対価
直接頭の中にアフロディーナの声が響く。
「対価が必要です」
俺は、ニヤリ、と思わず笑みを浮かべた。やはり、アフロディーナは俺たちの行動を見張っていたのだ。
「対価とは?」
「我々神と呼ばれる存在が人の願いをかなえるために力を使うためにはその力に見合った対価が必要です」
「俺が願うの、唯を助けること。ただそれだけだ」
ここにくるまではどうにかると思っていた。
しかし、異世界で、ブラックエンジェルと対抗し、絶望的な力の差を感じた。
ただの人間の俺が神の使いに勝てるはずがないのだ。
ならば、使えるものは使うしかない。
「あなたの唯さんに対する感情を対価とするなら力を貸しましょう」
「なんだって?!」
そう来たか。
唯に対する感情といったら、唯が好きだというこの感情だ。
唯が好きだということを自覚した途端に、その好きだという感情を失えと愛の髪アフロディーナは言っているのだ。
「いちおう確認だが、俺の大切な感情を対価にすれば、思い出はあっても、そのときに感じた感情は失われるということだよな?」
今までの胸キュンターゲットのように。脳裏にコンビニのお姉さんである千佳さん、ミスコンテスト優勝者の三瀬、数学の教師の泉先生、妹の安奈の顔が浮かんだ。
彼女たちの胸キュンをゲットするために費やした時間と、その時間の間に彼女たちと共有した思い出と記憶が呼び起こされる。
彼女たちは記憶はあるが、俺に胸キュンしたときの感情は忘れている。
その事実を実感するために、俺は傷ついたり落ち込んだり、現実逃避したりした。
今となっては、忘れてくれていてよかったと思う。
なぜなら、任務ではなく心から、本当に胸キュンして欲しい人がいるから。
唯だ。
唯を守るために、唯に対する感情を対価にしなければならない現実。
俺の心の葛藤を知っているはずなのにアフロディーナは同情するでもなく、鷹揚に頷いた。
「その通りです」
ここから唯を助けるということは、それだけの対価が必要だということなのだ。
ほかに何かないか。俺がアフロディーナに捧げることのできる対価は。
考えろ、考えろ。
「分かった。対価を変えて欲しい。そういうこともできるだろう?
あなたにとって同じくらいの価値があれば」
「人の子よ、あなたには私があげた対価以上のものがあるとでも? 一応、聞きましょう」
「感情だなんてみみっちいことは言わない。記憶を全部やる。俺の大切な記憶をな」
「どのような記憶ですか?」
「俺が刻んできたゲームの記憶だ。唯と会っている時間よりも断然多い。それゲームの記憶の内容は濃厚だ。ギャルゲー、乙女ゲー、音ゲー、シューティング、アクション、RPG、いろんな記憶がある。それを全部捧げる。唯が好きな感情と比べたら、おつりがくるぞ」
アフロディーナはしばらく黙っていた。
どちらが対価として高いか、計算しているのだろう。
ほどなくして、頭に声が響いた。
「承知しました。契約成立します」
アニスが突風を放った。
が、その突風は俺にあたるまえに、防御される。
「なに? アフロディーナの加護か?」
アニスがひるんだ。その隙に俺はいっきに間合いをつめる。
「お前をぶん殴る」
俺はアニスのきれいな顔に右ストレートを打ち込んだ。
「グワァッ!」
アフロディーナの加護のおかげで、俺のパンチは見事に決まりアニスは吹っ飛んだ。
「よ、よくも僕を殴りやがったな」
「『親にも殴れたことないのに』なんて言うなよ」
「僕に親はいない」
「え?」
親がいないってどういうことだ? エンジェルだからか。そういえば、エンジェルはどうやって生まれるんだ?
そん疑問が浮かんだが、すぐに隅に追いやれる。
「アニス、覚悟してください」
アニスの後ろからノエルがやってきて、アニスのドタマにハイキックを決めた。
「キュウゥ……」
アニスは脳震盪を起こし、その場で倒れた。
「唯!」
俺は唯の元に駆け付けた。。
「ヒロくん……」
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
言っている先から唯は泣き出した。
「泣くなよ。今、鎖を解いてやるから」
鎖はぐるぐる巻きになっていてどうやってら解けるのか分からないほどだった。知恵の環よりもひどい。
俺が四苦八苦していると、
「これはサービスです」
とアフロディーナの声が頭の中に響き、自然と鎖が解けた。
支えられていた鎖がなくなり、前に倒れこみそうになる唯の体を、俺は支えた。
「唯、もう大丈夫だ」
「ヒロ君」
俺は唯をぎゅうっと抱きしめた。
「ふふ。ゲームの中の勇者様みたいね」
唯が言う。唯の胸からピンク色のふわふわした球が飛び出してきた。
「キャア、何これ?」
「唯にもえるのか?」
ここが精霊界だからだろうか。
ていうか、唯が俺に胸キュンしていることに戸惑うやらうれしいやらで、どうしたらいいかわからない。
だから俺は自分がしたいことをした。
「唯」
再び唯を抱きしめる。俺の胸からもピン色ふわふわした球が飛び出してきた。
うわあ、自分のも見れるのか。
俺、唯に胸キュンしているだな。
目に見えて分かると、なんだか恥ずかしいぞ。
そして実感する。
俺は唯のことが好きなんだ。
「あら? この子は?」
唯が自分たちのまわりを飛び回って胸キュンを集めているノエルに気づいた。この世界では、ノエルの姿は唯にも見えるらしい。
唯は俺から離れると、ノエルに聞いた。
「あなたは誰なの?」
「はじまして。わたしはエンジェル見習いのノエルです。理由あって、博士様と一緒に唯さんを助けにきたのです」
「そうなの。ありがとう。助けてくれて」
「こちらこそ、ありがとうございます。唯さんが博士様に胸キュンしてくれたおかげで、ミッションコンプリートです。これでわたしは再びエンジェルの身に返り咲ぎできるでしょう」
唯はノエルの言っていることの半分以上は分からないだろうが、話を合わせて相槌を打った。
「そうなの」
「さあ、人間界に戻りますよ」
「ああ、そうだな。やつはどうする?」
いまだ気を失って転がっているアニスに目線をむける。
「ほっときましょう。今回のことはアフロディーナ様経由でエリス様に伝わるでしょうから、それなりの罰が与えられるでしょう。人間を精霊界に連れ去ることは大きな罪ですからね」
「そうか」
俺は安堵のため息をついた。
「さあ、再び目をつぶってください」
「唯、目をつぶって」
「え?」
「元の世界に帰るための儀式なんだ」
「分かったわ」
唯はおとなしく目をつぶった。その表情を見たら、思わず唯の唇に自分のそれを重ねていた。
つまりキスである。
唯の唇はやわらかくて、きもちいい。
抱きしめたところから唯の体温を感じる。
ずっとこうしていたいと思う。




