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クリア済みゲームを今度はリアルで救う  作者: エスト
第二章 クエスト生活
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第41話 「世界を救うということ」

「うっせえ! てめえにも何の関係も……」


 俺の姿を見るな否や、少年は最後まで言葉を発さずに、にらみつける。

 少なからず俺に思う所があるみたいだ。


「なあ、今はギルド加入クエストといえども危険なんだ。あと二日だけ我慢すれば受けられるんだ。な」


「危険だからなんだ! 冒険者になろうってんだ、そんくらいの覚悟はできてる!」


「お前ができてても、他の奴らはどうだ?」


 少年は振り返り、子供たちの顔を見る。

 数人は少年と同じように覚悟を決めている表情をしているが、他の子供たちは複雑な表情をしている。

 まだ子供なのだから、できれば戦いたくないと思うのが普通だろう。


「くそっ、分かったよ!」


 少年は観念したかのようにこの場を立ち去る。

 他の子供たちもそれに続く。

 ギルドの外に出るとき、先程俺に礼を言ったスキル持ちの少女が一礼する。


「しかし、あの子供たちは見た所ホームレスの孤児だろうに、どこでカードを手に入れたんだろう?」


 レイトがつぶやく。

 俺と少女の話を全ては聞いていなかったらしい。


「さあな」


 今回の話は、別にレイトに言わなくてもいいだろう。

 レイトなら全部信じてくれるだろうが、こうも人がたくさんいる空間で何回も神の名前を出したくない。

 今まで神と言う単語を出した時、レイト以外の冒険者に何回か何言ってんだこいつ、みたいな顔をされたからな。できれば言いたくない。


「そっか、もしかしたら君が何かしたのかもと思ったけど違ったみたいだね」


 そういうとレイトは再び酒を飲んでいる冒険者たちのもとへと戻っていった。

 酒を飲んではしゃいでいるレイトを見るのは、何とも意外だ。

 ここにいる誰よりも強いが、あいつも普通の人間なんだな。


「……くん…………マサト君」


 どこからともなく俺を呼ぶ声が聞こえる。

 いや、聞こえるというよりも、脳に直接語りかけられているような、そんな感覚だ。

 そしてこの声には、聞き覚えがある。


「マサト君、聞こえない? あれー、うまくつながってないのかな?」


 俺の頭に直接語りかけてくるこの声、神だ。

 まあ声で判断しなくても、こんなことができるのは神だけだろう。


「なんか用か?」


 俺は他の冒険者たちに声が聞こえないように小さめの声で神に話しかける。

 神ならこの声量でも聞こえるだろう。


「あっ、よかったー。あのね、君に言わなくちゃいけないことがあるんだ」


「言わなくちゃいけないこと?」


「そうだよ。ああそれと、別に声に出さなくても思うだけで僕とは会話できるよ」


 思うだけか、なら試してみるか。


(神は悪い奴じゃないがどうしようもないバカだ)


「ちょっと! 仮にも神だよ! そんな言い方はないんじゃないの!」


 おお、本当に通じた。これは一種のテレパシーってやつか。

 実際にやってみると、何とも不思議な感覚だな。


(それで、話って何?)


「まったく、君は神様をなんだと思っているんだよ。一番偉い存在なんだよ。大体君は前に僕に生き返らせてもらったのを忘れてるんじゃないの?」


(いいから要件を言え!)


 話が全然進まない。俺の言った、いや、思った一言が原因とはいえ、この神との会話は本当に疲れる。

 ナナや受付の人みたいに真面目な部下がいるというのに、自分はもっと真面目になろうとは思わないものなのか。


「じゃあ要件を言うよ。今回あの子供たちにカードを渡したせいで僕の力に制限を加えることが決定されたんだよ。その制限のせいで、僕が君たちに干渉できる範囲が狭まったんだ」


(何だそんな話か。お前には大して期待してないから別にいいよ)


「そんな適当な。干渉できる範囲が狭まったから、君たちが危険な目に合っても転移したりして助けられないんだよ!」


(お前、俺たちがサイドレオーネと遭遇した時、助けなかったよな)


「うっ」


 あの時、神は死んだ俺を生き返らせてくれはしたが、生きてる俺を助けてはくれなかった。

 その時から俺は、もう神に何の期待もしていない。

 あの子供たちにカードをくれってお願いしたのも、本当に叶えるとは思わなかった。

 俺の神への信頼度は、結構低い。


「あの時は悪かったよ。でも僕だって常に暇ってわけじゃないんだよ」


 朝の件を考えると、とてもそうは思えないがな。

 こいつは今みたいに話しかけるだけじゃなくて、わざわざ下界に降りて来た。

 絶対暇だよ。


「まあとにかく、僕は君たちに多大な干渉は出来ない。体の一部だったら転移できるよ」


(誰が頼むか!)


 体の一部を転移なんてこと、頼んだってするはずがない。

 そんなことしたら……想像したら気分悪くなってきた。


「あと、君と君のパーティは生き返らせることは出来るけど、それ以外はたとえ配下であっても生き返らせることは出来ないから」


 死ぬつもりなんか毛頭ないがな。

 あの日、俺はそれはもうあっさりと死んだ。恐怖を感じた瞬間には、痛みはなく意識が途絶えた。そしてすぐに神のもとへと送られた。

 だが、一瞬とはいえどうしようもなく怖かった。それほどの痛みはなく、一瞬の出来事だったが、あの時の恐怖は忘れられない。

 もう、死ぬのは御免だ。


「僕の話は終わり。何か聞きたいことある?」


(聞きたいことか……一つだけ、どうしても聞きたいことがある)


「なになに、何でも聞いてもオッケーだよ」


(世界を救うって、どういうことなんだ?)


 数秒、神の言葉が聞こえてこなかった。

 まさかとは思うが、何も考えていなかったわけじゃないよな。こいつが考えなしなのは分かっているが、さすがにこれは擁護できないほどの考えなしだ。

 俺の思考が聞こえているからか、聞こえてきた神の声が震えて聞こえる。


「ど、どういうことかな?」


 確定だ。

 こいつは何も考えていなかった。


(引きこもってる時にさ、色んなラノベを読んだんだ。で、今みたいな俺の、異世界転生モノも結構読んだ。俺みたいに世界を救う使命とかが主人公にはあるわけだけどさ、そのほとんどが魔王討伐とか明確な敵の存在があった。だけどこの世界にはそういうの無いだろ。初めはグラシャ=ラボラスがそうだと思ったけど、そいつはもう死んでる。それにナナから聞いたことあるけど、モンスターを倒したとしても繁殖力が高いから無意味、人間の領土は広げられない。俺、なにすりゃいいわけ?)


 神の返事が聞こえて来ない。途中から神に一切の期待をしていなかった俺だが、何も返事が来ないのは少々イラつく。

 どれだけ待っても神の返事が来ない。


(おい、聞いてるのか?)


 俺の呼びかけに神は応じない。

 これは、電話をガチャ切りされた気分だ。リアルの友達がいなかったから、電話なんか使った記憶がないが。

 だが、肩の荷が下りた。これはもう、俺が無理して世界を救う必要が無くなったってことだ。

 そもそも、少なくともこの町周辺は安全なのだから、無理に危険を冒す必要もなかったわけだが。


 これからは生活のためだけにクエストをやろう、俺はそう決意した。




 あれから数時間が経った。

 冒険者たちは未だに酒を飲んでいる。中には酔いつぶれて寝ている奴もいる。

 やっぱりここは、平和だな。

 北寄りにいる人間もこの町に来ればいい。人が多すぎるというのならば、この周辺にホテルでも何でも作ればいい。

 それが本当に世界を救うことにつながる、と俺は思うな。


「そこのあなた」


 店の前で立っている俺に女性が話しかけてくる。

 その女性は紫色のローブを羽織っていて、いかにも怪しい雰囲気を醸し出している。


「悪い、邪魔だったか」


 俺はその場を立ち去ろうとするが、女性はそれを止める。


「あなた、モンスターの匂いがするわ」


 女性は引き留めた俺の体を嘗め回すように物色し、においをかぎ始めた。


「冒険者なんだ。モンスターの匂いぐらい付くさ」


 俺はなんとか平静を保ちながら答える。

 この女、気持ち悪い。

 この場から立ち去りたい思いでいっぱいだったが、今こいつに背を向けてはいけない、そんな気がする。


「いいえ、これはそんじょそこらのモンスターの匂いじゃないわ。そう、これは!」


 女は目を見開き、俺の体を両手でつかむ。


「我が主、グラシャ=ラボラス様の匂い」


 女性のその言葉に、俺は息をのむ。

 この女が今発した単語、それは昔、この世からいなくなったモンスター、モンキラのラスボスにして、かつてのこの世界に住むモンスターの支配者の名前。

 そしてその名を呼ぶ前にこの女は、確かに言った、「我が主」と。


「いいわこの匂い。とても、とても懐かしい。特にこの手、この手から香る匂いが、特にいいわ! この手、頂戴」


 女性は俺の手を取り、艶のある声で物騒なことを言う。

 俺はその手を振りほどこうとしたが、華奢な腕からは想像もつかない握力で手を握られ、振りほどけない。


「いいでしょう。本当はあなたの体全てが欲しいの。それを我慢して、手だけでいいといっているの。お願い」


「冗談じゃない! 手だけだろうが体全部だろうが、やれるわけないだろ!」


 俺が断ると、女性の俺の手を握る力が強くなる。俺は思いっきり突き放そうとするが、離れてくれない。

 この力、アカネ以上だ。


「そんなこと言わないで、こんなに良い匂い……ああ! もう我慢できないわ!」


 女は俺の指を口に入れ、舐め始めた。

 気持ち悪い、俺の頭の中にはその単語が駆け巡っている。


「やっぱり、あの方と同じ、たまらないわ! 是非とも、咀嚼したいわぁ」


 不吉なことを言いながら俺の指をなめる女性。

 今すぐ逃げたい、気持ち悪いという感情から、徐々に恐怖へと俺の感情が変わりつつある。

 その時、


「あ――――っ!」


 ギルドの入り口から大きな声が聞こえる。すがるように入口を見ると、俺を指さすナナがいる。ナナが怒りの表情で俺のもとへと早足で来る。

 天の助けと思ったが、その怒りが俺に注がれているのに俺は気付いた。


「何やってるんですか!? 私たちがモンスターと戦ってる時に、女性と……」


「い、いや待て違うぞ! 俺は被害者だ! この女が突然俺の指を……」


「ああっ、あなたからも香るわ! とても、とてもいい香り! 彼の手ほど匂わないけれど、とてもいい香りだわ!」


 俺の弁明が言い終わらないうちに、女性は俺の指をなめるのをやめ、ナナの肩を掴む。

 ナナを見る女性の目は、イってしまっている。分かりやすく言えば狂っている。


「マサトさん、何ですかこの人は!?」


「何ですかと聞かれれば、知らん!」


 知らんが、強いて言うなら変態だ。

 俺たちからグラシャ=ラボラスの匂いがすると言っていたから、十中八九モンスターの仲間だが、どうも妙だ。

 こいつは力づくなら俺の腕の1本や2本、簡単に引きちぎれるほどの力を持っているだろう。だがそれをしない。おそらくだが、実力行使には出ないだろう。


「なああんた、頼むからもうどッか行ってくれないか?」


「あなたたちがこんなに良い匂いを持ってるからじゃない」


「俺だってなんでグラシャ=ラボラスの匂いがするのか分からな…………」


 言い終わる前に、俺は気付いてしまった。

 そして気付くのと同時に、一気に不安が押し寄せてくる。


「ナナ、アカネはどこにいる!?」


「へっ、アカネちゃんですか? 入口にいますけど……」


 困惑しながら答えるナナの言葉を聞き、俺は入り口に目を向ける。

 そこには、ソウラに目を覆われているアカネと、少し顔を赤らめているソウラが立っている。

 ソウラにしては常識的な判断だ。勘違いだが。

 俺はソウラに向けて手を振り、ギルドから出て行くように伝える。だがソウラは、何を勘違いしたのか近づいてきた。


「ねえあなたたち、どうしてこんなに香るの?」


「うるさい! 大体お前は何なんだ!?」


「何、と聞かれれば、私は……」


「そこまでだ!」


 女が何かを言いかけた瞬間、制止する言葉が聞こえた。

 声のした方を向くと、そこには俺よりも断然大きい、2mはあるのではと思うほどの、巨漢の男がいる。


「あら、ようやく見つけたのよ」


「それは私たちの目的ではない」


 男はナナを掴んでいる女性を無理やり引きはがし、頭を下げる。


「すまなかった、私の友人が迷惑をかけた」


「あら、迷惑だなんてひどいわ。すこーし指をしゃぶっただけじゃない」


「バカモン!」


 男がこぶしを握り、女性の脳天に思い切り振るう。拳が頭に当たった時、それはもう気持ちいいぐらいの音がした。

 そして、痛がる女性を見て、少しだけ胸がすっとした。


「なあ、あんたら一体何なんだ?」


「すまないがそれは言えない。だが、貴殿たちに危害を加えるつもりはない」


「ねえ、手が駄目だっていうなら、指でもいいわよ」


「いい加減にせんか!」


 再度、拳を振るう男。女性は頭を殴られ、さっきとは違う意味で目がイっている。

 この女も女だが、女性に思いっきり拳を振るうこの男も、めんどくさそうだ。


「では失礼する」


 女性を抱え、男はギルドを出ようとする。だが、アカネとすれ違った瞬間、動きを止めた。


「あら、この匂い……」


 気絶しかけているような顔をした女性が、声をあげる。その女性の首筋に男が手刀を一発浴びせ、完璧に気絶させる。

 男もアカネに気づいたような節があるが、アカネに目もくれずにギルドの外に出る。

 少なくとも危害を加えるつもりはないようだ。


「おいマサト、何だったんだ、あいつらは?」


「俺が聞きたいよ」


 せっかくこの世界では戦う理由が無くなったと思っていたのに、嫌な予感がする。

 どうか、何も起こりませんように。


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