第10話 「ラスボスはすでに死んでいた」
「私が……殺されることを望んでいると?」
「ああそうだ。さっきからあんたの言葉を聞いているとそういう風に聞こえてくるんだ」
ミスったかな、面と向かって堂々と言うことじゃないか、どうか機嫌を損ねませんように……
「私が、望んでいる……確かにそうかもしれませんね。私は力が衰え始めた時に体の奥底から不思議な感覚があったのです。私が殺してきた人間の顔が浮かんできて、何とも言えない気持ちになったのです」
こいつ、もしかして罪悪感を感じているんじゃないか? 人間を殺してきたことに。
「それだけではありません。私があなた方を呼び止めるときに「待って」と言っていたのを覚えていますか? あのように私の中には何かが潜んでいるように感じているのです。そしてその何かが悲しみに満ちている、そんな気がするのです」
コイツの中に別の何かが潜んでいる? コイツの中には2つの魂がある的なことなのか? そしてその何かはおよそモンスター達がもつ心とはどこか違うってことなのか?
「そのお前の中に潜んでいるものに何か心当たりとかはないのか?」
もしかしたらこの世界のボス級のモンスターは何か特別な物が備わっていて力が衰えだすと人間に対して攻撃しなくなるんじゃ……
俺が都合のいい考えをしているとレッドドラゴンはこう答える。
「心当たりはありません。このような不思議な事態は我らが主、グラシャ=ラボラスが突然消息不明になって以来です」
…………グラシャ=ラボラスが……消息不明?
「なあナナ、グラシャ=ラボラスが消息不明ってどういうことだ?」
「ああ、グラシャ=ラボラスは神様が殺したんですよ」
「は?」
「えーっとですね、どういうことか説明しますと――――」
話をまとめるとこうだ。
神は1つの世界で1度だけ命に干渉できるという話らしい。その力を使いゲームの世界でのラスボス、この世界でもかつてすべてのモンスターの支配者であったグラシャ=ラボラスを葬ったらしい。
なぜ神がそのようなことをしたかというと、数100年前までモンスターは複数の群れが存在し各地域を縄張りにしたのではなく、グラシャ=ラボラスを主とする1つの集団が1つの地域を支配しているだけだった。神はその集団がいずれ人間たちに牙をむき襲ってくるのではと考え、神の権限を使い集団の主であるグラシャ=ラボラスを葬ろうと考えた。そうすれば主を失ったモンスター達は混乱に陥り人間に牙をむくどころではないと考えた。
しかし結果は違った。主を失った集団は混乱に陥るどころかこれ幸いと世界中に飛び散り集団を作り人間たちを襲った。神のやったことは完全に無駄、それどころかこの世界を最悪の事態にさせたのだ。
あの神ほんとろくなことしないな。てか神の権限が1回しか使えないってことは俺の世界から誰かが転生されることはないってことだよな。
「なあナナ、あのゲーム、俺たちの世界以外にどれくらいあるんだ」
「ありませんよ。あのゲームはマサトさんの世界に合うように作りましたから」
そうか、じゃあ他に転生者は来ないってことか。まあ来たところで俺と同じニートだろうから別にいいけど……というか今はそれどころじゃない。
「ありがとうナナ、教えてくれて」
レッドドラゴンは嘘をついてるようには見えない。ここはこいつの言う通り殺す方が得策だよな。
「分かった、お前を殺す。そんでここのことは一切話さない。誓おう」
「ありがとうございます。私の弱点、心臓は腹部の中心にあります。そのナイフで刺してください」
俺はレッドドラゴンの言う通り心臓のある腹部を刺そうとレッドドラゴンに触れる。すると、
「な、なんだこれは!」
俺がレッドドラゴンに触れると突然レッドドラゴンが光り輝きだした。そしてレッドドラゴンが雄叫びを上げる。
「グアアアアアアアアアアア!」
やっぱり罠だったか、いや、だがこいつも苦しんでいるように見える。こいつにとっても不測の事態なのか?
俺があらゆる可能性を考えているとレッドドラゴンの体が崩れ落ちていく。
「なんだってんだよ!? ナナ、ソウラ、いったん離れるぞ!」
俺の声を聞きナナとソウラはレッドドラゴンから離れ様子をうかがう。
そしてレッドドラゴンの体が完全に崩れ落ちたのを確認し、俺たちはレッドドラゴンがいたところに近づく。するとそこにはナナよりもずっと幼い、裸の女の子がいた。
「これは、人間?」
うん、これはあれだ。わけわかんない。とりあえず俺は何をすべきかな? ああそうだ、この子裸だし布でも被せてやるか。
俺は上着を脱ぎ女の子に被せる
よし、これで問題ない…………
「って問題ありすぎだー! なにこれ、えっ、どういうこと? ナナ、俺何したらいいの? どうしよう!? どうしよう!?」
「お、落ち着いてくださいマサトさん! こいうときはとりあえずあれです。そうだ、素数です。円周率です。数えればいいって聞いたことあります」
「そうか、素数か! えーっと、3,5,7……あれ? 素数って2からだっけ?」
「いえ、たしか1も、いや、1とその数でしか割れないから確か2からです。あと円周率って3.14のあとって分かります?」
「円周率って大体3だろ。そっちより素数を数えよう。2,3,5……」
「落ち着け、お前たち。そんなもの数えて何になる」
俺とナナが素数と円周率を数えているとソウラが中断させる。
「パニックになる気持ちも分かるが現状をちゃんと把握しろ。今はこの女の子をどうするかだろ」
ソウラ……やっぱこいつは大物なのか? この状況でどうして落ち着けるんだ。
「とりあえずここから離れよう。あのレッドドラゴンがいなくなったから周りのドラゴンたちが何をするか分からん」
そういえばここって洞窟の中だっけ。って周りダルトドラゴンだらけじゃねぇか! ああ死んだ。神様、次はどうか平和な世界で生まれ変われますように…………あの神じゃ祈っても無駄か。
俺が死を覚悟すると突然どこからともなく声が聞こえる。
「やあやあマサト君、困ってるみたいだねー」
この声、この口調、まさか!
俺が声のした方を向くとそこには俺の命を奪い危険な世界に放り込んだ張本人、神のくそ野郎がいた。
「神、お前何しにここへ……ていうか助けろ! 何とかしろ!」
「まあまあ落ち着いて、今回はちょっと話が合ってね」
「話なんかしてる場合か! 周り見てみろ、ダルトドラゴン!」
そういやこいつって確か神の権限使ったから殺しは出来ないんだっけ。でも一応神なんだし追い払うぐらいは……
「わあ、本当だ。ダルトドラゴンがこんなにたくさん。じゃあ話はまた後にするね」
にげるなあああああ!
「まってください神様! お願いです! 何とかしてください!」
「あ、ナナ、2、3日ぶり。いやな上司の神だよ」
「うっ、聞いていたんですか神様」
「なあマサト、さっきからこの者のことを神と呼んでいるがどういうことだ?」
そうか、ソウラは知らないんだっけ、こいつが神だってことを。
「説明は後だ。今はこの状況を何とかしよう」
神の奴はあてにならないっぽいし勝ち目は薄いけど戦うしかない。
「まあ今回は特別に助けてあげるよ。とりあえずギルドまで飛ぶよ。えいっ」
神がそう言うと俺たちは洞窟から一瞬でギルドの前まで移動した。
助けてくれるんならさっさとしろよ。無駄に覚悟しちゃったじゃないかよ。
「ここはギルド!? どうなっているんだマサト! あの神と呼ばれる者の仕業か」
「ソウラ、今はそれよりこいつから話を聞きたい。後にしてくれるか?」
「むう、分かった。だがちゃんと説明しろよ」
「分かってる、それで神、俺たちに何の用だ?」
「今回はその女の子について説明しようと思ってね。とりあえず人があまりいないところに移動しようか」
俺たちは俺とナナがいつも泊まっている宿屋に行った。




