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胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
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同じような二人

 南浦和駅に着いた。

 駆けだすように電車を降りると駅を出て、日の出公園に向かった。


 走る、走る。唯に追いつくために。

 アニスより先に唯を見つけるために。


 駅から日の出公園まで歩けば十分ほどの距離だ。その距離を全力で走ってきたため、息が荒れ、心臓が激しく鼓動している。

 通常なら、その場に座って一休みするところだが、その時間も惜しい。

 自分の体が悲鳴を上げるのを構わずに、公園内を唯の姿を探して走る。

 ガキどもが踏み不明な穴を掘っていた砂場。

 アニスが女子とキスをしながら俺にピースをしてきたベンチ。

 ノエルと初めて出会って話を聞くことになった池のほとりの木陰。


 そして、唯を見つけた。


 唯は俺と抱き合っていた。いや、俺の姿をしたアニスと抱き合っていた。


「離れろ、唯。そいつは偽物だ!」


 俺は叫んだ。

 そのまま二人のところに向かって走る。

 しかし、さっきから体を酷使しているため思うように走るスピードがでない。

 くそ、俺の足はどうしてこんなに遅いんだ。


 唯を抱いていた俺の姿をしたアニスの手が唯から離れ、自分の腰に持っていき、戻したときには、その手には銃が握られていた。


「唯、そいつから離れろ!」


 再び俺は叫んだ。しかし唯はアニスに抱かれたまま。俺の声が耳に入っていないようだ。

 唯の心臓がある箇所に向かって、アニスの銃弾が撃ち込まれる。



「――っ」


 音はしない。

 しかし、俺の耳の奥には確かにその音は聞こえた気がした。


「唯!」


 アニスが唯から離れ、すうっと宙に消える。

 そこに俺はようやくたどり着いた。


「唯、大丈夫か?」


 唯は呆然とした表情を浮かべ、焦点の合わない目でぼんやりと俺を見つめた。

 ふらふらしていて今にも倒れそうだ。


 自分自身に何が起きたのか理解していないような様子だ。


「ヒロ、君……?」

「唯!」


 俺は唯の体を支えようと手を伸ばし、それと同時に唯の焦点が俺に定まる。

 唯の目に憎しみの感情が宿るのを俺は感じた。


「近づかないで!」


 俺から逃げるように俺から数歩離れる唯。


「ヒロ君、いいえ、あんたがあたしのことをそう思ってきたなんて知らなかった。あんたの顔なんて一生見たくない」


「唯……!」


 心の奥がずきりと痛んだ。

 俺の姿になったアニスが何か言ったのか。なんて言ったんだ?

 唯がこれほどの憎悪を抱くほどの言葉だ。よっぽどの言葉だろう。


 ちっきしょう。


 好きな感情が強ければ強いほど、憎悪の弾丸を撃ち込まれたとき、その憎悪は深いものになる。

 唯がこれほどまでの憎悪を俺に向けているということは、唯は本当に俺のことを好きだったのだろう。

 唯が俺を好いていてくれたことに、こんな状況になってから気づくなんて。

 俺はなんて馬鹿なんだ。

 鈍感男だ。俺はラノベの主人公じゃないのに。


 そこに元の姿に戻ったアニスがどこからか現れる。


「唯ちゃん、どうしたの? そんなにこわい顔をして。かわいい顔が台無しだよ」

「アニス君……」

「あんなやつのことなんか忘れて、俺と楽しいことをしよう」

「そうね。こいつのことを思い出すだけで、嫌な気持ちになる。視界の中にはいるとますます嫌になる。声も聞きたくない。この世から消えて欲しい」

「僕があんなやつのことなんて忘れさせてあげるよ」

「アニス君……」


 アニスは唯の腰に手を回して、その場を去ろうとする。


 ノエルが切羽詰まった声で叫んだ。


「博士様、唯さんを引き留めてください!」


 分かっているよ!


「待て、唯」


 俺は唯を呼びとめた。


「気安くあたしの名前を呼ばないで」


 絶対零度の目線で俺を睨む唯。

 唯の隣でアニスが勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「唯、考えてみろよ。さっきの俺がなんて言ったか」

「え?」

「俺が絶対言わないようなことを言ったんじゃないのか?」

「――!」

「絶対に言わないことを言ったやつが本当に俺だと思うか?」


 アニスのことだ。俺なら、絶対に言わない耳に心地よい言葉を唯に言ったに違いない。

 そう思っての発言だったが、どうやらアタリだったらしい。

 唯は完全に体をこちらに向けて、俺をにらみながら聞き返した。


「どういうこと?」


 アニスが唯の肩を抱いた。


「意味が分からない人の話は気にすることはないよ、さあ、行こう」

「アニス、邪魔するな」


 俺はぴしゃりとアニスに言った。


「貴様……!」


 アニスが何か言うよりさきに、俺は唯に目線を移して、言葉を続けた。


「俺はゲームが大好きだ。

 恋愛だってリアルの女の子よりヴァーチャルの女の子と遊ぶほうが好きなんだ。

 そんな俺が唯に、さっきの言葉を本当に言ったと思うか?」


 唯の目線が揺れる。


「……ヒロ君……」


 あと一押しだ。

 唯は心の強い人間だ。

 アニスに悪意の弾丸を撃ち込まれても、自分の力でその力を払いのけるはず。

 俺は唯のもつ可能性を信じた。


 あわてたようにアニスが唯に話しかける。


「唯ちゃん、こいつの言うことなんて聞かないで。こいつは唯を言葉巧みに惑わせようとしているんだよ」


 話しかけられ唯はアニスを見上げる。

 唯の瞳には端正なアニスの顔が映っているはずだ。


「アニス君……」


 俺は急いで唯のところに行くと、俺は唯の右手首をつかんだ。


「唯、俺を見ろ」

「ヒロ君?」


 つかんでいる手首をすぐに持ち直して、唯の右手を両手で包み込むようにする。

 両手の中に唯の手のひら温度が伝わってきた。俺よりもだいぶ冷たくて、そして小刻みに震えていた。

 あたためたくやりたくなって、唯の手のひらを両手で胸の高さまでもっていくと、ぎゅうっと両手で包み込んだ。

 このまま唯の手のひらに息を吹きかけて温めてあげたいくらいだ。

 体中が熱くなり、目の前で震える唯を手のひらだけではなく体ごと強く抱きしめたい気持ちになる。

 詰め合う唯の瞳からほとばしるように漂っていた憎悪の光が薄らいでいく。


「唯、俺は……」


 俺がすべてを言うより先に、アニスが唯の左手をつかんだ。


「唯ちゃん、僕のところにくるんだ」

「え?」


 唯は右手を俺に、左手をアニスに捕まれた状態になった。


「唯、目を覚ませ!」

「僕は唯ちゃんのことが大好きなんだよ」

「俺はアニスが唯のことを知る前から、そうずっと前から唯のことが好きなんだ」


 自分で言ってから気づく。

 そうだ。俺も唯と同じだ。

 俺は唯のことがずっと前から好きだった。それこそ小学生の頃から。

 唯のことが好きだという感情に今までずっと気づかなかったのだ。

 気づくなら、もっとムードのあるシチュエーションで気づきたかった!


「好きになる気持ちに年月の長さなんて関係ないさ。長年付き合っていたカップルが些細なことがきっかけで別れることもあるんだから。さあ、唯ちゃん。僕と一緒に行こう」


 唯の表情が苦痛でゆがむ。


「痛い、離して」


 唯の苦痛の声を耳にして、唯の手を離した。

 唯は勢いでアニスに抱き着く恰好になる。


「唯ちゃんは僕のものだ」


 唯を愛しげに抱きしめるアニス。


「唯……」


 俺は茫然とそれを見つめた。


「……して」


 唯がアニスの胸の中で何か言った。


「離して!」


 アニスの腕をほどき、離れる唯。


「あ、ごめん。アニス君」

「急にどうしたの?」

「あたし、どうかしてた」

「唯?」

「唯ちゃん?」

「あたしは自分の気持ちに気づいたわ。アニス君、ごめん。別れて欲しい」

「別れるって、なぜ?」


 動揺するアニス。まさかここにきて唯に別れを告げられるとは思ってもいなかったのだろう。


「あたしの手を離したのがヒロ君だったから」

「それは彼が僕に唯ちゃんを奪われてもいいと思ったからさ」



「違う!」


 即座に否定する俺。


「唯が両方から腕をひっぱられて痛そうだったからだ」

「それでも唯ちゃんを僕に渡したくないなら、唯ちゃんの手は離さないでいるべきだったはずだ」


 自分の考えが正しいことを信じて疑わない口調で言うアニス。唯が静かな声でアニスに言う。


「アニス君、分からないの?」

「何がだい?」

「ヒロ君は自分の気持ちよりもあたしのことを優先してくれたの。自分のやりたいことよりもあたしのことを優先してくれたのよ」


 アニスはようやく唯が言わんとしていることに気づいたようだった。


「唯ちゃん、君は本当に強いね。僕の弾丸を食らったのに、今の出来事だけで、その力をはじいてしまった。本当に強い」


 アニスはにやりと微笑んだ。


「余計に欲しくなったよ」


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