第37話 「心地いい夜」
時を遡ること数十分。
振り下ろされたサイドレオーネの前足によって、俺は確かに死んだ。
顔を潰され、見るも無残な死体の出来上がりだ。
これを見た人間はトラウマ確実だろう。
だが、この死体を見る者はいない、サイドレオーネに守られているリトルリオンが、俺を一片も残さずに胃袋に収めたのだ。
「哀れマサト君は、最弱の部類に属するモンスターに食べられる最期を迎えたのでした。めでたしめで――――」
「めでたくねえええええええ!」
俺は腹の底から声を張り上げた。
「てゆうか見せなくていんだよ! 自分の死体を見せられるってどんな気持ちかお前にわかんのか!?」
俺は今、神と初めて出会った場所、暗い空間にいる。
そして俺の目の前で、俺の死に際と死後を液晶テレビで鮮明に映し出されている
液晶の横には神が立ち、不快なナレーションをしていた。
「まあまあ落ち着いて。水でも飲む?」
神がパチンと指を鳴らすと、俺の目の前にテーブルと水が入ったコップが出現する。
「落ち着いてられっかよ。飲むけど」
俺は突然出現したテーブルと水に、さしたる疑問も見せずに水の入ったコップを手に取り一気に飲み干す。
「それで、ナナ達は無事か?」
「うん、無事に町にたどり着いたみたいだよ」
そうか、よかった。命を懸けた甲斐があったな。
「それにしても予想外だったよ。まさか最初の町でゲームオーバーになっちゃうんなんてね」
神はへらへらと笑いながら話す。
この顔は今では俺の一番嫌いな顔だ。
「サイドレオーネとか反則だろ。弱点を知ってたとしても勝てねぇよ」
「まああのステータスじゃね。今の状態じゃナナ達がいてもボロ負けだったろうね」
「ていうか大丈夫なのか? あいつが町に入ったら全滅じゃないのか?」
「大丈夫だよ。レイト君が倒しに向かったから」
「それ、大丈夫か?」
サイドレオーネはアガリアレプトよりも強い。
ゲームの中の話だが、もし力関係が一緒なら、アガリアレプトに集団で戦って負けたレイトに勝機はないだろ。
「大丈夫、今回足手まといはいないからね」
「足手まとい?」
「ヴァテックスのメンバーだよ。彼らとレイト君じゃ力の差がありすぎるからね。集団で戦うとレイト君は逆に弱くなるんだよ。アガリアレプトもレイト君1人だったら勝ってただろうね」
マジか、アガリアレプトを一人でって、化け物じゃないか。
俺もゲームなら全部のモンスターを一人で倒せるが、現実でそれができるなんて、はっきり言っておかしい。
「まあでも、それなら安心だな。それで、俺はどうなるんだ?」
正直、この世界でもあまり貢献したとは言えないから地獄行きなのかな、いやだなあ。
「安心して、すぐに生き返らせるから」
「えっ?」
何言ってんだこいつ。俺を生き返らせる? だってそれって……
「君が何回死んでも生き返らせることは出来るから、頑張って世界を救って」
「お前、俺を殺した時もう生き返るのは無理だよとか言ってなかったか?」
「えっ?」
あの時、神は確かに生き返るのは無理だと言った。
転生するか地獄に行くしかないと、こいつは絶対言った。
「あーっと、それは…………あっ!」
神は突然何かを思い出したかのような声をあげた。
「それはだねー、えーっと、うーん……そうだ! 君は特別だからこの世界に限り生き返られるようになったんだよ」
「嘘つけぇぇぇぇぇぇぇ!」
俺は神の胸ぐらをつかみ大声をあげた。
「本当はあの時も生き返れたんだな!? そうなんだな!?」
「……まあ、そうです」
神は何故か敬語になっている。
俺はその言葉を聞きその場に崩れ落ちる。
「マジかよ」
あの時に生き返れたことを落ち込んでいるんじゃない、この神にまんまと騙されたってのが気に食わない。
こんないい加減な奴に、俺は……
「まあそんなに落ち込まないで」
神はその場にへたり込んだ俺の肩に手を置き慰める
「うるせー!」
誰のせいで落ち込んでると思ってるんだ、まったく。
でも、生き返られるならいいか、しかも無限にときたもんだ。はっきり言ってチートだな。
「それじゃあ生き返らせるけど、町にでいいよね」
「ああ、だけどなるたけ人目がない所のがいいな。生き返るとこ見られたらめんどくさそうだし」
「うん、それじゃあ……ここでいいか」
神の言葉と共に俺の体が光に包まれる。
以前あの世界に転生された時と一緒だ。
「頑張ってきてガハアッ!」
生き返る瞬間、俺は神の顔面を思いっきり殴ってやった。
これで思い残すこともなく生き返れる。
「ざまあみやがれえ! ハハハハハハハ!」
やっと、やっと殴れた。
今までこいつと会うたびに殴ろうとしたがことごとく失敗した。
だけど、やっと殴れたんだ。
ヤバイ、すごい嬉しい。
「イツツ、全く罰当たりなことするね」
神が顔を押さえて不満を言ってるときには俺はもういない。
転送が完了したようだ。
「ちょっと怒ったよ。えいっ」
神は転送の完了した俺に、本当に世界を救わせる気があるのかと問いたくなるようなことをした。
「ここは、町の入り口か。誰もいないよな」
俺は周辺に誰もいないか見回す。
とりあえず誰もいないようだ。
「さてと、ギルドにでも……なんか体が重いな」
生き返ってすぐだからか、体に何か違和感がある。
まあ、そのうち慣れるだろう。
「ナナ達は……多分ギルドだな」
俺のこと死んだと思ってるだろうから、喜ぶだろうな。
それとも神に生き返らされたことはもう知ってるのかな。
どっちにしても、心配はさせただろうな。
早く行って、安心させてやろう。
俺は少し駆け足でギルドに向かう。
だが、数10m走ったところで息が切れてしまう。
「ハアッ、ハアッ、どうなってんだ? この世界でモンスターと戦って、体力が上がったはずなのに」
俺は足を止め、体力のステータスは存在ないが、とりあえずカードに記されているステータスを確認してみる。
するとそこには、目を疑いたくなるような数字が書いてあった。
「レベル……1? しかもこのステータスは……」
俺のレベルは1に戻っており、ステータスは初めてこの世界に来たときよりも下がっていた。
「どうなってんだ? まさか、生き返るってのはレベルがリセットするのか……いや、なら何でステータスが…………ハッ」
まさか、まさかあの神、殴った腹いせに俺のステータスを……
「あのクソカミィィィ!」
信じられねえ! あいつ、俺にこの世界を救ってほしんじゃないのかよ、殴ったからって普通ここまでするか!?
「また、レベル上げのし直しか」
こうなっちまったのはもうしょうがない。明日、捕獲クエストは諦めて、レベル上げを手伝ってもらおう。
俺は再びギルドに向かって歩き出した。
たまに、俺のことを見て驚いている……いや、怯えている奴がいる。
おそらく俺がサイドレオーネにやられたということを知ってる奴だろう。
相変わらず情報の伝達が早い街だ。
「ギルドの奴らは、どんな反応するかな?」
不意に気になってしまった。
俺はギルドにいる奴らともそれなりの関係を築いたつもりだ。
そんなあいつらが、どんな反応をしてくれるのかがとても気になる。
ギルドに着いた俺はほんの少しの間考えた。
そして、ギルドの様子をうかがうことに決めた。
ちょうどいいところに窓もあるし、あそこで覗いてみようとギルドの裏に回った。
「みんなどんな反応してるのかなー」
窓を覗いてみると、ギルドの空気はとてもどんよりとしていた。
ナナ達はもちろん、ヴァテックスも他の冒険者も俺の死を悲しんでいる。
「は、入りづれぇ」
今すぐにこいつらを安心させてやりたいと思う俺と、ここで出てくと絶対に変な空気になってしまうと思う俺がいる。
ここはいっそ日を改めて、でもなあ、ナナ達のあんな顔を見て無視するわけにも、でもなあ……
「う、うわああああああ!」
俺が考えていると、ギルドの中の冒険者がいきなり大声をあげ、腰を抜かした。
「ど、どうしたんだい!?」
その冒険者にレイトが駆け寄る。
俺は大声に驚いて、つい身を隠してしまった。
「あ……あそこに今……マサトが」
冒険者は窓の方を指さし、震えながら答える。
ギルド内の冒険者は一斉に窓の方を向く。
「……誰もいないじゃないか。まさか幽霊でも見たっていうんじゃないだろうね?」
「だ、だけど確かにマサトだったんだ! この目でちゃんと見たんだ!」
冒険者は必死で訴えるが、誰も耳を傾けない。
当たり前だ、死んだと思ってる人間がいるなんて誰も考えたくないに決まっている。
「さて、どうしようか?」
より一層入りにくくなってしまった。
だけど、これで日を改めるわけにもいなくなった。
あの冒険者のせいで、明日出て行ったら今日いたんじゃないかと思われてしまうだろう。
今知らせるしかない、そう思った俺はギルドの入口に立つ……が、
「なんて言って入ったらいいか……」
ここはフランクに実は生きてましたー、と言ってみるか、それとも神妙な面持ちで入るか、そもそもどうやってここにいるのか説明しなくちゃいけないな。
ナナ達なら信じてくれるかもしれないが、他の冒険者は絶対信じない。
引きこもりのコミュ力じゃ、どうしたらいいか全く想像がつかない。
俺がどうみんなに話しかけるか悩んでいると、ギルドのドアが開いた。
そこから出てきたのは、話したこともない冒険者だった。
「ったく、あんな空気で酒なんか飲めるかってんだ」
愚痴をこぼしながら出てきた冒険者は、すぐに俺の存在に気づいた。
そして、
「えっ?」
何とも間の抜けた声をあげた。
「よ、よお」
俺は一応その冒険者にあいさつしたが、その冒険者は俺の言葉を聞いた瞬間に泡を吹いてその場に気絶した。
「ちょ、おい! 大丈夫か!?」
俺は慌ててその冒険者を支えた。
そして、まだ閉じきってなかったギルドのドアのせいで、俺の存在がギルド内にばれた。
「で、出たああああああ!」
「キャアアアアア! 幽霊よ! 誰か、霊媒師を呼んでええええ!」
「うわああああああ!」
みな口々に驚きの声をあげる。
その誰もが俺が生きているとは思っていないようだ。
レイトの証言があるから仕方ないと言ったら仕方ないが、何とも複雑だ。
俺は悲鳴で埋め尽くされているギルドに入る。
俺が歩くたびに悲鳴が大きくなっているように聞こえる。
「マ……マサトさん?」
俺に気づいたナナが声を出す。
涙でくしゃくしゃになった、何とも言えない顔をしている。
そんな顔を見ていると、はっきり言ってつらい。
「ナナ、そんな顔をするな。俺は生きてるぞ」
ナナだけじゃない、ソウラもアカネも、涙を流している。
窓越しじゃあまり鮮明に見えなかったが、直接見るとそれはもうひどい顔になっている。
「ほ……本物なんですか?」
「俺の偽物がいるんだったら見てみたいな」
俺が適当な返事をすると、ナナ達が一斉に俺に駆け寄る。
「マサトさん! 良かった! 本当に……生きているんですね!」
3人が俺に抱き着いてくる。
嬉しいが、何とも照れくさい。
「マサト君……なのか? だけど、あの時の血は?」
レイトが俺に話しかけてくるが、とてもじゃないが相手をしてやれる状況にない。
「レイト、悪いけど明日にしてもらえるか?」
レイトは始めこそ驚いた顔をしていたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「ああ、今日はもう、帰った方が良いね」
「というわけだ、帰るぞ。ソウラも早く家に帰れ。明日説明してやるから」
「いやだ」
ソウラは俺を抱きしめながらつぶやく。
「いやだってな、いつまでもこの状態でいる気か?」
「私も……宿屋に行く。反論は認めない」
ソウラの俺を抱く力が強くなる。
レベルが1に戻りステータスが下がった俺には痛いぐらいだ。
「分かったよ。全員で帰るか」
俺たちはギルドを出て、いつもの宿屋へと向かった。
3人とも俺の体のどこかは掴んでいるからとても歩きにくい。
宿屋に着くのに、いつもの倍の時間はかかった。
「それじゃあ俺はもう寝る。お前らも早く寝ろよ」
時刻はまだ8時ぐらいだが、かなりの疲労感があり、正直すごい眠い。
3人を放置して寝ようとベッドに入ろうとする。
「……いっしょに」
アカネが俺の服の裾を掴み、小さな声で言う。
「うーん、まあいっか。一緒に寝ても」
俺がそういうと、アカネだけではなく、ナナとソウラも俺のベッドに入ってきやがった。
「……狭い」
もともと一人用のベッドに四人も詰め込んだから、押し出されてしまうかもしれないと思うぐらい狭い。
だが、俺が文句を言おうとしたときにはもう3人とも寝静まっていた。
俺はベッドの真ん中でアカネに抱き着かれているから、もう一つのベッドに移動することもできない。
「まあ……今日ぐらいいいか」
ぎゅうぎゅう詰めのベッドで、俺は一夜を過ごした。
かなり暑かったが、不思議と寝苦しくはなかった。
今までにないぐらい、心地いい夜だった。




