水族館に行こう
唯から胸キュンをゲットできずノエルは焦りだした。
そんな中、 思いがけないところからチャンスがとびこんできた。それは二ノ宮からもたされた。
二ノ宮は清瀬と夏休みに4人で森林公園に行った後、何度か2人きりで外出をするようになった。
清瀬の父親には友達と一緒で2人きりではないという説明をしていたが、休日の外出が続き、怪しまれるようになった。
本当に2人きりではなく、ほかの誰かも一緒にいるのかと。
「清羅ちゃんのお父さんの疑いを晴らすためにまた、4人でどこかに行かないか?」
疑いというより、事実だろ。
4人ということは、この前の森林公園みたいに唯も行くんだな。
唯の胸キュンをゲットするチャンスだ。
俺は請け合った。
唯も全面的に協力することになり、4人で相談して、出かける先は、池袋にある高いビルの上にある水族館ということになった。
そして当日。清瀬の住んでいる家は、最寄りの駅は十条駅で、そこからバスで15分、徒歩10分のところにあるという。10時に十条駅で待ち合わせして、3人で清瀬の家に行くことになった。
十条駅方面に向かう電車に乗ると、車両はほどほどに混んでいた。ざっと見て、座ることをあきらめていた俺は、、出入り口の扉のところに寄り掛かって、スマホのゲームを始めようとした。そこに小さな声で俺を呼ぶ声がした。
「ヒロ君、ヒロ君」
声がしたほうをみると、そちらの方向を見ると、唯が椅子に座ってこちらに手を振っていた。
「ここ、空いているから座っちゃいなよ」
見れば唯の隣は一人分座れるスペースが空いていた。
「ああ」
唯の隣に座る。唯とはよくおしゃべりはするが、こんなに近くで話すのは、ほとんどない。
唯からは生清潔な石鹸のようなにおいがした。
「唯も同じ電車だったんだな」
「あたしも水族館に行くの楽しみにしてたんだ」
「唯は何をしても楽しむだろ。夏の森林公園も一番はしゃいでいたぞ」
「いいじゃない。こういうのも楽しんだもの勝ちよ」
「まあ、俺も水族館は楽しみなんだがな」
十条駅で電車を降りる。唯が先に降りたため、俺は唯の後を追ように電車を降りた。
唯はひざ丈のプリーツの入った水色のスカートに、白いブラウスを着ている。唯が珍しくスカートをはいていることには気づいていたが、こうして歩いている姿を改めてみると、なんだか唯っぽくない。
俺の中での唯のイメージは、半袖短パンか、ジャージ姿で、そこら中を駆け回っているイメージだからだ。
そう考えると、唯の私服でスカート姿をみるのは小学校以来だ。
「ここが十条駅なんだね」
唯がこちらを振り向いた。ショートの髪がさらりと広がり、プリーツのスカートのすそがひらめく。
唯の後ろ姿をじっと見ていた俺は、なぜだかどきりとして、目線をそらした。
「十条駅に何かあるのか?」
「ううん。何もない。十条駅に降りるの初めてよ」
「俺も初めてだ。電車で通るが降りたことはないな」
「でしょう? なんか新鮮よね」
「そうだな」
俺には十条駅より、唯のその格好のほうが新鮮だ。
「唯、今日はどうしたんだ? いつもの唯らしくないぞ」
「あたしらしくないってどこか? あたしはあたしよ」
「なんだ、そのう、服装がさ」
「ああ、これ? 水族館に行くからちょっとおしゃれしてみました」
いたずらっこのような笑みを浮かべ、俺の顔を覗き込む。
「なあに、惚れた?」
「ばっか。んなわけあるか」
俺は全力で否定した。
ノエルが口出す。
「博士様、ここはほめるべきです。嘘でもほめるべきです」
「……っ」
「ほらほらほら。唯さんを褒めてください。君はいつもにましてきれいだ。見違えたよ。惚れなおしたよ」
「うるさい!」
思わず叫ぶと、唯が驚いたような表情を浮かべた。
「え?」
「あ、悪い。今、ちょっと耳鳴りがしてな。今の言葉は唯に言ったんじゃない」
「変なヒロ君」
唯は不思議そうに首をひねった。
俺は無言でノエルのほっぺたをつねった。
「い、いたいです!」
ノエルだけに聞こえるように小さな声で言う。
「ノエルが変なことを言うから唯に怪しまれたぞ。唯が鈍感な女で助かったがな。今度、余計なことを言ったら、もう片方のほっぺたもつねる」
言ってノエルのほっぺたから手を放すと、ノエルはつねられたほっぺたをさすりながら、
「せっかく胸キュンゲットのアドバイスをしてあげたのに、この仕打ちはなんですか? 今のはわたしの意見が正しかったはずなのに!」
冷静に考えてみればその通りだ。
「悪かったよ」
ノエルの頭をなでるようにポンポンと叩いた。
改札口では、すでに二ノ宮が待っていた。
「やあ、おはよう。小林君、平野さん」
「おはよう、二ノ宮君」
「二ノ宮、おはよう」
「二人とも付き合ってくれてありがとう。さあ、ちょうどバスも来たし、あれに乗ろう」
最寄りのバス停で降りるとここから10分歩くことになる。
「場所はわかっているのか?」
「住所を教えてもらったからね。僕も清羅ちゃんの家には初めていくのだよ」
二ノ宮は迷わずに一発で清羅の家にたどり着いた。
白い壁に黒い屋根。昔からある家らしく、俺の家より数倍も大きい。
ドアホンを鳴らす二ノ宮の指が小さく振り得ていた。二ノ宮も緊張しているのだ。
「はい」
ドアホンごしに、大人の男性の声が聞こえた。
「あの、僕、清瀬さんの友達の二ノ宮です」
「ああ、娘から話は聞いている」
ほどなくしてドアが開き、清瀬が出てきた。
「おはよう、翔君。唯ちゃんもおはよう」
清瀬が二ノ宮のことを「かける」君と呼んだため、二ノ宮の名前が翔ということを思い出した。
ノエルの翻訳ではどう表示されているんだろう。「かける」か「しょう」か。後で聞いてみよう。
2人の女子は顔を見合わすなり、お互いのファッションを褒め合った。
「おはよう、清羅ちゃん。ふわふわのフリルのついた白いワンピースかわいい」
「唯ちゃんの恰好もかわいいわ。普段のギャップがすごいわね」
清瀬は俺のほうを見た。
「小林君も来てくれてありがとう」
「気にするな。俺も水族館は久しぶりだから楽しみにしていたぞ」
清瀬の背後から男の人が現れた。歳のころは50近く。テレビのドラマで見かける部長クラスの風体だ。
本物の部長を見たことがないが、大人の男らしい威圧感を感じる。
「ふむ、君たちが清羅の友達か」
「おはようございます。平野唯です」
「二ノ宮君と同じクラスの小林です」
清瀬の父親は俺たちのことを順番に見つめると、清瀬に目線を移した。
「ふむ、清羅、楽しんできなさい」
「はい、お父さん」
家を後にすると、一気に緊張がぬけた。
「どんなに厳しい人かと思っていたけれど、実際会ってみると分別のあるいい大人だと思った。娘思いのいいお父さんなんだね」
二ノ宮が清瀬に言うと、清瀬は恥ずかしそうにうつむき加減に言った。
「そうかなぁ。ちょっと過保護すぎるとと思うわ」
水族館は夏休み終盤ということもあって、混んでいた。
ふと気付くと唯がいなかった。
「唯は?」
「そういえばいないね」
「くらげコーナーのほうに行ったような気がするけど」
俺は唯を探しにくらげコーナーに向かった。すると、くらげの入った円柱の水槽の向こう側で、唯が誰かと話しているのが目に入った。
あいつは!
アニスだ。また現れやがった。
唯に目を付けているのはこれで確実だ。
どんな会話をしてやがる?
アニスが俺に気づきた。
アニスの口元がニヤリとゆがむのが見えた。




