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胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
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異世界

 バサリとアニスの背中から黒い翼が現れた。ノエルの手作り感満載の偽物の翼ではない。本物の翼のように見える。

 アニスは唯をお姫様抱っこすると、その場から舞い上がった。


「キャア! 離して」


 唯が自由に使える腕を手当たり次第に振り回して、アニスの腕から逃れようとする。


「唯!」


 俺は地面からすでに五メートルは地上から離れたそんな唯を見上げることしかできない。


「暴れないで。あやまって君を落としてしまうかもしれない」

「落ちてもいい。このままどこかに連れていかれるよりは!」

「乱暴な子猫ちゃんだ。そのほうが楽しみがいがあるというもの。ゆっくりと僕のものにしてやる」


 アニスはさらに高く舞い上がると、どこかに飛んでいってしまった。


「唯!」


 アニスのあとを追いかけるが、すぐにその姿は見えなくなった。


「ちくしょう!」

「わたしにも翼があれば……」


 ノエルが悔しそうにつぶやく。


「ノエル、アニスの行く場所の検討はつかないか?」

「おそらくここではない世界に飛んだんだと思います。邪魔されたくないから」

「ここではない世界?」

「人間界はわたしたちの力の糧となる人間の感情がたくさん飛んでいて、エネルギーを補給するにはとてもいい世界なのですが、住みやすくはありません。偏った人間の感情を食べすぎると、その感情に飲まれてしまい、異なる存在になってしまう恐れがありますし、心無い力ある人間に捕まって使役されてしまうこともあります。

 だから普段は、神世界と人間界の間の世界にいるのです。わたしたちは精霊界と呼んでいます。世界と世界を渡るのはわたしたちにとっては難しいことではありません。

 アニスは池袋からここに移動するにも、精霊界から移動したんですよ」

「ノエルも精霊界とやらに行けるのか?」


 見習いエンジェルだとできないというオチじゃないよな?


「精霊界に行くことはできます」


 よかった。オチはなかった。


「じゃあ、すぐにアニスを追いかけよう」

「精霊界に行くこと自体は難しくはありませんが、精霊界のどこにアニスがいるかを探すのは難しいです」

「それでも行くぞ。こうしている間にも唯が心配だ」

「人間が精霊界に行くことも危険です。わたしたちが人間界にいると、地縛霊にとらわれたり、人の感情を集めるライバルのエンジェルと喧嘩したりと危険なことがあるように、人間が精霊界に行くと危険なことが多いからです」

「どんなことだ?」

「精霊界では人間の存在自体が貴重です。神々の間で人間を精霊界に連れてきてはいれないという決まり事があるからです。それでも不意な出来事や事件で、精霊界にやってきてしまう人間がいます。めったにいない人間を見つけたら、わたしたちはその人間を……」


 ノエルはそこで言葉を切った。


「人間をなんだよ? もったいぶらせるな」

「もったいぶらせているわけではありません。いろんな事例があるので、どう話せばいいのか……。

 そうですね。人間界で人間がわたしたちを使役するように、精霊界ではわたしたちのような存在が人間を使役したりします。あとは、美しい人間を拉致してきて自分の好みに育て上げようとか、気に入った人間を近くに侍らせてその人間の感情を飽きるまで堪能するとか」

「ゲスだな」

「否定はできません」

「そんな話を聞いたらますます唯のことが心配になってきたぞ。とにかく精霊界につれていけ」


 地面には唯の靴が片方落ちていた。水色のランニングシューズだ。アニスに連れ去らわれそうになったとき、宙で足をぶんぶん振り回したせいで、脱げてしまったのだろう。俺はそれを拾った。


「その靴も持っていくんですか?」

「ああ。唯を連れて帰るときに、靴がないと不便だろう?」

「なるほど。シンデレラみたいな物語を想像したのですが、現実的ですね」


 あきれたような口調で言うノエル。


「もしわたしが博士様を精霊界に連れて行ったことがアフロディーナ様にばれたら、わたしは罰を受けてしまいます。それこそ、存在そのものを抹消されるかもしれません」

「え?」

「けれど、唯さんの胸キュンをゲットできなければ存在が抹消されることになっているので、唯さんを助けても助けなくてもわたしにとっては結果は同じになるかもしれません」


 ノエルは俺に笑顔を向けた。


「だから、わたしは博士様を精霊界に連れていきます。あとは博士様が頑張ってください。うまく行けば、唯さんを助け出し、唯さんの胸キュンをゲットできて、アフロディーナ様にもわたしが博士様を精霊界に連れて行ったことはばれない、という結果になるかもしれませんから」


「そうなるようにさせてみせる!」


 ずいぶん都合のいい話になるが。それでも、俺はやりたいし。唯のためにもノエルのためにも、そして俺のためにも!


 ノエルは頷いた。


「博士様、わたしの手を握って目をつぶってください」

「お、おお」


 ノエルの手を握る。ノエルの手は小さくて、俺より少し体温が低かった。

 目をつぶる。

 それはほんの三秒だったが、それとも一分以上だったか。


「開けてください」


 ノエルの声で目を開けると、そこが俺の住んでいる世界とは違うことにすぐに気づいた。

 翼を生やしたくじらが海を泳ぐように、空をゆったりと飛んでいる。

 近くに咲いている花は鈴の形をしていて、風に吹かれるとその一つ一つの花が涼やかな音を鳴らす。

 大きな蝶が横切った。よくみると、それは蝶の羽をもった小さな女の子だった。妖精というのを初めて生で見た。


「すごい……。ファンタジーの世界みたいだ」


 俺は初めての世界を見回した。


「さあ、唯さんを探しますよ」

「あっ、ああ、そうだな」


 目の前のファンタジーに心躍らせている場合ではない。

 唯を探すと言う目的のもと、再び目の前の世界を見渡す。


「アニスの行きそうな場所は分かるか?」

「分かりません」

「参ったな」


 俺は頭をがしがしとかきむしった。

 どこに行けばいいか分からない。RPGなら現地の住民に情報を聞いて回るのだが。

 誰か話ができそうな人物はいないだろうか。

 俺はあたりを見回し、近くの木の葉っぱに、蝶の羽をもつ女の子に気づいた。さっき俺の目の前を横切っていった子だ。


「ねえ、君」

「なあに? あなた人間ね。わたしを捕まえにきたの?」

「ちがうよ。人を探しているんだ。一人はブラックエンジェルの男で、もう一人は人間の女の子なんだけど」

「見たことがあるようなないような。でも、よく覚えていないわ」

「教えてくれよ。お願いだから」

「人間なんかにお願いされてもぜんぜんうれしくないわ」

「何をしたら教えてくれる?」

「わたしをほめて」

「はい?」

「うーんとほめて」


 そういえばなんかのファンタジーの物語に似たような話があった。精霊は言葉の力を重んじる。だから、美辞麗句を欲するのだそうだ。


 しかし、いきなりほめろと言われてもな。

 ここはファンタジーの世界と似ていると思う。だからファンタジー風にほめたほうがいいよな、きっと。


「君の羽は素敵だね。漆黒の空に星屑を散らしたようだ。きらきらと輝いていて、天の川のよう。君の羽の美しさは他に類を見ないよ。この世界でたった一つの宝石だ」


 うわ、自分で言っててはずかしい。こんなところ、唯にみせられないぞ。


「まあ、ぎりぎりの及第点ね。今時の人間の若者にとしてはやるんじゃないかしら」


 言葉はそっけないが、羽を小刻みに震わせていてうれしがっているのが丸わかりだぞ。


「人間の娘はブラックエンジェルに捕まえられて、あっちのほうに飛んで行ったわよ」


 妖精の示す方向は空が薄くよどんでいた。


「なんか雰囲気が悪いな」

「あっちの方向は闇の属性の存在が多くいるところよ。気をつけるのね」


 闇の属性ときたか。ファンタジーだぁ。

 光の属性とかもあるんだろうな。


「ありがとう」


 妖精に礼を言い、俺とノエルはその方向に向かった。

 途中、食人植物に食べられそうになったり、ノエルが大きな蜘蛛の巣にかかって、取り外すのに苦労したりした。

 通りすがり、池にはまっていた犬みたいな動物を助けると、そのお礼に一緒に唯を探してくれることになった。


 一見灰色の狼のような動物だ。しかしここはノエルの言葉でいう精霊界だから、この動物もただの犬ではなく、なんらかの精霊なのだろう。


 犬型の異世界の住人だと、ケロベロスやフェンリルが有名だ。犬と呼ぶのもなんなんで、かりそめの名前を決めることにした。


 ノエルと一緒に名前を考える。


 犬はノエルの「スノー」という言葉に反応したが、いまいちだったようで、「スノー」から連想する、ホワイトとか、白とか呼びかけてくる。「ビアンカ」という名前が気に入ったようで、大きくしっぽを振った。


 ビアンカってどこかの国の言葉で白という意味だったか。


 歩みを進めるうちに、枯れ木が目立ち始め、雰囲気がよどんだ感じになっていった。

 ビアンカが大きな樹のほうに駆けて行った。その樹は枝は奇妙に曲がった大きな樹で、根元に人が一人通るような穴が開いていた。


「ここに唯がいるのか?」

「クウン」


 ビアンカが肯定するように鳴いた。


「よし、ここまで案内してくれてありがとう」


「ワン」


 どういたしまして、というようにビアンカは一声鳴いた。


「ノエル、行くぞ」

「はい、博士様。ラスボスの登場ですね」


 ノエルの頭もそうとうゲームに侵されているぞ。

 うろの中に入る俺達をビアンカはちょこんと座って見送ってくれた。


 樹のうろは中は広くなっていて、壁は洞窟のようになっていた。

 奥のほうに行くと、扉があり、扉の隙間から明かりが漏れている。

 扉に耳をあてて中の様子を伺う。人のいる気配はある。


「さあ、唯ちゃん、目を覚まして」


 アニスの声が聞こえた。この扉の向こうにアニスも唯もいるのだ。

 と思ったら、後先考えず扉を開いていた。


「唯!」


 正面の壁に唯が両手を鎖につながれた状態で繋がれていた。唯はどこかのお姫様のようなドレスを着ていてそして、気を失っていた。


「おや、ここまできたんだね」


 そんな唯の前に立っていたアニスが俺達を振り返って、おかしそうに顔をゆがませた。


「唯に何をした?」

「僕好みに着替えさせただけだよ。その間に、騒がれたら手間だから少し眠ってもらったんだ」

「唯は無事なんだな」

「もちろんだよ。唯ちゃんを傷つけるわけないだろう?」

「唯を返しもらう」

「君にはそんな権利はないはずだ」

「唯をここに連れきた権利もお前にはない」


 そんなやり取りをしているあいだに、唯が目を覚ました。


「ここは……」


 ぼんやりとした瞳で俺たちのことを見る唯。


「唯!」

「ヒロ、くん?」

「目を覚ましたんだね」

「あんたはアニス!」


 唯はすべてを思い出したのか、アニスを睨んだ。


「あたしをこんなところに連れてきてどうするつもり? なにこの恰好、どうしてあたし、こんなドレスを着ているの?」

「とても似合っているよ唯ちゃん」


 アニスが唯のほほに触れた。


「あたしに触らないで」

「唯に触るな」


 俺と唯の言葉が重なる。

 唯のほうに駆けだそうとすると、アニスがこちらに向かって、黒い翼をはためかせた。


「うわ!」


 突風が襲ってきて、吹き飛ばされ、壁に背中をぶつけた。


「グハッ!」


 マンガではよくある光景だが、これはまじやばい。体中の空気が抜けて、息がつまる。


 背中も痛い。骨折したんじゃないか?


 かすむ視界の中、身動きできない唯にアニスはキスをした。


「っく……」


 すぐにアニスは自分の唇を離す。その口元から血が一滴にじんでいる。


「あたしにキスなんかさせない!」


 パシン。


 かわいた音が鳴った。

 アニスが唯の頬を打ったのだ。


「唯……!」


 くそ。アニス、唯を叩くなんて。

 許せない。


 俺は全身痛くてしょうがないが、気合で立った。


「博士様……」


 俺と同じく壁に全身を叩きつけられたノエルはまだ動けないようだ。


「アニス!」


 俺は自分でも遅すぎてイライラする歩調で、アニスに向かって行く。

 体中が痛いが、熱くもある。アフロディーナの加護だけの力じゃない。

 俺の心の中が熱く燃えているのだ。


「まだ、起きる体力があったんだね。意外にしぶといね、君は」


 再びアニスは俺に向かって突風を出そうとする。

 俺は何もない宙に向かって叫んだ。


「アフロディーナ、見ているんだろう? 力を貸してくれ」


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