第34話 「初めての捕獲」
「ここは人が多いな。別の場所に行くか」
俺たちは今、街を出たすぐそばの所にいる。
この場所はいつもなら、10匹から20匹のドラコキッドの集団がまあまあの数が存在するが、今日はその3倍以上の数がある。
そしてそのドラコキッドを捕まえようと、50以上のパーティ、最低でも100人以上の冒険者がいる。
「場所を変えるにしても、どこにしましょうか?」
「あそこがあっただろ。アカネと初めて会った場所」
あそこには大量のドラコキッドとダルトドラゴンがいる。
そこなら荒稼ぎできそうだ。
「でも、あそこにはダルトドラゴンもいるんですよ。それも1匹や2匹ではなく、何十体も」
「別に洞窟の中に入るわけじゃない。だけど、あそこがドラコキッドの巣なんだから周辺にたくさんいるんじゃないかと思ってな」
「なるほど、それは名案だ。早く行こう」
ソウラが駆け足で洞窟のあった方へ向かう。
たくさんのモンスターと戦えるからといってテンションが上がりすぎだ。
案の定、洞窟の周辺にはかなりの数のドラコキッドが存在し、そして周辺にも冒険者は存在しなかった。
「よし、さっそくやるぞ。ソウラ、なるべく倒さないようにできるか?」
「うーむ、それは難しいと思うぞ。ドラコキッド相手では一撃で倒してしまう」
ソウラは剣を構えながら難しい顔をしている。
確かに俺たちのレベルだと、ドラコキッドごとき、一撃で倒してしまう。
生け捕りは難しいだろう。
「それじゃあ、とりあえず目につく奴を片っ端から倒そう。捕獲するときに生きてたらラッキー、死んでてもしょうがないってことで」
「私はどうしましょう? 森の中じゃ魔法を使うわけにはいきませんし……」
「ナナは火属性以外の魔法は使えないのか?」
「いえ、私は一通り使えます。ですが、火では森を焼いてしまいますし、水ではこの森の植物を全て流してしまうかもしれません。風は木をなぎ倒してしまいますし、光は火の魔法と同様に森を燃やしてしまいます。闇はマサトさんたちの邪魔になってしまいますので」
一通りって……さらっととんでもないこと言ったな。
神の作ったアカネでさえ3つだと言うのに……天界の奴ら全員この世界に降ろせば世界救えるんじゃないか?
これでデスクワーク専門だっていうから、肉体労働の奴の強さは想像を絶するな。
「ナナは、回復に徹してもらおうか。まあドラコキッド相手に回復魔法が必要になる事態が来るとは思えないけど」
「はい、分かりました。みなさん、頑張ってください」
「…………アカネは?」
「アカネは俺と一緒に戦おうか。ソウラは勝手に一人で倒していいぞ」
俺がそういうと、ソウラもアカネも非常に嬉しそうにしている。
アカネは俺と戦えるから、ソウラは自由に戦えるから喜んでいるんだろう。
大分こいつらの考えていることが分かるようになってきた。
「では倒してくる。一通り倒したら戻ってくるからな」
ソウラは剣を両手で握りしめ、ドラコキッドの群れへと駆けて行った。
ドラコキッド相手なら死にはしないだろう。
「アカネは俺とここで戦おう」
「うん!」
ドラコキッドはソウラの向かって行った方に数多くいるが、俺たちの周りにも結構な数がいる。
全部死体だったとしても、かなりの額が稼げそうだ。
「ナナはここで待機な」
そういうとナナは、盾を構えしゃがむ。
あの盾、戦闘中に猫の鳴き声がたくさん出てくるから結構うるさいんだよな。
だけど見た目の割に結構丈夫で、盾としての役割を果たしているから文句も言えない。
「2人とも、頑張ってください」
「おお、たくさん倒して、良い宿に泊まらしてやるよ」
俺は意気揚々とナイフを構え、ドラコキッドを倒しに向かった。
ドラコキッドと戦うのは久しぶりだったから多少の不安はあったが、問題なく倒すことができた。
アカネも高いステータスを生かして次々と倒していっている。
討伐数なら明らかにアカネの方が上だ。
それから1時間ほど経過したころ、周辺のドラコキッドはすべて倒しつくした。
「よし、それじゃあ捕獲タイムといくか」
俺はカードから捕獲ロープを取り出し、地に伏せているドラコキッドの体をロープで巻き付けた。
すると、巻かれたドラコキッドは光を発し、消えた。
「今ので、転送できたのか?」
「多分……」
少し不安だが、今のでいいはずだ。どんどん捕獲しよう。
俺は地に伏せる数十匹のドラコキッドをどんどん巻き付けて行った。
そのほとんどが死んでいたが、たまに息をしているドラコキッドもいて、その都度テンションが上がっていった。
「ふう、これで全部か。ソウラは……まだまだかかりそうか」
すべてのドラコキッドの捕獲を終えた後、周囲を見ていると、ソウラの声がかすかだが聞こえる。
おそらくまだ戦っているんだろう。
「どうします? ソウラさんにはそろそろやめてもらいます?」
「いや、好きにやらせておこう。特に危険はないし」
実際、今のソウラならここの敵に後れを取ることはないだろう。
下手に中断させて気分を害したらいやだし、そのままにしといた方がいいだろう。
「なら、私たちは何をしてましょうか? もうこの周辺にはドラコキッドはいませんよ」
「暇つぶしの道具なら持ってきてる」
俺はカードの中からトランプをだした。
「用意がいいですね」
俺は次にアカネと遊ぶ時用に、色々と用意していたのだ。
「それじゃあここにシートでも敷くか」
俺はカードからレジャーシートを取り出して敷いた。
そこに俺たちは座り、トランプを開始した。
「ナナお姉ちゃん、つよいね」
「えっ、そうですか?」
トランプを開始して1時間、全てのゲームでナナの圧勝だった。
俺は全てビリだった。
何かイカサマでもしたのかと疑ったが、そんな素振りは一切見せなかったし、ナナがそんな真似をするわけないと考えるのをやめた。
「実際かなり強いよ」
ババ抜きでは一度もババを引かない。ちなみに最初にババを持つのはいつも俺だった。
大富豪ではかならずショーカーを持つ。ちなみに俺は毎回大貧民だった。
ポーカーでロイヤルストレートフラッシュを見たのは初めてだった。
駆け引きなんか関係ない。
幸運すぎる。俺の運を吸い取られてるんじゃないかと思ったほどだ。
「それにしても、ソウラさんはまだ戦っているんですね」
この1時間、ソウラの声は休むことなく聞こえた。
本当に底なしの体力だ。
あとで捕獲するのが大変そうだ。
「そろそろやめさせるか。ソウラー! そろそろ戻ってこーい!」
俺はソウラの声が聞こえる方向に向かって大声で叫んだ。
だが、
「いやだー!」
ソウラの声が返ってきた。
清々しいまでに拒否された。さすがの俺も少しイラついたね。
何がいやだー、だ。言い方が子供じゃないか。
「倒した分はお前が捕獲しろよー!」
「やっておけ―!」
俺は神に抱いた感情には至らないまでも、相応の怒りを感じた。
ここで怒りを覚えないほど俺は大人じゃない。
「ナナ、アカネ、帰るぞ」
「ちょっ!? 頭にくる気持ちは分かりますけど、勝手に帰るのは……」
「あの発言を聞いて冷静でいられるほど、俺は人間出来ちゃいない」
俺は引きこもりするような精神の持ち主なんだ。
あの神のもとで10年も耐えられるようなナナとは違う。
「でも、あと少しだけ待ちましょうよ。ほら、こういうとこを見せるのはアカネちゃんの教育によくないですよ」
「うっ、確かに……じゃああと少しだけな」
俺は渋々シートに座り、再びトランプを開始した。
それから2時間ほどが経過した。
トランプは相変わらずナナの圧勝、たまにアカネが勝つ程度だ。
ソウラはと言うと、まだ戻ってこない。
かすかに声が聞こえるからモンスターにやられたということはないだろうが、さすがに時間がかかり過ぎだ。
「お父さん、おなかすいた」
「そうだな、もう1時過ぎだし、さすがに町に戻るか」
捕獲は一旦町に帰ってからにしようか、いや、もしかしたら他のドラコキッドに共食いされるかもしれない。やっぱり捕獲は今しなくちゃいけない。
だがまずはソウラだ。
「ソウラー! 一旦町に戻るぞー!」
「あと少しー!」
「アカネが、腹減ったってー!」
ソウラの返答は聞こえてこなかったが、数十秒後にソウラが俺たちの目の前に姿を現した。
「アカネがそういうのであれば、仕方ないな」
「倒した奴らはどこだ? さっさと捕獲したいんだけど」
「そこら中に転がっていると思うぞ」
ソウラの適当な発言に苛立ちながらも、俺は周囲を探ってドラコキッドの捕獲をする。
「何匹ぐらいやったんだ?」
「…………100ぐらい?」
ソウラの疑問形の発言と100という途方もない数字に怒りと絶望を覚えながら俺は周辺のドラコキッドを次々と捕獲する。
「アカネとソウラは先に帰ってていいぞ」
「なぜ私とアカネなのだ?」
「捕獲に時間がかかりそうだからアカネには先に昼飯を食べててもらおうと思ってな。ナナじゃなくてソウラなのは、アカネとナナだと町にたどり着けないだろ」
俺の発言にナナは少しムッとした表情になる。
だが事実だからしょうがない。
アカネがちゃんと道を覚えているとは考えづらいし、ナナは超のつく方向音痴、町にたどり着けないだろうし、仮にたどり着けたとしても町は広くて複雑な部分もあるからギルドには絶対にたどり着けない。
「理屈は分かるが、さすがにマサトを置いて帰るのは……」
さんざん勝手に戦っておいて、いまさら何をと思ったが、最低限の責任感ぐらいは持ち合わせているんだろう。
「アカネは、お父さんといっしょがいい」
アカネは俺の服の裾を握りながら言う。
俺と一緒にいたいといてくれるのは嬉しいが、捕獲にかかる時間はおそらく一時間以上かかりそうだからなあ。
「結構時間かかりそうだけど、我慢できるか?」
俺の問いにアカネは無言でうなずく。
「それじゃあアカネはまたナナ達と遊んでていいぞ」
「……でも」
「気にするな」
アカネは少し躊躇ったが、数秒後に頷き、再びシートに座った。
「それじゃあアカネちゃん、もう一度トランプでもしましょう」
俺はナナ達が遊んでいるのを気にせず、一心不乱にドラコキッドをロープで巻きまくった。
数は100を超えたあたりから数えるのをやめた。
感覚では200匹ぐらいは捕まえた気がする。
その中で生きていたのは0、別に期待していなかったが、1匹もいないのはさすがにテンションが下がった。
「ふぅ、もう、いないよな」
俺は辺りをざっと見渡し、ドラコキッドがいないのを確認した。
時刻は2時半、ギルドに戻るのに30分ぐらいかかるから、昼飯を食べるにしては遅すぎるな。
これもソウラのせいだ。次からは絶対に別々に戦ったりなんかしない。
「おおマサト、やっと終わったのか」
ソウラがまるで天の助けとばかりに声をあげる。
おそらくトランプで完膚なきまでにやられたんだろう。
ナナもかなりのものだが、アカネもかなり運が良かったからな。
「アカネ、楽しかったか?」
「うん!」
アカネは満面の笑みで答える。
労働の後にこの笑顔、体中の疲れが吹っ飛ぶ、それぐらい癒される。
この笑顔を見た後はまた頑張ろうと思える。
「それでは町に戻りましょうか」
俺たちは森を抜け、町へ向かった。
「ところでマサトさん、昼食をとった後はどうします? まだ捕獲を続けますか?」
「ああ。だけど時間が時間だからな、森じゃなくて町周辺でな」
午後は多分1時間ぐらいしかできないだろうな。
ダルトドラゴンを相手にと考えれば町の周辺からは少し遠のかなきゃいけないが、ナナは承諾しそうにない。
ダルトドラゴンの推奨レベルは15、弱点を知っているといっても保守的な人間は戦おうとは思えないだろう。
「それとソウラ、次は一緒に戦うからな。いいな?」
俺は少し強めの口調で言う。
だがソウラは、
「別々の方が効率がいいではないか」
この発言は女でなければ殴っていたね。
確かに効率はいいが、こうも時間がかかるとなると話は別だ。
午前はまだいいが、午後は危険だ。
他の冒険者から聞いた話によれば、この時期は普段はモンスター交代の時間にも普通にモンスターが出るらしい。
一人で戦い続けられると危険極まりない。
「いいから一緒にだ。分かったな」
「私もその方がいいと思います」
「むっ、ナナまで……しょうがない。一緒に戦ってやろう」
上から目線に腹が立ったが、ソウラが承諾してくれたのでまあいいだろうと思い、俺たちはギルドへと戻った。。




