第107話 「予想外な出来事」
城内の構造は非常に入り組んでいる。
部屋の数はおそらく50以上は存在し、階段をもう3つも発見した。
この城から特定の人間を見つけることなど、途方もない時間がかかることは間違いないだろう。
俺以外はな。
「俺は求める。仲間の救出を」
スキルが発動され、幻影が俺の前で行動を起こす。
これによりナナ達の居場所は俺に筒抜けとなり、城の構造を把握していない俺でも数瞬の無駄もなく仲間を救出に行くことが出来る。
幻影が示した場所は地下、そこにナナ達は捕らわれている。
俺は幻影通りの動きをして地下まで一気に駆け抜け……。
「ツッ……!」
走ろうと足を一歩踏み込んだ瞬間、左腕に激痛が走る。
切断して間もなく、しかも直後に炎で焼いて強引に出血を防いだのだ。走ろうとするだけで俺は左腕の激痛で意識が朦朧としてくる。
俺はその場で意識を失わないように深呼吸をして息を整え、ゆっくりと地下までの道を歩いて行く。
ほんの少しの衝撃でさえ痛みを感じるほどに敏感になった左腕に気を遣い、通常よりも数倍遅い足取りだ。幻影通りのスピードで動くことが出来ず、目的地までの所要時間はこのままでは30分もかかるだろう。
だが速く行ったところで俺が意識を失ってしまっては意味がない。意識を失った瞬間にこの城にいるモンスターに発見され、再び捕らわれの身となってしまう。
そうなれば……死は確実だ。ナナ達を助けに行く機会は永遠に失われる。
今は、我慢の時だ。走り出したい衝動を抑え、たとえ亀のようにのろまな足取りでも、確実にナナ達のもとまでたどり着く。そうすればナナに回復魔法をかけてもらい、完治とはいかなくても今より数段マシになるはずだ。
体力さえ戻れば、今の俺はこの城から出ることは簡単だ。
これは慢心でも淡い希望でもなく、自信だ。
そう、ナナに回復さえしてもらえれば、俺は確実にこの城から逃げ出すことが出来る。
だから我慢しろ、この痛みがなんだ。死んでない時点で、俺が味わった苦しみとは比べるまでもない。
俺は今まで味わった痛みを思い出し、比較しながら足を一歩、また一歩と前に出す。
そんなとき、ある音が城内に響いてきた。
『カツーン、カツーン』
足音だ。おそらく鉄製の高価な防具を装備した足音。
ここのモンスターは装備まで整っているのかと、俺はモンスターの完全な武装に絶望しつつも、身を隠せる場所がないか探す。
今の俺はたとえスキルを使ってもモンスターに勝てる自信はない。
おそらくドラコキッドにも確実に負ける。たった一発小突かれただけで意識が刈り取られると、確信を持って言える。
だから逃げる選択肢しか俺にはないのだが、この場所には隠れられるところがない。
各部屋にはご丁寧にカギがかけられており、傷ついた俺がぶち破れる強度ではない。
それでも俺は諦めずに必死に隠れられるところを探したのだが、それも間に合わず、足音の主は確実に近づいてくる。
この足音……複数人いる。1人でも確実に死ぬというのに、複数いるとは。
もはやここまでか。
俺は目を瞑り、自身の破滅を覚悟した。
「…………」
覚悟を決めて5秒、俺はまだ生きている。
おかしい。足音はかなり近くだった。道的にも俺を発見することは間違いなく、そうなれば仲間を呼ぶか俺を殺そうと、大声をあげることは必至だ。
なのに、何もしてこない。
俺が恐る恐る目を開け、目の前の状況を認識しようとすると、見覚えのある顔4つがあった。
「……ライ?」
「おお、やっぱマサトじゃねえか。お前もソウラを助けに来たのか?」
なれなれしく肩を組んできたライ、それを無表情で見つめる取り巻き3人。
わけのわからない状況に俺の思考は一旦フリーズした。
「いやー、この城めっちゃ広いよな。何とか忍び込んだはいいものの、どこに行けばいいのか全く分からなくてよ」
「いいから離せ。まずは話を聞かせろ」
俺の肩に腕を回しているライの腕を離すよう促す。
ライの行動は俺の左腕にも多少なりとも響く。こんな奴のせいで気を失ったら、死んでも死に切れん。
「話っつっても、ここに忍び込んでソウラを助けにきた。それだけだ」
「……お前は、モンスター達に襲われなかったのか?」
「ああ、そういや何日か前、モンスターが大量にタストの街に突っ込んでったな。俺は北の方でレベル上げにいそしんでいたから、その辺のこと知らねえんだよ。なんかあったの?」
なんとも気の抜けた発言だ。
大規模な戦争が起こり、人間が数多く倒され拉致されているというのに、この男はまさかの「なんかあったの?」だ。のんきにもほどがある。
「というか、何も知らねえくせにどうしてソウラがここにいるって知ってんだよ?」
「ふふふ、そんなもの愛に決まっているだろう。ソウラがここにいると感じた。だからここに来たのさ」
「残念なことに、本当にそんな理由で来ちゃったんですよね~」
ライの発言に、シック……だったかな? 彼女は遠い目をしながら言った。
……苦労してんだな。
「マサトさんがここにいるということは、本当にソウラ様達がいらっしゃるんですか?」
「……ああ、間違いない。ソウラはここにいる。多分、地下だ」
全くふざけた奴だ。直感的に物事を考え行動に移す、それぐらいならまだいい。だが限度があるだろ。
こんな危険な場所に、いるかもしれないというあやふやな理由で行動するなど正気の沙汰ではない。
付き合わされているシックたちも拒否すればいいものを。
「そうと決まれば地下へ行くぞ! 俺についてこーい!」
ライは意気揚々に走り出し、地下へと向かっていった。
何の感覚が働いているのか、ライの通っていく道は俺の見た、正解を示す幻影と同じだ。安全に確実に目的地にたどり着くまでの道のり。
目に見える範囲ではあるが正解のルートを正確に進んでいく。
俺は世界を憎み、人間を殺しつくそうとした末に手に入れた力を、ライは天然で手に入れている。
それがソウラだけに反応するセンサーだとしても、この迷宮に近い城の中では最も強い力だ。
「マサトさん、私たちも行きましょう」
「ん? ああ、俺は置いて行っていい。見てのとおり、そんなに早く動ける状態じゃないんだ」
俺は無残に焼け焦げた左腕の断面を見せる。
するとシックたちは、俺の予想とは反する反応を見せた。
「わー、痛そうですね。薬塗っておきますか? ライ様用に、傷薬はたくさんあるんです」
ライの取り巻きの1人、シズクがカードの中から救急箱のようなものを取り出した。
結構グロテスク要素は強いと思ったんだが、なんともあっけらかんとした様子だ。
「そんじゃ、応急処置ぐらいはお願いする」
俺は左腕を差し出し、治療をしてもらう。
今の俺は左腕どころか右腕も動かない、両腕が使い物にならないのだ。治療も誰かにしてもらわなくてはままならない。
「では、私がマサトさんの治療をしましょう。シックさんとミリト君はライ様をお願いします」
「僕も(私も)こっちがいいなあ」
シズクにライの元へ行くよう促された2人だが、露骨に渋っている。
気持ちは分からんでもない。
「私の方が治療は得意でしょ? ライ様を治療していたのはいつも私なんだし」
「……ライ様にはシズクさんが必要だよ。シズクさんはマサトさんの治療よりも、ライ様の傍にいないと。マサトさんの治療は僕がやるから、2人がライ様の元へ」
「いやいや、ミリト君はパーティの主力でしょ? ライ様をお守りすることこそが重要なのよ。ここはライ様の役にあまりたたない魔法使いの私が残ってマサトさんの治療をやるわ」
「いやいやいや、私が最速でマサトさんを治して急いでライ様のところに駆け付けた方が、一番効率が良いよ」
などと、3人は俺の治療……というよりもライの元へ誰が向かうかを譲りあい……否、押し付け合いをしている。
「不毛な話し合いをしてるんならさ、いっそライは放っておくって選択肢はないわけ」
「……それもありかな?」
「そうだね。ライ様は見てないし」
「それになんだかんだいって生命力は強いからね。ライ様は」
「「「それじゃあマサトさん、ライ様は放っておいて治療しますね」」」
この人望のなさよ。
3人は誰一人としてライの元へ向かうことはせず、俺の治療をそれはもう時間をかけて行ってくれた。
傷ついた体は幾分マシになった。腕の断面に薬を塗ってもらった後に包帯を巻いてもらい、少しだけだが痛みは薄れた。
まだそれなりに痛みは走るが、痛いと感じる程度に留まっている。これなら多少無茶な動きをしても痛みで意識を失うなんてことは無い。
「ありがとう、3人とも。じゃあさっさとライを追うか」
「「「……はい、マサトさん」」」
「今ちょっと躊躇したように見えたのは俺の気のせいか?」
ライの人望のなさを再確認しながら、俺たちはライが向かっていったであろう場所に向かう。
スキルによる確認によれば、ナナ達の現在地、そこにライは一直線に向かっていることが分かった。
野生の勘なのか何なのかは知らないが、あいつを追うこととナナ達のもとへ行くことはイコールの物となっている。シックたちと一緒に行動する理由にもなる。
応急処置したとはいえまだけが人であることに変わりはないのだから、実力のほどはともかく、仲間がいるのはいい。
が、あまり親しいと言えない人といるのは少し緊張する。
今も沈黙が流れ、微妙に気まずい空気が流れている。
「そういえば、3人はモンスターが襲ってくるまでどこにいたんだ?」
沈黙を打ち破ろうと俺は3人に問いかける。
別にライたちがどこで何をしていようと興味はないが、沈黙よりかは幾分マシだ。
「私たちですか? 普通にモンスターを狩っていました」
「でも、1カ月ぐらい前からモンスターはいなくなってただろ? その時はどうしたんだ?」
「その時は北へ北へと向かっていきました。その道中、洞窟などに立ち寄り、そこでモンスターを倒していました。平原などの見晴らしのいい場所にはもうモンスターはいませんでしたが、隠れた場所にモンスターは大量にいたので」
「なるほどな。で、どんくらいのレベルになったんだ?」
「結構上がりましたよ。みんなもうレベル48です」
「へえ、ライにしちゃ頑張ったな」
などと他愛もない雑談を繰り返す。
淡々と話して特に盛り上がるといったことはないが、気まずい空気は多少なりとも緩和されたように感じた。
この盛り上がりも何もない会話を続けていると、道の先から話声が聞こえてきた。
「侵入者がいるって、ホントなのか?」
「ああ、本当だ。何でも叫びながら階段を下りて行っているらしい」
「叫びながら? 何がしたいんだそいつは?」
「さあな。よっぽど腕に自信があるか、もしくはただの馬鹿だろう」
会話から察するに、ライの奇行がモンスター達に知れ渡っているみたいだ。
「ただの馬鹿が正解ですね」
会話を聞いていたシックがつぶやく。
そのつぶやきに、俺を含めた3人が思わず息を噴き出してしまう。
その音に気付いたのか、会話の主が俺たちの前に姿を現した。
「誰だ!?」
現れたのは牛のような頭をした奇怪な顔のモンスター。顔は牛なのに体は人間の様で、何とも気持ちの悪い造形だ。
だがその体躯はなかなかのもので、俺より頭二つほど大きい。
さらに手には金棒が握られており、かなりの強さを持っているのではないかと想定できる。
推定レベル、70ってところかな。
「マサトさん、こいつらは無理です。僕たちは何度もモンスターと戦っているので分かります。こいつらには勝てません」
「私たちの悪運もここまでかぁ」
「ライ様について行く方が正解だったのかなぁ」
「3人とも達観しすぎじゃねえか?」
などと悠長なことを俺たちは言っている。
なんだろう、この諦めきった感じ。テンションがバカみたいにつり上がっているライとはまるで対称的、強い敵が目の前にいるというのに落ち着き払っている。
「何度も死を覚悟してきて、ちょっと感覚がおかしくなっているんですよね」
「……苦労してんだな」
「おいお前ら! 俺たちを無視してなに言ってやがんだ!」
緊張感の欠片もない俺たちの態度に、牛顔のモンスターは苛立ちながら喚き散らす。
そんなモンスターの前に俺は1歩を踏み出す。
「傷は癒えた……わけじゃないが、抗わせてもらうぞ」
両腕は使い物にならず、満身創痍に見える俺が牛顔モンスターに立ちはだかる。
傍から見れば大人と子供の戦い、結果は火を見るよりも明らかだろう。
「死ね!」
牛顔は手に持っている金棒を振り上げ、目の前にいる俺へと照準を合わせる。
だが手を振り上げた瞬間に、俺はもう一歩踏み込む。
左足を軸に力を込め、腰を回転させる。
右足を牛顔の腰の高さぐらいにまで上げ、足の甲が牛顔の腹筋に直撃させる。
「ぐ……はっ……!」
たったの一撃、右足による蹴りをくらっただけで牛顔はその場で悶絶する。
金棒は手から零れ落ち、口から汚らしいよだれを垂らす。
俺はそんな牛顔から目を逸らし、もう一体のモンスターに目を向ける。
「て、てめえ!」
臆することなく攻撃してくるもう一体の牛顔に、俺は地面を思いっきり蹴って牛顔に向かって跳躍する。
俺と牛顔の距離は一気に縮まる。そしてその瞬間、俺は右ひざを突き立て牛顔の腹にめり込ませる。
ミキミキと骨が軋む音が聞こえ、牛顔は数メートル先にある壁に思いっきり叩きつけられる。
「……いてぇ」
今の衝撃で左腕にダメージが蓄積された。だが応急処置のおかげか、その痛みは先程の物よりも大分マシなものであり、一言痛いという程度の物に収まっている。
「さ、行くぞ」
俺は呆気にとられているシックたちに声をかけ、再びライが行ったはずの道を歩く。
実は俺も驚いている。自分のレベルが上がっていることは体の調子である程度分かっていた。あのグレムウルフを倒したのだから多分、最低でも30以上のレベルが上がっているはずだ。
すると元々の身体能力も才能もなかった俺が、かなり強そうなモンスターも圧倒出来た。
この力に加え俺にはスキルがある。なんかもう、誰にも負ける気がしない。
一応言っておきますと、マサトのレベルは100です。




