第110話 「傷ついた魂」
敵の力は未知数だ。レベルは1000を超えているかもしれない。人智を超越した怪物、そう言っても差し支えないだろう。
そんな奴に立ち向かうなど正気の沙汰ではない。力はなく、策もない。勝てる可能性など皆無なのだ。
なのになぜ、俺は立ち向かうのだろうか。
そんなもの、仲間のために決まっている。
俺なんかが仲間の役に立とうと思ったら、命を懸けるぐらいのことしか思いつかない。たとえ無為に終わることだとしても、俺は仲間のために行動して死んだのだと、胸を張って死にたい。
だから、勝ち目のない戦いにも身を投じよう。
それが脆弱な俺にできる、精一杯のことなのだから。
「というわけで、イース、殺しに来たぜ」
城の最上階、そこにイースは居座っていた。
俺が目の前に来たというのに慌てるそぶりはない。むしろなぜ来たのかと、疑問の表情を浮かべている。
イースは俺の言った言葉が幻聴だと思ったのか、何をしに来たのかを問うた。
「殺しにだ」
そう答えると、数秒ポカンとした表情を浮かべて、深いため息をついた。
「はあ~~~、まさかこんなに馬鹿だとは思わなかったわ」
「世界を壊して神になろう、なんて考えるよりはマシだろ」
「…………で、何かしらの策があるんでしょ? 無策で来るほど馬鹿じゃあるまいし」
イースは余裕を崩さない。俺に策があるのかも、そう考えているにもかかわらず、まるで隙だらけな仕草で俺を挑発する。
俺と自分のレベル差を知っているからか、その場から動いて俺を殺そうとすらしない。
「余裕だな。今の俺は仮にも高レベル、一矢ぐらい報いれるかもしれないぞ?」
「無理よ。私の力はレベルで換算すれば1000を超える。ステータス面で言えば、あなたのレベル100の100倍以上はあるわ」
100倍か、想像以上の数字だ。
確かにこれは、俺にできることなんかないな。一矢報いるどころか、指先一つ触れることすら叶いそうにない。
ヤベ、いまさら怖くなってきた。
恐怖を感じだした俺を見てか、イースは憐れむようにこう言ってきた。
「別に、私の邪魔をしなければ終わりの時までは放置しといてあげるわよ」
それは、意外すぎる言葉だった。
自身の勝ちが決まっているからといっても、俺は殺しに来たのだ。
たとえ蟻の一撃だったとしても、この女が慈悲を見せることなど皆無だと、今までのこいつを見て俺は確信を持って言える。
なのに、放置するだと?
「どういうことだよ? お前にとって俺は、矮小ながらも敵だろ。それを放置する? 舐めてんのか?」
「別に舐めてないわよ。ただ、あなたにも同情すべき点が多いと、そう思っただけよ」
「なに?」
「私が他の人間の力を吸収したのは分かっているわよね? じゃあなぜ、あなたの力は吸収しなかったと思う? アナを使えば、あなたのようなこざかしい人間の十中八九騙そうとしてくる嘘を見破り、情報を得ることが出来たはずなのに」
「……それは……」
考えてはいたことだ。イースの狙いは全人類の力を使いこの世界を破滅すること。なのに俺の力だけは吸い取られていない。
力をつけたグレムウルフを倒したことによりレベルが大幅に上がった俺の力をだ。
不自然と言わざるをえないが、それはイースだけが知る答え。俺には知りようがない。
「答えは単純、あなたの力を吸収するわけにはいかなかったのよ」
「それは……どういうことだ?」
「人間の力の源は魂にある。私はそれを可能な限り吸収して力を蓄えた。そして蓄えた力は一つに統合させ、莫大なものとする必要があったの。だけど、あなたの魂の力を吸収すれば、せっかく蓄えた力が分散する恐れがあった」
「分散? それは、俺が異世界から来たからか?」
「違うわ。その世界の人間でも魂に差はない。けど、ある行為を行うことによって、魂というのは傷が付く。それはなんだと思う?」
イースに聞かれるも、俺には想像もつかない。
何の答えも出さないまま俺が黙っていると、イースはまたしてもオレに憐みの表情を見せ、こう言った。
「死ぬことよ」
「…………死ぬ……こと……?」
「そう、人は死ぬことによって魂に傷が付き、その精神に異常をきたす。知らない? 死後の人間は浄化の場と言われる場所でその魂を綺麗にするの。それは魂を綺麗にすることが本質ではなく、死ぬことによって傷ついた魂をまっさらにするためなのよ。さっきまではあなたは神の傀儡だからと殺そうとしたけど、そうではなかったあなたを殺そうとは、今は思ってないわ」
「……そうか。そりゃあ……同情しちまうだろうな」
俺は、この世界で何度も死んだ。何度も何度も何度も何度も、死んで恐怖を魂に刻み付けてきた。
ゆえに俺の魂は傷つき、エネルギーとして使い物にならないと。
そしてそんな状況に陥った元凶こそ、神。
俺は神に酷使され、肉体だけでなく魂までも摩耗させてきた。これがもし他の人間に対してだったら、俺も同情してたな。
「わかったらさっさと地下牢にでも行ってお仲間とお話しして行くといいわ。最後の談話、思う存分楽しんで————!」
イースの言葉を遮り、俺はイースに蹴りをくらわそうとした。
だがその蹴りは空しく空を切り、直撃することは叶わなかった。
「何のつもりかしら?」
「お前こそどういうつもりだ? 俺がいつ神のために戦うなんて言った? いつ俺のために戦っていると言った? これは仲間のためなんだよ。俺の体がどれだけ傷ついていようと、それが神によるものだとしても、関係ない。俺はお前を倒してナナ達の幸せな未来をつかみ取るだけだ。つかむ手はもう無いんだけどな」
そう宣言して、俺は再びイースに攻撃を仕掛ける。
腕は使い物にならない。蹴りだけでイースに立ち向かい、何度避けられようとも繰り返し蹴りを繰り出す。
10発、20発、そのすべてが当たらない。
まるで羽を相手にしているように、俺の攻撃を華麗に避けて行く。
イース自身の神々しさと相まって、それはとても美しい、一つの芸術作品を見ている気にさえさせる。
何度繰り返しても当たらない攻撃、心が折れても仕方のない圧倒的な実力差、この攻撃に虚しさすら感じる。
だけど、何度でも繰り返す。どれだけ心が折れようとも、体が蝕まれようとも、こうしてイースに立ち向かうこと、これこそが俺自身が決めた生き方……いいや、死にざまなのだ。
だからこそ、どれだけの絶望を叩きつけられようとも俺は折れることはない。
死ぬまで戦い続けるのだ。
「喰らえ!」
「いい加減にしなさい」
俺の渾身の蹴りを、イースはいとも簡単につかみ取った。
宙に浮いた足を掴まれたことにより、俺は身動きが取れない。足を引き抜こうにも、驚異的な握力と腕力で押さえつけられた俺の足は、ピクリとも動かない。
圧倒的な実力差、イースとの初めての接触が、俺に再びそれを認識させた。
「……あなたの心労を考えて明かさないつもりだったけど、少し腹が立ったわ。すべてを教えてあげる」
そう言ってイースは、この部屋にあるドアに向かって声を大にして何かを呼んだ。
「出てきなさい!」
そう言うと、ドアがギシギシと音を立てながら開き、1人の少女が姿を現した。
「なっ……!?」
その少女は、俺の知っている少女だ。
俺の死に際を助けてくれ、さらには献身的に看病までしてくれた。
モンスターを倒すことも手伝ってくれ、俺にあらゆる優しさを見せてくれた女性。
綺麗な銀髪と真っ白なワンピースに身を包んだその少女は、そう……。
「マキ……ナ……?」
俺の初恋の女の子が、そこにはいた。




