第20話 「誓約」
「マサトオオォォォォ!」
ソウラが突然俺たちが止まっている部屋に走り込んできた。
鍵をかけているのでソウラはドアに思いっきりぶつかったようで、激しい音がした。
その音で俺とアカネは目を覚ます。
「なんだよソウラの奴、まだ6時じゃねぇか。アカネ、無視して寝てていいぞ」
「うん」
俺とアカネはソウラのことを無視し再び就寝に入る。
昨日命がけの戦いをしたんだ。今日ぐらいゆっくり寝かしてほしい。
「マサト! いるんだろ! 開けろ!」
ソウラはドアを激しく叩いている。
1分、2分、叩き続けている。
時折別の宿泊客の怒鳴り声が聞こえてくるがすぐに静かになっている。一体何をしたのか?
それにしてもナナはよく寝てられるな。
「お父さん、あけてあげたら?」
アカネがとても眠そうな顔をしている。
しょうがないな。
「ソウラ、今開けるから静かにしろ」
「やはりいたか! さっさと開けろ!」
「はいはい、今開けますよっと」
俺がドアのカギを外すとソウラは緊迫した表情をしている。
「マサト! ウチに来い!」
「…………は?」
何を言ってるんだこいつ。朝っぱらから、寝ぼけてるんじゃないか?
「おいソウラ、まずは説明しろ。アカネとナナが寝てるから静かにな」
「分かったすぐに説明する! いいかよく聞け! ライとの勝負、私たちは負けたことになっているのだ!」
ったく、静かにしろって言ってんのに全く声の大きさ変わってねぇじゃないかよ。そんなにでかい声出さなくても聞こえてるっつの。
ライとの勝負に負けたんだ…………ろ
「はああああああああ!?」
どういうことだ? 俺たちは確かにライよりも早くダルトドラゴンを倒したはず。ダルトドラゴンを捕獲した冒険者を見つけてから5分とかからずに倒した。ライが俺たちより早く倒したはずがない。
「何でそんなことになってんだ!」
「私だって今朝知ったのだ! 妙に親が上機嫌だから聞いてみたらライが勝負に勝ったからだと!」
「お前昨日家に帰って親に報告したんじゃなかったのかよ!」
「昨日の夜は親は仕事でいなかったのだ!」
「なら俺たちがランクアップしたことは言ったのか!? それ言えばいいだろ!」
「言ったさ! だがライの方が早く倒したはずだと言って聞かんのだ!」
「なんとか説得しろよ! 俺たちの苦労を水の泡にするつもりか!」
「説得するためにお前にウチに来いと言っているんだろう! 早く準備して来い!」
くそっ、なんだってこんなことに。
ライの野郎、マジ許せねぇ。
「出かけるの?」
「アカネはまだ寝てていい。ゆっくりしてろ」
「ううん、アカネもいく。ソウラお姉ちゃんがたいへんなんでしょ?」
アカネの表情は疑問と不安が入り混じったようになっている。
話を完全に理解したわけじゃないが、大変なことになったってことは分かったみたいだ。
「じゃあ準備しろ。すぐに出発するから」
「うん!」
アカネがせっせと準備を始める。
ナナは……寝かしてていいか。起きる気配が全くないし。
「準備は出来たな? ではすぐ向かうぞ!」
部屋にナナを残し俺たちは駆け足でソウラの家へと向かう。
「ここが……ソウラの家か?」
でかい、ギルドよりも5倍はあるんじゃないか?
お嬢様だってのは知っていたけど、まさかこれほどとは。
「では入るぞ。今屋敷内にいるのは父だけだ。母はいない。だが父を説得することができれば問題は解決するだろう」
俺たちはソウラの屋敷内に入るとおそらくソウラの父であろう人物が腕を組み立っていた。
「貴様が……マサトか?」
「は、はい。俺がマサトです」
「話はソウラから聞いているだろう。こっちへ来い」
怖え、ダルトドラゴンと対峙した時ぐらい怖いよ。
何あの目、思いっきり敵意丸出しじゃん。そんなに俺のこと嫌いかよ。
「マサト、気にするな。お前はいつも通り普通にしてればいい」
「いつも通りって、無理だ。怖すぎる」
「何をうちの娘とこそこそと話しておるか!」
突然ソウラの父が振り向き声を張り上げる。
「べ、別にこそこそとだなんて……」
「ふんっ、この部屋だ。さっさと座れ」
ソウラの父に言われソファーに腰掛ける。
「それでは、一応名前を言っておこう。私の名はゴーマだ。間違っても父様などと呼ぶな」
あれ、この人もソウラと同じでちょっとアホの匂いがするな。
「それでは単刀直入に聞こう。貴様はライよりも早くダルトドラゴンを倒したのか?」
「父様、朝から言ってるではありませんか! 私たちが早く倒したはずだと!」
「こいつに聞いているのだ! ソウラは黙っていろ!」
ゴーマの怒声が部屋中に響き渡る。
「それでどうなのだ? 貴様が早く倒したのか?」
ゴーマは俺をにらみつけてくる。
声に出さなくても分かる。倒してないと言え、と目が言っている。
これは素直に早く倒したと言っても聞き入れてもらえそうにないな。
「率直に言うと、分かりません」
「何?」
俺の返答にゴーマだけでなくソウラも疑問の表情をしている。
「マサト! 何を言っている!」
「いいから黙ってろ。ゴーマさん、昨日俺たちはランクアップしました。それは確かです」
「ふん、まあそうだろうな。ソウラがランクアップしているのはカードで確認したからな。だがライもすでに昨日ランクアップしている。これもゆるぎない事実だ」
「俺たちとライは昨日ランクアップした。だからこそこの勝負、どっちが勝ったのかはもう誰にも分からないことです」
「お前たちが倒した時間を言えばいいだろう。ライからも時間を聞けばそれで証明できる」
「悪いですが俺はあなたと、そしてライのことを信用できません」
「なんだと?」
ゴーマの表情がより険しいものになっていく。
目に見えて怒っている。
「信用のできないライの倒した時間を俺たちは信用できない。そしてあなたも俺がこの勝負に勝つと不都合、だから俺の倒した時間も信用できない。したくないと言った方が正しいですかね」
ゴーマの顔が直視したくないほど怒りを増していく。
人間ってこんな表情出来るんだな。
「どちらも時間を信用できないのなら、早く倒したかどうかを証明することは不可能です」
「勝負事において不正などしない! 貴様、俺のことを愚弄する気か!」
「勝負を受けた時、俺のレベルは2でした」
「何?」
「ナナのレベルもアカネのレベルも2でした。ソウラのレベルは3でした。それに対してライのレベルは5、パーティのレベルは俺たちと同じぐらいだったそうです。どっちが不利か、分かりますよね?」
「貴様、何が言いたい?」
「簡単なことです。自分に有利な勝負を持ちかける奴の言葉など、信用に値しないということです」
「……………………」
沈黙が流れる。
俺が言った言葉、あれは勝負を完全に収束させてしまった。
どちらの勝利でもない、という結果に
この沈黙を最初に破ったのは、ゴーマだった。
「もう一度、勝負だ」
「勝負内容は? 両者公平に思えない勝負は受けませんけど」
「先にランクアップした方の勝ちだ。貴様たちはライよりレベルはすでに上だと聞いた。文句はあるまい」
こいつ、それしかないのか?
まあでも、こいつのこの口ぶり、ライが冒険者を雇ったことを知ってるな。だから今度こそ確実に勝てると、思慮が浅いねぇ。
「それでいいですよ。だけど1つ、お願いがあります」
「お願い、だと?」
「簡単なことです。たとえ俺たちが負けても、ソウラがパーティを抜けられるようになるまではパーティを続けさせてくれませんか?」
「それはつまり、半年間はパーティを組み続けるということか?」
ゴーマの言葉に俺は軽く笑顔を見せる。
「なるほど、まあ良かろう。貴様がこの勝負を受けてくれるのならな」
「ええ、この条件をのんでくれるのなら」
「分かった。ライには私から伝えておこう。約束は守れよ」
「もちろん。なんなら誓約書を書きましょう。紙とペンありますか?」
俺はゴーマから紙とペンを受け取り誓約書の内容を書く。
マサトのパーティが先にランクアップした場合今後一切ソウラのすることに対し何も言わないこと。ライのパーティが先にランクアップした場合、ソウラはマサトのパーティを抜け、ライと結婚すること。ただしソウラがパーティを抜けられるようになるまで待つこと
これを破った場合違約金として全財産+100万Gを人生をかけて支払うものとする
「うむ、問題ないだろう」
ゴーマは誓約書に判を押し、その後部屋を出てどこかへ向かった。
おそらくライの所へ行き勝負内容を伝えに行ったのだろう。
それにしてもよかった。日本語で書いたつもりだけど伝わったみたいだ。言葉も今まで通じてきたみたいだし、この世界は日本と同じ文字らしい。それとも神の奴が何かしたのかな?
今度ナナに聞いてみよう。
「マサト! どういうことだ!? あんな勝負を受けるなど、今度こそ勝ち目などないぞ!」
ソウラが不安と焦りの表情をしている。
「ソウラ、落ち着け。これでお前はもう自由だ」
「…………どういうことだ?」
「誓約書に書いたろ。ソウラがパーティを抜けられるようになるまで待つことって」
「それが……どうした?」
ここまで言って分からないか、やっぱりソウラはバカだな。あとこんなアホみたいな罠に引っかかったゴーマもすごいバカだな。
「お前がパーティをずっと抜けられなくなればいい」
「そ、そんなことが可能なのか?」
「名前だよ。俺たちのパーティに名前を付ければいい。そうすれば俺たちは一生このパーティでいなければならない」
ソウラは俺の言ったことを理解しようと数秒間固まっている。
「アカネ、これでソウラはずっと俺たちの仲間だ。良かったな」
「ほんと!? よかったね、ソウラお姉ちゃん!」
アカネがソウラに笑顔を向ける。
この笑顔を見ると心の中の邪気が全て無くなっていくのが分かる。
「マサト……本当に……私はもう自由なのか?」
「契約上そうなっている。この誓約書には半年間ではなくパーティを抜けられるようになるまでと書いている。つまり半年たとうが1年たとうがパーティを抜けられなけりゃ問題ない。それにゴーマが半年間パーティを組み続けるということか、と聞いたとき俺は軽く笑顔を見せただけで肯定してない」
ナナがここに居なくてよかった。もしいたら屁理屈だなんだと言ってきたかもしれない。
まあソウラのこともあるしこの誓約を反故にしようとは言わないだろうけど。
「じゃあさっさと帰るぞ。宿屋でナナと一緒に名前を考えよう」
俺たちは宿屋へと向かっていった。




