第32話 「あの神の宗教」
ギルドでクエストを探す、そしてそのクエストをその日の間にクリアする、それが俺たちの日常になるはずだった。
だがそんな簡単にできるはずのことができないでいる。
理由は様々だ。ライの問題、レイトの仲間がやられたこと、ナナが不用意に強力な魔法を放ったこと、俺たちに問題があることもあるが、どうもイベントが起こりすぎている気がする。
「今日こそはちゃんとクエストをやるぞ」
意気込んでギルドに入る俺、しかし、ギルド内でまたしてもイベントが起こる。
「ここがこの町のギルドですか……随分と汚いですね」
ギルド内には白いローブを着込んだ、怪しい雰囲気を漂わせている集団がいた。
「それで、今日はどういうご用件でしょうか?」
受付の人が集団のリーダーと思われる人物に話しかける。
「ちょっと興味深いうわさを聞きましてね。先日ギルドに加入した者が、わずか数日でランクアップし、パーティに名前まで付けたうわさを」
白いローブの男がそう言うと、ギルド内にいるほとんどの冒険者の視線が一斉に俺に注がれる。
この男の言った情報通りの男が今この場に居合わせたのならば当然のことだが。
「あの人がそうなのですか?」
冒険者たちの視線が向いている方にいる俺を見て、ローブの男は受付の人に聞く。
「そうです。あの方が先日ランクアップしパーティに名前を付けた方で、パーティの名前はエストキャッツ、リーダーはマサト様です」
受付の人はためらいもせずに答える。
この世界にはプライバシーという言葉は存在しないのだろうか?
俺がそう思っていると、ローブの男は10人以上の集団を引き連れて俺の目の前に立つ。
「どうも初めまして。私はレイ教の教徒、イーバと申します」
イーバと名乗る男は俺に深々と頭を下げ、挨拶する。
「レイ教?」
俺が疑問の声をあげるとナナがイーバに聞こえないぐらいの声で教えてくれる。
「レイはあの神様の名前なんです。つまりこの人は神様を信仰する宗教の人なんだと思います」
「あの神を信仰?」
俺は心底驚いた。
あの神に対していったい何を思って宗教なんか作ったのか、全く理解できない。
むしろさげすまれてもおかしくないだろう。
「それで、そのレイ教徒の人が俺に何の用?」
「はい、今日はあなた様を勧誘に来た所存でございます」
「お帰りください」
俺は即座に断り、その場を後にしようとした。
しかし、イーバの後ろに待機しているレイ教徒が俺の行く道を塞ぐ。
「あなた、神を信じていないのですか?」
「信じるも何もマサトは――――」
俺は真実を言おうとしたソウラの口をふさいだ。
本当のことを言ったとしても信じてはもらえないだろう。
最悪の場合、神を愚弄したとか言われて敵認定されてもおかしくない。
「俺は神とかそういうのは信じない」
実際俺はあれを神だとは思わない。思いたくない。
レイ教徒もあの神を直にみれば自分たちがいかに愚かか思い知るだろう。
「ですが、神は実在します」
イーバは自信たっぷりに言う。
「何でそんなはっきり言えるんだよ」
まあ神が実在するって知ってるけど。
「この世には、神の存在なくして説明できないことが起きています。それが神の存在を決定づける物です」
あの神がわざわざこの世界で何かをするとは思えない、そう思いながらイーバの話を聞く。
「あなた、グラシャ=ラボラスというモンスターを知っていますか? かつてモンスターの頂点に君臨していた最強のモンスターです」
こいつの言いたい事は分かった。
はっきり言ってこの時間は退屈以外の何物でもない。
「そのモンスターが突如として消えたのです! 人間では決して成すことのできない、まさに神の所業! あなたはこれでも神がいないと言えますか?」
イーバはどや顔で聞いてくる。
その顔が、全てを知っている俺から見ると、ひどく滑稽に見える。
「まあ、神はいるかもな。それで、なんで俺たちをそのレイ教とやらに入れたいんだ?」
俺がそう聞くとイーバは怪しい笑みを浮かべながら答える。
ろくなことを考えていない表情だ。
「実は最近レイ教に関してよからぬうわさが流れていましてね。今注目されているあなた方に入っていただければその良くないうわさを払拭出来ると思いまして」
こいつの言いたいことは分かった。
要は俺たちを客寄せパンダにしたいってことだ。
その良くないうわさを払拭したいっても本当のことだろうが、俺たちを使ってレイ教徒を増やして金儲け、それがこいつの狙いだろう。
あわよくば俺たちからも大金をせしめようと、せこい奴だ。
「ぜひ助けると思って入っていただきたいのですが……」
俺はこいつの話を断ろうとした。
当然だ。こんな怪しい宗教に入ったら何されるか分かったもんじゃない。しかもあの神を崇める宗教、たとえ大金貰っても入るわけがない。
だが俺が断る前にソウラが口を開いた。
「入りましょう」
「なっ!? おいソウラ! 何言ってるんだ!?」
こいつがここまでバカだとは思わなかった。
神を直接目の当たりにしたくせに、この行動にはさすがの俺でも怒りを覚える。
「ソウラさん! 分かっているんですか!? あの神様の宗教ですよ!?」
ナナもソウラの暴挙に焦っている。
だがイーバはソウラの言動にではなく、俺とナナの言動に驚いている。
「あの……あなた方は?」
「入るわけないだろ!」
俺の言葉でレイ教徒全員がざわつき始めた。
今の話でレイ教に入るわけがないだろうに、何をそんなに驚いているのか俺は分からないでいた。
「そ、そうですか。それはしょうがありませんね。ですがそちらの女性は入っていただけるんですよね?」
「却下だ! リーダーの俺が認めない」
俺がそんな馬鹿な真似を許すわけがないだろう。
ソウラには後で説教だ。
「で、ですが入る入らないはその方の自由でしょう」
イーバは諦め悪くソウラを勧誘しようとしてくる。
「そちらのお嬢さんはどうかな?」
イーバはアカネまで勧誘してくる。
「いやっ!」
アカネは俺の後ろに隠れイーバを見ようともしない。
その光景にまたしてもレイ教徒はざわつく。
いったい何をそんなに驚くのか。
「マサト、別にいいではないか」
ソウラは俺の肩に手を置き言う。
その目には、何の意思も宿っていないように見えた。
「ソウラ……お前、こいつに何かされたか?」
「なっ、何を言っているんですマサト君。わたっ、私たちがその女性に何かしたと!?」
イーバはさっきまでの落ち着きはどこへ行ったと言わんばかりに取り乱している。
何かしたのは明白だ。
「お前、何した?」
俺はイーバに顔を近づける。
イーバは俺に顔を近づけられ、目が泳いでいる。
「わ、私は何も。そちらの女性は私たちの思いに共感してくれただけでしょう」
「それはありえねえんだよ」
こいつは何も知らない。
俺が、俺たちが神と会っていることに。
そしてその神が、崇める価値もない奴だってことを知っていることに。
「あ、ありえないってことはないでしょう」
「いーやありえない。100%だ」
俺がイーバに詰め寄っていると、ギルドに入ってくる冒険者がいた。
「ん? 何か起きたのかい?」
レイトだった。
ギルドに入ってきたレイトはレイ教の集団を見るなりいつもの笑顔が消えうせた。
「君たち、僕の友人に何をしているんだい?」
イーバに向けられるレイトの視線は、明らかに敵意だ。
レイトのこんな表情、初めて見る。
それにしても俺はすでに友人だったようだ。
「レイト君じゃないか。ちょうどよかった。マサト君の誤解を解いてくれないかな? 私がそちらの女性に何かしたんじゃないかと疑っていてね」
レイトの敵意とは裏腹にイーバは友好的にレイトに接している。
どうでもいいことだがレイトとレイって似てるな。
「誤解じゃないだろう。大方マサト君の仲間に洗脳でもかけようとしたんだろう」
「なっ、何を!?」
「やっぱりか。早くその洗脳を解くんだ。今すぐだ!」
レイトの声がギルド中に響き渡る。
それほどまでにレイトの声は大きくなっていた。
「だ、だから洗脳など……」
イーバが往生際悪く言い訳をしようとすると、レイトが腰の剣に手をかけた。
「僕にも我慢の限界っていうものがあるんだよ」
その光景にレイ教徒全員が怯えている。
いったいこいつらはレイトに何をしたんだろう。
こいつがここまで怒るなんて、相当なことをしたんだろう。
「じ……時間が経てば……戻ります」
イーバは観念したかのように答える。
やはり洗脳はしていたようだ。
「時間が経てば……か。君たちはレイ教に入りさえすればいくらでも絞りつくせると思ったんだね」
「そ、そんなことは……」
「まあそこはいいよ。それで、本当に時間が経てば治るんだね?」
「は、はい」
「そう、じゃあ、早く消えてくれる?」
「分かりました。おい、お前たち、出るぞ」
イーバは集団を連れてギルドを出て行った。
「ふう、無事かい、君たち?」
レイトは俺たちの方に振り返り、いつもの笑顔に戻っていた。
「あ、ああ、別に何とも……」
俺は腰が引けていた。
普段怒らないやつが怒ると怖いってのは本当だな。
アカネも若干怯えているぞ。
「あの宗教は一度入ると泥沼だからね。気を付けるといいよ」
「レイトはあいつらを知ってるのか?」
「あの団体は世界的に有名だよ。神を信仰するっていうのは本当だろうけど、その活動資金が必要とか言って、下位の教徒から膨大な額のお金を巻き上げるんだよ」
教徒に下位?
そんなランク付けがされているのか。さすがあの神の宗教、ろくでもない。
「あいつらに、僕の両親も……」
レイトは悔しそうな顔になるもすぐに元に戻る。
「それよりも君は大丈夫なのかい?」
レイトは心配そうに聞いてくる。
実際俺も自分自身が心配だ。
イーバの反応を思い返すと、俺たち全員に洗脳をかけたのは明白だ。
「多分マサトさんと私は大丈夫ですよ」
俺の不安をよそにナナが答える。
「なんか根拠があるのか?」
「はい。私たちは神様からすでに一種の洗脳にかかっているので、それ以外の洗脳にはかからないんです」
「神様?」
神という単語を聞いて、レイトが首をかしげる。
当然だ。俺たちと神の関係はパーティメンバーと受付の人しか知らないことなのだから。
「俺たちは神に会ったことがあるんだ」
「神に!? まさか、冗談だろ?」
レイトは信じられないといった表情をしている。
仕方ないだろう。俺だって神に会ったことがあるなんて言われても信じないだろう。
「信じられないだろうが、事実だ」
「……そうなんだ。信じがたいが、嘘を言ってる風には見えないね」
レイトは信じてくれたようだ。
本当にレイトは良い奴だと心の底から思う。
「それでナナ、洗脳にかかっているってのはどういうことだ?」
「マサトさんはこの世界の人たちとコミュニケーションをとれることを不思議に思いませんでしたか?」
「それは……思ったな」
この世界に来てから最初は言葉が通じるか不安だった。
だが話してみると全然通じたからそれ以降は不思議には思わなかった。
まさか神が関係していたのか?
「私とマサトさんにはこの世界の人の言ってることが分かるように神様の力が働いているんです」
そうだったのか。あの神にしては気が利くな。
「つまり、私たちに洗脳をかけるのなら、神様以上の力が必要なんです」
神以上の力か、それって俺たちは誰からも洗脳をかけられないってことだよな。
あの神、初めて役に立ったな。
「アカネは何もないか?」
「アカネは……ちょっとくらくらする」
アカネは俺の手を握っていない方の手で頭を抱えている。
少し辛そうだ。
「アカネちゃんは多分、色んなエネルギーのバランスが異物が入ってきたから崩れちゃったんだと思います。今日はクエストは無理そうですね」
そうか、だけどしょうがないな。無理してモンスターにやられたら元も子もないし。
とりあえず今度イーバに会ったらぶん殴る。
「今日のところは帰ろう。ソウラ、イーバに会ったらすぐ逃げ…………いや、お前今日は俺と一緒にいろ。もしかしたら狙われてるかもしれない」
ソウラの洗脳が時間によって解けるということは、今はまだ洗脳にかかってるかもしれないってことだ。
そうなるとソウラはイーバに命令されたらあのくそみたいな宗教に入ることになるだろう。それだけは何としても阻止しなければいけない。
「うむ、ではまいろうか」
あれっ? 意外と素直だな。一緒にいろってことは今日一日ずっと一緒にいろってことなんだが、分かってないのか?
いや、もしかして……
「ソウラ、ちょっとそこに座ってもらえるか」
「うむ」
そういうとソウラは地べたに座った。
「ソウラ、三べん回ってワンって言ってみろ」
「…………………ワン」
ソウラは立ち上がりその場で3回転した後ワンといった。
「ハハハハ、これ面白いな」
「マサトさん、何してるんですか!?」
「いや、もしかしたらソウラにかけられた洗脳はイーバの命令だけじゃなくて誰からの命令でも聞くんじゃないかと思ってな」
俺の思った通りソウラは今誰の命令も聞く状態になっているようだ。
これは面白……いや、厄介な状態だ。
俺たちの命令ならまだしも、誰の言うことも聞くとなれば、うかつに家に帰すこともできない。
「確かめるにしても、もっとましな方法はなかったんですか?」
「普段なら絶対にしないことを命令しないと、本当に洗脳にかかってるか分からないだろ」
「それは……そうですけど……」
「まあ確認は済んだから、早く帰ろう。じゃあなレイト」
俺はつらそうなアカネを抱え、宿屋へと向かった。




