第101話 「連続的な不幸」
この街はもう終わりだ。高レベルの冒険者が粉骨砕身、身を粉にして街に放たれたドラゴンと戦えば、人類の滅亡という最悪の事態は防げるかもしれない。だが、この世界の人類の繁栄は望むべくもない。
世界の人口は著しく減ることは避けられず、モンスター達に支配される未来しか見えない。
もう……終わりだ。
「ナナ、すぐに来い!」
俺はこの場にイーバだけを残し、ドラゴンがはびこる街の中へと身を投じた。
ナナはあたふたとしながらも俺について行き、周囲の惨状に心を痛めながら走り続ける。
「マサトさん、どこに行くんですか!?」
「アカネとソウラのところだ。2人を連れて逃げるんだよ」
「逃げるって……どこに行ったってもうモンスターが……」
「俺のスキルを使えば逃げ切るぐらいのことは出来る。この街の人間は見捨てることになるが、それはもう仕方がない。これは負け戦だ。自分たちが生き残ることだけを考えろ」
「でも……! いえ、確かにもう、私たちに勝ち目なんて……」
食い下がろうとするナナだったが、この状況を冷静に判断し直し、自分たちに勝機がないことを悟ったようだ。
心優しいナナには酷な選択をさせてしまった。それについては、心底申し訳ない。
俺の思慮が浅かったせいでこの街は壊滅の危機に陥り、罪なき人間を何人も見殺しにすることになった。
俺はもはやこの世界の人類など、ナナ、ソウラ、アカネ、マキナの4人を除いてどうでもいい存在だ。ぶっちゃけ、死んでも何とも思わないだろう。
しかしそんな考えを持つのは俺だけ、この惨状で大切な人、そうでなくても人間が死んでいく様を見れば、耐えきれるものではない。
「ナナ……ごめんな……」
「マサトさんが謝ることはないです。マサトさんはやれる限りのことをやりました」
それは心からの言葉だっただろう。俺自身、ナナ達には申し訳ないと思いつつも、俺は出来る限りやったと、少なくとも糾弾される立場にはないと考えている。
だが、ナナを悲しませてしまったことは事実だ。
たとえ俺を非難する人間がいなくとも、俺自身が許せない。
「これでアカネたちにもなんかあったら……考えただけでゾッとするな」
必死にアカネたちが滞在するソウラの家に、全速力で向かう。
イーバの近くに置かないように、街の安全な場所に置いておいたのが仇となった。
どこか別のレイ教徒の傍に置いておくことが、今回の場合においてのベストだった。
まあ結果論といえばそれまでだが、失策であることに変わりはない。
どうか、無事でいてくれ!
時間にして10分、走っている最中に何度もモンスター達に襲われた。
他にもたくさんの人間がいるというのに、そいつらには目もくれずに俺とナナに襲いかかってくる。
スキルを用いながら最短ルートで安全かつ確実に向かっているが、敵の数が多すぎる。最短ルートだというのに、20分はかかる。
モンスターの奴ら、俺を重点的に攻撃しろと言われているとしか思えない狙い方だ。
名指しで殺す宣言されたのだからこの仕打ちも当然と言えば当然なのだが、にしてもやり過ぎだ。
レベル20ちょいの冒険者相手に向ける刺客の数じゃない。
「一体、俺に何の恨みがあるってんだ」
こうも狙われる筋合いなんか俺にはない。むしろレイトやシャドウ達、高レベル冒険者の方がモンスターをたくさん殺してるんだから、そっちを狙うべきだ。
俺がしたことと言えば、グレムウルフを追っ払っただけだ。しかもそれをやったのは本当はナナ、何もしてない。
モンスター達に恨まれるようなことは、なに一つとしてしていない。
こんな目に合うことすら理不尽なのだ。
「なのに、なんで続々と現れるかなあ」
幸いにして敵は俺がスキルを使ってうまく立ち回れば撃退できるレベル。それに連携などはしてこないから、比較的戦いやすい。
けど、さすがに集中力にも限界は来る。所々でスキルの示した幻影とは異なる動きをしてしまい、致命的な攻撃をくらいそうになることも幾度とあった。
そこをナナがうまい具合に魔法で手助けしてくれて事なきを得ているが、そんなうまいことがいつまでも続くとは考えにくい。
そう時間がかからずに、俺はモンスターの餌食になることは避けられない。
「くっ……!」
ドラゴンの爪先が俺の肩をかすめた。ダメージは大きくないが、俺の戦いに限界が訪れつつあるということだ。
無駄のなかった動きもほころび始め、精彩を欠きだした。
……仕方がない。アカネたちの元にいち早く行きたいが、死んでしまっては元も子もない。
「ナナ、一旦隠れるぞ」
「っ……はい!」
一刻を荒らす事態、それが分かっているからナナは隠れることに一瞬躊躇を見せる。
だがその決断は1秒にも満たない即断、それぐらい切羽詰まっているということだ。
「スキルを使っても、アカネたちの元へ行くのは至難だな」
長距離の移動になればなるほど、スキル通りに動くことが難しくなってくる。しかも敵が多いから俺の動きも複雑になる。かといって逐一スキルを発動することも困難だ。無数の敵が襲ってくるというのに、スキル発動の言葉を述べるだけでも命取りになりかねない。
本来ならあと数分で着くはずなのに、予定の半分も進めていない。
「ナナ、敵の様子はどうだ?」
「えっと、誰を倒すでもなく、何か探してる雰囲気です」
「くっそ、マジで狙いは俺なのかよ」
他の住民や冒険者に目もくれずに俺の討伐に乗り出ていることから、奴らの狙いの一つが俺個人だということはもはや確定だ。
だがそれは、ある種の希望でもある。俺が敵に捕まらずに健在であるならば、他の人間への危害は最小限であるはずだ。
そう、アカネとソウラはきっと、まだ無事なはずだ。
安全に確実にアカネ達のもとにたどり着く、その後にこの街の外に出て、レイ教徒のやつを一人担いで逃げ出し、俺のスキルをうまい具合に活用すれば、逃げ切ることは容易なはずだ。
さらにもっとうまくいけば、俺という狙いが見つからないモンスター達が立ち往生し、なすがままにやられてしまうかもしれない。
ああ、全部が全部、楽観的で理想的なことを言っているのは分かっている。
だが、そうとでも考え、実際にそうなることを願う以外に、俺に残された手はない。
「あっ、マサトさん! 敵が近づいてきます!」
「もうかよ。仕方ねえ、出るぞ」
左手にナイフを携え、俺は再び戦地へと舞い戻る。
敵に見つかり切る前にスキルを発動し、最短ルートを頭に叩き込む。
何度もスキルを発動してはいけない。できるだけこの時の幻影だけを頼りに、一瞬のすきも見せないように行動しなければ、即座にゲームオーバーだ。
「ゲッ!?」
目の前に、今まで倒したドラゴンの中でもひときわ大きなドラゴンが立ちはだかった。
動きを硬直させてしまい、スキルが示した行動とは違う行動をとってしまった。
これで運命は再びリセットされた。すべてが俺のために動く世界から、俺を見放した世界へと。
「しょうがねえ、迂回するぞ!」
勝てそうにないドラゴン相手はしない、逃げるが勝ちだ。時間がかかってしまうが死んでしまっては元も子もないのだから、これが当然の行動であり最善の行動だ。
さらに道中、幾度も勝てそうにないモンスターが現れ、何度も時間をロスしてしまう事態に陥った。
結局アカネ達のもとにたどり着いたのは、走り始めて1時間が経った頃だった。
「……マジかよ……」
あるはずの物が、そこにはなかった。
ソウラとアカネがいるはずの家が、燃えている。
およそ人が中にいてはいけない、いたら死ぬことは確実なほどの豪炎をまき散らしながら。
「ソウラ! アカネ!」
俺は何も考えずに飛び出そうとした。
そんな俺の体を、ナナが力いっぱい引き止めた。
「待ってください! こんなとこに入ったら、死んじゃいます!」
「知るか! あいつらが生きてなきゃ、俺が生きてる意味がないんだよ!」
「……私が水魔法で出来る限り炎を消します。だから、少しだけ待ってください」
「……頼む」
力を抜き、燃え盛る家の中へと向かう足を止める。それが一番早いと判断したからだ。
口惜しい。中に入れば即座に死んでしまうというのに、早くこの中に入って、中にいるかもしれない仲間たちを救ってやりたい。
その衝動を必死に抑えながら、俺はナナが魔法を放つのをじっと待って堪える。
「では行きます。…………ラージウォーター!」
ナナの手元から、大量の水が噴射される。
だがたった一度の魔法では足りない。ナナの最大範囲の魔法であるが、燃え盛る家の大きさには半分にも満たない。所々の炎は消せても、再び周囲の炎によって再度燃え盛る。
それを見てナナは、1秒の間隔も無しに、魔法を放ち続ける。
2発3発4発と、広範囲の魔法を出し続ける。
そして10発に届こうかという回数繰り返したところ、ようやく全体の炎の勢いが止み始めた。
まだまだ炎の勢いは弱いとは言い難いが、最初に比べれば全然マシになった。
この勢いなら、行ける。
「ナナ、俺はもう行く! ナナは敵に見つからないようにどこかに……」
そう言った直後、燃え盛る家の中から誰かが出てきた。
両の腕には2人を抱え、首に小さなドラゴンが入った籠を下げて、顔に焦げ跡を残した一人の女性。
苦悶の表情を浮かべながら、その女性は一歩、また一歩と踏み出し、燃え盛る家から脱出する。
「ソウラ!」
「……マサト、か……?」
息も絶え絶え、意識があることが奇跡的にすら思えるほどに、ソウラの体は傷ついていた。
両脇に抱える2人、シーラとゴーマには目立った外傷はない。
ソウラは襲い来るドラゴンに、2人をかばいながら戦っていたのか。
……2人?
「おいソウラ……アカネはどうした?」
「……すまん。アカネは……攫われた……」
「な……に……?」
強烈な眩暈が俺を襲った。
アカネが……攫われた?
「攫った奴はどこに行った!?」
俺は傷ついているソウラの体を揺らしながら、必死に問いただした。
だが力尽きたのか、ソウラは目を閉じ、俺の寄りかかるように体を寝かせ、気を失った。
「お、おい……ナナ!」
「はい! ヒール!」
気を失ったソウラにナナが回復魔法をかける。
傷は塞がり、やけど跡はきれいさっぱりと消え、ソウラの顔に生気が徐々に戻ってきた。
「よかった。気を失っていただけみたいです。あと1時間もすれば意識を取り戻すと思います」
「そうか。ナナはソウラの回復を続けてろ。俺は、アカネを連れ戻しに行く!」
「……止めても、行くんですよね?」
「当たり前だ。ナナはソウラの傍にいてやれ。アカネのとこには、俺一人で行く」
「……死なないでくださいね」
「お前たちを泣かせるような真似は、絶対にしないよ」
ソウラはナナに任せ、俺はスキルを発動してアカネの位置を把握する。
……まだ近い。
待ってろアカネ、俺が今すぐ、助けてやるからな。




