お菓子をプレゼントする理由
次の日の下校時間、再び俺は玄関で唯が来るのを待ち伏せしていた。
唯と話がしたいし、昨日、アニスとどこに行ったかも聞きたい。
可能ならアニスとの進展具合も知りたい。
唯がやってきた。
俺が唯に声をかけるより先に、俺が別の相手に声をかけられた。
「小林君、よかったぁ。もう帰ったのかと思っちゃった」
同じクラスで、料理部の女子だった。昨日は今日と同じような時間帯に、唯がモテるとかいう情報を提供してくれたのた女子である。岡崎まやという名前の子だ。
「昨日、早く家に帰れたから、シフォンケーキを作ってみたの。おおめに作ったからあまっちゃって。
みんなにも配っているから、小林君も協力してくれる?」
岡崎が鞄から出したのは、ファンシーな紙袋だった。そのなかにシフォンケーキとやらが入っているらしい。
「そうか。ありがとう」
俺は礼を言って、それを受け取った。
岡崎はうれしそうにそれでも少しうつむいた。
「マロン味なの。あとで感想を聞かせてくれたらうれしいな」
「了解」
玄関をみると、唯の姿はすでにいなかった。
唯を追いかけようとすると、再び岡崎から声をかけられた。
「小林君、今から帰るの?」
「ああ。そうだ」
「わたしも今帰るところなの。途中まで一緒に帰えらない?」
唯を待ち伏せするのは失敗した。今から唯を追いかけて、追いついたとして、唯に話しかけるのは不自然だ。
世間話から始まり自然にアニスのことを聞く方向で行きたい。
明日またチャレンジしよう。
俺は岡崎を振り返ってにこりと微笑んだ。
「いいぞ。一緒に帰ろう」
「うん」
玄関に向かいながら、会話を続ける。
「岡崎さんからはこの前もクッキーをもらったな。とてもおいしかったぞ。けれど、どうして突然俺なんかにクッキーをくれたんだ?」
「そ、それは、そのう、小林君と仲良くなりたいなぁって思ったから」
「なんだそれ? 今まで同じクラスだったのに、今になってか?」
「今さらだと思うでしょ? しょうがないわね。だって小林君が気になりだしたのは最近なんだもの」
「そうなのか」
そこで下駄箱の前にたどり着き、各々上履きから外履きに履き替えて、校舎を出る。
「どうしてまた?」
最近になってから、俺と仲良くなりたいと思ったんだろう?
ノエルは教えてくれなかったが、モテ期到来の理由が聞けるかもしれない。
「小林君とは、2学年になって初めて同じクラスになったわよね。その時は小林君のことは普通のクラスメイトでしかなかった。おとなしめで、目立たなくて、ごくごく平凡な男子ね」
「まあ、そうだよな」
苦笑いを浮かべる俺。
「それがある日、メガネからコンタクトレンズに変えて、髪型もきちんとセットするようになって、『あれ?』って思ったの。そのうち、三瀬さんと普通に話しているのを見て、ちょっと驚いたわ」
「そうなのか」
「だって三瀬さんと面と向かって話すことができる男子って、佐々木君達くらいだったんだもの。三瀬さんにあこがれてはいても、話しかけられないで遠くから見ている男子がほとんどだから」
「へえ」
俺が三瀬に近づいたのは三瀬が胸キュンターゲットになったからだが、三瀬と話しにくいと思ったことないな。
三瀬を取り囲むキラキラグループの中に割り入るのは勇気がいったが。
「その頃からかな。小林君のことをもっと知りたいと思うようになったのは。でも決定的だったのは、文化祭で小林君のダンスをみたときよ」
「そ、そうか」
やっぱりそうなのか。文化祭では、佐々木たちのバンドが盛り上がり、ミュージシャンはモテるのは目の当たりにしたが、ダンスをやってもモテるんだろうか。
ダンスの発表が終わってすぐに自分のクラスの執事カフェに戻ったから、俺が出演した時間前後の体育館会場の様子はあまり見れてなかったから、様子が把握できいないんだよな。
佐藤雫から告白されたを皮切りに、女子に話しかけられるようになったが、考えてみれば、佐藤雫が最初だっただけで、出所は文化祭のダンスだったんだな。
「小林君は今、付き合っている人はいるの?」
唐突に質問され、俺は即座に答えた。
「いないぞ」
「本当に? 三瀬さんと付き合っていると思っていたけれど、佐々木君が三瀬さんに告白して、三瀬さんが受けたから、三瀬さんとはもう付き合っていないのよね」
「三瀬とは最初から付き合っていないぞ。まあ友達ではあるがな」
「平野さんとはどうなの? 普段から仲よさそうだけど?」
「平野とはそういう関係じゃない。ただの幼馴染だ。
本当に俺は付き合っているやつはいない」
ちょうど分かれ道になっていて、岡崎は歩みを止めた。
「そうなんだ。じゃあ、見込はあるかなぁ」
「はい?」
なんの見込みだ? 俺が怪訝な表情をすると、岡崎はただにこりと笑った。
「小林君のまわりにはいつも誰かがいるから、今日はゆっくり話せてよかったわ。わたしの家、こっちのほうだからまたね」
「ああ、また」
「シフォンケーキの感想、明日聞かせてね」
「ああ」
家に帰る道すがら、さっきの岡崎の会話のことを考える。
話している時には自覚はなかったが、岡崎はどうも俺に好意を寄せているようだ。
俺のおごりか?
小躍りして、後から俺の勘違いだったなんてことになったら、恥ずかしいぞ。
ノエルの意見を聞きたいが、こういうときにかぎってノエルはいない。
一人で考えても考えはまとまらないので考えることはやめ、家に帰った。
俺の部屋にいくと、ノエルはゲームをやっていた。
「博士様、おかえりなさい」
ノー天気な顔で挨拶されイラッとし、ノエルの頭をポカリと打った。
「いたい! なんですか? わたしが何かしましたか?」
「した。俺が学校で勉強をしている間、ノエルは俺の部屋でゲームをしていたんだからな。
ただでさえ、ゲームをする時間が減っている俺にとっては、ノエルの行いは、頭をなぐる理由に値する」
「いいがかりです。学校に行くのは学生の義務であって、わたしのせいじゃありません。
ゲームをする時間が少なくなったのは自業自得です。
いろんな人に声をかけられるようになって、時間の配分がうまくできていないんですよ」
ノエルは頭を押さえながら抗議した。目の縁に涙が浮かんでいる。ちょっと強く叩きすぎたか。
「殴って悪かった。ケーキをあげるから、機嫌を直せ」
「ケーキ?」
俺は鞄の中からファンシーな紙袋を取り出した。中には六十度くらいにきられた三角形の黄色いシフォンケーキがラップされていた。
「わあ、おいしそう!」
歓喜の声をあげるノエル。
「これ、どうしたんですか?」
「同じクラスの子からもらったんだ」
「もしかして、この前クッキーをくれた子ですか?」
「そうだ」
「やっぱり、ですね」
ノエルは意味深に頷いた。ノエルに岡崎との会話のことを話そうと思ったが、めんどくさいのでやめた。
俺はキッチンから飲み物と、皿とホークを二組持ってくると、二人でシフォンケーキを平らげた。
秋の味覚のマロン味のシフォンケーキは、ほっこりと甘く、ふわふわのシフォンが口に軽やかだった。
次の日、学校に行くと、俺は岡崎にシフォンケーキの礼を言った。
「岡崎、昨日はシフォンケーキ、ありがとうな。美味しくいただいたぞ」
「お口に合ったようでよかったわ」
自分の席に着くと、二宮が話しかけてきた。
「おはよう、小林。岡崎さんと何かあったの? いい感じだね」
「そうか」
「平野さんは他の人と付き合っちゃったし、岡崎さんと付き合うことにしたとか?」
「ばぁっ! なんでそうなる?」
二ノ宮はしたり顔で言った。
「僕たちはそういうお年頃じゃないか」
「男女が話していれば、付き合っているとすぐに解釈するのは軽薄だぞ」
「素直だと言って欲しいな。現に僕と清羅ちゃんは付き合っていてよくおしゃべりをしている」
「俺と唯は付き合っていないが、よく話してるぞ」
言ってから気づく。自分で言っておきながら、最近唯と会話を交わしていない。
放課後、唯を待ち伏せして会話をしたいと考えていたが、二度も失敗している。
その日の放課後、再々、玄関口で唯を待ち伏せしていると、背後から声をかけられた。
「小林君」
振り向くとそこには岡崎が立っていた。
「おう、どうした?」
「誰か待っているの?」
「いやあ、そういうわけではないが」
待っているといえば唯を待っているのだが、そんなことを言ったら、ストーカー野郎だと思われてしまう。俺は言葉をにごした。
「これから何か用事ある?」
「とくにないぞ」
「それじゃあ、今日も一緒に帰らない? 話したいことがあるの」
真剣な表情で言われ、俺は思わず頷いていた。
「お、おう」
帰り道がら、岡崎と料理の話やゲームの話をした。
「小林君がそんなにゲーム好きだとは思わなかったわ」
「最近は思うようにゲームができていないんだよなぁ」
「人気者は大変ね」
「俺は人気者じゃないぞ。人気者っていうのは三瀬や佐々木のようなやつを言うんだ」
「あはは。案外本人は気づいていないのね」
「佐々木はともかく、三瀬は気づいているみたいだぞ。それで周りに気を使って悩んでいる時があったんだ。今は自分をさらけ出す場所を見つけたようだがな」
「三瀬さん達の話じゃないだけどな」
岡崎はぼそりと呟くと、俺のほうを見た。
「小林君、何か食べたいものある? 今度作ってきてあげるわ」
「別にいいぞ。作るの大変だろう?」
「大変じゃないわ。わたし、お菓子をつくる好きなの。とくに、好きなひとのためにつくるのが好きなのよ」
「そうか……」
岡崎は立ちどまった。それに呼応するように俺も足を止める。ちょうど分かれ道に来ていた。
「小林君、昨日、付き合っている人いないって言ったわよね」
「ああ」
「わたしと付き合ってくれたりする?」
「え?」
俺は直球な岡崎の言葉に、茫然となって岡崎を見つめた。そんな俺の態度に岡崎はくすりと笑う。
「女の子がお菓子をあげるのは、好意がある印なのよ」
「大量に作ったからって、おすそ分けだって言っていたよな?」
「それは言い訳に決まっているじゃない。小林君って案外鈍感なのね。
わたしのことは嫌いじゃないでしょ?」
「ああ、嫌いじゃない」
「けれど、好きかどうかはわからないってことね」
俺はあいまいな表情を浮かべた。
「小林君の様子だとすぐには回答できないみたいね。期末テストがあけたら回答を聞かせて。良い返事を待っているわ」
にこりと笑みを浮かべると、俺が進む道とは別の道に去って行った。
「告白された……」
俺は自分の頬をつねった。
痛かった。
結局、テスト期間中、唯と話をする機会はなかった。




