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ナナの話

 私の名前はナナ、この天界に天使と生まれ今日この日、なんと神様のもとで働くことになりました。

 神様のもとで働けるなんてどれだけ名誉なことだろう。

 なんでも今は一つの世界を救うために多くの天使たちが奔走しているらしく、私の力なんかも必要としてくれている。

 私は天使として下界に暮らす人々の幸せのためにこの身を捧げることを使命とする存在、与えられた仕事を全うすることはあらゆる人間を救う結果となる。

 名誉ある天使の仕事に従事できることにこの上ない喜びを感じながら、私は晴れ晴れとした気持ちで職場へと向かいます。

 どうか私のすることが少しでも人々の幸せになりますように……。


     *


 なんて思っていた時期が、私にもありましたっけ。

 私は今、ゲーム制作の仕事に携わっている。これは危機に瀕している世界を模したゲームであり、このゲームを攻略した人間を異世界に転生して救ってもらおう、という話だ。

 最初のころは神様の考えることだしきっとこのゲームが世界を救う大きな要因になるのだろうと思っていた。けど今はこんな仕事、ばかばかしいとさえ思っている。

 だってモンスターの弱点をゲームをよくするために変えちゃってるんだもん。

 これじゃ意味がない、今からでもゲームの仕様をあの世界に限りなく近づけるべきだと、私を含め多くの天使が違憲したことがある。けどゲームとしてのクオリティが高くないと人々に遊んでもらえない。

 多くの人に触れてもらってこそ有望な人材を集めることができると言われ、渋々この仕様でゲーム制作は続いていくこととなった。

 それだけでも神様への不信感に繋がっていたのだが、決定的なことが起きた……というか起き続けた。


 まず第一に仕事時間。下界でいうブラック企業も真っ青な劣悪な環境だった。

 一日の作業時間は下界換算で20時間、私たちが天使でなければ1年もしないうちに死んでいる。

 さらに神様から相次ぐ仕様変更の要求、ゲーム発売時期の早期化、それらに対する見返りは一切なし。天使なんだから下界のために働けることが見返りだよね、そう言い放つ神様は仕事を手伝ってくれたことは一度もなかった。

 もう私ね、疲れたよ。

 下界で暮らす人たちには申し訳ないけど、この作業やめたい。

 ただひたすらに引きこもって眠ってしまいたい。

 まあ天使として生きる私はこの場所から逃れる術なんかないけど。


 そんなこんなでいろいろあったゲーム制作は、私が働き始めて9年という歳月で完成、発売にまでこぎつけることができた。

 幸いにも下界ではこのゲームは大人気を博し、世界で最も売れたゲームとなったのだが、そこからも地獄の日々は続いた。


 ゲームをクリアした人が世界を救うに値するかどうかを判断するため、私もプレイヤーとしてゲームをプレイし、多くの人々と関わることになったのだ。

 その為に一日の大半……今まで通り20時間もの間ゲームをプレイし続けていたのだ。

 しかもただプレイするだけではない。一つのアカウントでやり続ければほかのプレイヤーから疑念の目を向けられるとのことで、複数のアカウントを用いてそれほど強くない、当たり障りのないプレイを心がけるよう言われたので、はっきり言ってつまらない。

 しかも中にはマナーの悪いプレイヤーがいて、ゲームクリアに近い人に話しかけてみるのだが、装備が充実していない、そんな理由でパーティは断られ、それだけならまだしも、雑魚が俺とパーティ組めると思うんじゃねえよ、私はあなたなんかとは違うのよ、話しかけんなボケ、死ね、ひどい言葉を浴びせられたりした。

 なんで話しかけただけなのにここまで言われないといけないの?

 私は下界の人たちのために一生懸命働いているのに、どうして誰もほめてくれないの?

 何もかもが嫌になって、もういっそこのゲームのサーバをぶっ壊して、全部のデータを初期化してやろうかとも思った。

 そんな考えを持っても、天使である私には行動に起こすことすらできないのだけど。


 …………もう無理。

 もうやってられないこんな仕事なんてどうでもいい!

 ゲームを壊すことができないんだったらここのプレーヤーたちでストレス発散してやる!

 今まで私に対して冷たい言葉ばかり言ってきたんだ! 

 プログラムを多少いじることはできるし、できる範囲で好き勝手してやる!

 そう思い立って一旦ゲームからログアウトしようとしていると、


『そんなとこに突っ立ってどしたん?』


 私に一人のプレイヤーが話しかけてきた。私が今いるエリアは上級者用のエリアで、ほぼ初期装備の私に話しかけてくる人なんかいなかったのに。

 見るとその人はかなり強そうな装備で、いかにも上級者という風貌だ。

 ……なんだろ、モンスターに負けたストレスでも私にぶつけに来たのかな?

 じゃあ最初にこの人でこっちがストレス発散してやろう。まずはその装備を奪ってやる。

 アイテムも全部初期化してやる。たった一人のプレイヤーのデータ改ざんくらいならやってやれないことはない。

 そう思い、まず話しかけてきたプレイヤーの名前を確認しようと……。


『その装備初心者っしょ? なら一緒に狩りにでも行かね?』


 …………え?


『あー、チャットのやり方わかんない?』


『あ、いえ、大丈夫です。話しかけられてびっくりしただけです』


『そっかそっか。で、狩りに行く?』


『いえその、いいんですか?』


『いいってなにが?』


『だってほかの人は、雑魚が話しかけんなって』


『あー、そういうやつもいるか、最近は初心者が来ること多いからな』


『……あなたのお邪魔になりませんか?』


『いやいや気にすんなって。ただここは初心者には無理だろうから、もう少し前のエリアのモンスターを狩りに行こう』


『あ、はい』


『このゲーム面白いけど、初心者でも上級者でも、だれでもどこのエリアに行けるってのは初心者殺しだよな。それで強いモンスターに瞬殺されてクソゲー扱いするやつもいるしさ』


『そうなんですね』


『ま、それで初心者に話しかけられまくってうざったいっていう奴いるけどよ、誰かを邪魔扱いするの、あんまいい気分しないだろ?』


『……たぶんそれ、少数派ですよ』


『なんだよなぁ。実際は君みたいに邪魔扱いされる初心者が多くてな、ああいうの見てるだけでも気分悪いんだけど、他の奴らはそう思わないもんなのかね』


『ゲームの世界なら、何やってもいいと思ってるんじゃないですか?』


『ゲームをやってるのも、同じ人間なのにな』


『……ですよね』


 ああ、私は、なんて最低な天使なんだろう。

 今までマナーの悪いプレイヤーをたくさん見てきた。罵詈雑言を浴びせられたりもした。

 けどそんなのは一部のプレイヤーだけで、ちゃんと良識のあるプレイヤーもちゃんといる。

 邪魔と思っても相手を不快にさせないようにする人もいるし、邪魔だなんて思わずに一緒に狩りに行ってくれる人もいる。

 なのに私は、自分の環境が嫌すぎて、一部のプレイヤーだけを見てストレスをため込み、あと少しのところで何の罪もない良識あるプレイヤーに八つ当たりしようとした。

 私は自分が恥ずかしい。

 こんな私が天使なんて……。


『ここらへんでやるか。回復アイテム無くなったら言ってくれな』


『ありがとうございます。あ、私の名前はセブンです。よろしくお願いします』


『俺はマサト、よろしく。よかったらフレンド登録しておくか?』


『はい、ぜひお願いします』


 私の中には罪悪感でいっぱいになって、マサトというプレイヤーとモンスターを狩っている途中、少し涙も流してしまった。


     *


 ゲームをプレイしてから1年ほどが経った。

 これほど時間が経てばほとんどのモンスターは狩り尽くされ、中にはあと数体を倒せばゲームクリアという人間が出始めた。

 その中には私に初めてゲーム内でやさしい言葉をかけてくれたプレイヤー、マサトさんもいた。

 このマサトという人はあれからも私と一緒にクエストに行ってくれて、このセブンという名のアカウントはマサトさんと交流するためのものとなっている。

 苦痛だらけのこの仕事ではあるけど、マサトさんと一緒にクエストに行っている時だけは純粋に楽しむことができた。

 複数のプレイヤーを見る必要があるために月に何度かしか一緒にプレイできないけど、それだけでも私にとっては十分な癒しだった。

 そんなとき、今の私が一番嫌いな存在が話しかけてくる。


「やあナナ、調子はどうだい?」


「何の用ですか神様?」


「もうすぐクリアしそうな人がいるからさ、リスト作ったから異世界に送る人を選別しといて。明日までによろしく~」


「……そこに置いといてください」


「はいっと。んじゃ頼んだからね」


 神様は雑に私のデスクに紙を置いた。

 正直破り捨てたいけど、これは重要な仕事ではあるからそうするわけにはいかない。

 私は一旦ゲームからログアウトして、神様の持ってきたリストに目を移す。


「……量が多すぎですよ。小分けにして持って来いってんですよ」


 神様への愚痴をこぼしながらリストを眺め、選別を行う。


「この人はゲームマナーが悪いからダメ、この人もダメ、この人はよさげですかね。×、×、〇、×、×、×……」


 リストの選別をほとんど終え、これからその人の人生調査に入る。

 ゲームの実力が高くマナーがいいとはいえ、これは世界を救う人間の選別なのだ。実際に人間としての能力も高くなければ意味がない。

 だからこの作業も非常に時間がかかるので、正直辟易としている。


「この人は…………ダメかな。この人も、ダメ。この人も…………」


 リストにいる人間の選別は一日がかりで行われ、その結果なのだが。

 該当者0。

 誰一人として世界を救うための存在にはなりえないというのが私の見解だ。

 まあゲームクリアしそうな人は一日中ゲームをしているような人間だ。その中に適性者がいるとは思えない。

 これを神様に送りつけてやろうっと。

 ……………………この人も、調べないとかな。

 リストの選別はほぼすべて行った。そう、ほぼすべて。

 私は意図的に一人のプレイヤー、マサトさんは人生調査を行っていなかった。

 その理由は、危険な目に合わせたくないから。

 たとえ適性のある人といえど異世界での戦闘は危険を伴う、だから私は、この人は異世界に連れて行きたくなかった。

 ほかに適性のある人がいればこの人を選ぶ必要がなくなる、

 だからあえて、この人の人生調査だけはしていなかった。

 けど……誰も該当者がいないのなら、調べるしかないよね。

 まあこの人も他の人と同じで、一日中ゲームをしているわけだ。

 期待はしていない。むしろ幻滅してしまうかもしれない。

 この人は所詮こんな人間だったんだと、そう思ってしまうかも……。


     *


「う……うぅ……」

 私は涙が止まらなかった。

 ほかの人の人生を見ても、こんな気持ちにはならなかった。

 けどこの人の人生だけは、感情を動かさずにはいられなかった。

 どうして、どうしてこの人はこんなにもつらい人生を送らなければいけなかったの?

 なんでこの人が、いじめなど受けなければいけなかったの?

 そこに深い理由などない。

 マサトさんが何かをしたわけではない。だれに迷惑をかけたわけではない。

 それどころかこの人は、いじめを庇ったのだ。

 いじめられた人を庇って、数か月のいじめを耐えていじめっ子たちが次のいじめられっ子を選べと無茶なことを言った時も拒否し、さらなるいじめを受け続けて。

 その結果、引きこもりになってしまった。

 つらい人生だったはずなのに。

 性格が歪んでしまってもおかしくない人生だったのに。

 ゲームでやさしい言葉をかけてくれた。

 あの人のおかげで、私は道を踏み外すことがなかったし、日々の生活に楽しみさえ見出すことができた。

 この人は、幸せになるべきだ。

 そしてこの人は、あの世界では幸せになれない。


「……正田勇人、プレイヤーネーム、マサト……適性、あり」


 リストに唯一〇をつけた紙を、私は神様に送った。


     *


「一人だけかい? もっと有力な人もいたと思うけど……」


「この人だけです! この人こそ、異世界に送るべき人間です!」


「そ、そこまでかい?」


「はい! ……それと、一つお願いしてもいいですか?」


「ん、なに?」


「マサトさんのお供は、ちゃんとやる気のある天使を送ってください」


「え? ていうか、やる気のない天使なんているのかい?」


 あなたのせいでね!


「残念ながらそういった人たちもいるのが現状です。だからこそ、危険な異世界に送られるマサトさんのお供は、自分の意志で行きたいと思う人に行かせたいんです。お願いします、間違ってもくじ引きなんて馬鹿な方法で決めないでください」


「ど、どうして天使の選別方法を知って……」


「あなたの考えることくらいわかります! 適当に決めていいときと悪いときがあるのをわかってください! これは適当に決めてはいけないことです!」


「わかったよ。わかったから落ち着いて」


「約束ですよ!」


「もちろん約束する。まずは希望者を募り、複数人集まった場合のみくじ引きしよう」


「ではそれでお願いします」


 私は神様に念入りに、それはもう念入りに言った後、マサトさんのゲーム状況を確認しに行く。


     *


「神様」


「どうしたんだいナナ? ゲーム運営はもう必要ないから休暇を与えたはずだけど」


「天使の選別、どうやりました?」


「……もちろん、まずは希望者を募って」


「神が嘘をついていいと思ってるんですか!」


「ひっ……いや待って、希望者は募ったんだよ。募ったけど、危険な世界にわざわざ行きたくないって子ばかりでさ、いやまったく、ナナの言う通りやる気のない天使ばかりで困ったものだよ。だからどれだけ嫌がっても強制的に行かせてやることを決めて……」


「私言いましたよね! 適当に決めないでくださいって!」


「て、適当じゃないよ。だって希望者がいなかったものはしょうがないじゃないか。僕だってみんなを説得したんだよ!? それでもダメだったんだから、しょうがなく……」


「そもそも、お供を決める前にマサトさんを殺して転生させるとか何を考えているんですか!」


「そ、それはだって、彼を転生させることは決まったことなんだから……」


「最低限の準備はしておく必要があることぐらいわかるでしょう!?」


「だ、だってだって、すぐにでもあの世界を救わなきゃって思ったからさ、善は急げっていうじゃん?」


「あなたの行動はもう善でなく悪なんですよ! 少しはマサトさんの気持ちを考えてあげてください! この馬鹿!」


「ば、馬鹿って……そこまで言うことないだろ! 僕だって頑張ってるんだよ!」


「あなた以上に頑張ってる人が大勢いるんですよ! 特にマサトさんはこれから危険な世界で頑張らないといけないんです! そのために少しくらい考えたらどうなんですか!」


「僕だっていろいろ考えてるよ! もう、そこまで言うんならナナがマサト君のお供になればいいだろ!」


「私がお供にってなにを言って……! え?」


 私が、マサトさんのお供として下界に降りる?


「えじゃないよ! そこまで文句言うんなら君が下界に下りればいいさ!」


「で、でも、私は戦闘タイプの天使じゃ……せいぜい回復魔法ぐらいしか」


「回復ができれば十分だよ。そもそもサポート役として送るんだから、そこまでの戦闘能力は期待してないよ!」


 私が下界に降りてマサトさんのお手伝いをする…………アリですね。

 この馬鹿神様はおそらく売り言葉に買い言葉で言ってしまっただけだ。本来なら戦闘もできて回復もできる人を送るのが世界にとって最善であるというのに。

 特に考えなしのその提案、乗らせてもらいましょう。

 元々私はマサトさんに世界を救ってもらおうという気はあまりありません。

 ただ幸せになってもらいたいだけですから。


「わかりましたじゃあ私がマサトさんのお供になります! それでいいですね!?」


「ああいいさ! すぐに送ってあげるよ!」


 一度下界に送られれば目的を果たすまで天界には戻れない。

 願ったりかなったりだ!


「じゃあこれでサヨナラですね神様! いままでありがとうございました!」


 思ってもいない感謝の言葉を述べて、私は天界という地獄から解放され、マサトさんのお供という立場を得ることができました!


     *


 冷静に考えてみると、私はいったい何をしているんだろう?

 そもそもマサトさんを異世界に送ろうと思ったのは幸せになってもらいたいからだ。

 そのためにやる気のある天使を送ってもらおうと思っていたけど、そもそも実力がないとこの世界で幸せになれないんじゃないか?

 だってモンスターはびこるこの世界では、ある程度の力を持っていなければまともな生活すら送れない可能性が高い。

 なのに、神様との口喧嘩で冷静さを失っていた私は、私がマサトさんのお供になれるという甘言を真に受け、こうして下界に降り立ってしまった。

 いやなにやってんの、私なんかがお供になっても何か役に立てるの?

 戦闘なんか経験ないし、攻撃魔法だって弱いのしか使えない。

 こんな私はマサトさんに迷惑をかけてしまって、幸せにするなんてこともできないに決まってる。


 ……申し訳ない。マサトさんに申し訳なさ過ぎて、涙が出てきちゃう。

 今からでも神様に天使を送ってもらったほうがいいのではないか?

 使い物にならない私はお払い箱になってこの世界をさまようことになるだろうけど、マサトさんのためを思えばそのほうがいいに決まっている。

 そうだそうしよう。あの神様に謝罪するなんて死んでも御免だけど、背に腹は代えられない。

 マサトさんのために……。


「あ……」


 神様に呼びかけようとしたときに、マサトさんが視界に映った。

 あの人がマサトさん、私が幸せにしてあげたいと思った人……。

 無意識のうちに近づき、思わず話しかけてしまった。


「あ、あの、マサトさんですよね?」


 ほかの人には任せたくない。

 この人の幸せを願える人こそ、お供になるべきだ。

 私はそう開き直り、この世界でマサトさんと共に生きていくことを決めました。

書いてみたくなったのでナナの話、というかこの作品の前日譚のようなものを書いてみました。

今後ももしかしたらほかのキャラをメインに話を書いてみるかもしれません。

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