最終話
俺はすべてを終えた。
神の願いは……叶えることが出来なかった。結局、俺はマキナを止めることはおろか、一矢報いることすらなくその生涯を終えた。
それでも満足してしまった。最後にマキナの体に触れられたこと、機械の体に温もりを感じられたことに俺は、この上ない幸福を感じた。
むごい死に方だったはずなのに。あのままでは世界が崩壊してしまうというのに。俺は幸せを感じ、死んだ。
きっと傍から見れば、ロクでもない人生だっただろう。日本にいたころは引きこもっていたのだから幸せなはずもなく、この世界でも、かけがえのない仲間を得ることは出来たが、幾多もの困難を経験した俺の人生を、羨ましいなんて言うやつはいない。むしろ同情されてしかるべき人生だ。
しかもそのかけがえのない仲間も、結局は救うことが出来なかった。
俺が死んだことによりマキナは世界を崩壊させ、ナナもソウラもアカネも、そしてアナも、その存在を抹消させられたことだろう。非常に心が痛むことだ。
あの4人の死にざまを考えるだけで、俺は涙が自然と出てくる。それほどまでに大事な人だったのだ。しかもそれを、俺の好きな人が実行する。何という仕打ちだろうか。
世界中の人に問いたい。俺より不幸な奴が、存在するのだろうか?
……まあ、存在はするだろうな。世界は危険に溢れ、俺以上に過酷な状況下にいた奴もいるだろう。日本に引きこもりだって大多数いるし、仲間を得ることが出来た俺はそいつらから見れば幸せなのかもしれないな。
そう考えると俺の人生はそう悪い物でも……あるな。
そうだよ、俺以外の人間が不幸だからって、相対的に俺が幸せというわけではない。
うん、俺は不幸だ。いかに幸せを感じ死んだのだとしても、人生をすべて振り返ってみると、それはそれは不幸な人生であった。
それでもよくやったと思うよ?
そこそこ頑張って、傷ついても立ち上がってさ。モンスターを斬っては斬りまくり、斬っては斬りまくり、あの世界では総合的な戦闘力では高い部類だっただろう。
だからさ、何かご褒美があっても不思議ではないと思うんだ。
贅沢は言わない。世界そのものが欲しいとか、俺を神にさせろとか、そんな大それていてバカげたことなど、願ったこともないから。
俺の願いは、ささやかでもいいから、ただ普通が欲しかった。普通に暮らして、普通に仲の良い友達が出来て、普通に好きな人が出来て、普通に失恋して、普通に誰かと結婚する。
叶うのならそんな普通の人生が、俺が望んでいるものだ。
次に目が覚めた時に、どうか普通が手に入っていますように。
*
人間の世界、そこはほぼ壊滅、そう言っても差し支えなかった。
生き残っているのはイースにより利用価値があると見出された人間、そして必死になって逃げまくって何とか命をつなぎとめた弱者や、地下だったり別の地にキャンプしたりと知恵を出した人間だけだ。
その総数、どう高く見積もっても1万といったところだ。
1万という数字、高めに思えるかもしれない。
だが世界に存在する人口のすべてなのだ。世界を構成する人間の数が1万、雀の涙にも等しい、あまりにも少なすぎる数字である。
そんな世界で、果たして人類は生きるという選択をするだろうか?
イースによって地に這いつくばらされながらも、そこから立ち上がる力を持った人間がどれほどいるだろうか?
その結果は、実のところ少ない。
家族を失った者、親友を失った者、大切な縁を失い、希望を抱くことが出来ない人間がいたところで不思議ではない。そしてそんな人間を責めることは、誰にもできない。
理不尽に虐げられ、大切なものを踏みにじられたのだ。立ち上がれぬままその生を終えたとしても、当然と言えよう。
だがそれでも、立ち上がる人間はいる。
傷つきながらも、大切な何かを失いながらも、それでも立ち上がれる人間は確かに存在するのだ。
立ち上がった人間には、微々たる力しか持っていない。
崩壊した世界を立て直すことが出来るわけでもない。
その者たちにできることなど、たかが知れている。
せいぜい崩壊した世界をつなぎとめるだけ、ほんの少しの間だけ人類の寿命を延ばすだけでしかない。
そう、長い目で見れば結果的には無駄なのだ。
それでも、立ち上がった者は自身の行動を無駄だとは思わない。
御大層な目的があるわけではなかった。
尊い思想があるわけでもなかった。
ただ這いつくばっているだけではいけない。そう考えたから、立ち上がった。
そしてただ立っているだけなど、這いつくばっているのと変わらない。
何も変わらないのなら、何かしなければいけない。
今が嫌だから、それだけの理由で、1日1日を懸命に生きるのだ。
それは確かに無駄な行為だ。
誰の益になるわけでもない、何かを救うわけでもない、無駄な行動。
だがそれを無駄だと、誰が口に出して言えよう。
無駄なことであろうとも、一生懸命に生きる人間の行為を、馬鹿にできる存在などいない。
たとえ神であろうとも、それだけはしてはいけない行いなのだ。
それこそが、人間にとって最も尊い行動なのだから。
だからこそ、その行動に褒美があってしかるべきだ。
立ち上がった者は対価を望んだわけではなかったはずだ。
見返りが欲しいわけではないはずだ。
それでも尊いものを見せてくれた礼を、せずにはいられない。
最初に立ち上がった人たちに、彼女たちに、せめてもの礼をしよう。
失った者を一つ、返してあげよう。
世界が終わるときに、ただ一人諦めなかった人間を。
「みんな、ただいま」
1人の男と、4人の女と、1個の機械の、尊い生き様を、神は最後まで見届けた。




