第26話 「まだ終わっていなかった」
今日も、クエストをクリアし金を稼ぐ予定だった。
しかし予定とはどうしてか崩れ去る運命にあるのか、この日俺たちがクエストを行うことはなかった。
朝の9時、俺たちはいつものようにギルドに集まりクエストを選んでいる。
パーティに名前を付けてから初めてのクエスト、今回は採取よりも討伐クエストを受けたい気分だ。もちろん小型モンスターだが。
「このクエストはどうだ? ドラコキッド30体の討伐、簡単そうだし報酬もいい」
「ドラコキッドを30体倒して500Gですか、結構いいですね」
俺たちは今日受けるクエストを決め受付に持って行こうとしたときギルド中にあの男の声が響き渡る。
「マサトオオオォォォォ!」
ライだった。
「マサトはどこだ! どこにいやがる!」
ライはギルドに入ると即座に辺りを見回し俺を探す。
数秒後、俺を見つけたライは駆け寄ってくる。
「おいマサト! どういうことだ!」
「……何が?」
これは、あれだな。きっと名前を付けたことだ。さすがのライも気が付いたらしい。
「お前、パーティに名前を付けたってどういうことだ!?」
やっぱり名前を付けたことか。ま、気付いたんなら当然の反応だな。
それにしても情報が広まるの早すぎないか?
昨日の今日でもう知られるなんて……
「簡単なことだ。始めっからこうするつもりでソウラの父親、ゴーマに誓約を持ちかけた」
「始めっから……やっぱりかこの詐欺師が!」
詐欺師とは人聞きが悪い。
誓約には何一つ不備はない。そっちが勝手に勘違いしただけだろうが……なんか詐欺師の言い分みたいだな。
「で、お前は何しに来たんだ? 文句を言いに来ただけならもういいか? 俺たちはクエストを受けたいんだ」
「あんな誓約無効だ!」
「は? 何で?」
「何でも何も……こんなの誰がどうみても詐欺だろ!」
まあ詐欺だと言いたい気持ちも分かる。
ちゃんと誓約を理解していなかったら勘違いするのも納得だ。
だが向こうが勘違いしただけで誓約自体に問題は一切ない。
「ナナ、ソウラ、レイトを呼んできてもらえるか? 確か町の中心にある宿屋に泊まってるって言ってたからさ」
「はい、さすがにレイトさんに言われたらライさんも納得せざる負えないでしょうからね」
「だがレイトが協力してくれるか? これは私たちの問題だろう」
そうか、レイトと約束を交わした時ソウラはその場にいなかったな。
ナナは事情を知ってるからすぐに納得してくれたがソウラは知らない、説明しようかな……いいや、めんどくさいし
「大丈夫だ」
「お前がそう言うなら……中心の宿屋だったな。10分ほどで戻ってくる」
ナナとソウラはギルドを出てレイトのもとへ向かっていった。
「おいソウラ、どこへ行くんだ? おいマサト! ソウラに何を言った!?」
「別に、ある人を呼んでくるよう言っただけだ」
「ある人?」
「そうだ。だから話はそいつが来てからだ」
ライは渋々ソウラたちが戻ってくるのを待った。
この話はソウラも交えての方がいいからライも納得したのだろう。
10分後、ナナとソウラがレイトを連れ来てくれた。
「やあマサト君」
連れてこられたレイトはいつもと変わらない笑顔を見せている。
「悪いな、こんな時間に」
「別にかまわないさ、部屋で寝てる以外に今はやることがないからね」
「おいマサト、こいつは誰だ?」
ライは怪訝な顔を見せ俺に聞いてくる。
如何に有名人とはいえレイトの顔までは知らないらしい。
「こいつはヴァテックスのリーダー、レイトだ」
「どうもレイトです」
「えっ? ヴァテックス?」
「そう、ヴァテックス」
「…………」
ライはヴァテックスという単語を聞き数秒固まったがすぐに口を開く。
「それで、ヴァテックスが何の用だ? 関係ないだろう」
心なしかライの口調がさっきまでよりも少し柔らかくなっている。
さすがにヴァテックス相手に今まで通りの態度ではいけないと思ったのだろう。
それでもタメ口に変わりないが
「関係ないこともない。僕はマサト君と約束しててね。君やゴーマさんという人が誓約に文句を言って来たら説得を手伝うとね」
「で、でもこんなの詐欺だろう!?」
「詐欺? 以前に誓約書の内容を確認させてもらったが何も問題ないように感じたが……」
「そ、そりゃあ内容自体には問題ないかもしれないが、この誓約をさせたこと自体が詐欺だろう」
なるほど、ライにしては考えたな。
誓約の内容ではなく誓約という行い自体が詐欺行為だというのにも一理ある。
だがそれも想定内だ。
「誓約自体が詐欺だと言うが、お前は俺がどういう風に誓約を持ちかけたか知ってんのか?」
「い、いやそれは詳しくは聞いていないが……だがゴーマさんは今のこの状況に怒っている。これは詐欺行為があったことの証明じゃないのか!?」
「じゃあゴーマをここに連れて来い。話はそれからだ」
「あ、ああ分かった。今すぐ連れてきてやる。それまで待ってろ!」
そう言うとライは駆け足でギルドを出てゴーマのもとに向かっていった。
「よし、この隙にクエストを受けに行くか」
「マサト君、それはさすがに……相手の怒りを煽るだけだと思うよ」
「私もそう思います」
「ったく、しょうがないな」
レイトはともかく、ナナが言うんならしょうがないな。ライの奴を待ってやるか。
それにしてもやっぱりゴーマにも情報は行っていたか。ライが知ってたから予想はしていたが、どうしてこうも情報が広まるのが早いんだ?
「まあそう言うなマサト。呼んでくるのが母様ではなく父様ならお前が論破できるだろう」
「…………母親はこういうのに強いのか?」
「ああ、母様が関わった交渉は確実に自分に有利になるようになっている。いくらマサトでも母様相手だと言いくるめられてしまうだろう」
そんなにすごいのか。ソウラの母親でゴーマの妻ってだけで馬鹿だと思っていたが、いいようにバランスが取れているんだな。
ちょっと会ってみたいかも
それから数十分、ライがゴーマと、そしてもう一人、女性を連れてきた。
「は、母様!?」
「ソウラ、何をそんなに驚いているの? これはあなたにとって大事な話なのだから私が来るのは当然でしょう」
「そ、それはそうですが、お仕事の方は良いのですか?」
「ええ、今日は1カ月に1度ある休みの日よ。忘れたの?」
「そ、そういえば……」
ソウラはこれまでにないほど狼狽えている。
態度も口調も今までのソウラからは想像できないものになっている。
「それでは早速本題に入りましょうか。あなたがマサトさん?」
ソウラの母親が歩み寄り俺の前に立つ。
ソウラとは違った意味でその姿には自信に満ち溢れている。いや、これは自信と言うよりも余裕に近い。
「そうだけど……誓約を交わしたのはゴーマなんだからゴーマが話すべきなんじゃないか」
「ふふっ、うちの人を騙すぐらいですからどんなお方なのかと思えば、存外普通の方なのですね」
「騙したなんて人聞きが悪いことを言うなよ。ゴーマが勝手に勘違いしただけだろ」
「では誓約書を見せてもらいましょうか。騙したか否かの判断はその後にしますので」
そう言われ俺はカードの中にしまってあった誓約書を取り出しソウラの母親に渡した。
後ろでゴーマが誓約書を忌々しげに見ている。
反対にソウラの母親は笑みを浮かべながら見ている。
「……あなた、どうしてあなたはこれに判を押したりなんかしたのかしら?」
「そ、それはだな、私はちゃんと確認したのだ。ソウラが半年間パーティを組み続ける事か、と。そのときこいつは肯定したのだ。だから私はこの誓約書に判を押したのだ」
ゴーマが慌てた様子で答える。
どうやらこの家族は母親がカーストの頂点らしい。
「そう言っていますが、どうなのですか?」
「俺は質問に対して笑みを見せただけで何も言って無いし頷いてもいない。そっちが勝手に勘違いしただけだろ」
俺の言葉にゴーマの表情が何かを思い出すような顔をし、数秒後に表情は険しいものになっていった。
おそらく俺とのやり取りを思い出しているのだろう。
「そうですか、どうやらゴーマの方に問題があったようですね」
「分かってくれたならいい」
「だ、だがこのままではソウラが――――」
「あなたは少し黙っていてもらえるかしら?」
ソウラの母親がゴーマにそういうと、ゴーマは悔しそうに口を閉じ身を引いた。
「それでマサトさん、いくらでその誓約書を売ってくださるかしら?」
は? 何を言ってるんだこいつは、誓約書を売れ……だと。そんなもの断るに決まってるだろう。
「論外だ。そんなことをして俺たちに何のメリットがある」
「メリットならあるじゃありませんか、あなた方が一生かかってもお目にかかれないぐらいの大金をもらえるのですよ」
「……仲間を、売れってことか」
「いいえ、売るのは誓約書だけで結構です」
つまりは誓約書の結婚出来ないと言う部分を取り除きたいってことか。
そこの部分さえどうにかできればあとはどうとでもなると思っているのだろう。
「断る。いくら出そうが誓約書は売らない」
「ふふふ、あなたならそう言うと思いました。ですがよく考えてみなさい。誓約をしたのはゴーマ、つまり誓約を破ったとしても違約金を払うのはゴーマだけなのですよ」
この女、まさか……
「それだけはしないって思ってたよ」
「そのような決めつけ、交渉においてはタブーですよ。どれほどありえないことでも想定しておくのが交渉の基本です」
くそっ、この女、見た目に反して相当性格が悪い。
人として絶対にやらないと思ったことを簡単にやれる奴だ。
「……誓約書を……100万で売る」
「なっ!? マサト君、どういうことだ!?」
「悪いソウラ。俺のミスだ」
あの時、ソウラは父親を説得できれば解決できると言っていた。
その言葉でこの家族は母親よりも父親の方が偉いと思っていた。
だがそれが間違いだった。この家族は、母親がすべての権限を牛耳っていたんだ。
ソウラがあんなこと言わなければ…………いや、俺のミスか。
「100万ですか……少々高いですね。やはり譲ってくれませんか?」
「なっ!? さ、さすがにハッタリだろ」
「そう思うのはあなたの勝手ですよ」
ソウラの母親は終始笑顔を保っている。
こいつの考えてることが俺の思っている通りだとしたら、この女の性格は相当なものだ。
いや、もしかしたら俺がそこまで出来ない人間だと言うことを見越してなのかもしれない。
「ソウラ、ゴーマが、父親が死んだらどう思う」
「な、なにを言っている!? そんなもの悲しいに決まっている!」
その言葉をきいたソウラの母親は確信を得た。
俺が誓約書をただで譲ることを……
「くそっ、好きにしろ!」
俺は誓約書をソウラの母親に譲った。
「おいマサト! どういうことだ!?」
「お目の母親は、ゴーマを切り捨てようとしたんだよ」
「父様を? どういうことだ?」
「簡単だ。ゴーマからすべての財産を取り上げ、家から追い出す。違約金は全財産+100万だから100万払えばいいってことになる」
「でもマサトさん、それなら100万で売ればいいんじゃないですか? ただで譲ることは……」
ナナは、いやここにいる全員がこう思っているだろう。
この女は自分への損害を100万にして誓約書を無効にしようとしているのだと。
だが実際は違う。この女は1Gたりとも払う気はないんだ。
「この女はゴーマに100万の負債を被せる気でいたんだ。つまり、財産を取り上げた後、家に戻す気はないってことだ」
「正解、あなたはゴーマを騙したというのに優しいんですね。ゴーマを助けるなんて」
俺の言葉にソウラの母親以外のすべての人間が驚愕の表情をしている。
無理もないだろう。家族を捨てようとしたんだからな。ゴーマなんか驚きの顔を見せた後若干涙目になっている。
それにしてもライとの結婚にそれだけの価値があるのか?
「で、実際やる気だったのか?」
「まさか、いくら私でもそこまでしませんよ。私はあなたと同じようにそう思い込ませただけですよ」
完全にこの女の手のひらの上だったってわけか。
やっぱり俺もバカだったか。
「それじゃあ俺たちはもうクエストに行く」
「ちょっと待ちなさい」
「……何だ?」
「話はこれからよ。あなた、ライと勝負してくれません」




