」
みんなの顔を見ながら、俺は無意識に言ってしまった。
一斉に俺に突き刺さる視線に、俺は自分が言葉を発してしまったことに気づく。
「本当ですか!?」
ナナ達の目に希望が宿るのが見て取れた。
もう後戻りはできない。言ってしまった以上、やり通すしかない。絶対にやりたくないと思った、あの作戦を。
だけど、絶対にやらせはしない。俺が、俺一人が頑張ればいい話だ。
「この作戦は俺一人で十分だ。だからお前らは、ここであいつらと一緒に酒でも飲んでろ」
「いや、私たちも行きますよ。パーティなんですから」
ギルドを出ようとする俺に、ナナ達がついて来ようとする。
まあ、当然か。3000体のモンスターの群れに単身で身を投じる仲間を、いくら作戦があると言っても一人では行かせられないだろう。
「一緒に来たらお前らを巻き添えにしちまう。だから、残っててくれ」
「なら、その作戦を聞かせてください! 納得出来たら一人で言っても構いません!」
ナナの言葉は力強く俺に響く。
こうなってしまった以上、ナナは意地でも俺についてくるだろう。それは何としても避けなきゃならない。
「ナナ、あれなんだ?」
俺はナナの後ろを指さし、尋ねる。
ナナ達は一斉に振り返り、後ろを見る。だがそこには当然、何もない。
「マサトさん、何もありませんよ?」
ナナ達が正面を向きなおすと、そこに俺はもういない。
「悪いけど、今回ばっかりは一緒には無理だ」
ナナの方向音痴は筋金入りだ。一度でも俺のことを見失えば、もう俺を見つけることは出来ないだろう。
だが安心してほしい、絶対に戻るから。
「覚悟を決めろ俺。絶対にやり遂げるんだ。全部は無理でも、相当数グレムウルフを減らすことができればヴァテックスの2人が何とかしてくれるはずだ。自信を持て、俺ならできる、この作戦を。名付けるならそう、ゾンビ作戦を!」




