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胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
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髪型には名前がある

「ああ、分かった、すぐに行く」


 俺もドアごしに安奈に返事をしてから、ノエルを見る。


「ノエルの分の食事、どうしようか」

「わたしは人間の取る食事は必要としません。人間の感情がわたしの食事です」

「どういうことだ?」


「人間の感情がわたしたちのエネルギー源なんです。わたしは愛の女神アフロデーナ様に仕えるエンジェルなので、人間が誰かを愛する感情が大好きなんです」


「どうやって食べるんだ?」


「食べるというか吸収するんです。その辺にたくさん漂っていますよ。博士様からも出てるんですよ」


「え? どんなふうに?」


 俺は慌ていた。自分から何か見えないものがでてるなんて、気持ち悪いぞ。


「そうですね。例えば――」


 ノエルは言うと、クローゼットからギャルゲーのパッケージを取り出した。


「博士様はこの中の女の子から一人選ぶとしたら誰がいいですか?」



 聞かれて、手前から見て三番目にいる青い髪の女の子を指差す。



「この子だな。水原紗香ちゃん」

「ほら、もう出てきましたよ」

「何が?」

「水原綾香さんを好きな感情のかたまりです」

「どこに? 見えないぞ?」

「人間には見えませんが、寂しい感情とか、楽しい感情とか、憎悪とか、たくさん漂っているんです」

「そうなのか。幽霊みたいだな」


 ノエルは手のひらをかざした。


「ここに博士様から飛び出した水原綾香さん大好き感情の塊があります。これを」


 手のひらを自分の胸元に持っていく。


「こうすると、感情が吸収できます」

「なにそれ? 俺の感情を吸収したのか?」


 見えないだけに気味が悪い。


「ほかにもこれは、お母様の感情ですね。今日のご飯はコロッケですよ。うまくできてよかったっていううれしい感情です。おいしそうですね」


 にこりと笑うと、手のひらを胸にあてた。


「……」


 それがエンジェルの食事というのなら、そうなのだろう。


 俺は気にしないことにした。


「そんなにたくさん感情が漂っているなら、世の中は感情の塊だらけになるだろう?」

「感情の塊はある程度時間が経つと、自然に消えていくので感情の塊でいっぱいになることはありません。世の中、うまくできてますよね!」

「なるほど」


 リビングに行くと、父さんも仕事から帰ってきて、家族全員で夕食となった。


「父さん、めずらしいね。この時間に帰ってこれるなんて」

「週に一回くらいは家族みんなの顔を見てご飯を食べたいからな」


 リビングには対面式のキッチンがあり、カウンターとなった向こうには、食事をするためのテーブルがある。

 そのテーブルから少し離れたところにくつろぐための座敷用のテーブルがある。このテーブルは冬はこたつになる。テレビは座敷用のテーブルからよく見える位置にあるため、食事はたいがい座敷用のテーブルでとるのが小林家の食卓だ。


 テレビがよく見える位置は壁にくっつけた感じで、三人は座れるソファがあり、そこに父さんと母さんがソファに背を預けて座り、台所に近いところに妹、一番遠くのほうが俺というのが定位置となっている。


 本来食事をするためのテーブルの上にはノート型ではなく、ディスクトップ型という少し大きのパソコンがあり、父さんはよく持ってきた仕事をそのパソコンでやっている。


 自分の部屋がない父さんにとって、そのテーブルの空間が、書斎のようなもののようになっていて、難しい仕事の資料なども置かれている。


 以前、そのテーブルで妹がジュースを飲んでいて、不用意にこぼしてしまい、書類にかかり、パソコンにもかかりそうになったことがあって、そのとき普段はあまり怒らない父さんが、本気で怒ったため、父さん以外の家族は、そのテーブルに近づかないようにしている。


 今はノエルがそのテーブルの椅子に手持無沙汰にちょこんと座っていた。ノエルの姿は当然といえば当然だが家族にも見えないらしい。


 食事をしたり団らんする座敷用のテーブルは『テーブル』と言い、パソコンが置いてあるテーブルは『パソコンのところ』という名称で俺達家族は通じるようになっているのだ。


 食事の合間に俺は眼鏡からコンタクトレンズに変えたいことを両親に相談した。両親、とは言いながら、目線は家庭の財布を握っている母さんに向けられる。


 母さんはあっさりと賛成してくれた。母さんがいいと言えば、父さんもたいがいは反対しない。ほっと胸をなでおろす。


 食事が終わり後片付けをするために母さんが台所に向かうと、父さんはビール、もとい発泡酒の入ったコップをと缶をもって、パソコンのところに移動し、安奈はソファに移動して寝そべり、歌番組を見始めた。


 安奈は肩より少し長い髪で耳の後ろやや上あたりで左右の髪を少しとりわけ結っている。頬骨あたりをそうように左右にひとふさ髪が流れている。


 そのひと房がアリの触覚みたいに見えるから、以前、


「その髪型、アリンコみたいだな」


 と笑ったら、


「アリンコじゃないもん、小顔だもん」


 と顔を真っ赤にして怒った。


 俺に笑われても髪型を変えない。安奈には何か信念のようなものがあるらしい。


 安奈はここ最近、ずっとこの髪型だ。髪の長さも変わらないから定期的にどこかで髪を切っているのだろうが、ここ何年も一緒に髪を切りに行っていないからどこで切っているのか不明だ。


 安奈が小学生の頃までは、近所にあるバーバー田村という床屋で一緒に髪を切りに行っていたのだが、安奈が中学生になってからほどなく、「髪ぐらい一人で切りに行けるもん。もう子供じゃないんだからね」と言い、それ以来、別々に髪を切りに行っているのだ。


 中学一年生はまだ子供だと思うが、俺も高校一年で同じようなものだったので、安奈の意見を尊重したのだった。


 そんな安奈は小学校まではずっとおかっぱ頭だったことを思い出す。


「なあ、安奈、どこで髪を切ってる?」

「はぁ?」


 『おかしなことを聞くわね、うざい』という感情まるだしな妹の態度に、俺は会話を続ける意欲をなくし、口をつぐんだ。


 テレビがCMタイムになると、安奈はソファから立ち上がると部屋を出て行き、二階に上がるとすぐに戻ってきた。


 その手には何か薄い雑誌みたいなものを持っていた。


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