第109話 「同じ」
全ての元凶たるイースはこの城の最上階にいる。それはスキルで確認したから間違いない。
俺はその場所に向かい、たとえ刺し違えたとしてもあの女を殺す。
それだけが、俺が唯一、心を許したナナ達にできることだと信じて。
だけどその前に、まだやらなくてはいけないことがある。
たとえイースを首尾よく倒したとしても、こっちの問題をどうにかしなくてはいけない。
別に俺の生きる希望になってくれたとか、そういうわけではない。だけどなぜか、ほっとけない子がいるのだ。
イースを倒した世界にその子が居場所を求めようとしなければいけない。そんな気持ちがある。
だから俺はここに来た。
「……何しに来たの?」
「そう邪険に扱うなよ。アナ」
目の前の少女、アナは俺のことを心底うんざりした表情で見ている。
少女に嫌そうに見られるのに少し傷心した俺は、アナから目を逸らして部屋を見まわす。
アナに与えられている部屋は1人で使うには広すぎるほどの物、これだけでアナは良い待遇で扱われていることが窺える。
だが部屋は簡素、隅にはほこりがたまっていて、ロクに使ってないことが分かる。
「なあアナ、イースは悪い奴だぜ?」
「帰って」
「あいつはどうせ自分だけが可愛い奴だ。いつか捨てられるぞ」
「分かってる。別にいいよ」
アナは即答した。
自分が捨てられることはすでに想定していて、それでも構わないと言ったのだ。
ナナ達と同じく諦めの感情を宿している、ということか。
「あの人は私を必要だって言ってくれたから。実際、私はイースさんに言われていろんな人から話を聞いて、嘘だって教えて、優しくしてくれた」
「そりゃあ手駒が自分の思い通りに動けば気分がいいさ。だけどな、所詮手駒さ。いつか捨て駒にされるんだよ」
「それでもいいもん! 捨て駒でも何でも、誰かのためになるってことでしょ!」
アナは声を荒げ、俺を睨みつけてきた。だがその睨みに覇気はなく、うっすらと涙が浮かんでいる。
そんな睨み、怖いなんて微塵も思わない。むしろ、悲しみすらわいてくる。
「誰かのためになりゃ、それが悪いことでもいいって言うのか?」
「いいよ。悪いことでも、1人でいるよりもマシだよ」
「……そうか」
アナのセリフで、俺は確信した。
俺とアナは同じだ。似たもの同士なんて話じゃない。まるっきり同じなんだ。
1人でいるよりもマシ……そう思っていた時期が、俺にもあった。
なるほどな。アナが放っておけない理由が分かったよ。
「1人が嫌なら、俺が友達になってやるぞ」
「そんな哀れみ、いらない!」
「哀れみなんかじゃないさ。俺とアナは分かりあえる。子供と大人じゃ分かりあえないって思ってるかもしれないが、そんなことはない。俺とアナなら……」
「分かりあえなくてもいい! イースさんは、私のスキルが必要だって言ってくれた。打算があった方が、自分の生きている理由がはっきりしてる!」
目の前の少女は10歳ぐらいの女の子なのに、きちんとした考えが出来ている。
俺はその言動に、おもわず感心した。
生きている理由、そんなものを考えていることにもそうだが、それ以上にその理由を明確に存在させようとしている考えは、もはや10歳のそれではない。
そこまで、思い悩んでいたのか。
「なあアナ、理由なんか別になくてもいいだろ」
「……それじゃ、安心できない」
「分かるよ。俺も——」
「分かるわけないよ!」
アナは俺の言葉を遮って叫んだ。
悲痛の叫び、それだけは違うと、確信を持った叫びだ。
「お兄ちゃんにはナナさんたちがいるもん! 1人じゃないもん! 理由なんかない…………本当の仲間がいるんだもん!」
……確かに、今の俺なんかには分かるはずがないことだ。
たとえ命に代えても守りたい仲間、そこには何の打算もなく、見返りを求めることなく尽力した。
そんな仲間のいる俺には、今のアナの気持ちを理解してやることなんかできないだろう。
だけど、それは今の俺ならの話だ。
昔……と言うほどでもないが、ほんの数か月前の俺なら、理解できるどころか、全く同じことを思っていた。
たとえ打算的な物でも、心の底から通じあった関係でなくとも、誰かとのつながりが欲しいと。
たとえ仮初めのつながりだとしても、それを何よりも欲していた。
そして、ネットの世界に逃げ込んだ。
顔も見えない、俺でない俺を通じて別のだれかとのつながりを求めていた。
これではいけない、ゲームなどいつか飽きが来て、崩壊する可能性のあるつながりだと、分かってはいた。だけど、抜けられない。
それは俺が持つ唯一のつながりだったから。
だからアナの気持ちは、痛いほどわかる。
「なあアナ、俺には確かにナナ達みたいな、大切な人たちがいる。だけど、だれでも最初からそんな人たちがいたわけじゃないんだぞ」
「そんなこと……他の人たちには、親とか……」
「確かにいるな。だけど、親はともかく、子供が親のために命とかかけられると思うか? 無理だろ。みんな生まれた時には、かけがえのない人なんかいないんだ」
「……それでも、みんなそういう人たちに出会えてる。私は、誰もいない……」
「子供が何言ってんだ。俺なんかほんの数か月前までボッチだったんだぞ。それどころか、ひどいいじめにもあったもんだ」
「……いじめ?」
「ああ。殴る蹴るは当たり前。ひどい暴言もたくさん浴びせられたし、大人数から笑いものにもされた。14、5歳の時にな」
思い出したくもないし、この世界の誰にも聞かせたくなかったものだ。
この話を知っているのはナナだけ、俺が記憶の中から完全に消滅させたい最悪の記憶だ。
考えれば、誰かにこの話をするのは初めてか。親にすら相談したことのない、秘中の秘だったんだがな。
それぐらい、アナのことを放っておけないということか。
「……それは、私よりつらかったの?」
「さあな。というか、アナは子供なのにそんな考えに行きつくとか、多分俺よりもつらい人生だったんだなって思うよ」
「そう言えるって、すごいね。人って、不幸な目に合うと自分が一番不幸なんだって、自信を持って言えちゃうんだよ」
「子供がそれを言えることがスゲエよ」
本当にアナは賢い。スキルによって人の嘘を見続けてきたゆえの賢さだろう。身につけたくなかった賢さだろう。
頭が良ければ良いほど、嘘を見抜く力によって世界の汚さが如実に見えるはずだ。
「まあ、人間色々あるってことだ。絶望する気持ちも、悪い奴にすがる気持ちも分かるっちゃ分かる。俺なんか3年も家に引きこもってたからな」
「……ふふっ」
苦笑しつつも、自身の自虐を赤裸々に語る。
それがおかしかったのか、アナは初めて、少しだけだが笑顔を見せた。
「ねえお兄ちゃん、一つ聞いていい?」
「別にいいぞ」
そう返すと、アナは深く深呼吸をして、決意を持った表情で俺に聞いてきた。
「お兄ちゃんは、私の大切な人になってくれるの?」
「ああ、いいぞ」
アナの決意を持った言葉に、俺は実にあっけらかんと答えた。
するとアナは、あまりにもあっけない即答にまたしても笑顔を見せた。
「ははは、すごいねお兄ちゃん。そんなこと、平気で言えちゃうんだ」
「嘘ついてもバレるしな。アナと話すときは、何も考えないで本能で話すのがコツだ」
人に合わせたコミュニケーション、これが前の世界で出来ていれば問題なく人生を歩めたんだろうな。
「さて、アナ、もうイースから離れるか?」
「……うん。でも、結局は同じなんだよね。イースさんはこの世界を壊すつもりだから」
「ま、何とかして見せるさ。アナは地下でナナ達とおしゃべりでもしてればいい。あいつら、もう世界が滅ぶって諦めやがって、世界の崩壊をただじっと待ってやがんだ」
「それが普通だよ。どうしてお兄ちゃんは、そんな無茶が出来るの?」
「そりゃあ、大切な人のためさ。あ、ちゃんとアナも含んでるからな」
「……ありがと」
「どういたしまして。さてと、俺はそろそろ行くかね」
アナの心を救うことは、まあ出来ただろう。
これで唯一の心残りは完全に消えた。あとはイースの馬鹿野郎を始末するだけだ。
が、出来る気は全くしない。レベル1000相当の敵相手には、たとえスキルを使っても勝てる可能性は皆無だろう。
本来なら俺も、ナナ達と同じように諦めていたかもしれない。つーか、アナが言った通り、こんな状況じゃ諦める方が普通だ。
だけど、そんなのは関係のない話だ。
なぜなら、俺はどこでも周りとは違う、異常な奴だったからな。




