第15話 「ライとの勝負」
「……もう朝か」
俺は宿屋のベッドの上で目を覚ます。ナナとアカネはまだ寝ている。いつもどおりなら起きるのにあと2時間はかかるだろう。
最近すごく規則的な生活をしている気がする。本来の俺はすごく真面目なのかもしれない。
そう思いながら俺は宿屋を出て朝の運動を行う。
最近俺は朝のランニング及び剣の素振りを始めた。
俺の基礎ステータスが低いのは単純に長い引きこもり生活のせいで体が貧弱のせいだ。
ソウラを見ていればこういった訓練はステータスも向上するし剣の扱いも良くなるのが分かる。ちなみにアカネの剣を借りている。
素振りを始めた時はアカネは片手で持っていた剣を俺は両手で持っても上手く振れず落ち込んでいたが今では上手に触れている。
微々たるものだがステータスも向上した。
この調子で続けて行けば、ソウラに及ばないまでも、俺のネットで見た護身術知識もライのような弱い奴以外にも使えるだろう。
「そろそろ9時か。2人ともそろそろ起きる時間だな」
俺は急いで部屋に戻る。
以前俺が戻る前にアカネが起きた時は大変だった。大泣きとはいかないまでも、泣いてしまった。
俺のことはまだ本当の父親だと思っているから俺がいないとナナがいても不安なんだろう。
「2人とも、起きてるか?」
俺がそーっとドアを開けると2人はまだ寝ていた。
アカネとナナが同じベッドで寝ている。まるで姉妹のようだ。
俺とアカネも傍から見ると兄妹に……いや、事情を知らないやつが見たら犯罪者だと思うな。
ナナとだったら見た目の年齢も近いしもしかしてカップルに見えたりとか……ないな。
「2人とも、朝だぞ。そろそろ起きろ」
「んっ、マサトさん、おはようございます」
ナナが寝ぼけ眼で挨拶する。
そして同時にアカネも目を覚ます。
「お父さん、おはよう」
アカネはナナとは対照的にすっきりとした顔つきで挨拶する。
「おはよう2人とも」
起きたアカネとナナは顔を洗い着替え始める。
もちろん俺は外に出ている。
2人が着替え終わると俺は部屋の中に入り一緒に朝食をとる。
そして少しの間ナナとアカネと会話をした後にギルドに向かう。
「おお来たな。最近は遅刻もなくて感心だ!」
俺たちがギルドに入るとすぐ目の前にソウラが立っている。
こいつはいつもドアの前にいるがずっと待っているのかな?
「ようソウラ。お前はいつも早いな」
「何を言う、これぐらい普通だ。それに他の冒険者はすでにクエストに向かっているぞ」
なんだと!? そういえばいつもこのギルドって人が少ないな。ヴァテックスが来たときはすごい数だったけど。
「10時に集まろうって言いだしたのはソウラだよな?」
「あの時は私もどれくらいに来ればいいか知らなかったからな。この時間が遅いことは最近知ったのだ」
「……明日からもう少し早く集まるか?」
「私はいつでもいいぞ。早朝だろうと深夜だろうといつでも来い」
ソウラなら本当に平気そうだ。
「私は、頑張ります」
ナナはすごく不安そうな顔をしている。
ナナは平均9時起きで、早く起きても8時半ぐらいだからな。9時集合でもちょっと心配だな。
「とりあえず明日は9時に集合にするか。アカネ、ちゃんと起きられるか?」
「うん、たぶんだいじょうぶ」
多分か、アカネは今でもちゃんと起きれてるから大丈夫だろう。
「それじゃあ明日の話はこれまでにしてとりあえず今日の話だ。今日はどんなクエストにしようか?」
「ダルトドラゴンを倒しに行かないか?」
ソウラが少し大きめの声で何かを言っている。気のせいだろう。
「とりあえずヘルドッグも楽に倒せるから大抵の小型モンスターのクエストはできるだろうな」
「そうですね。採取の方が安全ではありますけど、レベルを上げるためにも討伐の方がいいかもしれませんね」
「無視するな!」
ソウラが声を大きくして叫ぶ。
「お前なあ、今の俺たちに倒せるわけないだろ! ダルトドラゴンは普通ならレベル10ぐらいのやつ3人くらいで倒しに行くモンスターだぞ!」
「そうですよソウラさん。さすがにダルトドラゴンは私たちにはまだ早すぎます」
なんだって平均レベル2で序盤のボスに挑まなくちゃいけないんだ。
「それは……私だって分かっている。分かっているさ……」
ソウラの表情はこれまでにないほど険しい。
これは、何かわけありか。
「何を、隠している?」
ちょっとストレートに聞きすぎかな? だけど元引きこもりの俺にはうまく聞き出すなんてコミュ力がないからな。
「い、いや何も隠してなどないぞ。馬鹿なことを言って悪かったな。今日のクエストを選ぼうか」
ソウラは明らかに動揺している。
そんなんで隠せてると思っているのか?
「ソウラ、何か事情があるんなら言ってみろ。理由次第じゃダルトドラゴン討伐も考えなくはない」
「ちょっ、マサトさん!? いくら事情があっても今の私たちにダルトドラゴンはちょっと……」
「本当に何もないさ」
「そうか、ならいい…………今日はお前がクエスト選んでいいぞ」
「すまないな」
「別にいいさ。仲間だろ」
俺たちは無言で掲示板の前まで行く。
そしてソウラがクエストを選ぼうとするときにあの男、ライがやってきた。
「マサトオォォォォ! いるかあぁぁぁぁぁぁ!」
騒がしい奴がやってきたな。何で俺のところに来るんだ? 俺あいつになんかしたか? したな。
「なんだよ、俺になんか用か?」
ライが俺に指を指し大きな声で宣戦布告してくる。
「お前よりも先にランクアップして必ずソウラを俺の物にしてみせるからな! そのために仲間だってそろえた! お前なんかにゃ負けねぇぞ」
見るとライの後ろに女が2人と男が1人いる。
これがあいつの仲間か。
「おいソウラ、こいつは何を言ってるんだ?」
聞くとソウラは深いため息をついて答える。
「ライの馬鹿者め。しょうがない、説明するしかあるまいな。ライ、お前も来い!」
ソウラはライの服を掴み酒場まで連れて行きイスに座らせる。
「どうしたんだソウラ? こいつらにまだ説明していなかったのか?」
「静かにしていろ! まずは私から話す」
俺たちはイスに座りソウラの話を聞く。
「実はだな、私とこいつは両親にある勝負をさせられているのだ」
勝負? そういやライの奴が俺には負けないぞとか言っていたっけな
「その勝負というのがどちらが先にランクアップできるかというものだ」
なるほど、だからソウラはダルトドラゴンを倒しに行こうって言い出したのか。
「それで、もしも私がその勝負に負けることがあれば冒険者をやめることになってしまったのだ」
は? ソウラが冒険者をやめる?
「お前が冒険者をやめるってどういうことだよ! 何でそんなことに……」
「こいつが私の両親にあることないこと吹き込みおってな。そのせいで私の両親がお前のことを敵視しているのだ」
「事実しか言って無いだろう。ソウラのパーティが貧弱装備の貧乏人なのは本当のことだろ」
ライの奴がへらへらしながら喋る。
「お前は黙ってろ! それでな、両親は私にそのパーティを抜けろと言ってきた。当然私は反抗した。半年間パーティを抜けられないし、何より私はお前たちと一緒に戦いたいからな」
ソウラの奴、そんなに俺らの事大事に思ってくれているのか。
「だが両親はそれなら冒険者をやめろと言ってきた。そしてライとさっさと結婚しろと」
ソウラの表情がどんどん険しいものになっている。
「そのときに私の侍女が提案してくれたのだ。私のパーティが相応の実績を上げれば問題ないのではないかと。それでライと勝負をすることになったんだ」
なるほどな、確かライのレベルは5、俺たちよりは早くランクアップするだろうと思ってそんな勝負を持ちかけたのか。
「そして俺はこの勝負を確実なものにするために仲間を集めた。これが俺の仲間たちだ」
ライがそう言うと3人が自己紹介をする。
「どうも、私はライ様のパーティの魔法使い、シックと申します」
「私はライ様の護衛役のシズクと申します」
「僕はモンスターの殲滅を担当するミリトです」
「「「マサトさんとパーティの皆さま、今後ともよろしくお願いします」」」
3人が深々と頭を下げ挨拶する。
礼儀正しいなあ。ライのパーティとは思えん。
「あっ、ご丁寧にどうも。こちらこそよろしくお願いします」
ナナも3人同様に頭を下げる。
「よろしくお願いします。ところで皆さんのレベルはどれくらいなんですか?」
3人とナナに流されてつい敬語になってしまった。なんか俺の場違い感半端なくないか?
そんなことを思っていると魔法使いのシックが代表して答える。
「私たちのレベルは3人とも2です。先日ライ様からパーティに誘われるまでは使用人だったもので」
3人とも2か、ライが5とはいえくそ雑魚だからランクアップは普通にモンスター倒してたら俺たちと同じぐらいじゃないのか?
「お前たち! 敵に情報を与えてどうする!」
「「「申し訳ございません」」」
ライが怒鳴り3人は淡々と謝罪する。
なんか慣れてるみたいだな。3人同時にハモってたよ。
「もう話は終わりでいいだろう。俺たちはダルトドラゴンを倒しに行くぞ!」
そう言いライと3人が立ち上がる。
そのまま外に出るのかと思ったらライの護衛役と言っていたシズクがライに気づかれないように俺に囁く。
「ソウラお嬢様の為に勝ってくださいね」
「おいシズク! さっさとしろ!」
「はい、いますぐ」
ライに呼ばれ駆け足で外に出るシズク。
「マサト、シズクに何か言われたのか?」
ソウラが心配そうに聞いてくる。
「別に、向こうも一枚岩じゃないってことだ」
ライの奴部下に全然慕われてないな。しかもあいつさっきダルトドラゴンを倒しに行くって言ってやがったよな。レベル5で倒しに行くなんて自殺行為にしか思えん。
「とりあえず事情は分かった。ソウラ、これから3日間レベル上げだ」
「マ、マサト……」
「あいつらのレベル的にダルトドラゴンに勝つのは不可能だろう。俺たちはソウラの為にもランクアップをできるだけ早くするが、それでも安全第一だ。それでいいな、ソウラ」
「あ、ああ。だがいいのか? 私の為に……」
ソウラが申し訳なさそうな顔をしている。
お前はそんなキャラじゃないだろ。
「お前がいなくなったら困るんだよ」
「そうですよソウラさん。あなたは私たちの大事な仲間なんです」
「ソウラお姉ちゃん、いなくなったらやだよ」
「マサト、ナナ、アカネ……ありがとう」
ソウラが泣きそうな顔で礼を言う。
「礼なんかよせ。これは俺の為にやることだ。それにお前がいなけりゃ俺たちはギルドにも入れなかっただろうしさ」
「ふふっ、マサト。それは以前私の言ったことのマネか?」
ソウラが目を涙でにじませ笑いながら答える。
ソウラ、お前は俺の仲間だ。今も……そしてこれからも




