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クリア済みゲームを今度はリアルで救う  作者: エスト
第六章 モンスターとの戦争
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第106話 「決死の覚悟」

「……傷、負い過ぎたな……」


 グレムウルフを倒し先へ進もうとするも、足がうまく機能しない。歩もうにもよろよろと左右を行ったり来たり、ろくにまっすぐ進むことも出来ない。

 それどころか意識も朦朧としてきて、体から力が抜けていく。

 戦っている時に発生していたアドレナリンが切れ、ダメージを明確に認識したせいだ。

 血はあまり流れておらず、骨もそこまで損傷している気配はない。だが壁に叩きつけられた衝撃で何もないはずもなく、しっかりとダメージは俺に蓄積していた。

 それでも俺は、おぼつかない足取りで塔の出口へと向かおうとする。


 しかし、1歩進むごとに体に激痛が走る。

 体の隅々までその激痛は走り抜け、俺の意識を刈り取ろうとしてくる。

 2歩3歩、その激痛に耐えながらも歩を進めるが、やがて足の力が抜け落ち、自分の足でないかのように言うことを聞かなくなる。

 ならば両腕で這いつくばっていけばいい、そう思い寝そべりながら進もうとするが、腕も思う通りに動かない。力を入れようとすれば激痛が走り、数センチ進むことさえも地獄の苦しみが俺を襲う。


「こんな……とこで……!」


 軋む体に鞭を入れ、声をあげて必死に進もうとするが、俺の意思とは正反対に体は動こうとしない。

 それどころか、もはや痛みすら感じなくなってきた。体そのものが別の何かに乗っ取られたかのような感覚だ。

 この感覚は、俺に死を予感させた。何度も死を体験した俺の予感。

 死にたくないともがこうと、どれだけ己の心を鼓舞させようとも、死の感覚は俺の体を包み込む。


 まだやらなければいけないことがある。死ぬわけにはいかない。

 生きたい。生きてアカネを助けに……仲間の元へ行きたい。

 その気持ちだけで意識をギリギリのところで保っている。

 だがその抵抗も風前の灯火、俺の意識は薄れゆく。

 思考もままならない。心の鼓舞すらも不可能な状態へと陥り、やがて、俺は意識を失った。



 モンスターと人間の戦いは人間の完全な敗北と見て間違いなかった。

 ネストドラゴンという規格外のモンスターの切り札によって、街は混乱に陥った。

 冒険者たちが必死になって敵を倒すも、数はモンスターの方が数倍も数十倍も多い。一人一人の力が優れていようとも、制圧されるのは時間の問題だ。

 この戦いはもはや、人間側がどれだけ被害を最小限に抑えることが出来るのかというものにシフトしている。冒険者は敵を倒しつつも一般人を救出することを最優先に行動し、イルクの水を使用したレイ教徒を用いて退路を築こうとする。

 逃げられる場所など限られている。逃げた先には村の一つも何もないことは分かっている。

 それでも命をつなぐために行動する。

 死んでしまっては再起すらできない。生きている限り何かが変わるかもしれない。

 そんな淡い希望を抱き、人間たちはひたすらに逃げる。


「そのような淡い希望など、霧散するだけとも知らずに」


「……趣味の悪いナレーション、痛み入るよ」


 俺の目の前で敵の幹部の一人であるイースが、画面に映し出されたタストの街の様子を実況している。

 淡々としているように見えるが、喜びが隠し切れないほどに口角がつり上がっている。

 自分の思い通りに事が運んでいるのだ。嬉しくもなるだろう。


「それで、俺をどうするつもりだ?」


 俺は敵の本拠地である城に囚われていた。気絶していた俺に死なぬ程度の最低限の治療を施したのち、玉座の間にある柱に左腕を手錠でしっかりとはめられ、身動きの取れない状況になっている。

 スキルを発動してみても俺にできることは何もなかった。話術で敵を惑わしこの状況を何とかする、それが俺の取れる唯一にして不可能な方法だった。


「あなたには聞きたいことがあるのよ。主に神のことでね」


「……俺が本当のことを言うと思っているのか?」


「嘘をついたらあなたの大切なお仲間が傷つくわよ。戦地からあなたに近しい人間と使えそうな人間は回収済みだから」


「……そういや、この世界には嘘を判別する機械があったな」


 俺がイルクの水を服用したという罪でこの世界の警察に捕まった時、尋問で使われた道具がある。

 あれは神具と呼ばれるもので、天界に属していたこいつが持っていたとしても何ら不思議はない。


「機械は使わないわ。あれは言葉巧みに証言すれば回避できちゃう欠陥品だもの」


「ああ、そう言えばそうだったな」


 俺の名前を言った時、ゲームのプレイヤーネームを使った時は嘘だと判別された。

 その時のように、抜け道はある。


「じゃあどうするんだよ?」


「ふふふふ、有るのよ、あなたが嘘をつこうとすればちゃんと判別できる物が」


 イースは不敵に笑いながら、手を叩いた。

 すると部屋のドアが開き、数体のモンスターと一人の少女が現れた。


「……いないと思ったら、こんなところにいたのか」


「……ひさしぶり、お兄ちゃん」


 現れた少女はアナだった。人の嘘を見破ることが出来るというスキルを持った、タストの街にいたホームレスの少女。

 かつて仲間だった少年たちと別れた後、街から姿を消していた少女だ。


「あんまり驚かないんだね」


「……頭がボーっとしててな。自分でも驚くぐらい、冷静なんだ」


「つまらないわね。もっと驚くと思ったのに。まあいいわ。これからあなたに質問するから、正直に答えるのよ」


 イースは不満そうな顔をしながらも俺に質問をぶつけてくる。


「一つ目、あなたは神の使いなのよね? 行動や言動から判断したのだけど、まだ99%、確信には至ってないの」


「イエスだ。俺は神が異世界から連れてきた人間で間違いない」


「……本当だったのね。忌々しい」


 イースはアナの顔をうかがい本当のことであると確信し、恨みがましく俺を睨みつける。

 別にそんな睨みを効かされても怯えはないんだが、少し勘違いしてそうだから正しておこう。


「俺は神の使いだが、神の仲間ってわけじゃないぞ」


「はあ!? あの神の操り人形でしょあなたは!」


「違うっつの。俺はあの神に無理やりこの世界に呼ばれたんだよ。この世界を模したゲームをクリアしたって理由でな。平和な世界で楽な生活をしていたところをあの神に強制的に連れてこられたんだ。むしろ被害者なの」


「……でも、神の命じた通りに行動してたんじゃないの?」


「してないね。俺は全部俺のために行動していた。ナナとソウラとアカネ、この3人のために行動していただけで、神のために行動していたなんてことは微塵もない。モンスター達を殺していたのも生活の為、それ以上でも以下でもない」


「ほ、本当に?」


「本当です。お兄ちゃんは嘘を言ってません」


「……そう。ならいいわ。あなたも神の被害者として、同情してあげるわ。では二つ目の質問、あなたは神を殺したいと思う?」


「どうしようもなく駄目でアホな神だが、殺したいとは思わない。無理やりこの世界に連れられたことに納得はしてないが、感謝はしてるからな。あいつのおかげでナナ達に会えた。それだけは感謝してる。だから殺そうとは思わない。なんだ? 俺に仲間にでもなって欲しかったのか?」


「仲間ではなく、利用しようと思っただけよ。あなた相手なら神は油断して、作戦の成功率が上がると思ったからね」


 ああ、そういや最終目標は神の殺害だっけ。それなら確かに俺を使えば成功率は上がるかもしれない。

 ほんの数パーセントでも確率をあげようとするその心構えは嫌いじゃないな。


「というか神を交えて話をしないか? 出来るんだろ?」


「……あんな奴、声も聴きたくないわ」


「相当嫌っているんだな。まあ分からないでもない。でもあいつは馬鹿だ。重要なこともポロっと言っちまいそうなほどにな」


「あなた、あいつのことを殺したくないんじゃないの?」


「感謝はしてるし殺そうとは思わない。だけど死んでどうこう思うほどでもない。むしろあいつが死んで新しい神が現れれば、この世界はもっと良くなるんじゃないかと思っている」


「なるほどね。まあいいでしょう。あいつの慌てふためく声も聴きたいし、力も制限されているみたいですしね」


 そう言ってイースはポケットからスイッチのような何かを取り出して押した。

 すると非常にウザったい、常に俺の機嫌を損ね続けた声が響いてきた。


「マサト君、大丈夫かい!? 一体何があったんだ!?」


「あいかわらずうるせえな。俺のことはどうでもいいから、イースと話をしろ」


「…………」


 神は黙った。いつもの軽薄な口調は聞こえてこず、頼んでもいないのに話してくる神が。

 イースも口を開こうとしない。苦々しげな表情を浮かべるのみで、腕を組んでじっとその場に立ちすくむ。重苦しい空気が流れる。

 この場にいるすべては口をつぐみ、1分、2分と時間が過ぎてゆく。

 イースは聞きたいことが神にあるはずなのに、まるで自分から話を切り出すのは負け、そう思っているかのようにだんまりを決め込む。

 そしてさらに5分後、結局何も話さぬままイースはこの場から離れようとした。

 それに続くように、この部屋にいるモンスターとアナも部屋から出ようとする。

 俺はふと考え、アナを引き留めて質問する。


「なあアナ、どうしてモンスター側についたんだ?」


 俺が聞くと、アナは足を止めてこちらに振り返った。


「必要としてくれたから……だよ」


 そう言ったアナは悲しげな表情を浮かべ、この部屋から去って行った。

 必要としてくれたから……か。アナの気持ち、少しわかる。いや、少しどころではない。痛いほどわかる。

 たとえ悪だと分かっていたとしても、必要とされたのならついて行ってしまうだろう。それがアナだ。

 きっと昔の俺も、相手の人格関係なく必要とされていたらほいほいついて行っただろう。


「まあ、もしもの話だがな。おい神、俺の声は聞こえるか?」


「……うん、聞こえるよ」


「お前とあの女に何があったかはこの際どうでもいい。まずは俺を助けろ」


「助けろって……無理だよ。前に言ったでしょ? 僕の力は制限されている。君を助けることは不可能だ」


「はあ? お前言ってただろ? 体の一部だけなら転送できるって」


「そ、それぐらいなら確かにできるけど……でもそれはホントに一部だけだ。今の君を転送できるほどの力は……」


「俺の左手をどっかに転送しろ」


「……え?」


「俺を縛りつけてる手錠を外すにはこの左手がなくなればいいだけだ。それぐらいならできるだろ」


「む、無茶だ! 今の君はただでさえ疲弊している! 左手を失うなんてことになったらかなりの体力を奪われるし、何より君は今の段階でも右腕が使えないんだぞ! 両腕が使えなくて、一体何をするつもりだ!?」


「体力がなくなったらならナナに回復してもらえばいい。ここに連れてこられているはずだ。それに出来ることは限られているだろうが、このままじゃ限られたことすらできない。どのみち俺はお前に左手を転送……切り落としてもらうしか何もやることはないんだよ」


「で、でも……」


「いいからやれ」


 渋る神に俺は静かに促す。

 神はあれでいて心根は優しい奴だ。俺の体を故意に傷つけるなんてことは極力したくないだろう。

 だがそれ以外に今の俺と神自身にやれることなどないことも分かっているはずだ。

 酷なことかもしれないが、やってもらう他にない。


「……きっと、すごく痛いよ」


「死ぬよか痛くないだろ」


「ロクに動けないかもしれないよ」


「今もそう変わんねえよ」


「……死ぬかもしれないよ」


「どうせ殺されるさ。このままじゃな」


「……分かったよ。それじゃあ、やるよ」


 神が言って、俺の左手は光に包まれた。何度も見た事のある、転送時のエフェクトだ。

 俺はその光から目を逸らし、これから来るであろう痛みに備えて思いっきり歯を食いしばり、左手をグッと握りしめる。

 指の爪が左の手のひらに食い込み、血がポタポタと流れる。

 少しの痛みが俺の左手を襲うが、その痛みは一瞬のこと、すぐに何事もなかったように消え去った。


「…………」


 痛みどころか感覚のなくなった左手を、俺は恐る恐る見る。そこには手錠から解放された腕だけが、生々しい断面を残して存在していた。おびただしい量の血を流しながら、俺は苦痛に顔をゆがめる。


「グッ……ァァ……アアアッ……!」


 痛々しい断面は俺に痛みを認識させ、今までにない激痛が襲いかかった。

 だがこの痛みに耐え、俺はさらなる痛みに耐えなくてはならない。

 腕の断面を下に向け、地面との距離を限りなく0にする。

 そして荒くなっている息を整え、俺は静かに唱えた。


「……ファイア」


 直後、断面から火球が出現した。

 現れた火球は地面に激突、霧散した炎は俺の腕に絡みつく。


「うっ……グウッ……!」


 断面は炎に焼け焦がされ、流れ出る血の流出を抑え込む。

 腕を切断された痛み、腕を燃やした痛み、その両方が俺の精神を蝕む。だがこれ以外に俺のできることはない。自分の体を極限まで痛めつけなければ、俺は自由を手に入れることは出来なかった。

 あとはこの痛みに耐えながら、やることをやるだけだ。

 ナナ達を探し、ここから逃げ出す。

 逃げた先には何もないだろう。イースが言っていた通り、生きていれば何かがあるというのは霧散するしかない淡い希望なのだろう。

 それでも俺は、あの3人を生かす…………いや、4人だ。

 4人が生き延び、モンスターの魔の手から逃げ切る方法を探し出すんだ。


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