第102話 「最速の行動」
走る。ただ一目散に走る。目的に向かって走り、迫りくる敵を打ち倒しながら。
「メギド・ファイア!」
イーバという人間大砲を抱えながら、モンスターの大群はこれで一方的に倒す。
片手が不自由な俺にとって尋常でないほど体力がそがれてしまうが、今はそんなことを考えている場合ではない。たとえ体力が空になろうとも、足がガクガクになろうとも、ただ目的のために己の体に鞭を打つ。
ほら、なりふり構わない行動のおかげで、モンスター達を殺し、カンドの街周辺にまで来た。
モンスターも街の中には徘徊していない。街の周りにはたむろしているので完全ん静寂とはいかないが、それでも街の中にいるとは思えないほどの静けさであり、ゴーストタウンと化している。
「ここからあと10時間ほどか」
スキルによれば、何事もなく進むことが出来れば2時間で着くはずだ。だが全力疾走とイーバという重りのせいでスキルの示した幻影通り、まるっきり同じ行動をすることは出来ていない。最低で数分、最高でも数時間単位のタイムラグがあると考えるのが普通だ。できれば数分のタイムラグで済んでほしい。
敵が何のつもりでアカネを攫ったのかは皆目見当もつかないが、わざわざ連れ去るということは即座に殺す、傷つけるなんてことはしないはずだ。何かしらの利用価値がある、だから連れ去ったんだ。
問題はどのように利用し、それがどのくらいの時間をかけて行うものかということなのだが、そこはハッキリ言って考えても無駄だ。俺にできることと言えば、敵がアカネに何かする前に助け出す、これ一択だ。
足があまりうまく動かなくなってきたが、それでもなお、俺は足に力を入れ、走り始める。
街を抜けるとモンスターがまるで俺を待ち構えていたのかと思うほどの数が押し寄せ、行く手を阻む。
だが俺には人間大砲がある。これがあれば、スキルを使わなくても倒すことは可能……。
と考えているとき、ふと違和感を覚えた。そう言えば、街に入ってきた時からだ。イーバが魂の抜けた死体のように、なにもしなくなった。命令しなくても無意味に魔法を放ち続けていたのに、今はどれだけ力を入れてイーバの名を呼んでみても、魔法どころか狂った笑い声一つしない。
「おい! イーバてめえ、さっさと起きろ!」
だがイーバは起きない。首をぐったりと傾け、目にも生気が宿らない。
薬切れか。くそ、肝心な時に限って役に立ちやがらない。まるで神と同じだ。
俺はイーバを投げ捨て、自分の力だけで目の前のモンスターに立ち向かう。
手にはナイフ1本、敵の数と強さを考えれば、レベル80ぐらいの冒険者がやっと倒せるぐらいの装備だ。普通の状態では俺に勝ち目はない。
しかし俺にはスキルがある。これを使えば、どんな状態でどんな戦力差があろうと関係ない。
「俺は求める。勝利を」
俺にとっての勝利は今こいつらを打ち倒すこと、ではない。アカネを取り戻すこと、それこそが勝利だ。だから答えを示す幻影は必ずしも敵を倒すことはしない。
攻撃に当たらないように逃げ、逃げ、逃げ惑う。時にはナイフで切り付け敵を倒すこともするが、基本逃げだ。
無駄な戦いはせずに、俺が傷つかないように敵を倒す。
……多少予想はしていたことだが、敵が見事なまでに俺だけを狙う。放置して完全無防備なイーバは眼中になく、俺だけをつけ狙ってくる。
あっ!
俺がイーバを殺せば、それでレベル100になったじゃないか!
っと、そんなことをすればナナ達に軽蔑されるだろうな。たとえ殺したのがイーバのような極悪人だとしても、そんなことを許す奴らではない。
まあだからこそ俺はナナ達のために身を粉にして戦う決心が出来るんだけどな。
「ん? あれは……」
敵からの逃亡とアカネの追跡を続けていると、遠くの方で敵と戦う人影が見えた。
遠目でよく見えず、どこのだれかをはっきりと判断することは出来ないが、おそらくはレイトとその仲間たちだ。俺が敵の大将を倒せと言ったから、今もその作戦通りに動いているのだろう。
これも、予想外と言えば予想外だった。
レイトほどの実力があれば、敵の大将なんか30分もすれば倒すと思っていた。
だがいまだに戦っていようとは思いもしなかった。もしもレイトが予定通り素早く敵の大将を倒してくれていれば……いや、考えても仕方のないことだ。
それにレイトとタメを張れるだけのモンスターをタストの街から引き離してくれていた。そう考えればレイトのこの戦争での功績は計り知れないものだ。
恨むのもお門違いというものだ。
今の俺は助けていくことなんて出来ないが、勝利することは祈っておいてやろう。
レイト、頑張れよ。
そんで俺も頑張る。
モンスターから逃れること3時間後、ついに俺の足にガタが来た。
アカネを助けに行く、俺の体なんかどうなってもいい、そう思っても体は思うように動いてくれない。
震える足に拳を振るい、必死に走ろうと試みるが、全くと言っていいほど動かない。
立ち上がることすら困難だ。
ここでスキルを発動してみても、俺は走り出すことも、歩くこともなく、物陰に隠れて休むという選択をしている。
……これが最速だ。
俺はすぐにアカネを助けに行きたい気持ちを必死に押し殺し、モンスターに見つからない、スキルが示した場所で休息をとる。
息を整え、足に力が戻るのをただじっと待つ。
もどかしい。何もできず、足を止めているはずなのに心臓の鼓動が早くなる。
冷たい汗が額をしたたり落ち、指を小刻みに動かす。
だがそれも時間が経つにつれ鈍くなる。
今まで走ってきた疲れか、急激な睡魔が俺を襲い、瞼が鉛のように重くなる。
眠ってはダメだ。そう思っていても生理現象に抗えない。
俺はこの状況で、スキルを使ってみる。今の俺がすべき最善は何なのか、それを確認するためだ。
願わくば、最善がそうであるようにと、希望を抱きながら幻影を見る。
すると、俺の幻影は気持ちよさそう顔をしながら、目を閉じている。
うん、明らかに寝てる。
最善が安眠であることを確認し、安堵しながら眠りにつく。
目を閉じれば1分もしないままに意識が遠のく。
モンスターも襲ってこない。さすがのモンスターも休みなく戦い続けるということをしないようだ。
……ゲームなら、しようと思えば何徹でも出来たんだがな。
目を覚まし、俺はすぐに行動を開始する。
スキルを発動して俺のすべき行動が何なのか、それを確認してから足を動かす。
一晩寝てスッキリしたのか、思いのほか軽快に足が動いてくれる。
それに頭も冴えているようで、スキル通り動くための集中も途切れる感じが全くしない。
やはり寝ることは大事だな。寝てこそ人は最大のパフォーマンスが出来る。
どれだけ行動に移したくとも、衝動に駆られようとも、欲望のままに動くことは危険だ。
ということを、俺は学んだ。
このおかげで、驚くほどすんなりと俺の進行は進んだ。第3の街、ドサを超え、第4の街、フースも超えた。ゲーム通りならおよそ半分の距離を進んだことになる。敵の本拠地がゲームの最後の街、トラスと同じであればの話だが。
同じであってほしい。スキルを見れば、多分だがアカネは敵の本拠地に連れて行かれたはずだ。
そうでなければ説明がつかないほど、俺のスキルの示す幻影の行動距離と時間はとてつもないことになっている。当初は10時間ほどで着くはずだったのに、今では最速でも2日以上かかることになっている。
幸いにも食料や水はカードの中にしまっているから生活には問題ない。問題があるとすれば、アカネの精神が耐えられるかどうか、ということだ。アカネはこれまで一人きりになることなどなかった。常に俺かナナかソウラがいた。それがいきなり一人に、しかもモンスターに囲まれた地になど連れて行かれ、正気を保っているかどうかも分からない。
というかアカネに限らず、子供がそんな状況に陥ればみな泣き叫ぶことは間違いない。
たとえ冒険者として活動していたとしても、心細いものは心細いだろう。
そう思えば、自然と足に力が入ってくる。
何とか最速でアカネの元にたどり着けるよう、精一杯の力で足を動かす。




