第108話 「諦め」
「……なあ、くっつきすぎじゃねえか?」
地下へと向かう途中、俺は言った。
ライの取り巻き三人が俺のすぐ後ろに陣取っており、服の裾を親指と人差し指でつまんでいる。
「いやー、マサトさんってお強いんですね。僕、安心しましたよ」
「ホント、ライ様とは雲泥の差ですよね」
「近くにいれば必然的に守られるからね」
「おい最後、本音出てるぞ」
などと会話を繰り返している。
もはや敵に見つかることを何とも思ってないのか、普通の声の大きさで会話をしている。
……初めてだな。単純に能力の高さだけで信頼されているのは。
ナナ達やレイトは多分、俺の人格面も見て信用に足る人物だと判断していた。だがシックたちは、俺の能力だけを見て信頼している。力だけのものだが、これはこれで悪くない。
それに敵が出れば必然的に倒すだろうから、結果的に守ってやることにもなるしな。
「ただ忘れないでほしいのが、俺けが人だからな?」
「分かっていますよ。いざとなったら、微力だとは思いますが私たちも頑張りますから」
「こう見えて生き残る能力だけは高いんですよ、私たち」
「まあ、それはここまで来ただけで証明されてるようなもんだしな」
この場所はおそらく世界の北の北、最北端であるはずだ。そこに一見無傷で来て、しかもレベルをそこそこまで上げたとなると、生き残る能力にかけては誰よりも高いかもしれない。
悪運が強いともいえるが。
「っと、そろそろ地下だぞ。見張りかなんかいるだろうから、気を引き締めろよ」
「……ライ様、生きてるかなあ」
自分の主人だっていうのになんとも気の抜けた心配の仕方だ。
俺は真剣さをそこそこ欠いた状態で、地下への階段を下りる。1歩、また1歩と階段を下りる度、声が聞こえてくる。
その声が具体的に何を話しているのかはわからないが、比較的楽しそうな会話に聞こえる。
……少なくとも、2人以上の見張りがいるということか。ライはきっとやられたんだな。ご愁傷さま。
俺は心の中で十字架を切りながら、地下牢の扉へと到着した。
「よし、じゃあ扉を開けてくれ」
両腕を使えない俺は、シックに扉を開けるように促す。
シックは恐る恐るといった感じで、扉の取っ手に手をかける。だが手をかけた段階でシックの動きが止まった。
そのまま動くことがなく、耳を澄ますように中にいる者の会話に耳を傾け始めた。
「どうした? 何か問題があったのか?」
「いや、問題があったというか、多分何の問題もないんじゃないですかね?」
「はあ?」
わけのわからないことをシックが言うので、俺は耳を扉にくっつけて中の会話を盗み聞く。すると、聞きなれた声でこんな会話が聞こえてきた。
「えぇ~、マサトさんの好きなところですかぁ? それはですねぇ、とっても優しいからです。いつも優しくしてくれて、それでとっても頼りになるんです。ソウラさんはどうですか?」
「うむ、私はあいつのすべてが好きだ。が、強いてあげるなら、臆病そうに見えて実は男気があるところだな。特にあいつは、自分のことは早々に諦めるくせに、自分の認めた人間に対してはとことんまで真摯に向き合うところが最高だな」
「分かります! マサトさんはいつも誰かのために行動するんですよね!」
「アカネも、お父さんのことスキ」
「ふふふ、3人とも、本当にマサトさんが好きなんですね」
「ふん、あんなのの何が良いのかしらね」
「いやいやお姉さん、あいつにもいいところは結構あるぞ。力量差をものともしない知能の高さに度胸、俺は男としてあいつを目指そうと思ったほどだ」
……何だこの会話。俺のことべた褒めじゃないですか。
声からするとナナにソウラ、アカネ、ライ、あとはよく分からない。だが俺のことをよく知っている奴らの話のようで、どうにも背中がむずがゆい。
「マサトさん、モテモテなんですね」
ミリトが俺をからかうように言ってきた。俺もちょっと顔から火が出そうですよ。
「もうちょっと聞いてみます?」
「そんな暇あるか。さっさと開けてくれ」
ミリトに促し、扉を開けてもらう。
立て付けが悪いのかギシギシという不快な音を発しながら、扉が開く。
中にいたのは、牢屋の中で楽しそうに談笑している囚人たちだった。
「マサトさんは本当にすごいんですよ。ダルトドラゴンを倒した時やレイ教徒を倒した時なんか、それはもうカッコよかったんですから」
「母様に啖呵を切った時も良かったな。私兵に囲まれながらも自らの意思を露わにさせていたところは、これぞ男だ、という感じだった」
「お父さんは、いつもカッコいい」
俺がこの部屋に入ってきたのに、その存在に気付いていないのかいまだに談笑を続けている。
これ以上聞いていたら恥ずか死んでしまいそうなので、ナナ達が入っている牢屋の前へと歩みを進める。
が、それでも俺の存在に気付いていないのか、まだ会話を続けている。
「いやほんと、マサトのやつはスゲエよ。ステータス的には弱くて、腕も使い物にならねえくせに、どんな強敵にでも立ち向かっていくんだから」
「ええ、マサトさんはすごいんです。とっても強くてとっても優しくて、まさに理想の男性です」
「お前らさ、そろそろその話やめてくんねえか?」
聞くに堪えないのでこの何とも言えない会話を遮り声をかける。
するとナナ達の3人は一斉に俺の方に振り返る。
「……その、なんだ。助けに来たんだけど、楽しそうで何よりだ」
たった今べた褒めしていた人たちに話しかけるのはどこか恥ずかしく、言葉を濁して話しかけた。
そんな俺に対する反応が、
「あ、マサトさん。マサトさんも一緒におしゃべりしましょうよ」
「なんならこの牢の中に入るか? ライがカギを開けたんだ」
ナナとソウラの2人は実にあっけらかんとした様子で答えた。
そんな2人とは対照的に、アカネだけは俺との再会を喜ぶ反応をしてくれた。
「お父さん!」
俺に満面の笑顔を浮かべてくれている。
これだけで今までの苦痛が吹き飛んでいくようだ。だが体の痛みが本当になくなるわけではない。
「ナナ、回復してもらえるか?」
俺は応急処置されてはいるが、それでもまだボロボロの左腕をナナに差し出す。
「な、なんですかこの腕!? すぐに回復します!」
慌てた様子でナナが俺の左腕に回復をかけてくれた。
いつもしてくれていたように、傷が瞬く間に塞がれ、気持ちのいい感覚が俺を包み……。
「なんか、いつもより効果薄くないか?」
「すいません、諸事情があって」
それから約20分かけて、俺の左腕の痛みは完全に消えた。
「……ていうかさ、今の状況を教えてくれるか?」
囚われの身にしてはいかんせん楽観的すぎる。
もっとこう、暗くよどんだ空気が立ち込めていると思ったのに、拍子抜けにもほどがある。
まあみんな元気なのは何よりだけどさ。
「状況……ですか? 教えるまでもなく、とっ捕まっています」
「それでどうしてこんなに和やかなんだよ!」
「……それはですね、もう諦めたからですよ」
「は?」
ナナの表情が暗くなった。
それが伝搬したかのように、牢の中にいる人間たちは一斉に俯く。
何だ? 一体何が起こったんだ?
「一から説明します。よく聞いてください」
ナナが真剣な表情で俺の目を見てそう言った。
俺も少し緩んだ気持ちを引き締め、ナナの話を真剣に聞く。
「モンスターのリーダー、イースはこの世界を壊すつもりなんです」
「壊す?」
「はい。そのための力はすでに蓄えられています。この世界のほとんどのモンスター、そしてアカネちゃんの体内にあるグラシャ=ラボラスのエネルギーもこの世界を壊すエネルギー源として使われました。もうアカネちゃんはステータスが激減し、普通の女の子と大差なくなっています」
「なに!?」
アカネの力が奪われた。それを聞いて激しい怒りを覚えた。
だがそんな俺の怒りを受け流し、ナナはさらに話を続ける。
「私たち天界の人間や冒険者たちもエネルギーを奪われたんです。私の魔法の回復力が落ちていたのも、エネルギーを吸われたからです」
「奪うってのは、ちっと信じられねえな」
「そういう機械があるんです。詳しくは覚えていませんが、対象の複数の情報をインプットすることによって、エネルギーを吸い取るというものが」
「情報? そんなもの、隠せばいいじゃないか」
「私たちも何とかしようと、色んな嘘情報を言ったんですが……その……」
「アナか」
「……そうです。アナちゃんがイースさんについていて、嘘が全部見破られていたんです。情報はハイかイイエで答える形式の物で……騙そうとしたのがいけませんでしたね。黙秘を貫くべきでした」
なるほどな。イースがアナを引き入れたのは、そういう理由か。
「そうして奪ったエネルギーを使いこの世界を崩壊、特異点と化し、天界中枢を介入させ、神殺しとともに天界に赴き神様を抹殺、それがイースの狙いです」
「……そう、か……」
「もうこの世界は終わるんです。私たちは跡形もなく消え去る。だったらもう、最後の最後まで楽しくおしゃべりでもしてよう……って、思ったんです」
なるほど、だから諦めたのか。
もう自分達にできることなど何もない。どうすることも出来ないと。
どうせ死ぬなら笑って死のうと、だから会話に興じていたのだと。
……まさか、そんな事態になっていたとはな。
「だからマサトさんも、最後の時までここで過ごしましょう? マサトさんがいれば、私はそれだけで幸せですから」
ナナがそう言って、ソウラもアカネも頷いた。
正直、そう思ってくれているのは嬉しい。自分が死ぬという状況で俺がいれば幸せと、そう言ってくれるだけで俺はもう幸せだ。
だけど、ここには残れない。
「悪いな3人とも。俺にはやることがあるんだ。もう少しこの中で会話を楽しんでてくれ」
「やることって、イースを倒すつもりですか?」
「それ以外に助かる道はないんだろ?」
「無理です。イースは特異点生成のエネルギーとは別に、自分用のエネルギー貯蔵庫を作っています。レベルで換算すれば1000以上の力を内包しているんです。マサトさんでも……仮にレイトさんが本気で戦っても勝てません」
「何もしなくても死ぬなら、戦って死んだほうがカッコいいだろ?」
「で、でも……!」
「悪いな、もう決めた事なんだ」
「……なら、マサトさんが行くなら、私も……」
「3人はこの中にいろ。イースを倒すには正攻法じゃ無理だ。1人の方が都合がいい」
「い、いえ、それでも何かのお役に……!」
「というか、みんなレベルが落ちてるんだろ?」
「みんなって、それはマサトさんも同じじゃ……」
「それがそうじゃないみたいなんだ。どうも体の調子がすこぶる良くて、レベルはかなり上がった状態みたいなんだ。なんでかは分からないけど……な!」
俺は上がったレベルを証明するように、近くの壁に蹴りを入れて、巨大な穴をあけた。
ひびが入るどころか、大きな穴を作り出した俺の蹴りを見て、ナナ達はそれを確信した。
理由は分からないが、俺はイースに力を奪われていないということを。
「つーわけで、俺は一人でイースのところに行く。みんなは雑談を楽しんでてくれ」
「……どうしても、行くんですか?」
「別に死ぬつもりで行くわけじゃない。知ってるだろ? 頭はある程度回る方なんだ」
そう言って、俺はこの場を後にしようとした。
それをナナ達3人は止めようと声を出そうとした。だが喉元まで出かかっていた言葉を、すんでのところで飲み込む。
自分たちがついて行っても足手まといにしかならない。
それだけでなく、すでに諦めた自分たちには一緒に行くことはおろか、止める資格すらないのだと、そう悟ったからだ。
そんな3人に、俺は最後かもしれない言葉を残す。
「あー、まー待ってろ。終わったら迎えに行くから」
その言葉だけを残し、俺はすべてを終わらせるべく、イースの元へと足を運んだ。
俺の力ごときで何とかなるとは到底思っていない。
それでも、最後の最後まで俺はナナ達が生きるために行動する。
たとえ生きることを諦めているとしてもだ。
……あー、イースの元へ行く前に、まだ寄るところがあったな。




