表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
胸キュン☆ゲット大作戦  作者: 中嶋千博
58/68

近すぎて気づかない想い

 アニスはすうっと俺に歩みを進めると、俺が反応するより先に、俺の頭から髪の毛を一本取った。


「いてっ! 何するんだ、ハゲたらどうするんだ」


 頭を両手でおさえる俺に、アニスはあざ笑うような表情を浮かべた。


「そんなことを心配している場合じゃないと思うけどね」


 言うとアニスは、俺の髪を懐から出した小さな瓶の中に入れて、軽く振ると瓶の中の液体が黒く変色した。

 うわ、なんだ、あれ? 気持ち悪いなぁ。と思っていると、なんとその液体を瓶をあおって飲んだ。

 コクコク、とノエルの白いのどぼとけが動く。


「うわっ!」


 驚いている俺の目の前で、アニスはアニスは姿を変化させる。

 俺の姿へと。


「なっ!」


 自分の見ているものが信じられず、何度も瞬きをする。しかし、アニスの姿は変わらなかった。

 アニスはニィッと笑う、俺の顔で。


「あの子の心を奪うのは僕だよ」


 言って背を向けると、宙にとけるようにその場から姿を消した。


「なんだ、今の? アニメか映画のような現象が目の前で起きたぞ」

「アニメでも映画でもありません。現実です」


 ノエルが青い顔になって言った。


「アニスが博士様に変身したのは変身の薬を使用したからです。変身の薬は、変身したい相手の体の一部を薬に入れて飲むと、一定の時間、その人に変身することができるんです」

「なんでアニスが俺の姿なんかに?」

「博士様の姿で、唯さんを胸キュンさせるためですよ」

「へ?」


 俺は目が点になった。


「今、なんて言った?」

「博士様の姿になって、唯さんに愛の言葉を吐くためです」

「なんで俺の姿なんだよ? アニスは俺より……くぅ。言いたくないし、認めたくないがイケメンだぞ。もとのアニスの姿のままで唯を口説いたほうが唯だって……。

「アニスが唯さんと付き合う誓言してからどれくらい日にちが立っていると思いますか?」

「え? 確か文化祭の前だったから1ヵ月……、いやもうすぐ2ヵ月か」


 今、話をしている内容とは関係のなさそうな突然のノエルの質問に戸惑いながらも返答する。


「そうです。普通の女の子なら、とっくにアニスに心とらわれ、アニスにこっぴどく振られ、アニスに憎悪の感情を提供しています。

 それなのに、唯さんはアニスと付き合うことになってからも、アニスに心とらわれる様子はありませんでした。

 そのことについては、アニスに心がゆるがない人間の女性もいるんだなぁと納得していました」


「まあ、唯だからなぁ」


 性格はともかくこの世のものとは思えない美男子で紳士的なアニスに、心をとらわれない人は、世界レベルでみれば、ツチノコがいる確率くらいの割合でいるんじゃないか。

 あえて説明を補足するが、唯がツチノコレベルで変わった性格だと言っているわけではない。


「けれど、さっきのアニスの言葉ですべて分かりました」

「さっきの言葉?」

「アニスは言っていましたよね。唯さんは『自分の気持ちに気づいていない。気づいていないから、他の男のことを好きになれない』と。ここでいう、他の男というのはほかならぬアニスのことです」

「唯にはアニスに出会う前から自分でも気づいていない好きだと思えるやつがいるってことか?」


 脳裏に唯にアンデールのカステラの菓子袋をいれようとしたときに、見えた水色の封筒が思い浮かんだ。相手はそいつか? と考えるのは早計か?


 やばい。頭が混乱している。


「それだけなら唯さんが誰のことを好いているかはわかりませんでした。けれどアニスが次に言った『意図的に気づかせてあげることにした』という言葉と、その言後にアニスがとった行動で確認しました。

 意図的に気づかせるために、アニスは博士様の姿に変身したのです」


「いやいやいや。それはつまり唯が好きなのは俺っていうことになるじゃないか。ないないない、それはない」

 ノエルの確信を、俺は心の底から否定し、手をパタパタと振った。

 しかし、ノエルは俺の否定の言葉をスルーし、真面目な表情で言葉を続けた。


「初めからヒントは端々にありました。けれどここに至るまで気づけなかったのはわたしが未熟だからです。最初から唯さんの気持ちが分かっていれば、こままで深刻になることはなかったのに」」


 奥歯をぐっとかみしめ、泣きそうな表情を浮かべて悔しがるノエル。


「ノエル、一人で納得して一人で悔しがるな。俺は唯が俺のことを好きだといういう根拠が分からん」


 ノエルはジト目で俺を見た。


「博士様は鈍感男とは違うと思っていましたが?」

「俺だって、ラノベやギャルゲーに出てくる主人公みたいに鈍感ではないと思っているぞ」

「本人は自覚がないものです」


 おい? 上から目線だぞ。なぜに!

 ノエルのくせに。


 ノエルは一つ深いため息をついた。


「唯さんは言っていましたよね。博士様はいつも自分の前を歩いていると。小学生のころのバドミントンだったり、中学生のときの屋台の射的だったり」

「ああ。俺は唯が言うまで忘れていたがな」

「唯さんは博士様のことをずっと見つめていたんです。それは好きという気持ちでしたが近すぎて気づけなかったんです」

「どうしてそうなる?」

「博士様が今まで唯さんに対して繰り出してきた胸キュン大作戦がことごとく、唯さんに効かなかったからです」

「それはノエルがさっき言ったように、唯が珍獣、じゃない普通の女の子とは感性が違うからだろ?」


 ノエルは左右に頭を振って俺の言葉を否定した。


「唯さんは博士様が好きなことに自分でも気づいていないなら、自分が博士様に胸キュンしているということにも気づいていなかったんです。もし胸キュンしても、本人がそれが恋だと認識しなかったら、胸キュンという定義から外れてしまうんです。

 きっと、唯さんは自覚がないだけで、博士様に何度も胸キュンしていたと思われます」

「『思われます』って、それはノエルの見解だよな」

「わたしの見解です。この見解はきっと事実です。だから確信したのです」

「で、もしそうだとして、どうしてアニスは俺の姿に化けたんだ?」

「アニスは博士様に成りすまして、唯さんを口説き、心を許した瞬間に、唯さんにひどい言葉を吐いて、唯さんをどん底に落とすつもりです」

「唯の憎悪の感情を狙っているのか?」

「そうです。そして、もしかしたら、いいえ確実に、唯さんに憎悪の魔弾を打ち込むでしょう」

「なんだって?」

「好きな感情が強ければ強いほど、それが転じて憎悪になった感情も強くなります」

「そんな……」


「ノエルの確信はただの迷信だと思うが、しかし万が一、唯がアニスにひどい仕打ちを受けるようなら、俺はアニスを許さない」


 そう思うと、体の中心がぼうっと熱くなった。


 ノエルが驚いて俺を見つめる。


「博士様……!」


「ノエル、アニスは宙に消えたように見えたが、そう見えただけだろ?」


 ノエルは何か言いたそうなそぶりをしたが口にはださず、俺の質問に答えた。


「……はい。そうです」

「アニスは俺の姿に化けたまま唯に唯に会いに行ったんだよな。それなら俺たちはアニスよりも唯を先に見つけるぞ」

「はい。唯さんのいる場所はわかりますか?」

「アニスは言っていたよな。ジョギングするって。ジョギングするなら、自分の家の近所だろ。とりあえず南浦和駅に戻るぞ」


 電車に乗っている時間がひどくもどかしかった。

 俺の気持ちを知らない乗客たちは、あるいはスマホをいじり、あるいは連れとおしゃべりをし、あるいは車窓をぼんやり見つめたりしている。

 ふいに、人間には見えない姿になったアニスも同じ車両にいるかもしれない、と思った。

 俺は小さな声でノエルに聞いた。


「アニスも同じ車両にいたりするか? 同じ空気を吸っていると想像するだけで腹立つ」

「アニスは、いいえわたしたちは人の世とは違う世界がもともとの住処です。そこを経由して、移動していると思います。そのほうがこの世界で移動するよりも早いんですよ」

「なんだよそれ。アニスが有利な状況ってことか」


 俺は悔しくなって、その悔しさをどこかにぶつけたくなったが、ぶつけるところがなく、ただ強くこぶしを握り締めた。


 スマホで時間を確認する。デジタル表示は四時になる時刻を表示していた。相変わらず、唯からの返信はないし、折り返しの電話もない。

 そして曜日は土曜日。唯を胸キュンターゲットにした日時と同じだ。

 あの時は安奈と山田をストーキング、じゃない安奈を見守るために二人の後をこっそり追ったり、安奈を守るために、チンピラと殴り合いをしたり、それが元になって安奈の胸キュンをゲットしたり、と一日でいろんな出来事があった日だった。

 そしてそんなことがあってにも関わらず、習慣でコンビニに週刊サタデーを読みに行く途中で日の出公園をジョギング中の唯に会い、唯と目が合い、唯を胸キュンターゲットにしてしまったのだった。


 季節も秋で、今日のように寒くはなかった。

 今日の天気は曇り。車窓の向こうに見える空は薄いすみれ色に染まっている。東京の冬は夜の帳がはやい。空の色から薄い闇が迫っているをひしひしと感じる。


 きっと、この空の下、唯はあの時と同じように日の出公園にいる。

 天気とは関係なしに、日の出公園で気持ちよくジョギングをしていることだろう。


 それは妄想。

 なんの根拠もない思い込み。

 それでもそれを信じるしかない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ