第23話 「怒り」
「クエストが……全然ない」
正確に言えばクエストはある。だが俺たちにクリアできそうなクエストや今日中にクリアできそうなクエストが全くない。
時刻はもう昼を過ぎているからめぼしいクエストは受けられてしまっているらしい。
小型モンスターの討伐や採取クエはほとんどなく、ダルトドラゴンのような中型モンスターの討伐がほとんどだ。
ダルトドラゴンに勝てたとはいえあれはうまく行き過ぎた。今の俺たちのレベルじゃ中型にはまったっく歯が立たない……ことはないが、ある程度戦えても結果死ぬだろう。
かといって残っている小型モンスターのクエストは討伐数が多すぎてクリアに時間がかかるだろうし、採取クエも今から行っても夜になってしまうだろう。
「どうします? 今日の所はやめときます?」
ナナの意見に普段なら賛同するところだが、いかんせん金が圧倒的に無い。アカネの養育費としてもらった金も魔力水に全部つぎ込んじまったからな。
なんとかクエストを受けたい。
何か、何かないか。
「あのー、マサト様? 少しお時間いただいてもよろしいですか?」
クエストを探していると受付の人が話しかけてくる。
「悪いけど後にしてもらえるか? クエストを受けて金を稼がなきゃいけないんだ」
「少しでいいんです。お時間をいただけるのなら先程依頼された明日張り出す予定のクエストをご紹介します」
「で、話って何?」
「変わり身が早すぎるぞ。まったく、現金な奴だな」
ふん、何とでも言え。金持ちのお前には分からんよ。
「ではこちらへ、パーティの皆様もご一緒に」
受付の人の誘導にしたがい、関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアの中に入っていった。
そして部屋の中にあるイスに座り向かい合わせになる。
部屋の中にはいくつもの書類がありいかにも仕事場といった雰囲気だ。
「では率直に聞きます。あなた方は何者なんですか?」
またえらくどストレートに聞いてきたな。
しかし……何者、か。
何といえばいいんだろう。本当のことを素直に言って信じてもらえるか?
でもこの人も神の使いらしいし信じてくれるか。
「俺は別世界から神によってこの世界に召喚されたんだ」
俺の発言に受付の人はやっぱりといった顔を、ついでに言うとソウラが驚愕の表情をしている。
「神様に……そんなことだろうとは思ってました。しかしなぜあなたを? はっきり言ってあなたからは何も特別な力は感じないのですが……」
はっきり言ってくれやがって。確かに俺には何の力もないし、この世界に来る要因も全く役に立たないけど。
「ゲームって知ってるか?」
「ええ、あのピコピコですよね?」
ピコピコって、この人一体いつの時代のゲームのことを言ってるんだ?
だがまあ知ってるなら話が早い。
「神とその使いの人たちがこの世界を模したゲームを作ったんだ。そしてそのゲームをクリアした人間をこの世界を救うために送り込んだんだ。それが俺」
「……なるほど。大体は理解できました。ではあなた方は神の使いなんですか?」
受付の人はナナ、ソウラ、アカネを一瞥し俺に尋ねる。
「さっき言った通りナナはそうだ。だがソウラは違う。この世界の人間だ。アカネは……神がこの世界を救うために作った子だ」
「作っ……た? あの神様は相変わらずすごいことをしますね」
「俺たちについてはとりあえずこれがすべてだ。他に何か聞きたいことはあるか?」
「聞きたいことはずばり一つです。神様と連絡を取れますか?」
「神と……連絡? 何でまた」
「私は……神様に騙されてここに来たんです!」
受付の人の声が部屋中に響き渡る。
おそらく神への怒りが抑えきれないほどあるのだろう。
「あの神様は私に仕事でこの世界に行くことを命令したんです。そこまではいいですよ。出張先が下界だと言うだけですから。だけどあの神様は、一度下界に降りると二度と天界に戻れないことを隠してたんです! そのことを私がここに着いたときに始めて伝えたんです!」
あの神、まさか部下をだましてたなんて、ある意味酷使するよりひどいんじゃないか?
「私はその時はこんな仕事放棄してやろうと思いましたよ。だけどあの神様は既定の年月ここで仕事をし続ければ特別に天界に戻してあげると言ったんです! だけど……ここで働いて50年、一向に神様から連絡がこないんです。この仕事も他の人たちに頼られている手前やめることもできませんし、神様に新しい人を寄越してもらうしかないんです!」
「熱弁してもらって悪いんだが、連絡する方法は俺たちも知らん」
「なっ!」
受付の人の顔が絶望に包まれていく。
そりゃそうだ。50年頑張ってきて、やっと解放されると思ってみたら無理だったと、これで絶望しないやつはいないだろう。
しかし神の奴、だますのは良くねぇよ。この人は50年も頑張ってきて…………50年!?
この人一体いくつだ!? そういえばナナも16歳ぐらいだけど10年間ゲームを作っていたって言ってたような……もしかしてナナって結構な年上!?
「私は16歳です。私は5歳の時に働かされていました。天界に労働基準法なんてありませんから」
俺の考えを察してかナナは、力の無い声で、遠くを見ながら憂いのある表情をしながら年齢を俺に教えてくれた。
「ナナも、大変だったんだな」
まさか5歳から働かされていたなんて、児童虐待もいいとこだ。
あの神はクズだな。あいつの言ったことは全部信用できな……ん? もしかして世界を救っても迎えに来る気ないんじゃ……
「そうですか。あなた方も知りませんか。しょうがありませんね。こちらが約束のクエストです。この中からお選びください」
「悪いな、俺も神の野郎に無理やり連れてこられた身、あんたの気持ちは痛いほどわかるが、力になれなくて」
「いえ、いいんです。私はここでいつか神様の連絡が来るまで仕事を続けていますから。でも、たまにお話ししてくださるとうれしいです」
受付の人は悲しみを帯びた笑顔を浮かべクエストの紙を差し出す。
俺は一向に悪くないはずなのになぜか罪悪感が湧き出てくる。
これも全部あの神の所為だ。
「それにしてもマサト、お前神に見初められたとは、すごいな」
「別に、なんもすごくねぇよ」
実際すごいことなんか何もない。俺はただゲームをクリアしただけだ。ステータスは貧弱の元引きこもり、俺が誰かより優れていることなんか何一つない。
神の野郎はモンスターの弱点を知っているとか言ってたがそれは役に立たないし、パーティのみんなやレイトは俺が賢いとか言ってるが、ライやゴーマがバカすぎてその対比で賢く見えてるだけだ。
俺は、客観的に見れば元の世界でもこの世界でも最底辺の人間なんだ。
俺たちはクエストを選びギルドを後にする。
ひどく気分が悪い。
俺はゲームをクリアしたという理由だけで殺されこの世界に来た。
ナナもあの神に5歳から11年も酷使されてきた。
アカネもあの神のせいでモンスターと化し長い間モンスターとして生きてきた。
受付の人も神に騙されこの世界に来させられ、50年もの間仕事をしてきた。
ソウラぐらいだ、神から何の干渉も受けてないのは。
そのソウラも家の問題でさんざん苦労している。
なんで俺たちがっていう気持ちでおかしくなりそうだ。
百歩譲って俺は引きこもりなんかして親を悲しませた、これがその代償なら少し思う所はあるが仕方ないとは思う。
だけどみんなは違う、ナナも受付の人も真面目に仕事をしてきた。ソウラも親の期待に応えようと必死だったはずだ。アカネなんか何もしてないんだ。ただ神の都合だけでモンスターになってしまった。
初めてだ、こんなに怒りを感じたのは。前の世界でもこんなに怒りを感じたことはない。神に殺された時よりも、アカネを押し付けられた時よりも、腹立たしい。
この世界を救った時、神が来るかどうかは分からない。だけどもし、神が姿を現すようなら、1発殴ってやらないと気が済まない。
お前に感謝した時もあったが、やっぱり俺は、お前が嫌いだ。




