第31話 「調査クエスト」
目を覚ますと部屋は薄明るく、外を見てみるとちょうど夜が明けたような明るさだった。
時刻は朝の5時、部屋を見回すと、横のベッドでナナとアカネが寝ていた。
「そうか、あのまま寝ちまったのか。それにしても寝すぎたな」
俺が寝た時刻から考えると、最低でも15時間ぐらいは寝ている。
これほど寝たのは、引きこもっていた時でも滅多にするものではなかった。
時間的にいつもなら二度寝するところだが、さすがに眠気を感じない。
「どうしようか?」
そういえば、以前やっていた朝のランニングも素振りもここのところ一切やっていなかった。
暇だしやろうかと思ったが、さすがに15時間以上寝た後だ、体がだるく、うまく動かない。
ランニングはやめて、ストレッチでもしておこう。
俺はベッドの上に座り、前屈や開脚などのストレッチを一通り行った。
まだ体が少しだるい、そう感じた俺はラジオ体操をしてみた。
うろ覚えだが、わかる範囲でラジオ体操をしてみると、不思議と体のだるさが取れてきた。
最後の深呼吸をし終わった後には、何故か充実感があった。
「朝からラジオ体操ってのも、案外いいもんだな」
俺が体操を終え、ベッドに座り一息つくと、アカネが目を覚ました。
「んー、お父さん? おはよう」
眠たそうな眼をこすり、アカネが力のない声で挨拶をする。
「アカネ、まだ寝てていいんだぞ」
「ううん、だいじょうぶ。きのうはやくねたから」
そうか、昨日は俺はあり得ないぐらい早く寝たし、クエストとかの予定も何もなかったから早く寝たのか。
だけどさすがに時間が時間だからか少し眠そうに見える。
「お父さん、もうへいきなの?」
「ん? ああ、もう全然平気だ」
「そっか、よかった」
アカネはほっとした顔つきになる。
長時間眠り続けていた俺のことを心配してくれていたんだろう。
「それじゃあ、いつもの時間までには結構あるし、何してようか?」
俺がそう聞くと、アカネは元気よく答える。
「お父さんとあそびたい!」
「俺と?」
「うん! だっていつもクエストとかレベルあげとかで、お父さんとぜんぜんあそべないから……」
俺はこのアカネの反応を見て今までの自分のしたことを思い返し、少し反省した。
アカネは俺たちのパーティの中では、ステータスだけなら最強だ。俺はもちろん、ソウラもナナも足下に及ばない。
だがアカネは、見た目10歳にも満たない子供なんだ。
俺はいつの間にか人のことをステータスで判断していたのかもしれない。
ゲーマーだからなのだろうが、このままではいけない。
勘違いとはいえ、アカネは俺を父として慕ってくれているんだ。
その思いには、少しでいいから報いなくてはいけない。
「よし、時間もたっぷりあるし、遊ぶか!」
「うん!」
アカネが嬉しそうに頷く。
「それじゃあ……どんな遊びをしようか?」
「えっとね、きのうナナお姉ちゃんとしりとりっていうのをやったんだ」
そうか、昨日俺が寝た後にナナはアカネと遊んでくれていたのか。
やっぱりナナがいないと俺は駄目だな。
「ほかにもね、あっちむいてホイとか、あとむかしばなしっていうのをきかせてくれたの」
色々と遊んだみたいだが、全て室内の遊びらしい。
外で遊ぶにも人数が少ないし、ボールとかの道具もないから当然なんだろうが、アカネはそれで満足してくれるのだろうか。
「きのうはね、ほんとうにたのしかったの。だからお父さんともやりたいなっておもったの」
アカネは嬉しそうに言う。
どうやら室内の遊びも大層気に入ったらしい。
「それじゃあ、最初はしりとりから始めるか」
「うん!」
アカネとの遊びは、俺も楽しめた。
全て小学生以下の子供が遊ぶような内容だったが、友達がいなくこういった遊びをしてこなかった俺にとっては、新鮮でとても面白かった。
またこうしてアカネと……いや、ナナやソウラも含めたみんなと遊びたいものだと、俺は心底思った。
「遊びはこれくらいにして、ナナを起こそうか」
アカネは満足したかのような表情をしている。
「こんどはナナお姉ちゃんとソウラお姉ちゃんともいっしょにあそぼうね」
「ああ、もちろんだ」
俺はナナを起こして準備を済ませた後にギルドへと向かった。
最近の出来事から俺は何かあるのではとおそるおそるドアを開けるが、そこにはいつも通りソウラが待っているだけだった。
「来たか、では早速クエストを受けに行こう」
会って早々俺たちはクエストの貼ってある掲示板へと向かう。
「今日はどんなクエストがあるか……ん?」
掲示板を眺めていると、そこにはいつも目にする普通のクエストの中に、一風変わったクエストが張り出されていた。
「調査クエスト?」
そのクエストの内容はこうだ。
数日前、イヴェルの洞窟に火を扱う謎のモンスターの存在が確認され、その調査を依頼するというものだった。
報酬は何と1万G
「おお、このクエスト受けてみないか?」
俺は張り紙を手に取りみんなに見せる。
「謎のモンスターか、実に興味深いな」
ソウラは好奇心旺盛だから100%乗ってくると思った。
問題はナナか。
「いいんじゃないですか。報酬もかなり良いですし」
予想に反しナナはこのクエストの受注をすんなり受け入れた。
どうしてか気になったが、ナナの気が変わる前に受付を済まそうと、張り紙を受付の人のもとに持って行く。
「このクエストを受けたいんだが」
「はい、調査クエストですね。ではこちらをお持ちください」
そう言って受付の人が手渡したのは、俺の世界に存在し、およそこの世界にあるとは思えなかったもの、カメラだ。
「使い方は……分かりますよね」
「いやまあ、分かるけどよ、どうしてカメラがこんなとこにあるんだ?」
「以前にも突然変異のモンスターが出現した時がありまして、その時神様が手紙とともにこのカメラを送ってきたんです」
なるほど、そのモンスターの情報をなるべき広範囲に広めたいからカメラを用意したのか。
情報の流布ぐらい自分でやればいいものを、どこまでめんどくさがりなのか。
「じゃあこれでその謎のモンスターとやらを撮ってくればいいんだな?」
「そういうことです」
俺はカメラをカードの中にしまい、イヴェルの洞窟へと向かった。
「それにしても、数日前ってことは私たちが訪れた時にはもういたかもしれないってことですよね?」
ナナの言う通り、その謎のモンスターがいた可能性はかなり高い。
あの時入り口付近にしかスライムはいなかった。
これはその謎のモンスターが洞窟の奥を占拠し、スライムを殺していると考えればすべて合点がいく。
「きっと洞窟の奥にいたんだろう。まあ、スライムの巣窟にいる奴さ、どうせ大した奴じゃないよ」
火を使うってのには多少心配はあるが、一応水魔法が使えるし、大したモンスターでもないだろう。
そう思いながら、洞窟の奥へ奥へと歩いていく。
道中大量のスライムと遭遇した。
倒した数は最低でも200は超えるだろう。
楽に倒せているからナナ達は何も思っていないだろうが、こんな奥深くにもスライムが出てくるなら、さっき俺が考えた洞窟を謎のモンスターが占拠してるっていうのは違うということになる。
「なあナナ、イヴェルの洞窟ってどれくらいの広さなんだ?」
「普通に歩けば3時間ほどで一番奥に着きますよ」
俺たちが洞窟に入ってから1時間弱、スライムとの戦闘には1分もかかっていないからあと2時間もすれば奥に着くはずだ。
そう思いながら俺は歩み続ける。
その間にスライムを計300匹は倒し、レベルが上がった。
順調に進み、洞窟に入り3時間が経とうとしている。
「そろそろ奥か。どんなモンスターがいるのか、楽しみだぞ」
ソウラは嬉しそうに剣を構えながら言う。
俺もゲームだったら新しいモンスターの出現には興奮していたが、リアルの世界ではどうもそうはなれない。
どうせ弱い奴と思いながらも、不安は感じる。
「モンスターに遭遇しても別に討伐する必要はないからな。このカメラに収めればそれでクエスト達成なんだから」
俺はカードからカメラを取り出し、構えながらソウラに言うが、俺の言うことを一切聞く気がないようで、何の返事もしない。
そんなソウラの態度に多少の苛立ちを感じながら、洞窟の奥へと向かう。
そして、洞窟の一番奥に着いたのだが……
「なにも……いませんね」
ナナの言う通り、洞窟の一番奥に着いたのにも関わらずその謎のモンスターとやらはいない。
「……帰ろうか」
俺たちは渋々洞窟を出るために来た道を戻っていく。
その道中になぜかスライムが出現していた。
倒したはずなのにすぐに出てくるとは、繁殖力がすごいと聞いたが、スライムの数が少なくなっているはずなのにどこで繁殖したのか謎だ。
「さきほど倒したばかりだというのに、もう繁殖したのか。一体どこで増えたんだか……」
俺と同じ疑問をソウラも感じたようだ。
その質問にすかさずナナが答える。
「スライムはどこにでもいますからね。岩の隙間とか、洞窟にある小さな穴とかに。体は基本液体ですから」
なるほどな、目に見えないところには大量にスライムは存在するということか。
「ここはとことんレベル上げに向いてるんだな」
俺たちは今日だけで500体以上は倒しただろう。
おかげでみんなのレベルが1ずつ上がった。
しかし、ギルドに帰ってきた時間はすでに4時近くになっており、今日はクエストをクリアすることは無理だろう。
「本当に新種のモンスターなんかいたのか。時間を無駄にしちまったじゃねえか」
俺は受付の人に多少強い口調で言ってしまった。
「そのはずです。二日ほど前に冒険者の方からの目撃証言がありましたので、間違いないはずです」
二日前か、その時は俺たちもちょうど洞窟にいたな。その時には新種のモンスターなんか見なかったからやっぱりガセネタんじゃないか?
「その冒険者の方は、もし当たっていたら死んでもおかしくない炎が入口の方から来たと言っていたんです。時間は確か……4時か5時と言っていました」
4時か5時? それって俺たちがいた時間と被るな。
それに炎は入口の方からだって?
だが俺たちはそんな炎みてないし、スライム以外のモンスターを見ていないしな。
「ですがマサト様達の反応を見る限り、今日は発見でいなかったようですね。どうします? クエストを中断しますか?」
「ああ」
受付の人に質問されたので俺は即座に頷いた。
報酬は惜しいし、クエスト失敗による100Gも痛いが、ガセネタかもしれないクエストにいつまでもこだわってはいられない。
「なんだマサト、クエストをやめてしまうのか?」
ソウラは残念そうに聞いてくる。
「しょうがないだろ。見つからなかったんだから」
「それもそうだが……残念だ。珍しいモンスターに会えると思っていたのだが」
残念がっているソウラをナナが慰める。
「まあいいじゃないですか。イヴェルの洞窟にはレベル上げで出向くことがありますし、そのモンスターに会えないわけでもないんですから」
「……そういやナナは今回のクエストを受けるのに反対しなかったな。いつもみたいに危険ですとか言ってくると思ったんだけど」
俺の疑問に対し、ナナは普段通りの口調で淡々と答える。
「今までにも新種のモンスターは何度か発見されたんですが、どれも弱いモンスターだったんですよ。それにスライムも普通に生き残ってることから、もし強くてもあまり害はないと思ったんです」
「なるほど、そうだったのか。まあ多少強かったとしてもナナの魔法なら倒せるだろう」
ソウラはさも当然のように言う。
ナナの魔法は、イルクの水を飲んだライの魔法の威力を超えていた。
もしもエルフレイムを使えばおそらくダルトドラゴンレベルのモンスターも倒せるだろう。
…………ん?
エルフレイム?
そういえば以前イヴェルの洞窟に行ったときにナナに見せてもらったんだよな。
あの時は1発撃っただけでレベルが上がるぐらいのスライムを倒したんだっけ。
もしかして新種のモンスターをその時に倒し……いやちがう。そうじゃない
俺は重要なことに気づき、体中の体温が低くなっていくのを感じる。
「お父さん、どうしたの? てがつめたいよ」
俺の手を握っているアカネが心配そうに聞いてくる。
俺の顔はどんどん青ざめていっている。
「い、いや、なんでもない」
俺は平静を取り繕いその場をごまかす。
「本当ですか?」
ナナが心配そうに聞いてくる。
ソウラも俺の方を不安げにに見つめる。
「本当に何でもない。心配するな」
「そうですか」
言えない。このことは言えない。
新種のモンスターが…………ナナのことだなんて。
おそらくその冒険者が見た炎はナナの魔法だ。
時間的にもそう考えるのが自然、というかそれ以外考えられない。
このことを言ったらどんな反応をするか……ナナは真面目だから責任を感じてしまうだろう。
「今日の所はもう帰ろう」
「う、うむ。別にかまわないが……」
俺はそそくさとギルドを出て、宿屋へと向かった。
その途中、ナナにはそれとなく洞窟内では強い魔法の使用を禁止した。




