第104話 「最強の個体」
『というわけで、私は神を殺すし、神の言いなりであるあなたも殺す。そこに変わりはないわ』
とんでもない誤解があるな。俺は確かに神がこの世界に送った、いわば使者ということにある。
危険な世界を救うためにゲーム知識を駆使してなんとかしろ。それが俺に与えられた命令だったこと、そこは事実だ。何も間違っていない。
だが神の言いなりというところは違う。俺はあいつの言いなりになったことなど一度もない。できればモンスターと戦うこともしたくないし、世界を救うことなんか微塵も興味もなければ、やらなければという義務感すらない。
それどころか俺は、俺を否定する人間たちを殺しつくそうとしたほどだ。
まあ、そんなことを言ったところでこいつは信じないんだろうがな。
「で、どうするんだ一体? この塔の先へは進めない。そしてここに踏み入れた時にお前が話しかけてきた。それは俺に……というか、ここに来た奴に何かしようと考えていたんだろ」
『そうよ。まあ何かすると言っても、ただ殺すだけ、ですがね。見せてあげるわ。この塔の主にして蟲毒の称号を与えし魔獣、あなたにとっても非常に因縁深い、グレムウルフを!』
高らかな宣言とともに、俺の目の前が唐突に輝き始めた。
この輝き、神が俺に何かを転送するときに似てる。ということは、あの女が言った、グレムウルフがここに送られてくるということか。
厄介だな。無尽蔵に湧き出るモンスターなんか相手にしている時間はない。
アカネに関してはあの女は関与していないとなると、今何をされているかもまるで予想がつかない。
焦りは募るばかりだ。
と、俺は普通のグレムウルフが出てくると思っていた。だが浅はかだった。
敵はちゃんと言っていた。ここは蟲毒の塔で、蟲毒の称号を与えられたと。
「グルルルルルルルル」
目の前に現れたのは、俺の知っているグレムウルフではない。
まず体躯が違う。通常のグレムウルフよりも10倍は大きい。
そして毛色が違う。まがまがしい黒の毛皮は、とても俺が倒してきたそれとは思えないほどに違い過ぎる。
牙も刺々しく、爪も巨大で鋭利さが増している。俺の推測だが、こいつはおそらくラスボス級の力を兼ね備えた、まさに最強のモンスターだ。
「蟲毒……か。クズはイーバ達だけじゃなかったか」
人間が人間を殺しレベルを上げたように、モンスターにも同じことが言えた、ということか。
この世界に存在する生物すべてにレベルは適用され、レベルを持つものがレベルを持つものを倒せばレベルが上がる。
つまりあらゆる生物は経験値になりえる、ということだ。
あまりにも狂った世界だ。強くなる最速の行動は、同類を殺すことなどと。
どれだけ実力差が離れていようとも、不意を突ければ殺せる可能性などいくらでもある。同類であればなおさらだ。倒されるものは油断し、軽視し、弱者に殺されることなど容易に想像がつく。
「胸糞わりいな」
人の世も、モンスターの世も、権力者によってその命を駒として扱われている。弱者は徹底的に淘汰され、強者の言いなりとなる。
果たして、グレムウルフは今なにを思っているのだろう。
仲間を殺すことを強要され、事実として殺したことへの罪悪感か。
はたまた力を手に入れたことによる高揚か。
いずれにせよ、目の前のグレムウルフという個体は、神を殺すと息巻く一人の身勝手な女の独断によって姿も思考も変容させられた。
その生涯を狂わされたのだ。
目の前にいるのは敵なのに、同情してしまう。
自分の意見などまるで通らない。力ある物に意思を捻じ曲げられ、操り人形も同然となってしまった哀れなモンスターに、哀れみの目を向けてしまう。
だが、俺はこいつを殺し、アカネの元へ行かなければならない。
俺の自分勝手な欲望のために、この哀れなモンスターを殺さなければならない。
初めてだ。モンスターを殺したくないと思ったのは。
今までレベル上げのために散々殺してきたのに、アカネを連れ去ったモンスター達の集団に属しているというのに、俺はこのグレムウルフに対して明確な殺意を持つことが出来ない。
……それでも、こいつへの同情以上に、アカネへの想いは上回る。
『それじゃあ私は高みの見物と行かせてもらうわ。グレムウルフ、やっておしまいなさい』
グレムウルフは命令され、動き出す。
唸り声をあげ、爪を立て、牙を露わにさせる。
俺を殺すという強烈な意思が、空気に伝搬して俺へと伝わる。
それを受け俺も、左手に持つナイフをより一層の力で握りしめ、この強大な敵を倒すための言葉を発する。言ってしまうだけで勝利が確定するスキルを。
「俺は求め————」
「グアッ!」
言葉を言いきる前に、グレムウルフは突進してくる。
口を開き、俺の肉を食い散らかそうとする獰猛な牙をこれでもかと見せつけながら。
俺は直線的なグレムウルフの突進を横に跳んで躱し、再びスキルを発動しようとする。
「俺は——」
しかしまたしても、グレムウルフは俺に突進する。避けた俺に追跡するように、体を急転換させて地面を蹴る。予備動作が見えていた俺はその攻撃を紙一重のところで躱す。
そしてグレムウルフが宙に浮いている状態であることを確認した状態で、スキル発動を再度試みる。
「俺は求める。勝利——」
「グルアッ!」
グレムウルフは空中で体勢を変え、顔を俺の方へと向けた。だがまだ体は空中、俺への攻撃は不可能。そう思っていたが、予想に反した行動をグレムウルフはとる。
跳んだ勢いを殺せずに、顔を向けながらも俺のいる方とは真逆に移動するグレムウルフは、塔の端、壁まで一直線に光速で到達した。
そして俺がスキルを発動する直前に、壁を力いっぱい蹴り飛ばしたグレムウルフが、一筋の矢となって俺を襲いに来る。
完全に油断していた。
スキルを問題なく発動できると思っていた俺は、予備動作を見ていたにもかかわらずにグレムウルフの攻撃を真正面から受けてしまう。
「グッ……うう……!」
咄嗟に左手でガードするも、その勢いは俺のステータスで受け切れるものではない。
攻撃が当たる瞬間に俺は目いっぱいの力で後ろに跳び、微小ながらもグレムウルフの攻撃の勢いを受け流すが、地に足をつけずに支えを失った俺の体は、一気に塔の端まで吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた俺は壁に叩きつけられ、深手を負った。
血は流れておらず、骨が折れた感触もない。だが敵の本気の攻撃をまともに受けたゆえか、体の節々が悲鳴を上げる。
痛みに耐えながら体を立たせ、グレムウルフを睨みつける。
そして再び、スキルの発動をする。
「俺は——!」
だがやはり、グレムウルフはスキル発動を阻むかのように再び攻撃してくる。
俺が言葉を言いきらないうちに、眼前に迫るグレムウルフ。
傷ついた体に鞭を入れ、力を振り絞ってその攻撃を回避する。
今の攻撃、間違いない。
こいつ、俺のスキルを知ってやがる。
そう考えなければ説明がつかないほどに、グレムウルフの行動は都合が良すぎる。
俺がスキルを発動するタイミングに限って敵は行動を開始する。これはもう、俺の能力が完全に相手方に筒抜けということだ。
「……打つ手なし……か……」
スキルを封じられれば、俺の勝てる方法は皆無だ。
さっきは殺したくないだの上から目線なことを考えていたが……どうやら、上はあっちだったらしい。それどころか俺は下の下。敵の足元にも及ばないカス同然の存在。
うぬぼれていたな。スキルを手にし、真っ当な一対一ならば俺に勝てる存在はいないと、高を括っていた。
結果はこれだ。俺の力が足りないばっかりに、スキルが使えないというだけで敗北が決定する。
「グルルルルル……!」
唸り声をあげて俺を見据えるグレムウルフ。
もはや立ち向かう術もなく、俺はただ茫然とその場に立ち尽くす。
ごめんな、アカネ。
俺じゃあこいつを倒せない。どれだけ頑張ったところで、負けることは確定している。
スキルは使えない。ステータスにおいても敵の方がはるかに上手。
俺にどうしろというんだ。
……だけど、やるだけのことはしたんだ。
「俺は……」
「グルアッ!」
全てを諦めた俺の眼前に、グレムウルフは迫ってきた。




