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胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
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挙動不審

 月曜日の登校途中の朝、少し前を歩いている唯を発見。

 今まではなんともなかったのに、その姿をみるだけで俺の胸は高鳴った。


 今まで通りに接すればいいだけのことだ。俺は自分を無理やり落ち着かせ、歩調をはやめて唯に近づいた。


「唯、おはよう」


 声をかけると、唯が振り向いた。俺を認め、「あっ」と口の中で小さく言うと、その顔をひきつらせる。


 は? なぜに?


「お、おはよう。ヒロ君」


 声も少し上ずっている。

 唯のいつもとは違う様子に、俺は内心あせったが、それを表にださないようにして言った。


「おはよう。ゆっくり休めたか?」


「う、うん。めずらしく休日はずっと寝ていたよ。いろんな夢をみた。どこからどこまでが現実でどこからどこかまでが夢なのか分からないくらい」


 胸キュンのターゲットになったり、アニスに付きまとわれた挙句、憎悪の弾丸を受けたりとか、異世界に行ったりとか、本人にはよくわからないものに巻き込まれたからな。

 ずっと寝ていたというのはその後遺症なのかもしれない。眠りは精神を癒すというし。


「そうか。体調は大丈夫か?」

「大丈夫よ。今日からまた走り込みするわ。そうだ。ここから走って登校しちゃおうっかな。じゃあ、またね」

 唯は言うと、プリーツのスカートをひらめかせて、本当に走っていってしまった。

 唯らしいといえば唯らしい。

 でもなぜか俺は唯に避けられたような気がして気になった。


 それ以降、気づけば、いつも唯の姿を探していて、校内で見かけると、いちいちいちいち目で追っている自分がいた。

 唯を見つめすぎているせいか、唯と目が合う回数も増えた。ぱっと目線をそらすが、すぐにまた唯を見つめている。


 これが恋をしている、というものなのだろうか。

 今までにない、初めての感覚だ。

 ギャルゲーで何人ものヴァーチャルな女子と恋愛をしてきたが、やはりリアルは感覚が違う。

 この内側からあふれ出る感情を持て余しながらも、その心地よさに浸っている自分がいる。


 はっきりと言おう。俺は唯に自分の気持ちを伝えたい。


 唯が俺のことを好きだということは分かっている。

 唯から直接聞いてはいないが、この前の件で、おごりではないが、唯の気持ちはわかっているつもりだ。


 しかし、怖い。唯に告白してあっさりふられたらと思うと怖いのだ。

 唯は俺のことを好きだと分かっているのに、告白して振られるのが怖い。

 確率的には振られることはないはずなのだが、それでも怖い。


 相手が自分のことをどう思っているのか分からないのに、自分の思いを伝えたことのある世の中の男子すべてを尊敬したい。


 ここに恋のアドバイスをしてくれるノエルはいない。

 これは自分で解決しなれければならないものなのだ。

 

 唯にこの気持ちを伝えよう!


 しかし、なかなか唯とゆっくり話すチャンスはやってこなかった。

 どうも、唯に避けられている気がする。

 登校途中に日常的にあった、唯から声をかけられて挨拶を交わすことはなくなった。だから俺から声をかけるのだが、唯は一言挨拶すると、すぐに逃げるように背中をみせて駆けて行ってしまうのだ。

 校内でも廊下で唯を見かけて声をかけようとすると、唯はさりげなく俺から遠ざかっていく。


 そして、決定的な出来事がおきた。唯が前の科目と次の科目との間にある短い休み時間に、俺の教室を訪れた。そして二ノ宮に国語の教科書を借りて行った。

 なんで二ノ宮? こういう場合、俺から借りるのが普通だろう? いつもそうだったじゃないか。


 いったいなんなんだ。

 唯は俺のことを好きなんじゃないのか。

 俺のことを嫌いになったのか?

 人の気持ちは変わりやすいというからな。

 しかし、人の気持ちは変わりにくいという言葉もある。

 どっちが本当なんだ?

 もう、どうすればいいんだ。

 ノエル、教えてくれ!

 いやいや、ノエルはもういないのだ。


 唯の気持ちが知りたい。唯とずっとこのままぎこちない関係なんて嫌だ。

 いままで気づかないふりをしていたつけか、気持ちだけが一気にあせる。

 その日は授業中、もんもんと考えていて、まったく授業のことは耳に入っていなかった。

 終業のチャイムがなり、昼休み。


「木村さん、一緒に売店に行かない?」

「あ、わたし、お弁当なの。待っているから行ってきて。一緒にお昼ご飯食べましょ」

「うん。急いで買ってくるよ」


 そんな男女の会話がすぐ近くから聞こえてきた。

 あいつら、いつの間にあんなに仲良くなったんだ。付き合っているのか?

 ノエルが恋の矢でも打ち込んだのか。

 二人の背景にピンク色のハートが飛び交っているような風景、うらやましいぜ。


 俺も唯と、ああなりたい。というか少しまえであんな会話を普通にしていたのに。

 ため息をつく。


「恋する少年の表情だねぇ」


 いつの間にか二ノ宮が近くにやってきていた。にこにこと心和む笑みを浮かべている。

 うってかわって俺のほうは苦虫をかみつぶしたように顔をしかめた。


「恋する少年? 俺がか?」


 俺はすっとんきょんな声をあげた。


「俺ほど恋する少年の定義が合わない男子高生もいないと思うがな」


 二ノ宮は俺の前にある椅子に逆座ると、背もたれに腕を乗せてその上に上半身をあずけた。


「この世に男と女が存在しているんだから、恋愛は人としての義務なんだよ」

「へ?」


 らしくもなく哲学的な二ノ宮の言葉に、俺はほうけた表情を浮かべた。

 そこに、


「翔君、遅くなってごめんね。はい、これ翔君の分」


 二ノ宮の彼女清瀬が俺たちのクラスにやってきた。いつもはかばんから弁当箱を取り出しているころなのに、優雅に人様の机に向かって座って構えていたのは、清瀬の弁当を待っていたからなのか。


「ありがとう、清羅ちゃん」


 大仏様のような笑みを浮かべて、清瀬の手からかわいい柄のハンカチで包まれた弁当を受け取る二ノ宮。

 二ノ宮は一度椅子から立ち上がると、自分が座っていた椅子とセットになっている机を俺のほうにくっつけて椅子に座りなおした。清瀬も近くの椅子をもってきて座る。

 

 清瀬の弁当はうまそうだった。俺も唯の弁当を食べてみたい。唯のことだから、こんなにかわいらしい感じじゃなくてもっと豪快で、卵なんか砂糖と塩を間違えて作ってきたりするんだろうな。

 俺はかばんからコンビニの袋を取り出した。


 それをみて二ノ宮が質問してくる。


「小林がコンビニなんてめずらしいね」

「ああ、ちょっとおふくろが寝坊してな」

「そんなのんで足りるの?」

「ああ、ちょうとど食欲もないし」


 清羅が心配そうな表情を浮かべて聞いてきた。


「ねえ、唯ちゃんと何かあった?」


 ノリが破けないように、おにぎりの袋を開けていた俺は動きを止めた。


「え? なんで?」


 清羅は頬に手をあてた。


「唯ちゃん、最近元気がないのよね」


 ピリッ、変な力が入ったのか、ノリの端っこが破けた。しかしそれは気にせず、俺は清羅にせめいった。


「そうなのか? 元気がないのか?」

「う、うん。そんな気がするだけなんだけど」

「やっぱり……」

「心当たりがあるの?」

「う、まあ。なんだ……」


 俺は言葉を濁した。二人は次の言葉を待っていたが、俺は何も言わずに、開けかけたおにぎりの袋を再び開けることに専念した。

 二ノ宮がそんな俺を見ながら口を開いた。


「何かあったのは確かだね。小林も最近元気がないし。せつなげなため息をよくつくし。

 なにより、さっき平野さんが僕に教科書を借りに来たんだよ」

「小林君じゃなくて翔君に?」

「そうだよ」

「いったい何があったの? わたしたちでよけれぱ相談にのるわ」

「僕たちには小林と平野さんに喧嘩したときに仲を取り持ってもらった恩があるし」


 もそもそとおにぎりを食べながら俺は二人を交互に見つめる。

 二人は好奇心ではなく心から心配してくれているように感じる。

 話してみようか。一人でもんもんと悩んでいるよりも、何かいいアイディアが浮かぶかもしれない。二ノ宮も清瀬も信用できる人間だ。


 俺は口の中で咀嚼してた飯粒をごくりと飲み込み、水筒の麦茶で喉をうるおしてから、口を開いた。


「その、なんだ……俺は唯が好きなんだ」


 一時の間が開いたあと、二ノ宮は訳知り顔で頷いた。


「いまさらだね」


 清羅も二ノ宮の隣で、胸の前に手を合わせて、瞳をきらきら輝かせて頷く。


「小林くん、とうとう自分の気持ちに気づいたのね」


「なんか、俺の想像していた反応は違うな。もっと驚くとか叫ぶとかすると思った」


「小林が平野さんのことを少なからず好意を抱いていることはなんとなく分かっていたからね」

「うっそ……」


 唖然となる俺。

 清羅がにこにこ笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「唯ちゃんも小林君のこと、好きなのはみえみえだったわ」

「うっそ……」


 再び唖然となる俺。


「どうしてそんなことがわかるんだ? 俺が唯のことを好きだったなんて俺自身つい最近知ったばかりなのに」

 二人は交互に口をそろえた。


「見てれば分かるよ」

「知らないのは本人ばかりよね」


「小林君が唯ちゃんのことを好きだと自覚したのは何がきっかけなの?」

「唯に付きまとっていたアニスというやつがいただろう。あいつが唯がいるところで俺に言ったんだ。唯が俺のことを好きだら、唯の気持ちが自分に向かないって」

「あの人、そんなデリカシーのないこと言ったの? それで唯ちゃんはどうしたの?」

「戸惑っていたな」

「唯ちゃん、自分の気持ちに気づいていない感じだったものね」

「小林はどうしたの?」

「俺はただ驚いていた」

「まったく小林君も小林君ね。その後は?」

「アニスが無理やり唯をさらっていって、それを追いかけて唯を取り返して、そして唯にキ……」


 キスをした、と言おうとして口元に手のひらを当てた。あのときのことを思い出して、急に恥ずかしくなったのだ。

 そんな俺の様子を見た二ノ宮と清瀬は二人で顔を見合わせると、目だけで語り合ってお互いに頷いた。


「お互いにお互いのことを好きだということに気づいて、とまどっているという状況なのね」

「ういういしいなぁ。うらやましいなぁ。付き合い始めた頃の僕たちみたいだね」

「そうね」


 顔を見合わせて笑顔を浮かべる二ノ宮と清瀬。

 そこのお二人さん、恋に悩める子羊が目の前にいる前で、いちゃつかないでください。


 清瀬は俺の目線に気づいて、こちらを見ると真面目な表情を取り繕った。


「唯ちゃんは何事にも物おじしない性格だけど、色恋沙汰になるととんと奥手になる性格みたいね」

「小林も二次元の女の子には積極的なのに、現実の女の子相手だと、途端に物おじしそうだな」


 唯が恋に奥手なのかどうかは知らんが、俺に対する評価はまあまあ当たっている。反論できない。


「このままじゃあ、ずっと平行線の状態のままということもなりえるわ」


 そんな高校生活を想像してすぐさまかぶりを振る俺。


「それはやだ。俺は唯と昔みたいにたわいのない会話をしたり、道で会ったら軽く挨拶するくらいの関係に戻りたいんだ」

「そういうの一般的になんていうか知っている?」

「へ?」

「恋人同士っていうのよ」

「くぅっ」


 俺は頬をひきつらせた。


「恋人同士っていうのはもっと仲がいいものだろう」

「どんな風に?」

「遊園地に行ったり水族館に行ったり、買い物したりとか。

 俺と唯がそんなことをしているところなんて想像できねぇ」

「じゃあ、唯ちゃんが他の男の子と一緒にそんなことをしても小林君は平気なの?」


 そんなのは想像までもなく、


「やだ!」


 即答だ。


「勝手な人ねぇ」


 困ったように頬に手を当てる清瀬。

 二ノ宮が何でもないことのように言った。


「告白すればいいんじゃないかな」


 一瞬心臓が止まった。


「えっ? こくはく?」


 この気持ちを伝えたい。そのためめに唯と話すチャンスを探しているはずなのに、改めて唯に伝えるところを想像するとそれだけで胸が高鳴り、窒息死しそうだ。


「ダメだ。俺にはできない」


 あきれたような表情を浮かべる二ノ宮。


「小心者だねえ」

「どうとでも言ってくれ」


 清瀬が少し怒った様子で言った。


「二人とも奥手だと自然消滅しちゃうわよ」

「うわー! 俺はいったいどううればいいんだ!」


 俺は机に突っ伏した。

 二人はそんな俺をしばらく見つめていたが、清羅が大きなため息をつく音が聞こえた。


「翔君、ここはわたしたちが一肌ぬましょうよ」

「そうだね。僕たちが小林と平野さんの仲を取り持ってあげよう」


 俺はおずおずと机から顔をあげる。


「ほんとか?」


 二ノ宮が大仏様のような笑みを浮かべた。


「どんと構えてまかせなさい。ふお、ほぉ、ほぉ」


 頬がつるりと光っていて、その笑顔には人をほっとさせる不思議な力がある。

 しかし、俺は騙されない。

 疑いのまなざしで二ノ宮を見つめる。


「何か策があるのか?」


「もうすぐクリスマスだよ。そこにイベントをぶちこむんだ」

「まあ、素敵!

 小林君、幸運にもチャンスは目の前にあるわ。

 これを見逃したらもう、後はないわよ。

 幸運の女神は前髪しかないのだから」」


 瞳をかがやせて言う清羅。

 

 こいつら、楽しんでいるんじゃないか?

 友を信じないわけじゃないが、心の奥でふと、そんな考えが浮かんでしまった。


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