第28話 「決着」
俺の放つ火球はライの水のバリアを打ち破ることができない。この攻撃ほど、無意味に見えることもあるまい。
だがそれでも俺は魔法を唱え続けた。
「ファイア! ファイア! ファイア!」
幾度となく魔法を放つが、そのすべてがライの水のバリアに触れた瞬間にかき消された。
所詮は俺の魔法ということか。
「無駄だっつってんだろ! 水は火を消す、バカでも知ってる常識だよ。ルプウォーター!」
ライが魔法を放った瞬間俺は上を見上げる。
しかし上には何も存在せず、ただただ青空が広がっているだけだ。
「後ろです!」
ナナの言葉を聞き振り向いた瞬間にライの魔法は俺を直撃した。
「くっ」
威力のあまりない魔法ゆえに先程のように吹き飛ばされずに済んだ。
しかし確実にダメージを受けている。
水の球だと言うのにまるで殴られたかのような衝撃が俺の体を駆け巡る。
「まだまだ! ルプウォーター!」
「今度は上です!」
ライが魔法を放つと同時にナナは魔法の場所を教えてくれた。
俺は上を見ずに魔法を避けるために横に跳んだ。
「ナナさん、あまり行き過ぎた助言は勝負への介入とみなし反則負けにしますよ」
「そんな……」
ソウラの母親がナナの行動を窘める。
確かにナナの行いは反則と言われてもしょうがないことだろう。
「ファイア!」
俺はライの魔法を避けた瞬間に魔法を放つが、その魔法はいとも簡単に消された。
そこからは、同じ光景の繰り返しだった。
ライが魔法を放つ、俺はライの魔法を避け、ライに向け魔法を放つ。
ライの魔法は厄介だが、魔法の出現する場所は上か後ろからしかないので避けることはそんなに難かしくはない。
ドーピングして力を得た代償に、戦略を考えるという知能がほぼ欠落しているようだ。
「それにしてもマサト君は諦めが悪いわね。どうしてそこまで頑張れるのかしら?」
幾度となく無為になる攻撃を続ける俺に、心底不思議そうに首をかしげるソウラの母親。
俺でさえこの攻撃が意味を成すかどうかなど分からないのだから、そう思うのが普通か。
「そんなこと、仲間の為に決まってます!」
「そう、仲間の為ね……でもさすがに無謀すぎるんじゃないの。何の勝算もなく魔法を放ち続けるだけなんて」
「そんなことはない! マサトは、きっと何かを考えているはずだ」
「何の根拠があってそんなことを言えるの?」
母親にそう言われソウラは言い返そうとしたが、何も考え付かなかったのか、悔しそうに口を閉じた。
何も根拠がなく、ただ仲間だから信じる。ゆえに何も言い返せないのだ。
その代わりにナナが言い返した。
「でも、マサトさんならきっと何かをしてくれます。ダルトドラゴンの時のように」
ナナの発言にも何の根拠もない。前に自分よりも強い敵を倒した。それだけで、今の状況がどれだけ俺に不利なことかが分かっているのに、きっと勝つと力強く述べる。
だがそんな仲間を信じる気持ちなど、合理主義の人間にとって何の意味もないことだ。
「そういえばマサト君はレベル7くらいでダルトドラゴンを倒したのよね。でも今度ばかりはそううまくいかないんじゃないの。少なくとも私にはこの状況を打開する方法なんて思いつかないわ」
そう言われ、ナナとソウラは必死に頭を働かせこの状況を打開する方法を考えた。
十数秒後、ソウラが口を開いた。
「魔法の威力が上がれば……」
「魔法の威力を? そんなことライ君と同じようにお薬を使う以外に不可能なんじゃないの?」
「そんなことはありません。現にナナは魔法を撃ち続けて威力が上がりました」
ソウラは興奮気味に答えるが、ナナは暗い顔をしている。
「ソウラさん……それは不可能です」
「何故だ!?」
「私の魔法の威力が上がったのは、何時間も魔法を使い続けたからです。こんな短時間にマサトさんの魔法の威力が上がる可能性は……0です」
再び沈黙が訪れる。今の状況を何とかする、そんな都合の良い策などこの2人にはおろか、ソウラの母親も思いつかない。
ナナとソウラは、自分が何もできない歯がゆさに心底悔しそうにしている。
だが数秒後、アカネが感じた違和感を口にしたとき、この場の空気が少し変わる。
「お父さんのまほう、おおきくなってる?」
アカネの言葉を聞き、その場のすべての人間が一斉に俺を凝視した。
じっくりと俺の攻撃を見つめ、アカネの言ったことが本当かどうかを確認する。
しかしこの短時間で魔法の威力が上がるなど、そんな都合の良いことが起こるはずもない。
「……アカネ、残念だがそれは気のせいだ。見た所威力は変わっていない」
「少しだけドキッとしたわ。そんなことあるはずないのにね」
ソウラの言う通り俺の魔法は確かに威力は一切上がっていなかった。
だがアカネの言う通り魔法が大きくなっているのも事実だ。
そのことにまだ、誰も気が付かない。それは俺の魔法の初めだけを見続け、魔法の行き着く先を見ていないがためのものだ。
「なあマサト、もういいだろ? 俺の勝ちは誰の目にも明らかだろうが」
幾度も無意味と思われる攻撃を繰り返す俺に、ライはうんざりしたかのように言ってくる。
ライの言う通りこの場の誰もが俺の勝利を信じていない。
ナナも、ソウラも、俺が負けると思っている。いかに俺が傷つかずに済むか、そのことだけを考えている顔をしている。
「お父さん、がんばって!」
いや、一人だけ、俺の勝利を信じてくれている人がいた。
アカネだけは俺の勝利を信じてくれている。
この状況をあまり理解できていないだけだとしても、さきほどのソウラやナナと同じように、ただ仲間だから信じているという根拠のない応援だとしても、信じてくれるだけで力が沸いてくる。
「ファイア!」
俺の放った1発の魔法、それは今までの魔法と大差ない、普通の魔法だった。
だが、その魔法は証明した。今までの俺の攻撃が、決して無意味なものではなかったことを。
俺に確信させてくれた。今までの攻撃こそが、俺がこの勝負に勝つ唯一の方法であったことを。
放たれた魔法は、ライの水のバリアに一瞬、ほんの一瞬だが穴をあけた。
「なっ!? 今のは……」
いつものパターンなら俺が魔法を放った瞬間にライは魔法を唱え攻撃してくる。だが自身の魔法を一瞬とはいえ打ち破られたことに動揺したライは魔法を唱えることはなかった。
そして俺は間髪入れずに魔法を、自身の魔力をすべて使い切るつもりで魔法を放った。
「ファイア! ファイア! ファイア! ファイア! ファイア! ファイア! ファイア! ファイア!」
何度も、何度も叫んだ。
10回、20回と魔法をを唱える。実際には10発ほどで魔法は出なくなったが、俺は何度も叫んだ。
そしてその火球はついにライの水のバリアに大穴を開けることに成功する。
「なっ!? まだだ、フィードウォーター!」
大きく開けられた穴を修復するために、再度水のバリアを展開するライ。
俺はその隙に魔力水を飲み込み、再度魔法を放つ。
「ファイア!」
放たれた火球は、ライのバリアに当たる直前に肥大化し、あっという間に消し去った。
身を守るバリアがなくなったことにより、丸腰になったライに俺の火球が直撃する。
「グアアアアアッ! な……何……でっ……!」
「水は火を消す、バカでも知ってる常識だ。だが火も水を消す。バカは知らない常識だ」
魔法が直撃して吹き飛ばされたライは地べたに転がり、動かなくなった。
煙を上げながら、所々が赤くなり、体の5分の1ほどがやけどで覆われる。
……死んで……ないよな。
「勝負あった! ナナさん、あの人に回復してあげて!」
レイトが割って入り、ナナに指示を出した。
ナナはワンテンポ遅れてライの回復を始める。
ソウラとゴーマ、そしてソウラの母親はこの光景が信じられないのか呆然としている。
唯一アカネだけが、俺の勝利に喜んでくれている。
「何が……何が起こったのだ?」
「信じられないわ。イルクの水を飲んだライ君の実力は、レベル30相当のはずなのに……」
「おい、俺の勝ちだ。一つだけゆうことを聞いてもらうぞ」
「え、ええ、それは分かっていますが……あなた、どうやってライを倒したの?」
「さあな」
俺は適当に相槌を打ち、帰ろうとする。
はっきり言ってもう何も考えたくない。魔力が尽きるまで魔法を放ったからか、頭がうまく働かない。
それどころか、若干頭痛までしてきた。
「マサト、私も知りたい」
ソウラもか、疲れているってのに、ダルトドラゴンの時みたいだ。疲れて何も考えたくなのに誰も俺を休ませてくれない。
だがまあ、ここでスンナリ帰してくれるわけもないか。しょうがない、手っ取り早く終わらせよう。
「ライは言っていた。水は火を消すと。だけどその逆もあり得る。火は水を消す」
「……つまり、水を蒸発させたということですか。ですがあなたの魔法にそれほどまでの威力があるというのなら、初めから打ち破れたはずではありませんか?」
「確かに、ライはイルクの水を飲んでいる。魔力が無くなりフィードウォーターの威力が弱まったとも考えにくい」
「何も最後の攻撃だけが水を蒸発させたわけじゃない。何発も撃って、少しずつ蒸発させていったんだ」
ここまで言っても2人とも分からないといった表情をしている。
ソウラはともかく、ソウラの母親も気付かないとは、交渉の腕はあっても勝負に関してはあまり頭が働かないのかもしれない。
「なるほど、そういうことだったんですね」
ライの回復を終えたナナがすべて理解したという風な声をあげる。
「ナナは理解できたのか?」
「ええ、というかこの世界には元素とかそういう概念が無いんですよ。私以外に説明しても理解できる人はいないと思いますよ」
そうだったのか、それならナナ以外誰も理解できなかったのも納得だ。
「お前らは知らないかもしれないが、水は酸素と水素っていうもので出来ている」
「酸素? 水素?」
「そうだ。水は蒸発するとこの二つに分解されるんだ。そしてその二つは非常に燃えやすい」
日本で引きこもっている時、こんなニュースを聞いたことがある。
大火事の時にホースで水を噴射したところ、その水が蒸発してさらなる被害を生んだことがあると。
前の世界で生きてきたからこそ、勝てたと言えるな。
「……なるほど、そういうことですか。無駄かと思えた魔法の連発は水を蒸発させ、その酸素と水素というものにするためのものだったんですね」
ソウラの母親は全てを理解した、そんな顔をしている。
ソウラとゴーマはいまだに全てのことを理解できていないようだ。
無理もない、元素の概念がこの世界にはない以上、この知識はそう簡単に受け入れられるものではないだろう。
簡単に納得したソウラの母親の方が異常なのだ。
「私の完敗です」
ソウラの母親のその言葉で、今度こそ決着はついた。
これで、ソウラは自由になった。




