あの手この手
「いまだかつてない危機です」
学校から帰りまっすぐ俺の部屋に着いた途端、ノエルは言った。
「唯さんから博士様には、胸キュンしない宣言をされてしまいましたよ」
「そうだな」
「それを甘んじて受け入れるわけにはいきません。
博士様はわたしと出会ってから、様々なスキルを身に着けました。
今こそ、それを思う存分発揮するときです」
やたらと芝居かかった口調になっているのは、どこかのRPGの受け入りだろうな、きっと。
その後、俺は涙のにじむ努力を重ねた。
唯が好きなキャラクター、は知らないので、唯の好きな食べ物で好感度アップをはかる。
「食べ物であたしをつろうとしているんじゃないでしょうね?」
唯らしからぬ感が働いて撃沈。
唯が好きなこと。走ること。
「俺と競争しようじゃないか」
「いいわよ」
部活が始まる前に百メートルを滑走する。
「あはは。あたしの勝ちね」
あえなく撃沈。唯はジャージで俺は学生服のままだったからというのは、ただの言い訳だ。
「なんでもソツなくこなすヒロ君だけど、走る速さだけはあたしに勝てないわね」
偉そうに言う唯に一瞬殺意が芽生えた。
好き好き攻撃。もうやけくそ。
「唯、俺は昨日おまえに負けて気づいた。俺は唯が好きなんだ。付き合ってくれ。ぜひとも付き合ってくれ」
「心がこもってな~い」
撃沈である。
唯が荒くれ者に絡まれる、ということは一切起こらず。俺が助けに入るということもなく。
そもそも唯のことだから、俺が助けに入らなくても、自分でどうにかできそうだ。
チャレンジする前に頓挫。
というわけであっという間に明日が期限日という日になった。
その日の夜、俺は恨みがましくノエルに言った。
「今まで身に着けたスキルが全然生かせなかったぞ」
ノエルは眉根をひそめて首をひねる。
「おかしいですね」
「こんなにやっても唯から胸キュンがでないと逆にあっぱれだと感心するぞ。
唯のやつめ、そんなに俺のことを胸キュンする相手としてみていないのか」
「それもありますね。
けれどおかしいといえば、唯さんに何度も挑んでいるのに、博士様からラブオーラが発生しないのもおかしいです」
「ラブオーラか。そういえば、そういう必殺技があったな」
「ラブオーラは胸キュンターゲットのことを大切にしたい、大事にしたいと思ったときに発動するものです。
博士様は唯さんに対して、そのように思ったことがないということですね」
「最初から言っているだろ? 唯は幼馴染でそれ以上でもそれ以下でもないって。そんな相手に恋愛感情を抱くこと自体、ありえない話だ」
「そういうものですかねぇ」
「ちなみにラブオーラは使う回数が限られていたが、あとどれくらい使用できるんだ?」
「千佳さんに2回使ったあと、アフロディーナ様からあと10回使えると言われていましたよね。それで数えていくと……三瀬さんのときに2回、泉先生のときに3回、安奈ちゃんのときに2回使っています。ということはあと3回ですね」
「3回も残っているのか。明日が期限日だ。明日、俺は唯に必殺技を使うぞ」
「頼もしい発言ですね。ぜひともそうしてください。そうしないとわたしの存在は消えてしまいます」
そうだ。これにはノエルの存在が継続できるかどうかもかかっているのだ。
次の日、俺は早起きをして唯の家の前で待ち伏せをすることにした。学校は休みだが、唯は部活に行くだろう。部活が前半か後半、どちらに入っているかは不明なため、朝から待ち伏せすることにしたのだ。
しかし。
「うう、唯の家が見つからない」
はたして、俺は道に迷っていた。
唯の家には、小学生の頃に何度か遊びにいったことがある。
だからまだ覚えていると思っていた。しかし小学生の頃の記憶はおぼろげでしかも街並みが一部変化していた。アパートだったところが駐車場になっていたり、駐車場だったところにマンションが立っていたり。
ノエルがあきれた口調で言った。
「スマホで地図を見ながら歩いているのに、道に迷う博士様が信じられません」
「めんぼくない」
ようやく唯の家を探し出したのは、時刻は10時に差し掛かるころだった。朝7時に出て、順調に行けば7時半にはたどり着いていた距離である。
「ここが唯の住んでいるところだ。この壁の色とかドアのつくりとか、記憶のなかにある通りだ」
「博士様、この建物、マンションですよね。マンションだったらなおさら、道にそれほど迷わずともわかるものだと思いますが。遠目からも分かりますし、なによりマンション名があるんだから、普通の家より探しやすくありませんか?」
ノエルはマンション入り口に掲示されている「ラフォーレ・浦和」という文字を指さした。
「まあな。ノエルの意見は貴重な意見として心に止めておこう。
とりあえず、たどり着いたからよしとしようじゃないか」
尊大な態度で言うと、ノエルがジト目で俺を見てきた。
ここまで来たら、直接、唯の家族に唯がどこにいるか聞いたほうが早い。
唯の住んでいるところは、7階建てマンションの3階部分。ドアに表札に「平野」と掲げられていることを確認する。
俺はコホンと一つ咳払いをすると、ドアホンを押した。
ほどなくして、スピーカーから女性の声が聞こえてきた。
「はい」
「唯、さんと同じ学年の小林というものですけど、唯さんは今、いらっしゃいますか?」
「唯は今日は朝からお友達と出かけるんですよ」
「ええ? 部活じゃないんですか?」
「いつもは部活なんでけどねぇ。スピーカー越しならなんですからちょっとお待ちください」
ほどなくしてドアが開き、唯によく似た女性が姿を現した。唯の母親だ。小学生のころに何度か見かけている。なぜなら、当時何度か、俺は唯の家に遊びに行っていたし、唯も俺の家に遊びにきていたからだ。
「こんにちは。小林です」
「こんにちは。あらぁ、あなた小林君?」
「覚えてくださっていたんですか?」
「昔、何度か家に遊びにきてくれたわよね。背が伸びたわね。見違えたけれど面影があるわ」
「おばさんは以前と変わらず、きれいですね。うちの母さんに見習わせたいくらいです」
自分でも驚くくらい、すらすらとお世辞の言葉がでてきた。
そして思い出す。小学生までの俺はそういうやつだったと。唯の母親の顔を見て思い出した。
今まで封印していた小学生のころの思い出に、封印のほころびが生じた瞬間だった。
「うふふ。お上手ねぇ。今日はせっかく来てくれて悪いんだけど、唯は外出しているの。何か伝言があったら聞いておくわ」
「いえいえ、そんなお手を煩わせることはありません。スマホの番号交換しているので、後でかけてみます。わざわざ家までおしかけてすみませんでした」
唯のスマホに連絡しなかったのは、ここ最近の俺の唯に対する奇行が先立ち、唯に警戒されることを恐れたからだ。しかし、この際、仕方がない。
「そう、悪いわねぇ。小林君、まだ時間ある? 唯の学校でのこととか聞きたいんだけど。
おいしいお菓子もあるわよ」
「せっかくですが、この後用事があるので」
「あら、そう? 残念ね。ところで小林君、唯とはどんなお友達なの?」
「どんなと言われても……。幼馴染という間柄ですね。
あ、おばさんが心配されるような仲じゃありませんから、ご心配なく」
「そうお? そういう間柄のほうがうれしいんだけど」
「え?」
思いがけない言葉に目をぱちくりする俺。唯の母親は頬に手を当てながら困り顔を浮かべた。
「唯ってあんな性格だから、心配なのよ」
「唯さんは女子の話ではけっこうモテるみたいですよ」
「だからよ。付き合う人をしょっちゅう変えるから心配なのよ。唯はそんなふしだらな子じゃないと思っているのだけど。今日会うお友達というのも、最近できた彼氏、みたいだし」
「ええ? そうなんですか?」
部活よりもアニスを優先したのか、唯は。
「そうなのよ。ころころ相手をかえないで、特定の人に定めればいいのにって思うの。小学生の頃から知っている小林君だと、おばさんも安心だわ」
「俺は小学生の頃とは変わりましたから」
「そう? 言葉遣いもはきはきしていて利発で感じのいいところなんて、昔のままじゃない」
ゲームにハマって家に閉じこもっていた俺を知らず、小学生のころの俺のことしか知らない人なら、そのような感想になるのかもしれない。
「ほめてもらった、と喜んでおきます。
それでは時間をとらせてすみませんでした」
「唯がいるときにぜひまた来てね」
マンションを出ると、俺はすぐさま唯のスマホの番号に電話をかけた。が、電波が届かないアナウンスが流れる。
とりあえずメールを送った。
『会いたい。どこにいる?』
送信。
唯が部活よりもアニスを優先したのは驚きだ。あんなに部活馬鹿だったのに。
今頃、唯はアニスと一緒にいるのだろう。
どこにいる?
何してる?
「学生のカップルがよく行く場所に心当たりはありませんか?」
「このあたりは何もないから池袋まで出るだろうな」
「それなら、池袋に行くためにひとまず駅に向かいましょう」
「そうだな」
1分置きぐらいにスマホで送受信表示を確認するが、いっこうに唯からの返信はない。
電車に乗っている間も気が気ではなかった。
池袋駅に着き、唯の姿を探した。ゲーセン、パルコ、loft、巨大な本屋。
たった一人の少女を探すには、池袋は広すぎた。
時刻は3時過ぎ。冬の東京は日が下がるのも早い。
池袋西公園にある噴水の縁に座って頭を抱える俺。
時だけが刻々過ぎていく。
「見つけた」
聞き覚えのある声が聞こえて、俺は顔をあげた。
そこにはアニスが立っていた。
言いようのない怒気が沸いてきた。
「アニス、貴様!」
俺は立ち上がり、アニスにとびかかろうとした。アニスはするりとそれを避け、妨げを失った俺はそのまま前につんのめり、倒れそうになったがどうにかたえた。
「唯は一緒じゃないのか?」
「さっきまで一緒にいたよ
気分転換に走りたいっていうから、今日のところは別れてきた。
うれしそうに手を振っていたよ。
僕といるより走ることを選んだんだから」
アニスの言葉を聞いて、ほっとしている自分がいた。
」
「おまえと一緒にいるのが、よっぽどつまらなかったんだろうな。
アニス、唯に何かしてないだろうな?」
アニスは肩をすくめてみせた。
「さあ、どうだろう」
ひょうひょうする態度に再び怒気が沸いてくる。
「きさまぁ!」
「すごい形相だね。あの子のことが心配なの?」
「当然だろ。幼馴染だからな」
「幼馴染ね。それだけの感情しかないと思い込んでいるところは、君もあの子と同じなんだね」
「どういう意味だ?」
「あの子は自分の気持ちに気づいていない。気づいていないから、他の男のことを好きになれない。だから意図的に気づかせてあげることにした」
アニスはぞくりとする笑みを浮かべた。
「そのために君が必要だ」




