第39話 「涙目の神」
やはりこの時間では開いている店はほとんどない。
コンビニみたいな24時間営業は、この世界じゃあり得ないな。
だがそうなると、かなり暇だ。
モンスターと戦わないとなると、途端にやることが無くなる。
まるで仕事以外やることのない無趣味のサラリーマンだな。
町を歩くこと10数分、やっと開いている店を見つけた。
外観は、こういってはなんだがかなりボロイ。
俺が泊まっている宿屋といい勝負だ。
店に入ってみると、おそらく店主であろう老人が一人いる。
さすがにこの時間に客は俺以外いない。というか老人も座りながら寝てやがる。
泥棒し放題だな。
まあ、盗むものがあればの話だが。
店に陳列してある商品を見ると、値札だけが置いてあるだけで、何の説明もない、名前も分からない草や石が置いてある。
もしかしたら何か凄いものなのかもしれないが、俺の目から見たらゴミにしか見えない。
値段も見た所10G均一、実際大した価値もないんだろう。
「さすがに、こんだけ安くても買う気にはなれないな」
俺は特に何も買わずに店を出る。すると、そこには5人ほどの、アカネよりも少し大きな子供たちがいる。
その子供たちの来ている服は泥だらけで、しかも素足だ。
「じゃまだよ、おっさん」
「おっさ……」
こいつ、こともあろうにおっさんだと!?
俺はまだ18歳だっていうのに、なんてむかつくガキだ。
「いいからどっかいけよ」
この野郎、子供じゃなきゃ殴ってるとこだ。
俺は店を離れる。
遠くから子供たちを見てみると、そいつらはぞろぞろと店に入っていく。
そして数十秒後、あのわけの分からない草を大量に抱えて出てきた。
草を抱えている子供たちの顔は、非常に生き生きとしている。
あいつら、盗んだか。
あの店がいくら盗みやすそうな店だからって、堂々としすぎだろ。
絶対に常習犯だ。
「おいお前たち、それ買ったのか?」
俺は子供たちに近づき聞くと、何人かは怯え、さっき俺をおっさん呼ばわりした子供は俺をにらみつけてくる。
敵意丸出しだ。
「てめえには関係ねえだろ!」
子供はそう言い、走り去っていく。
なんというか、裕福な国、日本から来た俺にとって、ああゆう子供たちを目の当たりにするのは非常に心苦しい。
俺は得に理由もなく、ただ何となく子供たちを追いかけた。
だが、
「ハアッ、ハアッ、くそっ、今の俺って、子供より体力ないのかよ」
子供を追いかけていた俺は、数分で見失ってしまった。
どうやら今の俺のステータスは子供以下のようだ。
「しょうがない、あいつらはほっといて…………ここ、どこだ?」
辺りを見回すと、見覚えのない建物が乱立していた。
これは、あれだな。迷子だ。
「とりあえず来た道を戻ってみるか」
俺は走ってきた道を戻っていくが、知っている道に全然着かない。
どこにいるか分からない焦りから、小走りに移動するも、すぐに息が切れてしまう。
あんなガキども、無視しておけばよかった。
子供たちを追いかけたことを後悔しながら道を歩いていると、どこからともなく猫が現れた。
「にゃあ」
知らない場所で迷子になっている俺にとって、この猫は天の使いに見えた。
「おーら、こっちこーい」
猫は俺を無視し、細い裏路地へと入っていった。
俺は猫に無視され傷心しつつも、その猫を追いかけて。
すでに迷子なのだから、この際この猫について行ってやろうと開き直って。
猫はどんどん奥へと歩いていく。
子供以下のステータスの俺にとって、歩いて移動してくれる猫が非常に愛おしい。
そういえば子供のころは親に猫飼いたいって駄々こねたな。結局買ってくれなかったけど。
そんなことを考えながら、猫の後をついて行く。
そして、猫が道を曲がって俺の視界から消えた瞬間、、
「ニャアアアアアア!」
突然猫の叫び声が聞こえた。
俺は反射的に猫の声がした方へと行くと、そこには先程の子供たち5人と数人の子供、そして見るも無残な猫の死体があった。
「よっしゃあ、今日は肉が食えるぜ!」
子供たちの一人が、死んだ猫を片手で持ち上げ、喜んでいる。
その光景を見ていた他の子どもたちの反応はというと、喜んでいるもの半分、複雑な表情をしているもの半分だ。
俺はもちろん、怒りの表情をしている。
「お前ら、何やってんだ!」
俺は反射的に子供たちの前に立って、大きな声を出していた。
「なんだ、さっきの奴か。ビビらせんなよ」
猫を持ち上げている少年、よく見るとさっき俺に敵意丸出しの顔を向けていた奴だ。
「お前な、いくら食うもんないからって、やって良いことと悪いことがあんだろ」
「お前、冒険者だろ。俺たちのやってることとお前たちのやってること、何が違うんだよ」
少年はニヤニヤと笑みを浮かべながら言ってくる。
なるほどな、俺たち冒険者はモンスターを倒して、そのモンスターを食べている。何も考えてないやつから見たら、同じに見えるかもな。
だが、
「俺たちとお前たちじゃ、全然違うんだよ」
「何が違うってんだよ? 同じだろ。腹が減ったから殺して食う、なんか間違ってんのか!?」
「間違ってる。俺たち冒険者はこの街に害を与えるモンスターを殺してるんだ。お前は何の罪もない猫を殺した。違うか?」
俺の反論に少年は、唇をグッと噛み、黙る。
だが、後ろにいる子供たちが代わりに反論する。
「じゃあどうしろっていうんだ!? こうでもしなきゃ、俺たち食っていけないんだぞ!」
「うっ、それは……」
今度は俺が黙る番だ。
確かにこいつらの言い分にも一理ある。
泥棒でも、殺生でもしなきゃ、こいつらは飢え死にするだけだ。
「俺たちは親に見捨てられたんだ! だから、カードも持ってない。カードがなきゃ、金が手に入らねえし、飯だって食えねんだ!」
少年は悲痛の面持ちでしゃべる。
確かにそうだ。カードが無きゃ何もできない。
カードは他の人間には使えない。だからカードを持っていないってことは、生涯無一文ってことだ。
「悪かったよ。何も知らないのにお前たちのことを非難して。その、お前たちも大変だったんだな」
「同情なんかいらねぇよ! 同情するならカードをくれ!」
少年は、どこかで聞いたことのあるフレーズを述べる。
俺は、思わず吹き出してしまうのを必死でこらえる。
ここで笑っちゃいけない。笑ったら、殺される。
子供とはいえこの人数、今の俺じゃ絶対に勝てない。
魔法を使えば話は別だが、そんなことをすれば死んでしまうかもしれない。
俺はなんとか笑いをこらえきり、その場を無言で去る。
「二度と来るな!」
数人の罵声を浴びながら、俺は裏路地を抜け、大通りに出る。
俺は大通りを歩きながら、呟く。
「神、聞いてるか? ああゆう奴らに、カードあげてくんねえかな」
「そう言われてもねー、アカネの時は事情が事情だったからねー」
「うわっ!」
俺がつぶやいた瞬間、目の前に神が現れる。
まだ誰もいないからいいものを、こいつは何を考えているんだ。
「ああゆう子たちにカードをあげたいっていう君の気持ちは分かるし、僕だってそうしてあげたいけど、色々と規則があるんだよ」
「規則って、お前がそんなものを守る奴か?」
「心外だな。僕にだって最低限のモラルはあるよ」
「規則を破ると、お前が大変な思いをするとかじゃなくてか?」
「いや、大変な思いをするのは部下たち。誰かが規則を破ると天界の中枢が一時的に停止するんだ。僕には関係ないけど、部下たちには死活問題らしいんだ」
らしいって、部下の仕事の内容もろくに把握できてないくせに、最低限のモラルか。
こいつはやっぱり駄目な奴だな。
「なあ、その規則って、どんなやつだ?」
「今回の場合だと、確か天界法第37条、天界の人間は特別な事情を除き、下界の者と関わってはいけないってものだよ」
「俺にはすげえ関わってると思うんだが」
「君は特別だから。なんたってこの世界を救うために僕が転生させた存在だよ」
そうか、そういえばそうだった。俺はこの神にとって特別な存在、天界法の特別な事情ってのに当てはまるな。
「じゃあアカネは? お前が作った子だからか?」
「いいや、アカネの場合は、君の仲間だからだよ」
「俺の仲間?」
「そう。特別な人の仲間もまた、特別な人ってこと」
ということは、ナナとソウラも特別な事情ってのに当てはまるな。
いや、俺が重要な存在だと認めたら、あの子たちにも当てはまるんじゃ。
「なあ神、俺の仲間って、パーティメンバーのことか?」
「えっ、うーんどうだろ。君が仲間と認めたら、誰でもいいんじゃないかな」
「よし、ならあの子供たちは俺の仲間だ」
「ちょっ、そんな事急に言われても」
神は今までにないぐらい困ったというような表情をしている。
前例がないことゆえに、どうなるか神にもわからないんだろう。
「一回、ここ一回だけでいいから、それにもし、あの子たちにカードを渡すことができたら、お前が出来る範囲もかなり広がる。世界のためになるんだ」
「世界の……ため? そっか、そうだね。よーし、ならやってみるよ。ちょっと待っててね」
そう言うと神はこの場から消えた。
マジでちょろいぜ、あいつ。
もし特別な事情に当てはまんなかったとしても、俺には害が及ばない。
神の部下たちには悪いが、今を生きる子供たちのために犠牲になってもらおう。
「ダメだったよ!」
神が泣きそうな表情で戻ってきた。
早すぎだろ、と思う前に、俺は神の表情からすべてを察した。
「あの子たちにカードをあげた瞬間に、プツッ、だよ! 只今絶賛大混乱中だよ!」
「なあ、お前神だろ。そんぐらいどうにかしろよ」
「無理だよ! この手の判断は僕が神に就任してから10年ほどでコンピュータに任されたんだよ」
それは賢明な判断だ。
こいつに全てを一任したら、世界がめちゃくちゃになっちまうだろうからな。
それにしても、ごめん、部下の人たち。
「それよりも、耳を澄ましてみろよ」
「えっ?」
神はしゃべるのをやめ、耳に意識を集中する。
すると路地裏から子供たちの声が聞こえる。
最初は驚きの声、後に疑いの声、それが、徐々に徐々に喜びに変わっていく。
さっきまでの俺の複雑な気分が、爽快な気分へと変わった。
天界の人の、見たこともない人たちの犠牲によって。
「今回お前は規則を破ったわけだが、悪い気分じゃないだろ」
「そ、それは確かにそうだけど…………ああもう! これっきりだからね! 君や君の仲間が死んだら生き返らせてあげるけど、それ以外にはもう何もしないからね!」
神はそう言い、この場から消えて行った。
神も悪い奴じゃないんだよな。
むしろ、性格的には結構良い奴だと思う。バカなだけで。
先のことを考えずに行動するが、その行動理念も、俺が知る限りじゃ世界のためだった。
グラシャ=ラボラスを殺した時も、俺をこの世界に転生した時も、きっと神はこの世界を思ってやったことなんだ。
そこだけは、認めてやるよ。
俺はこの場から離れ、二時間ほど歩いた末に、ギルドに戻れた。
歩いてる途中に気づいたが、俺のレベルとステータスが元に戻っていた。




