文化祭
唯の胸キュンはゲットできず、俺は原因不明のもやもやを抱えたまま、文化祭を迎えた。
文化祭の日の生徒の役割を去年のことを振り返ってみる。
朝それぞれの教室で点呼があり、それ以降は、クラスのイベントや役員のイベント、その他もろもろ自分たちが絡んでいる場所にちりじりになった。去年の俺はクラスのイベントの手伝いだけだったから、けっこうヒマだった。
しかし今年は、教室のイベントの手伝いのほかに、発表会のダンスにでることになっている。
教室のイベントは執事カフェ。女子も男装して執事の恰好をする。なかなか客の入りはいいようだった。
そして発表会だ。ダンスは軽快なリズムとパフォーマンスで盛り上がった。
汗をかいたダンス着から執事の服に着替えて、再び教室の執事カフェで執事役。
やってきた1コ学年が下の、名も知らない2人の女子を接客すると、彼女たちが話しかけてきた。
「さっき、ダンスを踊っていた人ですよね。かっこよかったです」
「そっ、そうか。ありがとう」
どうせお世辞だろう。俺はお世辞には心が揺れないのだ。
と思うのだが、自然と口元に笑みが浮かんでいた。
俺の休憩時間になり、体育館に向かった。佐々木の歌の順番がそろそろ回ってくるはずだからだ。
体育館に行くと、ちょうど佐々木たちのバンドがチューニングをしている最中だった。
「どうにか間に合った」
周りをみると、ダンスのときより人が増えているようだ。三瀬達の姿を見つけて、そちらに向かう。
「佐々木の歌、もうすぐだな」
「そうなの。大丈夫かしら」
秀才君も言う。
「今まで培ってきたみんなの好印象の評価を落としかねませんよ」
2人の女子が言葉を続けた。
「オーディションのときは、小林君が蹴斗の代行をしたんでしょ? 小林君ならオーディションを受かって当然だけど、蹴斗は……」
「夏休みにみんなで一緒にカラオケに行ったっきり、蹴斗とはカラオケに行っていないからね。蹴斗が歌う歌を誰も聞いていないのよ」
「安心しろ。佐々木は大丈夫だ」
三瀬達は佐々木の音痴を知っている。しかし佐々木は努力をしてうまくなったのだ。
きっと、三瀬は驚くだろうな。
2つの意味で。なぜなら、佐々木は歌を歌い終えた後、三瀬に告白するつもりでいるのだから。
ドラムが拍をとり、静かなベースの音色から始まった。佐々木が歌いだす。
ほどなくして、心配げだった三瀬達の顔にほっとする表情が浮かんだ。
その後は佐々木が歌っている間中、うっすらと頬を染めて、熱心に佐々木のことを見つめていた。
ポロンと余韻を残すベースの音で歌は終わった。
「皆さん、ありがうございました」
佐々木がお辞儀をすると、それに倣うように後ろの三人もお辞儀をする。
盛大な拍手が送られた。
拍手の中には佐々木のファンも大勢する。
「佐々木君、かっこいい!」
「こっちむいて!」
佐々木だけではなく、バンドのファンはそれぞれいるらしい。一部男子の声もあがる。
「奏也君、上手! プロよりうまい!」
「吉田、かっこいいぞ!」
「錦君、かわいい!」
音楽をやっているとモテるんだなぁ。
そんなことを考えていると、佐々木がマイクを構えて、みんなを制するように手を振った。
それに合わせてざわめきが収まる。
「この場を借りて、告白したい人がいます」
「キャー!」
今までにない盛大な歓声があがる。
「三瀬美月さん」
突然名前を呼ばれて、驚く三瀬。
「え?」
再び上がる歓声。
「キャー!」
俺は三瀬の背中を押した。
「佐々木が呼んでる」
おそるおそるというように三瀬は前に出た。
三瀬を通すように人の波が分かれていく。
ステージに近いところまで三瀬は来た。
佐々木がステージの上から再び、三瀬の名を呼んだ。
「三瀬美月さん」
「は、はい」
三瀬が返事をすると、どこからか声があがった。
「三瀬さん、ステージに上がって!」
「そうだそうだ。ここからじゃよく見えないぞ」
三瀬は顔を真っ赤にしてうつむいた。錦がにこりと笑みをつくると、ベースを丁寧に床に横たわらせてから、ステージの真ん中に設置された階段を下りた。
そして三瀬のところまできて、三瀬の前で片膝をついて、手を差し出した。
「エスコートしますよ、お嬢様」
「キャア! 錦君。私もそうされたい」
「かわいいかわいいかわいい!」
女子達の悲鳴のような歓声のような声が上がる。錦はふわふわな髪型に、女子もうらやむ白い肌をした小柄な男子だ。女子のファンも佐々木に負けず劣らず多いのだろう。
三瀬はそっと錦の手をとった。錦にエスコートされてステージに上がる。
体育館は熱気でいっぱいだ。
文化祭ということで、一般公開されている校舎。体育館にも部外者は大勢来ている。
後からきた部外者は体育館の熱気に気おされていた。
「なんだなんだ、愛の告白か?」
「すごい歓声だな」
そんななか、三瀬を佐々木の前までエスコートすると、錦は本物の執事もかくやという優雅なしぐさでその場を離れた。
「美月」
佐々木の声が低く体育館に響いた。
マイクはスタンド台に設置されたままで、スピーカーが入っていて、その声は体育館の隅々まで届いた。
「高校一年の時に、美月を見て、ひとめぼれした。
そのあと、美月の人柄に惚れた。
本気で惚れた。
俺と付き合ってください」
きりりとお辞儀をして、右手を差し出す。
「ちょっとまったー!」
体育館の後ろのほうから声が上がった。
皆が振り返る。
佐々木も下げていたお辞儀をわずかにあけで、その方向を見た。
そこには柔道着を着た巨漢が立っていた。柔道家のコスプレか? そのわりには、道着がやけに濡れている。文化祭のイベントに飽きて道場で自主練をしていたというところか。
「誠心高校のアイドル三瀬は誰のものにもならない。それが暗黙のしきたりだった。それを覆すとは何事。佐々木、バスケのエースかなんだか知らないが、お前がその気なら、俺も容赦しない」
ドシドシドシとその男子生徒はステージに向かって歩いていく。
「俺は三年の小松義男という。三瀬のことは、三瀬が入学したときから知っている。遠くから見ているだけで俺は満足だったが。ここで果敢にも告白した後輩がいるのを知っちゃ黙ってはいられない。
俺も告白する」
ステージに上がって、三瀬に向き合い、佐々木と同じく右手を出した。
「俺は三瀬のことをよくは知らない。付き合ってからお互いに知っていければと思う。
よろしくお願いする」
するといたるところから声があがった。
「俺も告白する」
「俺も俺も!」
次々にステージに上がる男子達。総勢十二人。
「ネルトンだ。テレビみてぇ」
「体育館でネルトンなんて、誠心らしくなーい。でもおもしろい!」
外野が騒いでる中、
「よろしくお願いします」
12人の男子達がそれぞれ三瀬に向かって右手を差し出して、お辞儀をする。
三瀬は遠目からも震えると分かるしぐさで、自分に差し出される12本の右手の中から、佐々木の右手を選び、自分のそれを差し出す。
そして小さくもしっかりとした声で言った。
「よろしくお願いします」
佐々木に向かってお辞儀をする三瀬。
歓声が沸き上がった。
そんな中、大きな怒鳴り声が響く。
「なに、騒いどるんじゃぁ?!」
体育館の入り口に、1メートル定規を片手に担いだ黒いスーツ姿の男が立っていた。髪は丸坊主で、獰猛な顔をしている。
体育の教師で、規則に厳しいと評判の教師だ。いつもはジャージを着ているが今日は文化祭ということで、きちんとスーツを着ている。が、そのスーツがサイズが小さいのか、教師の体が大きすぎるのか、今にも白いワイシャツのボタンがはじけそうだ。スーツの上からでも鍛えた筋肉が伺える。
部外者はその容貌に慄然としただろうが、生徒達も同様だ。
「公序良俗に反する行いは罰則だ」
「きゃあぁぁあ!」
その場にいた人たちは、生徒も部外者も含めて、クモの子を散らすように体育館から出て行った。




