第29話 「結婚」
「それじゃあ言うことを聞いてもらおうか。要件は一つ、ソウラに何も強制させるな」
これで何の問題もないはずだ。
強制させるな、これだけでソウラが結婚させられることも、冒険者をやめさせられることもないはずだ。
「ええ、いいでしょう。今後一切ソウラには何も命令はしないわ」
これですべて解決した。この女は性格が悪く、いざとなるとなりふり構わそうな奴だが、交渉の末に約束したことは破らないだろう。
「ですが、一つお願いしてもよろしいですか?」
「お願い? まあ内容によるな」
「簡単です。あなた、ソウラと結婚してくれないかしら?」
「……………………」
数秒の間、沈黙が訪れた。
ゴーマなんかは驚きで気を失いそうになっている。
だがこの沈黙はそう長くは続かず、ナナは声を荒げて怒鳴りつける。
「何を言ってるんですか!」
「あら、何か問題があった?」
「問題大ありです! 何でマサトさんがソウラさんと結婚しなきゃいけないんですか!」
ナナの言う通り、俺がソウラと結婚したとして何のメリットもないはずだ。
ライのように金持ちなわけでもない。むしろこの世界じゃ今のところ住所不定の冒険者でしかない。
「ソウラさんも何か言ってください!」
ナナにそう言われたソウラはというと、少し顔を赤くしながら頬を緩めている。
「何で満更でもなさそうな顔してるんですか!?」
ソウラの母親はこの光景を楽しそうに眺めている。
俺も他人事だったら楽しんでいたかもしれない。
「マサトさんも、ボーっとしてないで何か言ってください!」
「あ、ああ。あんた、どうして俺とソウラを結婚しろなんて言い出したんだ?」
「そもそも、私が何故ソウラとライを結婚させようとしたと思います?」
「それは……大人の事情ってやつじゃないのか?」
そもそもそんなことは気にもしていなかった。
俺の目的はソウラと一緒に冒険者を続けたいだけで、それさえどうにかなれば他のことはどうでもよかった。
「簡単に言いますとね、後継ぎが欲しかったの」
「後継ぎ? それならソウラがいるだろ」
「この子では無理よ。私の遺伝子はこの子の見た目にだけ遺伝して、肝心の中身の部分がゴーマから受け継いでしまったのよ」
この女、相当にひどいことを言っている。
自分の家族を、娘と夫を遠回しにバカ呼ばわりしやがった。
「だからってライも無理そうな気がするんだが……」
「ええ、確かにライ君は頭に血が上りやすく、その時はソウラに匹敵するほどの頭の悪さを見せるわ。でもね、ライ君は冷静な時には頭がいいのよ」
そうだったのか、ライの頭がいいとは全く想像がつかなかったが、それなら納得できる。
ソウラと結婚した後はライに跡を継がせて家を存続させる、それがこの女の狙いだったか。
「ソウラを結婚させたい気持ちは分かったが、なんで俺?」
「そうですよ! マサトさんは頭の回転は速いですが知識はそれほどないんですよ!」
ナナ……それ全然フォローしてない。むしろ俺の事貶めてるよ。
いや、結婚させないためにはそれで正解なのか。
だけど……本気で言ってる気がする。なんか複雑。
「いいんですよ、知識は後からいくらでも詰め込めますし、知識の有る無しが頭の善し悪しではありませんからね」
そこに関しては賛成だ。
知識があまりなくてもなぞなぞが得意だったりする人がいるし、その逆も然りだ。
要は頭の柔らかさだ。
そこんところを認めてくれたってのは、なんか嬉しい。
「あんたの言いたいことは分かったが、断らせてもらう」
「何で? ソウラのこと嫌い?」
「いや、嫌いとかそういうことじゃなくて、人としては好きだぞ。だけど結婚とかそういうのは別だろ」
俺としてはこの場を穏便に済ませたく、当たり障りのない内容でこの場を収めたかった。
というかさっきの戦いの疲れで非常にだるい。
だがこの件に関しては俺以上にナナが我慢できないようだ。
「そうです! 結婚とは本来長い時間かけてその段階まで持って行くものであって、出会って数週間で結婚だなんてありえません! そもそも誰かに言われて結婚なんてとんでもないです! 結婚とはお互いがお互いを好きになって初めてするものであり――――」
いかに結婚というものが尊いことか。いかに俺とソウラの結婚などしてはいけないことかを、大きな声でソウラの母親に怒鳴りつけるように説明する。
その後数分間ナナの結婚についての説明は続いた。
「――というわけです。分かりましたか?」
すべて言い終え満足したかのような表情を見せたナナをソウラの母親は無視し、ソウラにこう問いかける。
「ソウラ、あなたマサト君のこと好き?」
その言葉に対してソウラは顔を若干高揚させながら、いつものはっきりとした声とは裏腹に、ゴニョゴニョと聞き取りにくい声で答える。
「な、なんですかいきなり……まあ、嫌いではありません」
「そう、さっきマサト君はソウラのことを好きといったわよね? 良かったわ、相思相愛で」
「そうゆうのは相思相愛とは言いません!」
この話、まだ当分は続きそうだ。
ソウラの母親は俺とソウラを結婚させるつもりは少ししかないだろう。駄目なら駄目でそれでいい、その程度の気持ちのはずだ。
今はただ、ライが負け自分の予想通りに事が運ばなかったから、ナナを使って発散しているように見える。
ナナはその思惑にまんまと嵌ったってわけだ。
ナナは10年もの間働き続けてきたからこういう話に耐性がないんだろう。
ソウラの母親はそこを見抜いた、人を見る目は神がかってるな。
しかし、今日はクエストは受けられないな。
この話が終わる気配がないし、何より俺が疲れ切っている。魔力が切れるまで魔法を放ち、ライの攻撃をまともに2発喰らっている。
ていうか俺ナナに回復魔法をかけてもらってないな。ライは回復してもらったのに。
状況的にもしょうがないと思うが、何とも複雑な気持ちだ。
「ナナ、まだこの話続くか?」
「まだまだ話すことは山積みです!」
それから約2時間、この話は続いた……というかナナがずっと説教をしていたという風な感じだ。
もっともソウラの母親は終始楽しそうにナナの話を聞いていた。
「――――これに懲りたらもう二度と軽はずみな言動は控えてください」
「はーい、分かりました」
ソウラの母親はなんとも適当な返事をした後俺の方を向いた。
「気が向いたらいつでもウチにいらっしゃいね」
「そんなことはないだろうけどな」
ソウラの母親はゴーマを連れて家へと帰っていった……ライを置いて
「あいつ……どうする?」
俺はライの方を指さしみんなに尋ねる。
当のライはナナの回復魔法をかけてもらっていたのにまだ気絶している。
「ナナ、本当にあいつに回復魔法をかけたのか?」
「ええ、死にそうだったので死なない程度には回復してあげましたよ」
最低限の回復しかしてないってことか、今までのライの俺たちに対する言動を考えるとその行動も仕方ないとは思うが、まさかそこまでとは。
「マサト様! ライ様は無事ですか!?」
広場の中心に向かって俺の名前を叫びながら3人が近づいてくる。
ライのパーティのシックたちだ。
「ライならあそこでのびてるぞ」
俺はライのいる方向を指さしシックたちに場所を教える。
シックたちは慌ててライのもとへと駆け寄る。
「ライ様!? ご無事ですか?」
見た目がボロボロで、今にも死にそうなライを本気で心配している。
こんなクズでも、心配してくれる奴はいるのか。何とも幸せな奴だ。
「ナナさん、回復してもらえませんか?」
そう言われたナナは俺の方を見る。
俺に判断を求めているのだろう。
「ああ、別にいいよ」
「はい」
ナナはライの回復を始めた。
ライの体が驚異的な速度で治っていく。体にこびりついていたやけど跡が、黄色の肌へと見る見るうちに戻っていく。
攻撃魔法だけでなく回復魔法の威力も上がっているようだ。
「ううっ……」
ライの意識が戻った。
あれほどの傷を受けていたのにほんの数秒で意識を取り戻すとは、さすがナナの魔法だ。
「ライ様、大丈夫ですか?」
「こ……ここは?」
ライは辺りを見回しこの場を確認する。
「俺は……いったい何を?」
ライは頭を押さえ、記憶を探るような思案する表情になる。
どうやら記憶が少し曖昧になっているようだ。
そういえばこいつはドーピングをして精神が蝕まれていると言っていた。
量を調節したとも言っていたが、何かしらの後遺症は残っているようだ。
「お前たち、面倒くさいことになる前にライを家に帰してやれ」
「はい。ライ様、帰りましょう」
シックたちはライに肩を貸し家へと戻っていった。
「……あの3人、久しぶりに見たな」
俺たちはライを見送った後、一度休むために宿屋に戻った。




