クリスマスイブ
「名付けてクリスマス大作戦。決行は10日後のクリスマスイブの日だよ」
ピシリと見えない未来を指さして二ノ宮は言い放った。
俺はごくりとつばを飲み込む。
「クリスマス大作戦……」
なんのひねりもないネーミングだが『胸キュン☆ゲット大作戦』よりはだいぶマシだ。
それからこの10日の間、唯との関係はあいかわらずぎくしゃくするものだった。
清瀬からの情報で、この十日間の間に、唯は2人の男子生徒に告白され、そしてお断わりをしたそうだ。理由は聞いていない。
俺に毎日のようにクリスマスの予定を聞いていていた後輩ちゃん達には正式にクリスマスには予定があるということを伝えた。
後輩ちゃんたちは残念がったが、そのあとはクリスマスの話には触れなくなり、今度は、来年の初詣を一緒に行こうと言い出してきて困った。
12月24四日。俺と二ノ宮は池袋シャンシャインシティ1階の中央広場にいた。
中央広場は、3階まで吹き抜けになってい。そこに大きなクリスマスツリーが配置されているのだった。
見上げるほどの高さのあるクリスマスツリーは見ものだ。
「高いなぁ」
「高いねぇ」
アホみたいに口を開けてクリスマスツリーを見上げる男2人。
「ムードは万全。クリスマス大作戦はばっちりだよ」
二ノ宮はにんまりと笑って見せた。微塵も失敗することは考えてなさそうなその笑顔に、俺はノエルを思い出だして、嫌な予感がした。
ノエルも毎回、何の根拠もないくせに自信満々の笑顔を浮かべていたのだ。
二ノ宮と清瀬が考えてくれたプランはこうだ。
クリスマスイブはちょうど金曜日で祝日。この日は事前に、二ノ宮は俺と、清瀬は唯と自然に買い物に行く約束をしておく。
そして、当日、時間を決めてシャンシャインシティ中央広場で偶然出会ったように見せかける。
二ノ宮と清瀬は頃合いをみて姿をくらまし、俺と唯だけにする、というものだ。
「早く着きすぎてしまったな」
俺はスマホで時刻を確認しながら言った。鉢合わせするのは12時と決めていたが、俺たちは15分も早くここにたどり着いたのだ。
「女の子より早くくるのは男のたしなみだよ」
「そういえば、二ノ宮は森林公園に行ったとき、30分以上前に来ていたよな。よく暑い中、待っていたよなぁ」
まだ半年も経っていないのに遠い昔のような気がする。
「あの時はまだ清羅ちゃんと付き合ったばかりのころだったからね。きもちだけが焦って、いつも早めに来てしまっていたよ。今はそうでもないけれどね」
「とは言っても早めに来るんだろ?」
「そうだね。5分前には来てるかな」
そこに、どこかで聞いたような声が聞こえてきた。
「まあ、きれい。大きいわね」
「本当だね。どうやってこんなに大きな木を中にいれたんだろうねぇ」
声のするほうに目線を向けると、そこには知っている人がいた。
ただし、いつもきりっと後ろで長い髪を束ねて質素なスーツをきている恰好ではない。
髪をおろし、緩やかに毛先を巻いて、ラメの入った紺色の膝丈のスカートにロングブーツ。黒いコートにうすいピンク色のマフラーを巻いているその人は、泉先生だった。
「ねえ、あの人、もしかして泉先生かな?」
「もしかしてじゃなくても泉先生だろ」
自分を見つめている2人の男子生徒の目線に気づいたのか、泉先生がこちらを見た。
泉先生はプライベートを生徒に見られて「しまった」というような表情を一瞬浮かべたが、すぐににこやかに微笑み返してきた。
「小林君に二ノ宮君、あなたたちもクリスマスツリーを見に来たの?」
「ここで待ち合わせをしているんです」
「まあ、ダブルデート?」
「そんなところです。それより泉先生……」
俺はにやにやした笑みを浮かべて、泉先生の隣に寄り添うように立っている男性を見た。すらっと背が高くて、フレームなしの眼鏡をかけている。髪は短めだが少し茶色く見えるのは染めているのか。
タイ巻きにしたマフラーの色は紺色は、泉先生のスカートの色と、あつらえたかのようによく合っている。
「泉先生、お隣の方は彼氏ですか?」
「か、彼氏ってそんな……」
泉先生はほんのりと頬を赤く染めた。男の人が泉先生に問いかけた。
「小百合の生徒たちかい?」
「そうよ」
こくりと頷く泉先生に、男の人は小さく頷くと俺たちに向き直った。
「初めまして。君のおさっし通り、小百合、いや泉先生の彼氏の吉川です。
よろしく」
俺たちをしっかりと見つめ、にこりと笑う。大人の男の笑みとはこういう笑みを言うんだろう。
かっこいいと素直に思った。
「泉先生に数学を教えていただいている高校2年の小林です」
「同じく二ノ宮です」
それぞれ小さくお辞儀をして挨拶する。
「高校2年生かぁ。若いなぁ」
そういう吉川さんも充分若いです。
「泉先生には数学の授業でお世話になっています。泉先生のおかげで、この前の中間テストではよい点がとれました」
「へえ、それはすごいね。けれど一番は君が努力した結果だよ」
「2人とも、このことは学校であまり言いふらさないでね」
「ええ? 別にいいじゃないですか? 先生だって人間なんだから彼氏の一人や二人いたっていいし、今の恰好のほうが断然かわいいので、今よりもっと先生の人気が高くなって、生徒の数学の点数が高くなって良いことづくめだと思います」
「こらこら、小百合をそそのかすことをいってもらっちゃ困るな。小百合がもてたら、俺が嫉妬してしまうだろう?」
言ってウインクをする吉川氏。
大人の色気だ。大人の余裕だ。
「仕事は仕事。プライベートはプライベートと切り分けるのがわたしの主義です。小林君、今日の先生たちのこと、盗撮したらダメだからね」
メッ! というような表情を浮かべる泉先生。
普段の泉先生よりも幼くみえるその行動は、この場に男子生徒がいたら、ほとんどの人が惚れてしまっていたに違いない。
後ろでにらみをきかせる吉川氏の目が怖くてそんなことは言えないが。
「盗撮なんてそんなことはしませんよ。あはは」
以前の自分の行いを思い出して、ぎこちない笑みを浮かべる俺。その隣で二ノ宮が腕時計を確認し、「あっ」と小さな声をあげる。
その様子で吉川氏は悟ったらしい。
「そろそろ待ち人が来る頃かな。余計な大人は離れることにするよ。お互い、クリスマスイブを楽しもう」
「泉先生と吉川さんも」
「夜遅くまで遊んでいちゃダメですからね」
「はーい」
泉先生たちが去ってから、二ノ宮は感心したように言った。
「泉先生って、あんなにかわいかったんだね」
「おいおい、二ノ宮には清瀬がいるだろ?」
「彼女がいても、ほかの女の子のことをかわいいと思うことは犯罪じゃないよ」
「まあそうだな。同じ言葉を清瀬の前で言ってみろよ」
「口が裂けても言えない」
二ノ宮は断言した。
「12時3分。そろそろだと思うんだけど」
「近くには来ているはずだよな」
周りをきょろきょろする俺たち。場所がクリスマスツリーの前というだけに、待ち合わせをしている風の人たちがあちらこちらに立っている。
ここは渋谷のハチ公前か? と思うくらい人がいる。
カップルでクリスマスツリーを見上げる人たちもいて、このあたりではきっと胸キュンが飛び交っていることだろうと思われる。
ノエルのやつ、今日は胸キュン集めにあっちにこっちに飛び回っているんだろうな。
それはそうと、この中から偶然を装うように、唯や清瀬を探すのは大変だぞ。
と、背後から声がかかった。
「小林君じゃない?」
振り返るとそこには三瀬がいた。そして三瀬の隣には佐々木がいた。
「三瀬に佐々木じゃないか」
俺が返事をすると、三瀬は俺と二ノ宮を交互に見つめながら言った。
「小林君のお友達も一緒なのね。こんなところで会うなんて偶然ね」
二ノ宮は誠心のアイドル三瀬と思いがけないところで会話することになり、若干緊張しているようだが、そつなく挨拶をした。
「こんにちは、三瀬さん、佐々木君」
「こんにちは」
佐々木が割って入る。
「男二人でデートか? 寂しくね?」
「待ち合わせしてるんだ。女の子は後からくるんだ。佐々木達は買い物か何か?」
「うん、まあそうなの。わたしたちは……」
三瀬が最後まで言う前に、佐々木が言葉を重ねるように言った。
「今日は二人でデートなんだ」
三瀬が恥ずかしそうに頬を染める。
「ほほう、デートねぇ」
佐々木も成長したものだ。三瀬に告白してもいつも振られ、俺をプールの更衣室の横に呼び出して、俺を三瀬から離せさせようとけん制したりしていたのに。
三瀬もあの頃は、佐々木のことをなんとも思っていなかったようだが、今では佐々木のことを好きらしい。
文化祭に向けて、ダンスの練習を重ねているうちに仲良くなり、文化祭で佐々木の告白を受け入れてから、ますます三瀬は佐々木に心を許すようになったようだ。
そこに、台本を呼んでいる大根役者のようなセリフを言いながら清瀬が現れた。
「あれ、翔君、どうしたの?」
「清羅ちゃん、今日もかわいいね」
「小林君も一緒なのね。まあ、三瀬さんと佐々木君まで」
「俺が小林達をたまたま見かけて声をかけたんだ。男子二人、寂しそうにクリスマスツリーの前で立っているからさ」
「蹴斗、失礼ことを言わないで。小林君たちは待ち合わせをしていたっていっていたでしょ? 小林君、待ち合わせの相手がやってきてよかったわね」
「え? 待ち合わせって何?」
状況を知らない唯が不思議そうに首をかしげる。
唯は清瀬に誘われて、買い物にきただけのつもりなのだ。
俺はその場の空気を変えるようにひときわ大きな声を出した。
「まあまあ、せっかくここでみんなで会えたことだし、一緒にどこかに行かないか?」
佐々木が乗ってきた。
「おお、それいいね」
三瀬も胸の前で手を合わせて、微笑む。
「楽しそうね」
「清瀬と唯は?」
「かまわないわ。唯もいいよね。買い物は後からでもできるし」
「そうね」
二ノ宮が誰に問うでもなく問いかける。
「どこに行く?」
三瀬が顔を輝かせて提案した。
「ゲームセンターなんてどうかしら?」
佐々木がパチンと指を鳴らす。
「いいじゃん、それ」
「まあ、ゲームセンターなんて久しぶり」
「楽しそうね。わたしは車の運転がしたいわ」
「わたしあそこの太鼓が好きなの。小林君も得意でしょ?」
「うん、まあ」
「うん? 美月、どうして博士が太鼓が得意なことを知っているんだ?」
「前に一緒に行ったことがあるからよ」
「ええ? そうなのか?」
俺は思わず額に手を当てた。三瀬、今、とんだ爆弾を落としたぞ。
「それどういうことだよ。俺に内緒で博士とゲーセンいったの?」
「蹴斗と付き合う前のことよ」
唯が三瀬と佐々木の会話に聞き耳を立ているのが分かった。
俺は慌ててみんなを促した。
「ここでみんなで立ち話をしていたらみんなの迷惑になるから、とりあえず移動しようぜ」




